公的医療保険にみる応能負担と新たな搾取

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今夏の参院選では「現役世代の社会保険料負担軽減」を複数の政党が掲げました。危機に立つ公的医療保険をめぐる現況と新たな搾取などについて考えます。


現役世代の社会保険料負担軽減

公的医療保険において、保険料負担増と給付抑制が続いています。

主因は社会保障費抑制策、そして所得再分配機能の低下を伴う財源調達策にあります。1980年代から継続する公的医療費抑制策に加えて、富裕層への減税、法人税減税、それらを肩代わりする消費税増税を繰り出し、垂直的な所得再分配機能を低下させた結果、医療保険料をはじめとする社会保険料の負担増が続いているからです。被用者の多くが源泉徴収で差し引かれていることもあり、財源調達として国民からの反発が弱い社会保険料を大幅に引き上げてきたという次第です。

このような情勢を踏まえて、今夏の参議院選挙では「現役世代の社会保険料負担軽減」を公約として挙げる政党が複数、登場することになります(自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党、参政党など)。なお、政権与党には度重なる社会保険料負担増によって、生活が圧迫される状態を招いた責任があります。

自民・公明・維新は3党合意(2025年2月25日)で、維新が主張する「国民医療費の総額を年間で最低4兆円削減し、現役世代1人当たりの社会保険料負担を年間で6万円引き下げる」を盛り込みました。

そのあと、2025年6月11日の3党合意において「現役世代の保険料負担を含む国民負担の軽減を実現する」としました。3党合意の内容については、2025年6月13日に閣議決定された、いわゆる「骨太の方針2025」に反映されています。

現役世代の社会保険料負担軽減は少なくとも主に2点の問題を含んでいます。

第一に、現役世代と高齢期世代とをあえて区分し、差別化を図って世代間対立を煽り、分断と対立ばかりが前景に出る仕掛けであるという点です。本来必要な社会保障費の増額、社会保障の充実は後景に置かれています。そもそも、現役世代という区分は世代間対立を煽ることを目的として使用されることが多く、少なくとも社会保障においては使用を控えるべきです。

応能負担と社会保険料負担増

第二に、応能負担と負担の公平性を曲解している点です。高齢期の人々には現役世代と同じ負担割合を求めることが「負担の公平性」だと吹聴しています。本来、負担の公平性は応能負担によって実現される必要があります。

税や社会保険料負担においては、憲法14条による法の下の平等として、応能負担の徹底を通じて実現しなければなりません。

法の下の平等は経済力が同等の人には等しく負担を求める水平的公平と、経済力のある人により大きく応分の負担を求める垂直的公平があります。このうち、垂直的公平については応能負担の徹底により実現されなければなりません。

憲法の考え方に照らせば、「国税と地方税、目的税である社会保険料などは、すべて応能原則」とすべきものです。応能負担を原則とする健全な社会を志向することが、憲法上求められていると解するのが妥当です。

ところが、現状は残念ながら応能負担の徹底が図られず、低所得者層に対して消費税や国民健康保険料など、税・社会保険料負担を通じて搾取・収奪の強化が図られ、富裕層への減税や主要な税収の構成などからもわかるように、階層の固定化が進展しています。

憲法が予定しない不健全な社会へと着実に歩みを進めている状態です。新自由主義を信奉する勢力が「憲法の力によって生き続ける垂直的所得再分配機能を絶対的に圧縮・抑制すること」を目指して、社会保障財政の圧縮を企図しているからです。

新自由主義的税制改革にもとづく社会保障の主要税財源は「応能負担原則にもとづく法人税・所得税ではなく、逆進性の高い消費税」となります。社会保障による所得再分配機能は垂直的所得再分配で応能負担が原則ですが、消費税による所得再分配は水平的に過ぎず、消費税の逆進性がそもそも社会保障の目的に反しています

そして、消費税の逆進性を上回るのが社会保険料であり、「社会保険料負担は逆進的」といえます。世代間を分断し「負担の公平性」として、高齢期の人々に現役世代と同じ負担割合を求めるのではなく、応能負担の徹底によって垂直的公平を保てるよう改善することが重要です。

2019年からは全世代型社会保障改革の名のもとに「社会保障制度の持続可能性」を高めるとして、給付抑制と自己負担増による社会保障費削減が図られています。後期高齢者医療制度のさらなる自己負担増や、高額療養費制度の自己負担上限額の見直し案などはこの一環です。

被用者保険の適用拡大にともなう搾取

3党合意の内容では、現役世代の社会保険料負担軽減のため、国民医療費の総額を年間で最低4兆円削減する方針です。これまで以上に過剰な公的医療費抑制策を展開しなければ到達が困難なほどの削減目標を立てています。の保険給付外しもその一つです。

このうち、医療供給体制については、新・地域医療構想(2040年を見据えた体制づくり)の開始までに11万床を削減し、医療費1兆円の削減を目指すとしています。

一方、公的医療保険における皆保険体制については、被用者保険の適用拡大を進めています。これは全世代型社会保障改革の一環として労働力確保の手段であり、なおかつ、搾取する対象を拡大するという政策手法でもあります。

国民健康保険では、政府による被用者保険の適用拡大政策によって、被保険者の減少とともに、ますます国保に残る人々の所得水準が低下することになります。被用者保険の対象とならない雇用労働者は引き続き国保の被保険者となり、国保と被用者保険の格差がより顕著となります。

無業者や前期高齢者が多い国保において、よりいっそう負担能力が高くない方々での構成という性格を帯びることになり、保険料負担はより重くなることが容易に想定されます。

医療給付費がさほど増えていないにもかかわらず、被保険者数の減少によって国保料が高くなるという事態ともなっています。つまり、国保の被保険者の責めによらない理由によって国保料の負担が重くなるという構造的問題が深刻化しています

すでに国保においては、都道府県内での保険料水準の統一に向けた取り組みが進んでおり、2024年6月に厚生労働省が示した「保険料水準統一加速化プラン(第2版)」では、2030年度までに全ての都道府県で「納付金ベースでの保険料水準の統一」が実現するよう目指すべきと記されています。今後の国保改革によって、より国保料負担が厳しくなると想定されます。詳細は本号の神田論文(15ページ~)をご参照ください。

公的医療保険の二極化

被保険者の保険料負担や、である自治体の努力に依存するのではなく、国庫負担を増額し、高齢者をはじめとする被保険者の受療権、健康権が保障されるよう制度の安定を図る必要があります。

にもかかわらず、財務省サイドから出されているのは生活保護の医療扶助を国保(および後期高齢者医療制度)に移管する案です。毎年、「骨太の方針」にも記載されています。この案が現実となれば、被用者保険と国保の違いがより鮮明となり、公的医療保険の二極化が図られることになります

全国知事会は2025年7月にとりまとめた「2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言」において、生活保護利用者の国保等への移管案について「拙速な議論は地方や国民を混乱させ、ひいては社会保障制度の信頼を損なうこととなるため、議論にあたっては制度の課題や運営状況の分析を行い、慎重な議論を行うこと」と懸念を示しています。

国保は低所得者および生活保護利用者の医療を賄うものとして存在することとなり、国保においても劣等処遇がより貫徹されるのではないかと危惧されます。同時に、そもそも現行の生活保護利用者に対する劣等処遇内容を改善し、他の公的医療保険と同等の医療を提供しなければなりません。

国保の被保険者への劣等処遇の回避、国保の保険者である自治体への新たな公費投入、被用者保険加入によって事業主負担が重くなっている中小業者への下支えなど、喫緊の課題への対応が必要です。

子ども・子育て支援金の徴収=新たな「搾取」

2026年度からは子ども・子育て支援金の徴収が開始予定です。税でもなく、保険料でもないものを、公的医療保険料に上乗せして徴収します。政府は少子化対策が重要としながら、その費用は子ども・子育て支援金を設置して、新たに搾取するという内容です。その分、国庫負担は抑制されます。

少子化対策、子ども・子育て支援の充実を図るのであれば、全額国庫負担で新たに増額して支出しなければなりません。社会保険の保険給付の支払い事由に該当しない、子ども・子育て支援に係る費用を上乗せして徴収することについては、合理的理由が見当たりません。

新たな搾取の手法である子ども・子育て支援金の徴収は当初の予定額からいずれ負担増となると推察します。介護保険料も創設当初は月額2911円(第1期)だったものが、今や月額6225円(2024年度から2026年度の第9期、全国平均)と2倍を超える負担を強いています。

このような搾取方法が許容されるのであれば、子ども・子育て支援に係る分野以外についても、例えば障害者福祉に係る費用をも、公的医療保険料等に上乗せして徴収するなどと言い出しかねない情勢です。社会福祉や社会保障に係る費用以外でも、例えば防衛費の一部についても同様に「安全保障納付金」などと称して徴収されかねません。

子ども・子育て支援金の徴収問題について以前から警鐘を鳴らしていますが、残念ながら社会的な議論にまではなっていません。ただ、直近では京都社会保障推進協議会が2025年8月19日に「子ども・子育て支援金反対署名スタート集会」を開催し、子ども・子育て支援金の問題点などを共有し、公的医療保険料に上乗せではなく税金で、という趣旨の集会を開催しました。こうした動きが各地に広がることを期待しています。

保険者である自治体の対応

国民健康保険の保険者である市町村は、2026年度から国保料に上乗せして、子ども・子育て支援金を徴収する業務も担うことになります。ただでさえ高騰している国保料に上乗せして徴収するのは厳しい情勢です。

子ども・子育て支援金の徴収において、市町村は減免などの対応を検討すべきでしょう。国保料に上乗せして徴収する金額の軽減を図り、一般財源から支出するなどの対応が望まれます。同時に本来、政府が負担すべき額を市町村が一時的に肩代わりするわけですから、国に対して子ども・子育て支援金分の保険者への補填ほてんを求める必要があります。市町村の事務負担が増えることは必至です。

全国知事会は2025年7月にとりまとめた「令和8年度国の施策並びに予算に関する提案・要望」において、子ども・子育て支援金制度について「国民に実質的な負担を生じさせないこととされており、子ども・子育て支援納付金が低所得者の過度な負担増とならないよう、国による十分な財政措置を行うこと」を国に対して求めています。

また、「子ども・子育て支援納付金は、市町村の国民健康保険料(税)として徴収されることから、支援金の目的や使途、負担のあり方等、制度の概要について、被保険者の理解が十分得られるよう、国の責任において丁寧な周知広報を行うこと」としています。

そもそも、国保の被保険者の方々で、この合理的理由が見当たらない子ども・子育て支援金という、新たな搾取が始まることを理解している人は現時点で多くありません。丁寧な説明と十分な配慮が必要です。

さらに全国知事会は「子ども・子育て支援納付金の導入に伴い、保険料(税)徴収や窓口対応、関連システムの改修等が必要となることから、人件費をはじめ、新たに必要となる費用に対し、保険者に財政負担が生じないよう、財政的支援を講じること」を求めています。

被保険者だけでなく、子ども・子育て支援金の創設によって、保険者である自治体も負担増となることが想定されているからです。

保険者である市町村と、被保険者である市民がともに、この子ども・子育て支援金導入を問題視して、そもそも全額を国庫負担で、つまり税で実施すべき事柄であると訴求する契機となることを期待しています。政権与党をはじめ複数の政党が「現役世代の社会保険料負担軽減」を主張するのであれば、まずは子ども・子育て支援金徴収を撤回すべきです。

このままでは、2026年度から税でもなく、社会保険料でもないが、公的医療保険料に上乗せして徴収するという、新たな搾取と収奪が始まることになります。

【注】

長友 薫輝

1975年宮崎県生まれ。自治体問題研究所理事、日本医療総合研究所理事、日本医療福祉政策学会副会長などを務めている。

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