愛媛県西条市 「水の都」西条にみる地下水ガバナンス

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地下水の持続可能な利用と保全をいかに実現していくのか。水循環基本法の一歩先をいく「地域公水」の理念を実践する「水の都・西条」の挑戦に学びます。


なぜ西条は「水の都」なのか

愛媛県西条さいじょう市は2004年11月1日に2市2町が合併して誕生した人口約11万人の地方都市です。西条市が古くから「水の都」と呼ばれてきたのは、「うちぬき」と呼ばれる自噴水じふんせいが住民の生活に取り入れられ、活用されてきたことに由来しています(川勝2022、6-7ページ)。現在では市内の至る所で容易に揚水できるようになり、住民の飲用水や生活用水、農業用水など、生活に必要なあらゆる水として広く利用されています。とりわけ、旧西条市の中心部とその周辺では地下水への依存度が高く、今でも上水道等が整備されていない区域があります。そのため、現在も市の上水道普及率は50%未満に過ぎず、多くの家庭が昔ながらの自噴井である「うちぬき」を今も生活用水として利用しています。「うちぬき」は岐阜県揖斐川町いびがわちょうで開かれた全国利き水大会において、1995年と1996年に2年連続で日本一に輝いた全国でも屈指の「おいしい水」としても知られています。

西条市が今日、「水の都」として発展してきたのは、豊かな自然環境の中で生まれた地下水が古くから人々によって育まれてきたからに他なりません。西条市の地下水と環境、人、産業との関わりは「うちぬき文化」と称され、まちづくりの基盤となっています。日本では戦後、多くの都市が地盤沈下、地下水汚染、渇水といった地下水障害を経験してきた中で、西条市はそうした深刻な状況に陥ったことがありません。その大きな要因として考えられているのが、先人から脈々と受け継がれてきた〝まちづくりのおきて〟です。①水資源は売らず、地域で活用する、②には、水の大量利用や汚染が懸念される企業の進出を認めない、③農業用水の乏しい地域では「水番」制度などを整備して水資源の有効利用を図るなど、地下水は「共有するもの」ではなく、持ち分の譲渡が困難な「総有するもの」という理念のもとに取り組まれてきたのです(佐々木2010、76ページ)。言い換えれば、地下水のような地域資源と関わりながら生活している住民は、その地域において自然環境の保全活動に協力することで初めて利用できるということです。

西条市にある「加茂川左岸うちぬき公園」の水汲み場。名水「うちぬき」を求めて、市外からも多くの人たちが訪れる(愛媛県西条市環境政策課提供)。

西条市の地下水問題と将来リスク

このような水の恩恵と、水と人との関わりは、西条の水が〝地域の宝物〟であることを象徴しています。ところが近年、西条平野の沿岸の一部では、地下水の塩化物イオン濃度が水質基準値より高く、飲用に適さない塩水化した井戸が確認されています。その原因は複合的なものと考えられていますが、一因として挙げられるのは農業用水として大量の地下水を使っていることです。になると地下水の水位が下がり、地下水が海水を押し戻す力が弱まって 海水の侵入を許し塩水化してしまうからです。地下水は流れが遅いので、そうした影響は長期的に、そして広範囲に及びます。また、西条市は地下水を直接、生活用水として利用している家庭が人口の半数以上と多く、上水道・簡易水道等の水源も含め、ほとんどが地下水に依存しているので、枯渇や汚染が生じた場合の影響の大きさは甚大です。

西条市の自然環境や産業構造はこの数十年の間に大きく変化しており、その影響は川や地下の一部にも現れています。近年は温暖化で雨の降り方が変わり、河川からの地下水涵養量が減少するといった問題も懸念されています。そうした将来リスクに備えて、今後は水循環全体(地下水のかん養や利用)を健全に保つ総合的な施策とモニタリングによって、地下水を適切に管理する必要があります。

「地域公水」論の実践

地下水の適切な利用と保全を具体的に考えていくと必ず直面するのが、「地下水は誰のものか」という問いです。地下水の法的性質については、これまで土地所有者に権利があるとする「私水」論と、行政の管理権の下にあるとする「公水」論とが理論的に対立してきました(川勝2022、11-12ページ)。「私水」論では、基本的に所有権は地上から地下にまで及ぶので私有地の下にある地下水は土地の所有者のものということになります。理論的には自分の土地の下にある地下水はくみ上げ放題というわけです。しかし近年は、地下水は河川の水と同様に流動しているので、その恩恵は土地の所有者だけでなく、関連する全ての人が享受すべきだとする「公水」論が、理論的にも実践という意味でも存在感を増しつつあります

2014年6月に水循環基本法が制定され、地下水が「公共水」と位置付けられました。たしかに地下水は公共水ではありますが、不特定多数の人たちが利用し、目に見えない地下水を河川水のように公共水として全国一律に規制し、緻密な管理を行うことは困難を極めます。他方、地下水は地域の誰もが利用できなければなりませんが、現実には土地所有者でなければアクセスできません。そのため、西条市は自治体にその管理の一部権限と責任を信託し、地域の実情に合った保全活動や条例による規制によって保全・管理する地下水を「地域公水」と位置づけ、関係者が一体となって守っていける体制の整備を図っています。自治体の地下水資源管理のためには、住民、事業者、行政などが地域的合意に基づいて、自発的な地域ルールにより「地下水利用秩序」を形成することが不可欠だからです(小川2023、88ページ)。

合意による「地下水利用秩序」の形成

2017年8月に策定された「西条市地下水保全管理計画」では、地下水を「地域公水」と明確に位置付けたうえで、地下水の将来ビジョンや目標、その望ましい〝守られ方〟については、行政のみならず、住民とともに考え、決定すべきものであることを強調し、次のように述べられています。

「西条の地下水が10年後、20年後にどのような姿であってほしいのか、また、それを実現していく過程で地下水がどのように守られることが、市民の生活の質を高めることにつながるのか。その答えは『市民が集まって決める』ことによって、はじめて導き出せるものである。」

そうした「話し合いの場」として、西条市に設けられることになったのが、筆者も会長を拝命して参画している「地下水保全協議会」(以下、協議会)です。協議会の目的は、「地域公水」の理念や地下水に関する科学的な認識を共有すること、市の「地下水保全管理計画」の進捗状況を確認すること、協議会の提案について検討・協議し、その実現に向けた課題の整理や関係者間での協力体制の整備を図ることにあります。また、協議会で提案された施策に国や県の協力、学校や大学・研究機関との連携が必要な場合には、関係機関と協議を行い、必要に応じて支援や協働を求めることも、その目的の一つです。

協議会からの発案によって、最近実現したことがあります。西条の人たちが地下水の状況に日々関心をもち、節水等に取り組んでもらうために、市のバーチャルミュージアム「水の歴史館」にリアルタイムで地下水位をチェックできるサイトが開設されたことです。毎朝出かける前に天気予報をチェックするように、まちの地下水位をチェックすることが習慣になれば、水に恵まれた暮らしをしているがゆえに〝当たり前〟と感じがちな西条の人たちも、水の価値やその時々の変化に気づいてもらえるようになるのではないでしょうか。

西条市では2022年9月に地下水保全条例(「西条市地下水の保全及び管理並びに適正な利用に関する条例」)が成立しました。この条例は、地下水を「地域公水」と定義し、水を守り育てる「育水」という理念を実現する合意形成の仕組みとして、協議会を重視するものとなっています。前述の〝まちづくりの掟〟、すなわち地域で「慣習」として伝承されてきた地下水ルールが「条例」として明文化され、地域の合意はその条例への法的確信によって支えられることになったのです。

西条市総合文化会館の西、アクアトピア水系の噴水近くで「うちぬき」を飲める。
(愛媛県西条市環境政策課提供)

住民をはじめあらゆる関係者に役割を与えて当事者意識を醸成するという意味でも、条例と協議会の教育的・啓蒙的役割は小さくありません。西条市の事例が示唆しているのは、多様な主体が協働しながら、科学的知見に基づいて地下水の保全と持続可能な利用に関して意思決定し、まちづくりとして新しい地下水管理の仕組みをつくり上げていく必要があるという点です。しかし、協議会だけでは参加者の幅は自ずと限られてしまいます。西条市の協議会は、高校生が参加するユニークな点も有しますが、今後は「地下水ラボ」のようなワークショップなど多様な参加の機会を創出し、市民の声を幅広く集め、「地域公水」の理念を実質化していく必要があります。「水の都・西条」の未来のために、住民の参加と協働による〝地下水自治〟が求められているのです。

【参考文献】

【注】

  • 1 例えば、熊本市や長野県安曇野市などいくつかの自治体では、条例の中で地下水を「公共の水」や「共有財産」などと規定し、地下水資源の自治体管理にふさわしい法的性格を宣言しようとする動きが見られるようになってきています。
  • 2 地下水位は以下のURLから「現在の神拝小学校の地下水位確認サイト」にアクセスして頂くと確認することができます。情報は1時間ごとに更新されます。https://saijo.correo-meteo.com/index.php/Correo/kanbai_elementaryschool
  • 3 地下水ラボは、市民が西条の水を知り、一緒に考える協議会の分科会です。2023年度は市内各所で4回開催され、各分科会では協議会で出た課題などをもとに具体的な活動が行われています。各回の開催状況については、以下のリンク先を参照。https://www.city.saijo.ehime.jp/site/mizunorekishikan/mizutsushin.html
川勝 健志

京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、京都大学博士(経済学)。専門は財政学、環境経済学。近著に『「水の都」を受け継ぐ 愛媛県西条市の地下水利用と「地域公水」の試み』(編著、ナカニシヤ出版、2022年)、『現代社会資本論』(共編著、有斐閣、2020年)、『人がまちを育てる―ポートランドと日本の地域』(編著、公人の友社、2020年)など。

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