気候市民会議の広がりとさらなる活用への課題

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無作為選出型の気候市民会議は、気候変動対策に一般の人びとの参加と熟議を生かすための有力な方法です。国内各地の自治体でも開催が広がり、結果が活用され始めています。


国内でも広がる気候市民会議

住民による自治、市民参加の力を気候変動対策に生かそうとする取り組みとして、「気候市民会議」があります。気候市民会議とは、一般から無作為に選ばれた参加者が、専門家などによるバランスの取れた情報提供を受けて学習しつつ、気候変動対策についてグループで熟議し、その結果を政策提言などの形でまとめて、国や自治体の政策に生かす新しい市民参加の仕組みです。

この方法は、2019年頃からフランスや英国を始めとするヨーロッパの国々で急速に広がり、西ヨーロッパの大半の国では、国レベルの気候市民会議がすでに開かれ、その結果が気候変動対策に用いられる例も出てきています。例えばフランスでは、全国から無作為に選ばれた参加者150人が、2019年10月~20年6月にかけて7回、週末にパリに集まって議論を重ね、149項目の提言を政府に提出。それを受けて政府は、議会に法案を提出し、気候変動対策とレジリエンス強化に関する新たな法律が、21年夏に成立しました。これに基づく規制の一例として、フランスでは、鉄道など低炭素の交通機関で代替できる航空機の国内線の運行が禁止されました。自治体レベルの気候市民会議も、ヨーロッパ全体で、少なくとも200を超す地域で行われてきています。

日本では、国レベルの気候市民会議を行う動きは今のところありませんが、地域での気候変動対策を議論するために気候市民会議を開くケースは広がりつつあります。2020年、当時北海道大学に在籍していた筆者らの研究グループが、札幌市などと協働して国内初の気候市民会議を試行し、その翌年、川崎市でも、同市の地球温暖化防止活動推進センターと環境政策対話研究所などが、参加者70人規模のより本格的な会議を開きました。これらが先例となって、2022年度からは自治体が公式に気候市民会議を主催するケースが現れ、2024年度までに、首都圏を中心に22の市区町で24の会議が行われてきました(図)。

図 日本国内での気候市民会議の開催地(2025年3月まで)

出典:「日本の気候市民会議」をもとに筆者作成。

会議はどのように進められるのか

気候市民会議の参加者は、開催地域に住む人たちの縮図になるように無作為に選出されます。日本の自治体で行われてきた会議では、50人前後の参加者を集めるケースが主流です。まず、住民基本台帳などから無作為抽出した数千人の人たちに一斉に参加依頼を送り、参加意思の返信があった人の中から、年代や性別、居住地域などの属性が地域全体の縮図になるように抽選する、という二段階の選出方法がとられるのが一般的です。ヨーロッパの会議では、所得の比較的高い人や大卒以上の人など特定の社会階層に参加者が偏らないよう、所得や学歴を加味して抽選が行われることもあります。

日本の各地で行われてきた気候市民会議では、地域での温室効果ガスの排出を削減し、カーボンニュートラルのまちを実現するために必要な対策を議論する、という点は共通しています。その上で、個々の会議の目的や期間、回数などに応じて、取り上げるテーマの幅は様々です。東京都杉並区が2024年3月から8月に6回にわたって開催した「杉並区気候区民会議」では、区内での気候変動対策に関わる「エネルギー」「循環型社会」「みどり」「交通」という四つのテーマが総合的に取り上げられ、議論されました。会議中盤では、各テーマの中にさらに三つずつのサブテーマが設定され、参加者は12個のグループに分かれて、これらのサブテーマを分担する形で議論が進みました。最終的に各グループの議論を通じて練り上げられた33項目にわたる取り組み項目が市民会議からの意見提案としてまとまり、区に提出されました。

提出された意見提案書には、例えば、▽公共施設への床発電、太陽光パネルの導入▽まちなかのあらゆる資源を生かした再エネ発電の拡大によるエネルギーの地産地消▽区内の飲食店や小売店などで自分のリユース容器を使える環境の整備▽区の顔となるような良質な景観を生む緑化を民間事業者に推奨▽歩いて10分で森林浴ができる杉並区の実現▽現状では幹線道路が主流となっている区内の南北移動に排出の少ない方法を選べる手段を整備ーといった多岐にわたる提案が並びました。

これに対して、テーマを絞り込んで比較的短い期間に集中して議論する気候市民会議もあります。東京都世田谷区が主催した「世田谷版気候市民会議」では、家庭での照明や家電製品、冷暖房、給湯を始めとする電気・ガスなどの使用から出るCO2の排出削減策に絞って議論されました。「脱炭素化しながらも暮らしやすい世田谷区」の実現に向けて、身近な暮らしの脱炭素化のための行政の取り組みを「政策提言」としてまとめることを目的に、会期も2025年1月下旬から3月上旬の3回というコンパクトな設定でした。

会議では主催者側から、2050年の目標として、①既存住宅に太陽光発電設備が最大限設置されている、②全家庭で再生可能エネルギーの電力が使われている、③全住宅が家族の健康に資する省エネな建物に改修されている、④移動・消費・レジャーなど日常の様々な場面で、環境負荷が意識されており、行動につながっているーの四つが提示され、各目標に向けて対策が進まない原因や障壁について、グループで分担して話し合われました。例えば、住宅の省エネ改修をめぐる議論では、意義やメリットを理解した上で改修に向けて動き出そうとしても、気軽に相談できる窓口がなかったり、業者を比較・評価するのが難しかったりといった障壁がクローズアップされていました。

参加者が日々の生活での経験を生かして気候変動対策についての意見を形成するには、5~6人程度のグループに分かれて、熟議する時間を十分に確保することがポイントになります。ほとんどの会議で、このグループでの話し合いに最も多くの時間が割かれます。グループでの議論を支援するファシリテーターの役割も重要で、杉並区の会議では経験豊富な外部の専門のファシリテーターが、世田谷区の会議では区で気候変動対策を担当する第一線の職員らが、それぞれグループの進行役を務めていました。

結果の生かし方

気候市民会議では、議論の結果は意見提案や政策提言、アクションプランなど文書の形でとりまとめられます。日本の自治体における気候市民会議の多くは行政主催で、会議結果は主催者である行政に届けられ、自治体の気候変動対策の計画づくりやその実施に活用されます。例えば、2022年に全国に先駆けて自治体が主催した、埼玉県所沢市の気候市民会議(マチごとゼロカーボン市民会議)では、会議結果が、市の環境基本計画の改定や、新たに制定された「脱炭素社会を実現するための条例」に取り入れられています。

気候市民会議の議論は、一般から無作為に選出された市民が自由に行うものであり、どのような意見、提案が出てくるかは分かりません。その意味で、行政が主催する場合、会議を始める前から結果の全てを施策に反映するといった約束をすることは現実的ではありません。しかし、会議でまとまった提案や提言について、行政が取り組みやすい部分だけを恣意的にピックアップするのではなく、一つずつ丁寧に検討して、すぐには実施が困難なものも含めて、全てに応答することは可能であり、気候変動対策に限らず、住民参加をより実質的なものとするため、積極的に行われるべきことです。こうした観点から、国内の気候市民会議においても、主催者である行政が、会議を始める段階で、会議結果の全項目について施策への反映を一つずつ検討し、応答することを約束するようなケースが出てきています。

東京都杉並区の気候区民会議でも、2024年3月に開かれた初回の会議で、区側から「会議の意見提案に対して、区は施策への反映を一つひとつ検討します」との説明があった上で、議論が始まりました。そして実際、同年8月に提出された意見提案書について、区では、提案された33項目の取り組み全てを検討し、その結果を「意見提案に対する区の対応」としてまとめ、2025年3月に公表しています。

例えば、まちなかの資源を生かした再エネ発電の拡大によるエネルギーの地産地消を進める提案に対しては、「太陽光発電設備及び蓄電池等への導入助成や、「建築物再生可能エネルギー利用促進区域制度」の導入等による再エネの普及促進に向けた、さらなる取り組みを検討していきます」と、既存の施策にも触れつつ応答しました。飲食店や小売店などで自分のリユース容器を使える環境の整備に関しては、「食品に係るマイリユース容器利用には衛生面等の課題について調査研究していきますが、使い捨て容器を使用しない環境を整備していくため、イベント時のリユース容器貸出し事業、事業者へのリユース容器活用支援助成に取り組んでいきます」との対応が示されました。新たな制度や枠組みが必要な事柄については、これから検討を行うという記述も目立ちますが、市民会議からの提案に対して、項目ごとに具体的に対応を検討し、応答していることは注目されます。

行政による類似の対応として、2023年に気候市民会議が行われた茨城県つくば市でも、市が、会議の提言内容を実現するための2030年度までのロードマップを、77ある提言項目の一つひとつについて作成し、発表しています。東京都日野市も、同年に開催した気候市民会議の後、提言について1項目ずつ対応を検討し、その結果を「気候市民会議提言関連表」にまとめて公表しています。

このように気候市民会議では、提言するだけ、受け取るだけで終わらないように、提言に対して項目ごとに対応を検討し、応答するということが、すでに多くの自治体で行われるようになっています。

気候市民会議の意義とさらなる活用への課題

このように気候市民会議は、脱炭素社会への転換に向けて市民の参加と熟議を生かすため、積極的に活用されるべき有力な方法と言えます。その基本的な意義は、異なる背景や経験を持つ市民が、バランスの取れた情報に基づいて熟議することにより、様々な住民の生活の実情や思いを踏まえた、実効性ある気候変動対策の立案・実行につなげうる、ということにあります。

ヨーロッパを始めとする世界各地の実践家や研究者、行政関係者が参加する「気候市民会議に関するナレッジネットワーク」(KNOCA)のウェブサイトでは、気候市民会議の意義として次の五つが挙げられています。第一に、気候変動に関する政策を、一般の人びとの関心や必要に即した、より健全でしっかりしたものにできる、第二に、社会と気候変動に関する不平等を問い直しうる、第三に、気候変動対策をめぐる政治的なこう着状態を打開できる、第四に、一般の人びとが参加して議論し、提言することから、気候変動対策の正統性や人びとの受容を高められる、そして第五に、特に気候市民会議に直接参加した人たちを中心として、市民の気候変動問題に対する関心や政治参加に関する自信を高められるーとされています。

これまでに諸外国や日本で行われてきた気候市民会議で、これらが十分に実現しているというわけではありません。気候市民会議がもたらしうるインパクトをさらに発揮する形で活用するには、様々な課題があります。

日本の状況に即して考えるなら、まず何よりも、会議の結果を政策的な効果につなげていくため、結果への主催者側の応答が担保された形での開催を標準としていくこと、そして一度応答が示された後も継続的なフォローアップが欠かせません。また、会議結果を受けた取り組みを狭い意味での自治体の環境政策の範囲にとどめず、より広い転換につなげていくためには、行政が単独で主催するだけでなく、市民団体が主導し、行政や地域の他の主体と協働して行う気候市民会議も広がることが期待されます。このタイプとしては、神奈川県厚木市のあつぎ市民発電所が主導して、市などと共同で実行委員会を作って2023年に開催した「あつぎ気候市民会議」の例が特徴的ですが、このように市民団体が主導するケースは日本では限定的です。

そして、気候変動対策の進展には、エネルギー政策を含めた国レベルでの政策転換が不可欠です。地域レベルでの気候市民会議の広がりを、国レベルの気候政策への参加と熟議の機会を開くことへとつなげていくことができるか。この点においてこそ、先に挙げた気候市民会議の真価が問われるでしょう。

三上 直之

専門は環境社会学、科学技術社会論。主なテーマは、環境政策や新しい科学技術への市民参加。著書に『気候民主主義―次世代の政治の動かし方』(岩波書店、2022年)、『複雑な問題をどう解決すればよいのか―環境社会学の実践』(共編著、新泉社、2024年)など。

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