【論文】年間を通じて学校給食において100%地元産有機米使用を達成


有機米を学校給食に使用することで有機農業が広がった

房総半島の南東部に位置する千葉県いすみ市(人口約3万6000人)には小学校が9校、中学校が3校あります。2015年からその児童生徒約2200人が食べる学校給食に、化学合成農薬や化学肥料を使用しないで作られた有機米を提供し始めました。そして2017年の秋からは100%有機米に切り替えました。これは全国初の試みでした。

いすみ市はそれまで有機農業が盛んな地域ではありませんでした。有機米づくりが始まったのは2013年で、それ以前は有機農業とはほとんど縁のない地域でした。そこでゼロから有機米づくりに取り組み、わずか4年で学校給食の全量有機米使用(42トン)を達成し、現在はさらに35ヘクタールで120トンを生産するまでに成長しています。

いすみ市における有機農業の広がりは学校給食によってもたらされました。

環境重視の地域づくり、米づくり

いすみ市は、都心から70キロメートル、特急で1時間ちょっとの距離にありながら、昔ながらの里山、里海が残る自然豊かな地域です。田園にはゲンジボタルやコハクチョウが舞い、海岸には毎年、アカウミガメが産卵にやってきます。中心的な産業は農業と漁業で、農業のほとんどはお米づくりが占めています。夷隅統と呼ばれる粘土質の土壌はお米づくりには最適で、いすみ市はこれまで何度も献上米を輩出している由緒ある良質米の産地でした。

しかしながら、近年は、米価下落が影響し、高齢化や担い手不足に見舞われ、先行きの見えない状況が続いています。いすみ市の太田洋市長はかねてから、この豊かな田園を次世代に受け継ぐためにはどうしたらよいかと頭を悩ませていました。その思いに明快な答えを示したのが、兵庫県豊岡市のコウノトリも住める地域づくりです。豊岡市は、農薬や化学肥料の使用を削減、あるいはまったく使用しない環境にやさしい農業を広めることで、コウノトリの餌となる生きものが豊富な水田を甦らせ、一度絶滅しかけたコウノトリを再び野外の地へ復活させるという素晴らしい取り組みをされた地域です。

いすみ市は、同じくコウノトリをシンボルに環境と経済の両立をめざし、2012年に「自然と共生する里づくり協議会」を設立しました。協議会は環境保全型農業による地域活性化を目的に掲げて、環境、稲作、畑作、地域経済の4部門に36団体が加盟し、まち一体となった活動をすすめています。

2013年、協議会のメンバーである地元稲作農家3名と、まずは22㌃の田んぼで無農薬栽培を始めました。結果は、田んぼ一面にびっしり生えた雑草の草取りに追われて大失敗。この経験から、翌2014年より3年間、有機稲作の技術を指導する第一人者、民間稲作研究所の稲葉光國(故人)理事長を講師に迎え、市の環境にあった有機稲作技術の研修と実践に励みました。

有機稲作技術を学ぶことで雑草を抑えることに成功

有機稲作における最大の課題は、田の雑草にどう対峙するか。普通、雑草は生えるもの、これを除草しようと考えますが、稲葉先生の教えは田植えの後、田んぼに一度も草取りに入らないというもので、除草ではなく、田の草を抑える「抑草」でした。

例えば、田に水をはりトラクターでかき回す作業を「しろかき」といいますが、1回目のしろかきで雑草の種子を土の表面に集め、その後1カ月ぐらい水を浅くはっておくと、田が温まり雑草が一斉に芽を出してきます。そのタイミングをねらって田に水をたっぷりはって2回目のしろかきをごく浅く行うと、雑草を一網打尽に浮かせることができます。さらに、しろかきで濁った水に含まれる土の微粒子「トロ土」がだんだんと沈み、田の表面を厚く覆うことで、光を遮り、その後の雑草の発芽を抑えることができます。

こうして田植えの前に雑草をなるべく除去し、さらに、雑草が生えづらい状況を作ってから田植えをします。田植えの後は、米ヌカなどの有機物を田に撒いたり、田の水位を深くしたりして、田んぼの表面を酸欠にして、雑草が生えづらい状況を保つようにします。その他にも、稲葉先生からは伝統的かつ科学的知見に基づいたさまざまな技術を教わり、実践していくと、研修初年度から農家の多くが雑草を抑えることに成功し、自信をつけていきました。

農家の希望が発端となり有機米の学校給食が実現

2014年に収穫した4トンの有機米の活用について、農家と話し合ったところ、学校給食を通して子どもたちに食べてもらいたいという意見が出ました。農家には、子どもたちの健康に貢献したいという気持ちや、子どもたちに地域の農業や環境に関心をもってもらいたいという気持ちが強くあったのです。

その希望を市長に伝えると、二つ返事で力強く賛同。さっそく翌2015年5月の学校給食1カ月分に、いすみ市で初めて、地元産有機米が使用されることになりました。

学校給食に有機米を使用したことは、地域で大きな話題となりました。寄せられるのはどれも好意的な意見ばかり。給食に地元産食材をイベント的に使うことはそれ以前もありましたが、これほど話題になったことはありません。

市民の期待に応えることができていると自信を深め、翌2016年の夏、いすみ市は全国で例のない、学校給食全量有機米使用という目標を打ち立てました。

すると、ありがたいことに有機米づくりに新たに農家が10人加わり、翌2017年には目標の42トンを上回る、有機米50トンの収穫を達成することができました。以来、いすみ市では学校給食に使用するお米は全て有機米を提供しています。

食材費のコストアップにどう対応するか

合理化の流れからコスト重視の学校給食に、一般米よりずっと価格が高い有機米を、それも全量使用するなんて、私自身もはじめは途方もないことのように感じました。給食センターとの話し合いでは、何よりもコストアップが問題視されました。

そこで納入者であるJA(農業協同組合)と協議し、まず生産者に再生産可能な価格(60キログラム当たり2万円、有機JAS認証取得の場合はプラス3000円)を保障したうえで、JAの手数料は最低限に抑えていただくようにお願いしました。

しかし、給食センター側に発生する差額はそれでも埋まりません。保護者が負担する給食費を値上げするというのは現実的ではないため、最終的にこの差額を市の一般財源で補填することになりました。年間の積み上げ額は400万~500万円になりますが、その金額以上に、有機米づくりという新たな産業を育てる効果や、子どもたちへの食育効果がみられるため、予算は問題となりませんでした。

有機米の学校給食導入後の成果

気になる子どもたちの反応はというと、100%有機米の給食にしてから半年も経たないうちに、主食の残食は約18%から15%に、4年経った現在は一桁まで減りました。

世間の反応は、やはり学校給食が100%有機米というインパクトは絶大でした。市の取り組みは新聞や雑誌、WEB、ドキュメンタリー映画などさまざまな媒体で紹介され、宣伝効果は少なく見積もっても1億円を超えています。

そういった影響から、今では有機米給食が気に入って、いすみ市に移住してきた方もいます。余剰生産分の有機米は外部に販売していますが、学校給食での利用が評判になったおかげで、多くの得意先に恵まれて、今ではいすみ市は有機米の産地になりました。

全国米余りの状況にもかかわらず、農家は皆、やりがいを持って有機米づくりに励み、地域外からも新たにいすみ市で有機米をつくりたいという農家がやってくるようになりました。さらに、有機野菜も学校給食に使ってほしいという農家が現われ、この3年余りで有機野菜も8品目(ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、長ネギ、ニラ、ダイコン、キャベツ、コマツナ)を学校給食で使い始めました。現在は、この8品目の約2割が地元産の有機野菜になっています。

自然と共生する地域づくり、人づくり

有機農産物の学校給食利用とともに力を入れているのが、子どもたちの体験活動です。協議会の環境部門が中心となって、親子を対象とした生きもの観察会や、小学5年生を対象とした教育ファームの授業を行っています。

なかでも、有機米づくりの体験を中心に、農業と環境、地域との関わりなどを学ぶ総合的な学習の時間「いすみ教育ファーム」の授業には私自身、強い思い入れがあります。有機米給食が始まった2015年、農家の思いは学校給食を通じて子どもたちに地域の農業や環境に関心を持ってもらいたいというものでした。それならば、給食で有機米を食べるというだけでなく、子どもたちと一緒に田んぼで有機米をつくろうじゃないかということになりました。それまでも、学校から依頼されて出前授業にうかがうことが度々あった私は、学校を訪れ、子どもたちに会うたびに子どもたちの農業離れの深刻さを肌身に感じていました。そのため、この提案には心から大賛成でした。

こうして2016年に小学校1校から「いすみ教育ファーム」の授業は始まりました。「うちの学校でも実施したい」と希望が相次ぎ、今年度は4つの小学校で実施しています。忙しい仕事の合間に年間何十日も学校に出向くのは、正直とてもしんどいですが、子どもたちの笑顔や確かな学びに大きな手ごたえを感じているので、全くやめる気はありません。多くの子どもが一年で一番楽しい授業にあげていて、下の学年の子も自分たちが有機米づくりをするのを待ちわびています。

まとめ

有機給食による産業振興や地域活性面への影響、効果、評価を列挙します。

①有機農業者ゼロから4年で産地を形成

学校給食が安定した販路となり、子どもたちへの提供がモチベーションとなって農家数、生産量ともに増加しました。

②残食の減少

学校給食におけるご飯の残菜率は2017年に18・1%でしたが、有機米に100%切り替えの後、年々減少し、2020年に10%に至りました。給食全体の残菜率も2017年は13・9%だったものが年々減少し、2020年に9・5%に至っています。

なぜ、子どもたちの残食が減ったか、具体的な因果関係を示すことはできませんが、有機農産物の導入以外、それまでの学校給食と大きな変化はないため、有機農産物の導入が残食の減少に繋がったと考えられます。

③認知度向上とイメージアップ

学校給食における有機米100%使用は、人口2000人以上の自治体としては、全国初の試みであり、相当なインパクトをもってさまざまなメディアに取り上げられました。そのため、いすみ市の有機農業やいすみ市そのものに対する認知度向上とイメージアップにつながっています。

④移住者の増加

人口減少地帯であるいすみ市は、移住定住政策にも力を入れていますが、なかでも有機給食は大きなセールスポイントで、田園回帰を志向する子育て世代にとって、魅力となっています。宝島社の『田舎暮らしの本』の人気コーナー「住みたい田舎ランキング」では、いすみ市が6年連続で首都圏エリア第1位を獲得しています。

⑤農産物のブランド化

有機米の商品展開においては「いすみっこ」という銘柄でブランド化を図っていますが、学校給食での使用が抜群のブランドイメージとなり、消費者と得意先に受け入れられています。その影響で、ありがたいことに今日まで売り先に困ったことがありません。

⑥農業所得の向上

学校給食有機米100%使用を目標に打ち立てた当初、有機米づくりに取り組もうとする生産者は、売り先の心配がなく新たな技術の習得に専念できました。その後、販路開拓に成功し、産地化を果たしたことで、現在も生産者は全く売り先の心配をすることなく有機米づくりを拡大することができています。生産者の収支をみると有機米づくりについては、明らかに農業所得が向上しています。

⑦新規就農希望者の増加

一般に、設備投資の負担に加え、採算を見込むことが難しい稲作への参入を希望する新規就農者は極めて少ないです。しかし、当地においては、有機米づくりを志向する新規就農希望者が増加しています。

■有機米生産の推移(いすみ市)

  

今後の展望

最後に今後の展望ですが、市民から、保育所の給食にも有機農産物を提供してほしいという声がたくさんあがっているので、保育所にも提供できるようにしたいです。そして、将来的には、お米や野菜が作れない都会の給食にも、いすみ市の有機農産物を提供していきたいです。あわせて都会に暮らす子どもたちともいすみ市の田んぼで一緒に有機米づくりの授業をやりたいです。これが、私たちが頑張ってできる一番のSDGs、農村と都市がともに元気に持続的に暮らせる最良のかたちだと思っています。

鮫田 晋