【論文】コロナ禍が浮き彫りにしたフリーランス・名ばかり事業主の実態と救済の必要性


相談から浮かび上がるフリーランス保護の必要性

筆者は、日々の弁護士業務の中で、フリーランスの方からの相談をお聞きする機会が多くあります。また、私が所属する団体「民主法律家協会」の研究会「中小零細事業主のための独禁法研究会」において、事業者やフリーランスの方からの相談をお聞きしています。フリーランスが抱える問題について、これらの相談活動を踏まえて説明させていただきます。

(1) 報酬等の不払い・減額

報酬が全く支払われない・一方的に減額されたという相談が多く寄せられます。その原因は、取引先の資金繰り、人間関係のトラブルなど、さまざまです。

(2) 契約内容が不透明

そもそも、契約書が作成されておらず、契約内容がわからないケースも非常に多いです。契約書に重要な点が盛り込まれていなかったり、契約時に違約金・競業避止義務・経費の処理方法等について適切に情報が提供されず、後々トラブルに発展するケースも後を絶ちません。

(3) 正当な理由のない契約解除

正当な理由もなく、取引先の都合によって一方的に契約を解除されるという被害も耳にします。特定の取引先との関係で、専従的な立場で働いているフリーランスも多くいらっしゃいますが、この場合は、契約解除されると収入が途絶えてしまいます。

(4) 契約解除の妨害

契約を解除したいが、思うように解除させてもらえないというケースもあります。契約書に違約金条項が定められており、契約期間の途中で解約する場合に数十~数百万円の違約金を請求されるケースなどもあります。

(5) 仕事と出産・育児・介護の両立の難しさ

労働者に対しては、妊娠・出産・育児・介護と仕事を両立するための諸制度(産休・育休制度、介護休業制度、出産手当金、育児休業給付金など)が存在しますが、フリーランスについては存在しません。これらの事情で休業する場合は、自己の責任で休業することになり、その期間中の収入は保証されません(収入が保証されないために、出産直後から働き始めないと生計が維持できないケースもあるのです)。

(6) その他

その他にも、取引先からのハラスメント、過大な違約金の請求、低収入、競業避止義務など、問題は多岐にわたります。

(7) コロナ禍が浮かび上がらせた問題

これらの点のほか、コロナ禍が浮かび上がらせた問題もあります(従前から指摘されていた問題でもありますが、コロナ禍で露呈した側面がありました)。

①セーフティーネットの乏しさ

コロナ禍はさまざまな業種に対して壊滅的な被害をもたらし、飲食店・講師業をはじめ、いくつかの業種では休業を余儀なくされる事態に陥りました。ここで露呈したのがフリーランスに対するセーフティーネットの乏しさです。労働者に対しては、(少なくとも)休業期間に対応する休業手当が支給されます(労働基準法26条)が、フリーランスには休業手当の制度がありません。コロナ禍における救済制度として、持続化給付金をはじめとする給付金制度が設けられましたが、回数や金額の上限があり、補償としては不十分と言わざるを得ませんでした。

②コロナに罹患した際の補償

フリーランスについては、労働者の場合に支給される傷病手当金の制度(健康保険)がありません。コロナに罹患し、休業を余儀なくされても、補償はありません。

③仕事に関する裁量のなさ

本来、個人事業主・フリーランスであれば、自らの事業の運営方法や、働く時間・場所について、自らの裁量で決定できるはずです。しかし、コロナ禍という突発的な災害が起こった際、コロナ対応等について取引先等から一方的に決定されるという現実に直面し、自分たちがいかに弱い立場であるかを痛感したフリーランスもいました。例えば、講師業に携わるフリーランスが、コロナ禍における休講・オンライン授業の可否などについて自ら決定できず、意見を聞かれることもなく、教室運営事業者側の決定に従わざるを得ない事態が生じました。学生や保護者から要望や意見があったとしても、自分たちで決めることができず、教室運営事業者と板ばさみの状態に置かれ、仕事に関する裁量のなさを痛感することになったのです。

労働者とフリーランスの違い

フリーランスが抱える問題をいくつか挙げましたが、これらの点については、労働者であれば労働基準法違反等により違法となるものがほとんどです。例えば、報酬の不払いや減額は賃金全額払いの原則(労働基準法24条1項)に違反しますし、契約内容を曖昧にすることは労働条件明示義務(労働基準法15条1項)違反になります。正当な理由のない契約解除は解雇権の濫用(労働契約法16条)となります。労働者には退職の自由があり、契約期間の定めのない労働契約であれば2週間前の予告で退職できます(民法627条1項)。その他、労働時間の上限規制や最低賃金法による最低保障など、時間的拘束や収入の面でも一定の保護が図られています。

フリーランスの保護を議論する上で考慮すべき「救済の困難性」

労働者との比較も踏まえた上で指摘しておきたいのが、フリーランスの救済の困難性についてです。

労働者に適用される労働基準法や最低賃金法等に関しては、違反した場合の罰則が定められており、違反事業者への監督指導を行う国の機関として労働基準監督署が存在します。労働者からの申告があれば、労働基準監督署は会社への調査等を行い、労働基準法違反の事実が確認できた場合には、事業主に対して是正を求めたり、ケースによっては刑事手続として送検することもあります。

一方で、個人事業主・フリーランスの場合はどうでしょうか。救済の手段は乏しいと言わざるを得ません。独占禁止法違反や下請法違反に対して指導等を行う国の機関として公正取引委員会が存在しますが、法違反の認定に至るハードルが高く、時間も要します。公正取引委員会に相談したものの、まともに対応してもらえなかったという相談をよく耳にするのはそのためです。フリーランスが活用できる実効的な解決手段として機能していないのが実情なのです。また、当の個人事業主・フリーランスとしても、「独占禁止法や下請法違反が問題となり得る」「公正取引委員会への申告という救済手段がある」という意識が乏しく、知らず知らずのうちに泣き寝入りを選択しているケースが多いのです。この問題が、フリーランスの救済のハードルを上げる大きな要因であると考えています。

名ばかり事業主問題

一昔前、形だけ管理職扱いにして残業代を支払わない「名ばかり管理職」が話題になりましたが、近年は、実態が労働者であるにもかかわらず個人事業主として扱われる「名ばかり事業主」が話題を集めています。フリーランスの保護と併せて考えておかなければならないのがこの「名ばかり事業主」問題です。

名ばかり事業主は、働く時間・場所や仕事の方法等が会社に決められるなど、本来の個人事業主とは異なるさまざまな拘束を受けており、その実態が労働者であるにもかかわらず、個人事業主(委任や請負など)として扱われるという問題です。美容師・エステティシャン、システムエンジニア、トラックドライバー、建設業などに多いと言われています。

名ばかり事業主は、会社からは個人事業主として扱われているため、労働基準法や最低賃金法が適用されない扱いを受けています(あくまで「扱い」であり、法的には、実態が労働者であれば労働基準法等の適用を受けることになります)。長時間労働や最低賃金以下の低賃金など、過酷な状況がまかり通る状態となっているのです。

そして、この問題を根深い問題としているのが、実態が労働者であると主張し、権利を主張する(労働者性を主張する)ことのハードルの高さです。労働基準監督署に相談しても、「委任」「請負」などと記載された契約書を見せると、「あなたは労働者ではないから」と門前払いされ、泣き寝入りを余儀なくされる実態がありました。会社との交渉によって労働者性を認めさせ、契約内容や契約形態を見直すことができれば一番良いのですが、このような働かせ方を強いている会社がそのような対応をするとは考えにくいです。交渉で解決できないケースが大半となりますが、その場合に労働者性を認めさせるためには、裁判を起こすことが必要になります。ただし、裁判を起こすといっても、時間(数年)もかかりますし、費用もかかります。当然、敗訴のリスクもあります。これらのリスク・負担を覚悟した上で、労働者性を争うという手段を選択できる人はほとんどいないのが現状です。

実態が労働者であるにも関わらず、労働基準法が適用されない扱いを受け、救済を求めようにもハードルが高く、一方で、拘束的な働き方のため個人事業主であれば享受できるメリットも享受できません。これが、名ばかり事業主の問題の根幹です。

立ち上がり始めた当事者たち

これらの問題については、「雇用によらない働き方」の問題点という文脈で議論されてきましたが、近年、フリーランス(あるいは名ばかり事業主)自身が労働組合を結成し、使用者との団体交渉によって問題の改善を図るという取り組みが広がり始めています。

幸い、私は、ヤマハ英語教室で働く英語講師で組織されているヤマハ英語講師ユニオン、ヤマハ音楽教室で働く音楽講師で組織されているヤマハ音楽講師ユニオン、ECCジュニアのホームティーチャーを組織するECCジュニアホームティーチャーユニオンの結成や、その後の取り組みに関わらせていただきましたので、簡単にご報告させていただきます。

ヤマハ英語講師ユニオンは、2018年12月に、ヤマハ英語教室でレッスンを担当する英語講師が結成した労働組合です。働き方の実態が労働者であるにもかかわらず、契約形態が委任契約になっていることを問題とし、事業主と粘り強く交渉しました。1年以上の交渉期間を経て、希望する英語講師の雇用化制度の導入が決まり、2021年7月から、名実共に労働者として働く英語講師が出てきました。

ヤマハ音楽講師ユニオンは、2020年11月に、ヤマハ音楽教室でレッスンを担当する音楽講師が結成した労働組合です(契約形態は委任契約)。音楽講師が立ち上がるきっかけになったのがコロナ禍でした。コロナウイルスの感染拡大により、2020年2月からヤマハ音楽教室が一方的に休講になり、収入が途絶えてしまいました。今までにない生活破壊の危機に直面した音楽講師が、事業主と対等な立場で交渉する取り組みが必要と考え始め、労働組合の結成へとつながったのです。

ECCジュニアのホームティーチャー(契約形態はフランチャイズ契約)が2022年2月に結成したECCジュニアホームティーチャーユニオンも、コロナ対応についてホームティーチャーの要望や意見が事業主に反映されず、自らの弱い立場を痛感したことが労働組合結成のきっかけの一つになりました。

私が支援させていただいている労働組合以外にも、ウーバーイーツの配達員が結成したウーバーイーツユニオンなど、フリーランス自身が立ち上がり、使用者と団体交渉を求める取り組みが広がり始めています。2022年5月には、これらのフリーランスの労働組合の有志が集まり、フリーランス同士が連帯するためのプラットフォームとして、「フリーランスユニオン」が設立されました。

紙面の関係で詳細はお話しできませんが、使用者との団体交渉によって問題の改善を図る取り組みは、フリーランスや名ばかり事業主の権利回復のために重要な取り組みであり、このような取り組みをより一層広げていく必要があります。

フリーランス・名ばかり事業主の保護のために何が求められているか

2021年11月、岸田文雄首相は、フリーランス保護法の制定について言及しました。それ自体は歓迎すべきことです。しかし、現在の運用を法制化するだけであれば不十分と言わざるを得ませんし、前述の「救済の困難性」を克服するための施策がなければ、フリーランスの保護を謳っても絵に描いた餅になってしまいます。

フリーランス・名ばかり事業主の実効的な保護のためには、以下のような施策が求められるでしょう。

・報酬の不払いや減額、契約書の不作成、高額な違約金請求等の個別の問題について、フリーランス等を保護する具体的なルールを法律で定めること。

・労働者とフリーランスの社会保険・セーフティーネットの不合理な格差をなくし、フリーランスにも適用できる社会保険については拡充を検討すること。

・「労働者」の概念を見直す(対象を広げる方向で)とともに、労働者性を主張するハードルを下げること(一定の事情が認められる場合には労働者性を推定するなど)。

・労働者性が否定されるフリーランスであっても、取引先等と集団的に交渉する権利を認め、事業主側が誠実に交渉に応じることを義務付けること。

清水 亮宏

労働問題を専門とし、「 雇用によらない働き方」の問題に取り組む。ヤマハ音楽講師ユニオンをはじめ、フリーランスの労働組合の結成・活動を支援する。