【論文】多文化共生のための外国人参政権


はじめに

2021年の冬、東京都武蔵野市では以前から準備されてきた常設型の住民投票条例の制定が大詰めを迎えていました。ところが条例制定間近になって、一部には排外主義的団体による街宣活動やデモ行進、あるいは署名活動による反対運動が活発になり、当初は賛成が見込まれていた議員が反対に回ったことで、本会議で否決されました。反対の主な理由は、3カ月以上在住する外国籍の住民に(日本国籍の住民と同じ条件で)投票資格を与える点にあるようです。反対運動を積極的に展開している国会議員の長島昭久氏(自民党)は、住民投票は、市長や市議会議員の決定に影響を及ぼす「広義の参政権」であるため、これを外国籍の住民に無条件で与えることには慎重でなければならないと主張しています。この問題をきっかけに、外国人と地方自治、政治参加の問題について考えてみましょう。

憲法上の地方自治の意義

日本国憲法は、92条で「地方自治の本旨」を規定しています。その中核には住民自治という考え方があります。住民自治とは、地域に密着して生活している住民が、その地域の問題や課題を、住民たち自ら解決していくことです。そのために独自の地方議会と首長が置かれ、それぞれを住民たちが選出することができる仕組みが設けられています(憲法93条)。地方自治体は地域の問題を解決するための財産管理や事務処理権限を与えられ、さらには法律の範囲内で独自に条例を制定することもできます(同94条)。地方自治体は、司法権を除いて、地域に関わるほとんど全ての公共的な事務を担うのです。

日本国憲法が、地方自治の規定において「国民」ではなく、あえて「住民」という言葉を使っていることに注目してください。「国民」によって選出される国会議員は、建前上、日本全体のことを考えて活動しなければなりません。仮に東京18区から立候補して当選したとしても、選挙区はあくまで人口を基本に分割した便宜上の区割りであって、東京18区の代表ではなく、「全国民の代表」(同43条)なのです。しかし、「住民」によって選出された市町村議会議員と首長は、まさにその地域の代表者です。住民の代表者は、実際にその地域で暮らし、働いている人たちの声を聞き、その要望を実現するために存在しているのです。私たちにとって、もっとも身近な「政治」といえるでしょう。

さらに地方自治法は、憲法における地方自治の理念を具体化しています。すなわち、市町村議会議員や首長を選んだ後も、一定数の住民の署名によって、条例の制定改廃や監査請求、議会の解散請求、首長や議員の解職請求といった、直接住民の意思を反映できるような制度が設けられています。これらの制度は、代表民主制を採用する国会には存在しません。しかし、地方自治においては、住民自治の理念に基づき、代表者が住民の民意から離れてしまった場合でも、住民の声を地方政治に反映させ、健全な代表民主制を取り戻す手段が残されているのです。

外国人と地方自治体への政治参加

地方自治法10条は、「市町村の区域内に住所を有する者」を「住民」としており、「住民」を日本国籍保有者に限定していません。外国人も含む「住民」は、その地方公共団体のサービスを受ける権利を有していると同時に、税負担なども等しく課されます(同条2項)。また、地方自治体のお金の使い方に問題を感じれば、監査請求を行い、住民訴訟を起こすこともできます。こうした地方自治法の考え方は、まさに「住民自治」に基づく地方自治の理念に沿ったものです。しかし、地方参政権になると、地方自治法はとたんに「日本国民たる…住民」と、国籍要件を追加します(11条)。どれほど地域社会に長年住み、貢献し、担い手となっていても、外国人に地方参政権は認められないのです。

地方自治法10条が示しているように、本来、「住民」であるために国籍は必要不可欠ではありません。重要なことは、「日本人」か「外国人」か、という粗雑な二分法で区別することではなく、地域に根差して生活する具体的な人間がそこに存在していることです。彼ら彼女らは観光客ではありません。特別永住者や日本人の配偶者、大学や大学院の留学生、教育・研究・医療などの専門職に就く者などの、まさに地域社会に欠かせない人々なのです。さらに、政府は深刻な労働力不足から、2019年に特定技能制度を導入し、一部の職種は在留期限を無期限としました。政府は積極的に移住政策を進めているのです。

実質的な移民なしに日本社会は立ち行きません。この現実を直視すれば、多文化共生が必要となるのは当然でしょう。実際、政府もこうした状況を認識しています。2018年12月には関係閣僚会議によって「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」が決定されました。そこには「外国人の声を聴く仕組みづくり」の必要性が説かれ、外国人を「社会を構成する一員として受け入れるという視点に立ち、これまで以上に共生社会の実現のための施策を推進していく必要がある」とあります。また、総務省も各地方自治体に「多文化共生の推進に係る指針・計画」を策定するよう促しています。こうした政府による地域社会のイメージや方向性は、憲法・地方自治法の想定する地方自治像に照らしても、それ自体としてはまことに適切なものといえるでしょう。問題は、政治参加の機会を一切与えない現行制度が、そうした地域社会の理念にふさわしいのかということです。

真の多文化共生のために

1995年の最高裁判決は、立法によって地方自治体と特段に緊密な関係を持つ外国人に地方参政権を認めることも憲法違反ではないとしています。地方参政権すら立法によって付与可能なのですから、法的拘束力を有しない住民投票権を条例によって外国人に認めることが憲法違反、地方自治法違反になることはありません。それどころか、「誰もが安心して住み続けられるよう、一人ひとりの多様性を認め合う、誰も排除しない支え合いのまちづくりを推進する」(第六期長期計画)ために外国籍の住民も投票資格者に含めることが必要であり、かつ、外国籍市民にのみ在留期間などの要件を設けることには明確な合理性がないとする武蔵野市の考え方は、憲法および地方自治法の理念、そして政府の多文化共生のイメージにむしろ適合するものではないでしょうか。地方参政権はおろか、住民投票による意見表明の機会すら一切与えない「多文化共生」や「住民自治」は果たして成り立つのでしょうか。真の多文化共生社会をつくるために、憲法および地方自治法の「住民自治」の理念を踏まえて、正面から外国人の政治参加の問題を議論していく必要があります。

春山 習

1990年岩手県生まれ。2018年早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士)。近著に「基本権としてのジェンダー・アイデンティティ」(『早稲田法学』96巻1号、2020年)。