巨大物流・データセンター開発から自分たちの地域と暮らしを守ろうと、「公害紛争調停」を申請しました。一連の住民運動の先に、持続可能な社会を支える住民自治の土台づくりを見据えています。
建設計画の概要と問題点─GLP昭島プロジェクトとは
昭島市は、東京都のほぼ中央に位置する人口約11万のまちです。南に多摩川、北には玉川上水が流れ、豊富な深層地下水で市内の上水道すべてをまかなう、水と緑に恵まれた地域です。
昭島駅北側、地元企業・昭和飛行機工業が「昭和の森ゴルフ場」を運営してきた土地が、2021年、物流不動産投資・開発を事業の主軸とするグローバル企業GLP社の日本法人に渡り「GLP昭島プロジェクト」が立ち上がりました。物流施設3棟(高さ約40~55メートル)・データセンター8棟(高さ約35メートル)の建設が計画されています。
商業・文化・福祉施設や住宅が並ぶ市の顔といえる地区に超巨大建造物がそびえたつこと、片側一車線の市道に囲まれた施設に1日往復1万1600台の物流車両が発生することなど、住環境の急激な悪化が予想されています。また、計画地の中心部にある代官山緑地と呼ばれる林地には、ゴルフ場内の緑地とのつながりのなかでオオタカやアナグマなど貴重な動植物が暮らしていますが、周辺の開発により今後の生息が危ぶまれます。
データセンターについては、その規模の大きさが衝撃的です。計画では消費電力量が年間約363万メガワット時、これは2022年度時点の国内全データセンターの合計(約400万メガワット時)に匹敵し、昭島市全体の年間電力消費量(約62万メガワット時)の6倍、新宿区全体(約376万メガワット時)に迫る莫大なものです。事業者は目標値としてデータセンターのを1・4としていますが、これは単純計算で消費エネルギーの約3割が熱として排出されることを意味します。膨大な局所的排熱により、周辺の気温上昇や気象変化が懸念されます。さらに騒音・低周波音や事故災害等も考えられます。グローバルな視点からは地球温暖化への影響として、想定される二酸化炭素排出量が約178万トン-CO2と、昭島市全体(43万8000トン-CO2)の4倍相当です。
公害紛争調停の申請までの経緯
2022年2月の同プロジェクト公表以降、懸念・不安を持つ住民らが対応を模索してきました。2022年5月に立ち上がった「昭島巨大物流センターを考える会(以下、考える会)」(現会員数271名)は、「GLP計画の『見直し(撤退を含む)』を求め、話し合うこと」を目的に掲げ、様々な専門家を招いての勉強会、GLP社や行政・議会への働きかけ、街頭宣伝、署名運動、記者会見などを積み重ねています。
また、2023年末に発足した「昭島渋滞シミュレーション製作委員会」は、「物流・データセンターが建設されたら、水と緑のまち昭島はどう変わる?」をスローガンに、子育て世代・若者、従来型の「反対運動」に抵抗感を持つ人など、幅広い住民とのつながりを目指し、市民参加型の交通調査を実施、VRシミュレーション動画を製作、公開しています。
くわえて、昭島・立川市内の一部の小中学校PTAや保護者有志、自治会等も、GLP社や行政・議会への働きかけを行ってきました。
これらと連動し、環境影響評価手続きの過程では、都民意見書募集(2022年10-11月・調査計画書─232件・都史上3位、2024年2-3月・評価書案─438件・同4位)、評価書案住民説明会(2024年2月・参加者368名)、都民の意見を聴く会(2024年9月、公述人24名・傍聴人65名)等、多くの人々の懸念が届けられてきました。
ところが、これまで、問題・懸念の解消につながる実質的な対応や開発計画の見直しはほとんど実現していません。状況を打開するため、2024年11月、GLP昭島公害紛争調停団が発足しました。愛称の「くじら調停団」は、市のシンボル、昭島市内で発見されたクジラの化石に因みます。同プロジェクトによる「公害」の防止を求めて、2025年2月26日、207名の市民による連名で、東京都公害審査会に公害紛争調停を申請し、現在さらに申請人を1000人まで増やすべく募集を続けています。
事業者に求める内容
公害紛争調停は、公害を生じさせる事業者等と被害を受ける住民等との紛争を解決する公的手段の一つです。当事者の申請によって、国や都道府県の委員会・審査会が話し合いの場を設け、必要に応じて現地調査や資料収集を行い、双方の合意による解決を目指します。ここでの「公害」とは、「事業活動に伴って」「相当範囲にわたり」「人の健康や生活環境に被害が生じる」状況と定義され、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭の「典型7公害」が対象とされます。
くじら調停団はGLP社に対し、①環境影響評価書に不記載のデータの開示、②公害発生を適切に把握する追加調査・予測・評価、③公害防止のための計画見直しや実効性のある対策、④協議が成立するまで着工しないこと、の4点について誠実な対話を求めています。背景には、提出された環境影響評価書が杜撰で、環境保全対策も実効性と根拠が乏しく、住民説明会もGLP社の一方的な主張に終始してきたことがあります。
交通量の激増に伴う騒音、振動、大気汚染、事業予定地の地歴や昭島市の水利用を鑑みた土壌汚染や水質汚濁といった、上記「典型7公害」に含まれる影響の防止が、本調停申請の軸となります。さらに、公害紛争処理制度の対象を広げるべきという認識から、自然環境や生態系の保全についても対策を求めています。
さらに、データセンターからの排熱と緑地減少による気温上昇、それに伴う熱中症など健康被害の悪化、ゲリラ豪雨など気象災害の発生も「事業活動に伴って相当範囲にわたり人の健康や生活環境に被害が生じる」新たな公害と位置付け、対策を求めています。膨大な二酸化炭素の排出についても取り上げ、環境紛争処理制度の発展を促すことも視野に入れています。
住民運動・公害紛争調停の意義
資本主義に基づくグローバルな経済活動のもとで、地域の文脈とは無関係に住民の願いとかけ離れた開発計画が立ち上がり実行されていく状況が、全国に広がっています。とくにデータセンター、物流施設、再生エネルギー設備といったインフラ開発が、国の法整備やビジョンが遅れるなか、投機対象として無秩序に拡大しています。これらは社会の今後を形作る重要な基盤施設であり、本来、わたしたちがどのような社会を構築したいのか、どのように生きていきたいのか、そして何を次世代に引き継いでいきたいのか、長期的な未来への道筋を描きながら設置を計画すべき、つまり住民自治を土台に構築すべきものでしょう。グローバル資本の拡大のための短期的・短絡的な開発で、地域の自然環境と人々の暮らしが破壊され取り返しのつかない事態を招くことは、すなわち住民自治の破壊にほかなりません。
「サステナビリティ(持続可能性)」の重要性が至るところで謳われ、GLP社も「サステナビリティをビジネス戦略の中核に」と掲げていますが、本来の理念の共有は不確かです。図のように、人間活動を「地球の限界」の枠内に収めること、その中で多様な人々が誰ひとり置き去りにされない「ともに生きることのできる社会」を築くこと、その軸としてそれぞれの「人権を尊重」し合うこと、これらを「統合」的に実現するために、さまざまな人々が「参画」しながら既存の社会・経済システムの「変革」を目指すのが、「サステナビリティ」の理念に関する国際的議論の到達点です。
二ノ宮リムさち・朝岡幸彦編著『社会教育・生涯学習入門─誰ひとり置き去りにしない未来へ』(人言洞、2023年)の図を一部改変
持続可能な社会への変革を支える「参画」のためには、住民自治の力としての「シティズンシップ(市民性)」が育まれる必要があり、その具体的な資質は「他者感覚」「開かれた態度」「正義感覚」「対等な関係性」「非暴力の態度と規範」として理解することができます。本プロジェクトを取り巻く住民運動、そして公害紛争調停の取り組みは、住民が自分たちの地域と暮らしを守り、社会を変え、未来をともに創ろうとする運動のなかで、「他者感覚」「正義感覚」を共有しながら、「開かれた態度」で、さまざまな立場の人々と「対等な関係性」を築き、「非暴力の態度と規範」によって問題を解決しようとする、シティズンシップを育む実践です。この運動の先に、住民自治の土台が築かれていくことを見据えています。
【注】
- 注1 GLP昭島プロジェクトのデータは環境影響評価書より。
- 注2 経済産業省『総合エネルギー統計(2024年度)』に記された全国の情報処理サービス業(主にデータセンター)の排出量より。
- 注3 自治体のデータは経済産業省『電力調査統計表・市町村別需要電力量(2023年度)』より。
- 注4 昭島市ウェブサイト『地球温暖化対策実行計画(区域施策編)』より。
- 注5 昭島渋滞シミュレーション製作委員会 Youtube
https://www.youtube.com/@simulation_akishima - 注6 いずれも環境配慮書または調査計画書提出案件中
- 注7 GLP昭島公害紛争(くじら)調停団 https://akishimachoteidan.jp/
- 注8 日本GLP株式会社「ESG」https://www.glp.com/jp/sustainability/
- 注9 寺島俊穂(2009)「市民活動とシティズンシップ」『関西大学法学論集』Vol.58, No.6, 1015-1066.
