【論文】東京・国立市多様な性を尊重するまちづくり


2018年4月、東京都国立市では、性別にかかわらず、すべての人が自分らしく地域で暮らすことができる社会を築くため「国立市女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例」が施行されました。タイトルに「多様な性」が入っていることは当時まだ珍しかったように思います。

アウティング条例

日本で初めて、「アウティング」を禁じた条例としてメディアに多く取り上げられました。条文では、性別について、従来の女性と男性に二分ではなく、好きになる相手の性別(性的指向)や自分の性に対する認識(性自認)について、定義し、性的指向、性自認を公表するかしないか(カミングアウト)の選択は個人の権利であり、第三者が本人の意思に反して勝手に公表(アウティング)することを禁じることを明記しています。これは、2015年国立市内の一橋大学において、アウティングにより大学生が自ら命を絶つという悲しい事件があり、二度とこのようなことが起こらないようにという市民委員のご意見が取り入れられました。この条例は、複合差別に対する支援、教育者の責務、女性のエンパワーメントの推進なども盛り込まれていることも特徴です。

パラソル開設

この条例の拠点施設として2018年5月に開設されたのが、くにたち男女平等参画ステーション・パラソルです(パラソルという愛称は市民公募によってつけられました。以下、パラソル)。パラソルは、国立駅の高架下にある国立市と国分寺市の市民サービスコーナーを含む複合施設にあります。施設内には、市民が集うフリースペースはありますが、他の男女共同参画センターのように貸館などは行っていない小さな小さなセンターです。株式会社シーズプレイス(代表 森林育代)が国立市から業務委託を受け、事業を行っています。シーズプレイスは多摩地域を中心にコワーキングスペースや、企業主導型保育園など地域密着型の事業を展開し、複数の行政事業を請けています。男女共同参画分野では、武蔵村山市の緑が丘ふれあいセンターの指定管理も受託しています。

さまざまな相談を受けて

多様な性を尊重するまちづくりを目指すパラソルの一番の軸になっているのは、相談事業です。専門相談として、弁護士による法律相談、キャリアカウンセラーが再就職や転職、家庭と仕事の両立の悩みなどに答える「みらいのたね相談」、心理カウンセラーが対面で(電話も可)じっくりお話を聞く「悩みごと相談」そして、性別、性的指向などの相談を専門員が受ける「SOGI相談」があります。他施設ではLGBTQ相談などと名付けられることが多いと思いますが、パラソルでは、性的指向(Sexual Orientation)性自認(Gender Identity)の頭文字をとったSOGIを使用しています。

SOGIは、個人の性のあり方を示す言葉です。性のあり方は人によって異なり、グラデーションのように多様です。そして、SOGIは、マジョリティ(多数派)もマイノリティ(少数派)もすべての人が持っているものです。性の多様性を一部の人の問題と捉えず、全ての人に関係する人権の問題であるという認識から、「SOGI相談」と名付けました。さまざまなセクシュアリティの相談に対応しています。

曜日と時間が決まっていて基本的に予約制の専門相談とは別にパラソルの開館時間はすべて対応する「生きかた相談」があります。相談内容は多岐にわたり、回数制限をしていないため、リピーターも多いです。相談員は基本的には、指名制ではなく、「チームで相談を受ける」ことを大事にしています。開館以来、夫婦、親子関係、職場や近隣の方との付き合い方の悩み、生きづらさなどのご相談を受けています。こちらの生きかた相談にもセクシュアリティの相談も多数あります。

開設から5年目を迎え、4000件近くの相談を受けてきましたが、相談の多くの根底にあるものは、それぞれがもつジェンダー規範であると感じています。「女性」「男性」「母」「父」「息子」「娘」それぞれの立場でこうあるべきという思いが強いと、自分自身や周囲の人が規範から外れているといら立ちを感じることがあります。

パート先で不当な扱いを受けた女性が、相談に来た時に、上司に話すことを勧めたところ「女性が声をあげるのはみっともない」という答えが返ってきたことがあります。ジェンダー規範が強い家庭や環境では、セクシュアルマイノリティ(性的少数者)はセクシュアリティを意識する機会が増え、生きづらさを感じるでしょう。

相談は地域の課題を抽出するため、今、何が必要か可視化することができます。子育て中の親が、「男の子は元気な方がいい」「女の子はしっかりしている」など学校や保育園で性別によって期待されていることが違うことに疑問をもったことを聞き、保育園の保育士さん、また、学童保育の指導者の方々を対象にジェンダー研修を実施し、共に考えました。また、近くに話し相手がいないなどの相談を受け、参加者が安心安全に話せることを目的とした居場所の提供を目的にSOGIカフェを開催しました。テーマを回ごとに決め、(「自分のままでいられる服装について話そう」「地域での活動や暮らし」など)時にゲストもお迎えし、オンラインでも開催しました。

大学生が日頃感じている「ジェンダー」について気軽に話す会やタブー視されがちな「生理」をテーマに性別関係なく自由に話す機会を作る座談会も行いました。どちらも活発ないい話し合いができたと思います。

レインボープロジェクト

パラソルは相談だけでなく啓発活動も積極的に行っています。パネル展示、SNS発信、動画配信、こちらから出向く出前講座などもやります。最近では、パラソルと一緒に活動したい、学びたいという市民の団体、学校、個人の方からの声がよせられるようになりました。自分の学校で皆が安心して生活できるためのSOGIのガイドラインを作りたいという高校生に協力したこともあります。パラソルに何度も取材にきて完成したガイドラインはとても素晴らしいものでした。

このような活動を支えるため、パラソルも市民の皆様ともっとつながり、共に地域を作っていきたいという想いから「くにたちレインボープロジェクト」を開始しました。地域のつながりを広げていくことが目的です。その一環としてまずは、医療機関とつながり、「くにたちレインボーフレンドリーマップ」を作成したいと考えました。その理由は、セクシュアルマイノリティの病院選びが難しいという相談を複数受けたからです。病院に行きづらい理由は、さまざまで、その実態を知るためにまずはweb上でアンケートを実施、その結果、保険証の名前と見かけの性別にギャップがあり、他人の目が気になる、説明を強いられることの苦痛など多くの困難を知ることができました。安心して通うことができるフレンドリークリニックが一目でわかるように受付に当事者がわかる目印があればいいのではないか。医療者向けの研修を実施し、参加して趣旨に賛同してくれた施設には、パラソルで作成したオリジナルのステッカーを配布し貼ってもらう。そして、ステッカーが貼ってあるクリニックを掲載したマップを作成して可視化したいと考えました。

一般社団法人にじいろドクターズ(LGBTQと健康・医療について適切な知識と態度を学び、共に考える機会を提供するために医療者向けに講演会や執筆、学会発表などを行っている団体)に講師依頼をし、研修を開催。市内の病院へ一軒、一軒実際訪問して、ご案内しましたが、市内の医療者の参加者は残念ながらゼロでした。研修内容はとてもわかりやすく、すぐに実行できることが多かったです。参加者からはとても参考になったとの声を多数いただきました。にじいろドクターズさんのご厚意で、申込いただければ今もこの講座は動画で見ることができます。医療関係者の方々に賛同してもらうことの難しさを知り、日ごろの活動が条例に守られていることを痛感しました。教育者の責務が条例に明記されていることから、学校への研修の提案やリーフレットの配布などが苦労なく受け入れられていたことを気づかされました。

▶「レインボープロジェクト」のウィンドウ展示。

道行く人が立ち止まってじっくり読んでくれる。

▶「レインボープロジェクト」のパネル展示。

中高生など若い世代からの感想も多く寄せられる。

理解を深めるためにやること

私たちは、ジェンダーや多様な性についての課題をより身近なものであると感じてもらうためにどうしたらいいか、個人の課題でなく社会の課題であるということを知り、理解を深めるために何をすべきか、日々考えて、啓発活動を行っています。テーマ毎のパネル展示(2021年4月くにたちレインボー月間「あたりまえをだれでも だれとでも」、6月男女共同参画週間 「女だから、男だから、ではなく、私だからの時代へ」、9月「デートDVって知ってる?」、11月DV防止キャンペーン「STOP DV 私たちができること」、2月国際女性デー「私のからだは私のもの」)では、オリジナルのイラストなどを多用し、分かりやすく、かつ読み応えのある内容を心がけています。当施設内のフリースペースの他に市役所や、福祉会館、国立市民の憩いの場である旧国立駅舎でも展示しています。公共の場所での展示はいかに興味をもってもらえるかが肝です。自己満足にならないように何度も読み返し、工夫をこらしています。

パラソルは他機関との連携も大事にしています。子ども家庭支援センターと協力し、「女性に対する暴力をなくす運動」のシンボルであるパープルリボンと「児童虐待防止推進月間」のオレンジリボンを組み合わせたWリボンキャンペーンの展示も各所で行いました。パネル展示の際にはこちらからの一方的な発信にならないように、感想や、伝えたいことを書いてもらうメッセージも募集しています。手作りのメッセージカードに書いてもらい、展示しています。想いが込められたメッセージは、毎回たくさん集まり、いつも励まされています。

誰も傷つけたくない表現

パネルは情報を提供することに注力することはもちろんですが、誰も傷つけたくない表現についても常に気をつけています。例えば、性別役割分業について、疑問を投げかけるが、ジェンダー規範を大切にしている価値観も包括し、否定はしないようにする、DV防止の啓発では、異性愛限定的な表現にならないようにする、多様性を表現したオリジナルイラストやキャラクターを使用するなどを大事に長い時間話し合いながら完成させています。

学校へ出前講座に行った際には、「ふつう」とは何だろうという問いを投げかけ、シスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性と性自認が一致している人)と異性愛者はSOGIがマジョリティであるということを話します。「マジョリティである私たちが、セクシュアルマイノリティである彼らを受け入れましょう」と捉えられる表現は最も避けるべきだと思っているからです。

ジェンダー、多様な性という言葉は最近ではよく聞かれるようになり、興味をもつ市民もかつてより増えています。しかし、どのくらいの人が自分事として捉えているでしょうか?条例と共に歩むパラソルでは、一人ひとりが社会をかえることができる一員であることを伝えていきたいです。

私の好きな言葉は「じわじわ」です。「じわじわ」とジェンダー平等の社会が実現することを信じて走り続けたいです。

 

 

木山 直子