【対談】日本の未来をつくる自治の力 ─流動する農山漁村と都市 生きている場でものを考える―

  • 内山 節(うちやま たかし)
    立教大学大学院教授

2014年12月15日

月刊『住民と自治』 2015年1月号 より


「地方消滅」論の見方

岡田

政府は平成の大合併について十分な検証をしていません。そうしたなか、日本創成会議(座長・増田寛也元総務大臣)が二〇一四年五月八日に発表した「ストップ少子化・地方元気戦略」(以下、増田レポート)、同年八月の『地方消滅』では、自治体が消滅することを前提とした地方制度、国土計画の再編を提起しました。この増田レポートの「消滅可能性都市896全リスト」に掲載された自治体では次々とそのための対策組織がおかれました。そうした地方自治体の危機感を煽りながら安倍内閣は、「地方創生」を重点施策として打ち出しました。

今日は、群馬県上野村に居をかまえ四〇年、農業やフランスの自治にも造詣が深く立教大学の教授でもある哲学者の内山節さんに、日本の都市と農村、自治のあり方についてお聞きしようと思います。まず、増田レポートをどう思いましたか。

内山

いまの状況をちゃんと見ていないんだろうという気はします。それは何かというと、いま、地方も都市も新しい流動化が起きています。そのなかで人々は自分の暮らしかたをこれまでとは違うかたちで考え始めています。それを象徴的に感じるのは、この立教大学がある豊島区です。増田レポートでは豊島区はアウトになるという話です。

岡田

増田レポートでは、二〇~三〇歳代の若年女性人口が二〇四〇年までに五割以上減る自治体を「消滅可能性都市」、うち一万人未満の町村を「消滅自治体」とし、推計値とともに自治体名を公表しました。この推計は、二〇〇五年から一〇年までの人口移動傾向がそのまま続き、かつ大都市圏への人口集中も収束しないと仮定した非現実的なもので、豊島区も該当しました。

内山

これはまったくあり得ない話です。なぜかというと、都市は都市なりに流動性が高いわけです。だから、人口が動かないということを前提に豊島区内の出生率をもとに計算されても困ります。また、わたしの住んでいる群馬県上野村も、村民人口の二〇%が都市出身者です。小学校も、都市出身者がいるから維持されているといってもよいぐらいです。いま全国的にそういう動きがあります。

ですから、農村人口が都市へ都市へと流れていくような流動化が長く続いたことは事実ですけれど、その時代はもう終わりつつあるというふうに考えてもよいのではないでしょうか。第一、出生率の問題でいえば一番低いのは東京です。地方都市では依然としてシャッター街が増えていく傾向も一面ではありますが、一面では若い人たちがシャッターを開く、使うような傾向も出てきていて、いろいろな流動化が発生しています。

岡田

増田レポートではふれていませんが、東日本大震災や最近の大規模土砂災害、水害地域では、合併によって役場がなくなり安否確認もできない、救援物資の配送もできない地域が出てきています。そういう地域が国土中に広がってしまったということに対して、ほとんど検証のメスを入れずに表面的なものしか見ていません。それは、「まち・ひと・しごと創生法」のなかでも同じことがいえます。

農村の流動化もあるけれど都市の流動化も

内山

地域は、地域、地域でつくり方がちがうわけです。ぼくの住んでいる上野村でいうといま人口が一三〇〇人くらいです。江戸時代は一〇〇〇人の人口でやってきたので、場合によっては一〇〇〇人まで減ってもいいわけです。ただ、これから上野村がやっていけるかというと、バックアップしてくれる人たちがほしいです。というのは、いまからいろいろなことをやっていくときに、村民ががんばっていく面と、「何かあったら駆けつけますよ」という人たちが応援していくという面が、必要なわけです。

岡田

応援団があれば、一〇〇〇人でもやっていけるということですね。

内山

上野村は今年度中に木質ペレットをつかった発電機が入ります。発電機をドイツの工場に発注しています。

岡田

新聞記事を、拝見しました。

内山

木質ペレットは地域の自然エネルギーです。それを使い簡単にやることができるのも外部の協力者がいるからです。役場の担当課長と東京にいる協力者の二人でドイツに発電機を発注しに行っています。協力者は、語学も堪能なので通訳もいらないですし、飛行機代と、現地の滞在費が少しあればいいだけです。役場と携帯で話しながらその場で発注できます。自分の役場だけでやろうとすれば、まず現地に行くにしたって通訳をつけなければいけませんし、関連するコンサルタント会社に依頼したりすれば、不適切なものに高いお金を払うといったことが起きます。

岡田

若い人のなかから流動化が起きているといわれましたが、三・一一と関係がありますか。

内山

その前から動きはあって、「そうしようかな」と思っていた人たちが、三・一一をきっかけにして活発になったということではないでしょうか。

東京にいるときには文京区に住んでいますが、若い人たちによる新しい店がどんどんできています。以前と違うなと思っているのは、たとえばお店をつくってうまくいったら、そのうち青山に店を出そうとか、銀座に出そうとか、なかにはチェーン店にしたいとか実業家志向の人が多かったと思いますが、いま店を開いている若い人たちには全然そういう傾向がなくて、むしろ地域の人たちが集まってくれるお店、コミュニティーの場所になるように使ってほしい。できたらそこでずっとやっていきたい、という志向が強いです。

岡田

確かにそういうお店が増えています。

内山

だから、農村の流動化もあるけれど都市の流動化もあります。

岡田

競争するより自己実現したいという志向の高まりでしょうか。

内山

自分の経済活動をどういうふうにつくっていくのか、どういう生き方をするのか、どういうコミュニティーをつくるのか、というだいたいその三つが一緒になってきたという感じです。

岡田

内山さん自身が、若い時に釣りに行った上野村に東京から移住されています。流動化の流れに先んじていますね。

内山

戦後の日本は、圧倒的に農山村から人が出ていく、という異常な波がありました。農村から人が出ていく戦後的流れとしては、もう終わったとみていいかと思っています。

上野村だって、いま村の中学生にアンケートをとると、ほぼ一〇〇%が「大人になっても村で暮らす」と答えます。ただそれが大学に行って上野村で暮らそうと思っていたけど東京にしました、という人は出てくると思います。でも、いずれこの村から出ていくぞと思っている中学生がいなくなったということです。それぐらい中学生の気分は変わっています。

多様性を持つ農業の力

内山

上野村に引っ越してくる人にだって、無責任に「どうぞ」ということだったらもっと増えます。だから役場が間に入って希望を聞きながら、村に来てもらっても不幸になってしまうことがないように、ケースによってはよその村に紹介することもあります。

岡田

なるほど、紹介をするのですか。

内山

希望をいっても無理な場合もあります。林業をしたいという場合にも、林業の仕事はありますけれども、その人が理想とする林業ができるかは別の話です。

実は農業は入口のハードルが低い産業ですから、簡単にいえば誰でもできるという一面もあるわけです。ただ本格的にというと、誰でもできるわけではありません。生涯修行みたいな一面を持っています。「農業は一番いい産業だ。その理由は入り口のハードルがものすごく低い、しかしどこまでいっても終点がない。こういう人間的な産業が一番いいんだ」と、アダム・スミスはいっています。

岡田

安倍政権の農政改革は、規模を拡大し輸出を増やすという方向をめざしています。

内山

安倍政権に限らずいつも、農業の規模を拡大して、ちゃんとした経営をする、という話が農業改革には出てきますが、ちゃんとした経営って何ですか。一〇〇〇万円の収入を得ようという農業もあるけれども、一〇〇万円でいいです、という農業もあるし、〇円でいいですという農業もあります。場合によってはちょっと持ち出してもいいですという農業もあります。農業計画は多様です。だから絶えずいろいろなものが生み出されていく、というのが農業の力で、それを可能にするハードルの低さというのが農業にはあるわけです。

岡田

日本の経済政策は、農業、林業、漁業の多様性をつむような経済成長戦略の論理で展開されてきました。

内山

経済というのは人間たちにとって道具なわけです。いつのまにか道具が道具でなくなって、主人のようになってしまったのがいまの状況です。つまり、わたしたちがどんな社会をつくっていきたいか、なんです。みんなが幸せならそれでいいわけです。じゃあ幸せってどうやってつくれるのか。

誰かが傷つけられてしまわないような社会が幸せな社会だと思います。

岡田

そのとおりですね。

いいな、ここの暮らし

内山

幸せな社会についてもう少しいいますと、働きがいのある働きをして、いい地域があって、その地域のなかにできたら自然もあって、そこにはある程度文化があってというような、そんな社会だと思います。だから生きる仕組みをつくるにはどうしたらいいか、というのが課題なわけです。

ところが戦後の日本は、経済がうまくいけば何とかなる、というような発想できました。ただこの「経済がうまくいけば……」という考えはもう結論が出てきたと思っています。経済がうまくいったら何が起きたかといえば、農山漁村地域がピンチになったし、地方都市がピンチになりました。いまある意味で一番ピンチになっているのは、県庁所在地の都市かもしれません。

東京の町を歩いていて思うのは、ひどく安いチェーン店が山のようにあり、これらが成立するというのは、ひどく安いチェーン店に依存しなければやっていけないという人たちが大量にいるということです。決して東京はうまくいっているという話ではないです。経済成長期につくったいろいろなものがものすごく安普請(やす ぶ しん)で、それだから、三〇年もするとどうしようかという安普請な都市特有の悩みが出てくるわけです。

岡田

そういうことでいえば、農山漁村の豊かさが際立っています。先月、北海道の別海町に行って、北海シマエビなどを食べさせてもらいました。やっぱり味が全然違うんです。「幸せですね」といったら、皆さん「そうなんです」といってました。別海町は合計特殊出生率が北海道内二位です。酪農の町です。人口一万人余ですけど一〇万頭以上の牛がいます。仲良く家族経営をやっていて、それで子どももたくさん生まれています。保育・医療サービスもしっかりしていて、安心して預けられる保育所もちゃんと残しています。先ほどの生きる仕組みです。農業はだめだというふうにいわれながらも、北海道のなかで一番農業をしっかりやっているところです。合併もしていません。

内山

上野村にいて、村の暮らしはいいなあと思うなかに、自然があるとか、人間同士のつながりがあるとかもありますけれど、それだけじゃなくて、ちょっと道を歩けば石仏があることです。約八〇〇体あります。

岡田

顔を見るだけでおもしろいですね。

内山

有名な仏師が彫っているわけではないので、何の仏だろう、とよくわからないのもたくさんありますがそれもいいです。「いいな、ここの暮らし」と思えるものがたくさんあるわけです。経済成長だけでつくった都市は、「いいな、ここの暮らし」と思えるあらゆるものがないのです。

別に経済発展がいけなかったとはいいませんけれど、実に全体性を欠いたやり方をしてしまった。その結果いろんな問題を集積させたということです。それを都市の問題とか農村の問題とかいわないで、日本の社会がここまで劣化してしまった原因はどこにあったのかと問わなくてはいけないのです。

農山漁村地域とつながって完結する

岡田

その出発点が、一九八六年の前川レポートでした。日米貿易摩擦を「解決する」ために、一方で自動車や家電メーカーの海外への生産シフトを推進し、他方では、農林水産物、中小企業製品、石炭等の鉱産物の積極的輸入を行いました。また、小売業の分野では大型店の規制をなくしていきました。この経済構造調整政策は、その後の構造改革へと引き継がれていきます。その間に地域の農林水産業だけでなく、工業も商業も衰退したのです。

内山

再生力という点でいえば、農山漁村の方があります。あるいは都市でも小さい都市の方が、その気になればいろんな資源を持っていますから、自分たちの地域資源をうまく生かすことができるのです。今東京でも、若い人たちが新しい試みを始めていて、その試みは東京だけで自己完結しようとするのではなくて、農山漁村地域とつながって完結することを探しています。全体が劣化してきているなかで、新しいつながりをつくりながら全体をまたなんとかしていく、という発想じゃなきゃだめではないでしょうか。

岡田

増田レポートの都市像では、地方はだめだといいながら、東京に関しては人口を分散させる、としています。東京は海外から優秀な人材をいっぱい入れて、グローバル経済圏に特化すべきだとしています。これに対して地方は内需を中心としたローカル経済圏だという、ものすごく単純化した議論が入っています。東京は多国籍企業が中心になり、本社に利益が集中し業務的には派手に見えますがいびつな空間ができてしまい、格差が広がっています。

内山

大都市は大変だと思います。東京はまだ一極集中で、一極集中がゆえに回っていますが、全国を歩いていて「これは大変だな」と思うのが、大阪です。大阪は行くたびに衰弱感があります。

岡田

数字的にも歴然としていて、大阪の産業後退は甚だしいですね。

内山

人々もだんだんと力を失ってきたのかなと思うのは、行くたびに大阪のごはんがまずくなっていくからです。食でいうと、落ちてきたなあと思うのは京都です。

岡田

食材も料理の仕方も均一化しているようです。ちなみに、国勢調査によると、非正規雇用の比率が全国で二番目に高いのが京都府です。しかも京都府内では、二〇〇〇年代半ば以降非正規雇用が急増し、府民所得に占める雇用者報酬が絶対的にも相対的にも大きく減少しています。経済のグローバル化によって、京都では西陣や丹後の絹織物産地が大崩壊をとげ地域産業の衰退が起こりましたし、大型店の進出によって商店街の衰退が顕著になりました。特別高い店に行けば別ですけど。

フランスの市町村の自治権

岡田

フランスとの対比で、日本の都市と農村との関係をどう見ていますか。

内山

フランスも、二〇世紀に入って急激に農山漁村地域が過疎化しましたが、一九七五年くらいを転換期にして、都市の人がどんどん農山漁村に来るようになり、それで人口が増え続けるという逆転が起きます。フランスほど急速ではないけれど、同じことが日本でも起こっていると思っています。

一面でいうとフランスよりも日本のほうがちょっと有利で、なぜかというと、フランスはあまりにも急激に農山漁村に都市から人が流入したものだから、地域のいろんなものを受け継ぎながら新しい人が来るというのが逆に苦しくなってしまったという面があります。地元で聞いてみるとそのことを嘆く人は多いです。決して農山漁村に来る人たちが地元を大事にしない、というわけじゃないけれど、田舎の生活はやっぱり体で覚えているものってあるじゃないですか。そういうものを受け取る前に都市出身者のほうが多数派を占めてしまいました。

フランスの行政の話をすると、フランスは道州制で、州があって県があって市町村があるという構造になっています。フランスの場合の州や県は、ここまで言い切っていいかわかりませんけど、国の出先機関に近いです。つまり自治権としての機能をあまり持っていません。県のイメージも日本の県の半分とか四分の一とかの規模です。そのなかにものすごく小さい市町村がいっぱいあります。だから県は国からの方針を市町村へ伝えたり、あるいは市町村のいろいろな計画を調整したりする調整機関的な色彩が強いです。

岡田

制度上の自治体といっていいですね。

内山

ですから自治の一番の基盤は市町村にあり、それがはっきりとしています。

岡田

日本の県は道路や河川とか広域的な事業を担っています。

内山

どこまで県が自治権を持っているのか非常に不明瞭なまま、何か権限を持っているという感じです。市町村は行政としての自治体機能が展開できない、という問題が起きます。だからがんばっている市町村は、大なり小なり国や県と対立的だったりするわけです。

岡田

がんばっている自治体の自立心はとても高いです。

内山

その場合、判はもらうけれどもいうことは聞かないみたいなところを持っています。そうしないと基礎的自治体の自治ができないということを表現しているともいえるわけです。平成の大合併でもそうですけど、ちゃんと市町村が権限を持ってやっていたら、どうしたら自分たちに一番いい自治体ができるかを考えるわけで、そしたらあんな合併なんかしないはずなんです。ごく例外的にここは劣化しているから合併してもいいかなという地域もあるかとは思いますが。ほとんどのケースは県の指導を受けながら合併を進めていくわけです。しかも予算と絡めて合併しないと損するような構造でやっていくわけです。これは県が非常に中途半端な自治体だということを象徴していて、それがゆえに今度は基礎的自治体の自治権がはっきりしないという事態を招くわけです。

岡田

フランスは、州の平均人口が二〇〇万人で、京都府よりも小さいですね。その下に県があって、昔でいう郡役所のようなイメージですが、基礎自治体のコミューンは、人口一〇〇〇人以下が全体の八割となっています。もともと自治権というものが最優先されています。フランスは一時期合併を推進しようとしましたが、結局進みませんでした。本来の自治権というものが実体的にあるというのがフランスだとすれば、日本は、歴史的には国からの垂直的な指揮命令関係のなかで地方公共団体がつくられたといえます。

内山

フランスの場合、都市から農村に住民移動が始まった時期に、エコミュージアムが広がってきます。これは、地元民からすると、あまりよくわからない。というのは、車を降りてください、歩いてください、という感じです。歩くための遊歩道的なものが上手に整備されていますが鉄道が廃線になった駅が博物館兼カフェとか、その地域の自然や文化を感じたり楽しんだりするだけです。

岡田

それはおもしろいですね。

生きていくためのシステム

内山

もっとおもしろいのはイタリアです。いわゆるGDP的にいうと、イタリアの南部はGDPの低いダメな貧困地域といわれています。だけど南部の人は、「これからはわたしたちの時代」だと思っているところがあって、決して意気消沈なんかしていません。彼らが「北」というのは「ミラノ」などの都市のイメージもあるし、「ドイツ」という国のイメージでもあります。あるシステムができあがっていて、安定している社会です。この「北」の社会はこれからもろくなるという読みが南の人たちにはあって、ちゃんとしたシステムはないけれど、自分たちが生きていくシステムは持っている、それがこれからは力をつける。そんな感じです。その人たちが地域で協同組合をつくって、非常に高品質なオリーブオイルなどをつくって、それを求める人たちに販売しています。それにまた、国境を越えて都市の人たちが協力しています。だから購入するだけではなくて、売り方を教えたり、デザイナーの人たちがラベルの付け方まで含めて教えたりしています。

岡田

上野村の応援団のようですね。

内山

大きなシステムがしっかりできあがっていて、そのなかで生きる、という生き方は、システムが多く回っている間はいいですけど、システムにガタが来た場合、非常にもろい社会に生きているということです。いま、ヨーロッパの先駆社会がつくってきたような巨大マーケットだったり、巨大な国家の仕組みだったり、そういうものがだんだん力を失う、あるいは瓦解しやすい仕組みに見えてきています。だから全体的に大きく、ここも流動化しているわけです。

岡田

自治とか地域づくりからみれば、日本でも画一化が広がっている自治体の衰弱がすすんでいます。

内山

工夫して新しいことを始めているような自治体はもうやっているわけです。だけど一方において、国・県・市町村という縦系列のなかで、配分を増やしていただきたいというような感じで生きてきた自治体では、そこから抜け出ることができないわけです。もしも消滅可能性自治体の話に自治体名を使うのだったら、そういうところが消滅可能性自治体です。

岡田

自治機能、自治的意欲の消滅ですから、本当に大きな問題です。

自治体の一番の基礎は生活の場である集落で、そこに持続可能な生活空間をつくっていくのが最も大切な政策の要ではないかと思っています。そこを、効率性とか経済性ばかりを求め、単一化したものさしでやろうとするために、矛盾が生じるのです。

内山

経済界と役人の発想だからそういうことになるんです。今のやり方でいうと、高齢者はお金のかかる人たちだということになります。そしたら日本のどこかに高齢者だけの地域をつくって病院も配置して、高齢者コロニーみたいに高齢者全員をそこに集めたら効率的でしょう、といっているのと同じことです。そんなところに住みたい高齢者がどれだけいますか。

岡田

人間の幸せのためにつくるのではなくて経済、経営の視点から効率性を高めることが優先されており、人間の関係性をまったく見ていませんね。

生きている場所で、ものを考える 大きいことがいい時代の終わり

内山

近代という時代は大きいことがいい、そのことが有利な時代でした。いま、大きいことがそんなに有利ではなくなってきてしまいました。大きさをまだ利点としているのは新興国とか途上国です。だから先進国ではもうこの話はあまり通用しません。

日本の中でも、国という統合力を少しずつ低下させることはあっていいわけです。今は国がそびえたっています。

岡田

安倍政権になってからますますそういう志向が強まっています。

内山

日本を東西にわけろというのではなくて、自治権を強めながら近代の国のかたちを少しずつ下げていくという改革もできていいだろうということです。

岡田

日本がどうあるべきか、というところまで話していただきましたが、最後に一言お願いできればと思います。

内山

とにかく、自分たちが生きたり暮らしたりする場所で、ものを考えるっていうことです。それをこれからもっともっとやっていかなければと思っています。つまり、いたずらに「日本はどうなる」とか「世界はどうなる」とかいう話に流されないことです。

岡田

自分たちの足元の地域ですね。地域経済や地域社会を担っているのは、東京も含めて中小企業や農家、協同組合です。全国平均では事業所の九九%、雇用の七五%を占めます。この地域経済・社会の主役である経済主体の地域内再投資力を高めることが最も重要です。それを効果的に進めるために、農業、製造業、商業、金融業だけでなく、医療・福祉や環境・国土保全の仕事を連携させていく地域内循環を太くしていくことが必要です。地域の就業者のほとんどが関係しているわけですので、地域全体が再生し、住民の福祉の向上や国土保全にも直結していくことになります。

内山

自分はどういう世界をつくっていきたいのか、そこだと思うんです。実際いま、そういうふうな方向で動いている地域もたくさんありますし、あるいは人々もたくさんいます。だから、そういう人たちである程度協力関係を結びながら。たぶんこれから、国という単位で動いていく人たちと、地域のつながりで動いていく人たちとの食い違いがもっともっと明確になっていくと思うのです。その時に地域とのつながりや関係性を基盤にして動いていく力をもっともっと強めていくことが課題だと思います。

岡田

貴重なお話をありがとうございました。

(立教大学にて 記録・編集部)

2014年12月15日

月刊『住民と自治』 2015年1月号 より

  • 内山 節(うちやま たかし)
    立教大学大学院教授

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