【インタビュー】島袋 純 琉球大学教授に聞く国際世論に訴える「沖縄の声」と未来をひらくカギ


国連に直接訴える

川瀬

島袋先生は、島ぐるみ会議(1)の国連部会長として、国際的な世論に訴えるべく尽力されていますが、昨年の国連人権理事会での翁長雄志知事の演説にいたる経過からお話しいただけますか。

島袋

旧琉球立法院(2)では、ことあるごとに決議をして国連に訴える、あるいは全世界の政府に書簡を送るというようなことをやってきました。日米両政府の軍事的な植民地支配体制のなかで、日米どちらの政府に訴えても埒が明かない。そういうなかで活路を開くために国連に直接訴えてきたのです。とくに有名なのが62・2・1決議(3)と64・4・27決議(4)です。

川瀬

今回は、国際的に注目されましたね。

島袋

民主主義国家を標ぼうする日米両政府が新基地建設では強権的、強圧的なのは国家のあり方として矛盾しているからだと思います。 わたしたち島ぐるみ会議は、立憲主義という世界に通じる普遍的な原理に基づいて、国連を通して国際社会に訴えていこうということを、会の大きな柱の一つとしています。 そうしたところ人権問題に関する有力な組織、IMADR(反差別国際運動)が協力をしてくれることがわかりました。

川瀬

IMADRはThe International Movement Against All Forms of Discrimination and Racismの略称です。

島袋

IMADRからの助言で、取り組みが具体化しました。 国連の人権理事会は2006年の総会において設置されました。開催時期や審査対象国が決められているので、日程に合わせて訴えなさい、という助言をえました。 2015年度、人権理事会に普遍的定期審査という新しい制度が導入され、その対象国にアメリカが決まっていました。アメリカも沖縄の基地問題の当事者ですので、その証拠資料を集めて、情報を国連のフォーマットで作成し直して書類をつくりました。 人権理事会がアメリカ審査の情報を収集する期間が4月で、各国の意見が出そろうのが5月。だから4月には国連の人権理事会の理事国47カ国すべてに書類を送り、とくにそのなかで反応が良かった7、8カ国には面会に行って実情を訴えました。

川瀬

毎年どの国が対象になるのか決まっているんですか。

島袋

決まっています。順繰りに4年か5年に1回巡っていきます。

琉球併合の歴史

川瀬

それが、翁長知事の演説にどうつながるんですか。

島袋

IMADRは武者小路公秀先生が理事長です。ある会合で島ぐるみ会議の代表団の話を聞いていた武者小路先生が「沖縄から議員団が、国連ジュネーブ本部の人権高等弁務官事務所を訪問し、人権高等弁務官を訪問団の代表、たとえば知事が表敬訪問したらいいんじゃないですか。そこは人権理事会の事務局のトップだから、アメリカへ行って大統領に会うみたいなものです」と話されたのです。 その話以降、知事の名前が島ぐるみ会議の議題に出るようになりました。2015年3月の島ぐるみ会議総会では、新しい国連対策として人権理事会への沖縄の代表団派遣、できれば翁長知事の同行要請がきまりました。

川瀬

ほかの国でも自治体の首長が訴えるというようなことはあるんですか。

島袋

わたしが知っている限りでは、パレスチナ自治政府です。そういうところが特別、あるいは緊急的に訴えるという先例は聞いたことがあります。 ただ先進国の自治体の首長が訴えるということはないですね。日本ではもちろん初めて。ほかの国でも、自治体が普通に機能している国では、ありえないんじゃないですか。

川瀬

政治的システムとして民主主義や地方自治を国是とし、かなりの年数がたっている国の自治体の首長がやってくるというのはあってはいけないことですからね。

島袋

そうです。国連は主権国家間のシステムなので、ふつうは国家の代表しか発言できません。しかし、人権問題や人権侵害といった特別な問題に関しては、政府だけに発言させると「人権を侵害していません」としかいわないので、NGOなどに特別発言の場を提供しているのです。NGOでもない自治体の首長が国連で発言するということは、国連のシステムのなかでもまだ作られていないと思います。いまのところないので、NGO枠を借りるしかなかったのです。

川瀬

そうでしたか。ここにその時の知事の演説原稿の写しをもってきましたが、島ぐるみ会議はこの内容に関与しているんですか。

島袋

人権理事会なので、人権問題について提起してください、それから自己決定権、表現の自由、環境権の三つの人権は内容に入れてくださいと要望しました。 わかる人はすぐわかると思いますが、翁長知事の国連での発言は、選挙の時からずっと使っていた翁長さん自身の言葉で、日ごろの演説を短くまとめたものです。

川瀬

日本国の一つの自治体の首長が、国連の場に出ていって発言したことに対して、人権理事会の反響はどうでしたか。

島袋

わざわざ自治体の首長がいいに来るということは、よっぽどひどい人権侵害がある、国連まで来ていわざるを得ないことが起こっているという評価、認識でした。日本政府はそうとう慌てて反論したんじゃないかなと思います。

川瀬

演説のあとの記者会見も重要だと思いました。同席されたんですよね。

島袋

同席していましたが、記者会見の時はプレスリリースなので、昨年8月の菅官房長官との会見、その前5月17日の「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会」でのあいさつ、6月23日の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」沖縄全戦没者追悼式での平和宣言の後の記者会見などの内容とだいたい同じです。 ただ、声明発表の前に国連の本会議場の隣会場でシンポジウムがあり、そこで20分近く知事が基調講演をしました。そのときに琉球王国はもともと独立国で日本に併合された。だから、琉球併合なんだといったのです。以前沖縄では琉球処分という言葉を使うのが一般的でしたから、驚きました。

川瀬

英語でいうと「annexation」、併合されたという意味です。

島袋

その言葉は、事前の打ち合わせにも一切ありません。琉球併合、独立国であったという言葉は、自分たちが国家主権に近いような自己決定権を持つということの強い裏づけです。明治時代の苦労から、第二次世界大戦中の日本軍の軍事占領、戦後はアメリカ軍による占領、まったく同意もなしに土地を強奪されて軍事基地が置かれ、いまの沖縄はあるんだ、と沖縄の自己決定権の歴史的背景を説明していました。きちっと主張されるんだなと思って感動しました。

川瀬

日本ではあまり報道されませんでしたが、翁長知事がそこまで踏み込んで、公式の場で発言をするということはある意味とても深刻です。

島袋

文脈でいうと、沖縄は自己決定権を持ち最終的には主権国家として独立する権利さえを持っている、という説明とほぼ同じです。知事は意識的に自分の意志としていったと思うんですよ。

国連人権理事会と今後の展開

川瀬

人権理事会は、なにをする組織ですか。

島袋

人権侵害の防止に取り組み、それに対応する勧告を行っています。また人権の緊急事態に対処し、世界中の人権順守を監視するなど、加盟国が人権に関する義務を果たせるように支援するところです。ですが解決するための決定の場ではありません。安保理とはそこが違います。だからアイヌ新法(5)に関しても、男女雇用機会均等法(6)にしても、何かしら制裁を受けてやったわけではないのです。

川瀬

今後、どういうふうに展開されていくと思いますか。

島袋

国連には、各地域、各国の人権状況、人権侵害状況を調べて、国連総会や人権理事会に報告書を提出する国連に任命された特別報告者がいます。その特別報告者が、2005年に沖縄に来て、初めて国連に報告書が提出できました。それから沖縄の差別的な軍事基地の集中問題が明らかになって、厳しい勧告が日本政府に対して出るようになったのです。ようやく琉球沖縄の人々は先住民族で、自己決定権を前提に考えなさいという勧告がでました。 その特別報告者が、2015年8月に非公式で沖縄に来ましたが、非公式ではその人の善意に頼るしかなく、報告義務が発生しません。ですから、国連と日本政府が公式訪問というかたちで合意し、可能な限り沖縄に来てもらい報告書をつくってもらうことが必要です。また、高等弁務官事務所には調査機構があり専門スタッフがいます。その専門スタッフが沖縄に来て調査することが非常に重要です。

川瀬

当面の目標としては、特別報告者の公式訪問ですね。

島袋

それが目下のところの目標です。 それには、具体的な人権侵害状況、それから国際人権法の様々な条文に照らし合わせて、こういう理由で違反ですということを、データを揃えて人権高等弁務官事務所に提出しなければなりません。 これは重要な仕事で、それが蓄積されれば公式訪問も可能になるという仕組みです。

スコットランド権利章典に学ぶ自己決定権

川瀬

先生が研究されているスコットランドで2014年に独立をめぐる住民投票が行われました。それと沖縄のいまの状況と照らして考えるところがあるんじゃないですか。

島袋

スコットランドと沖縄が似ているのは、かつて独立王国だったことです。 独立主権国家だったスコットランドは、人民の自己決定権に関する確固たる信念が脈々と流れています。1689年、イングランドの名誉革命の際に「権利要求章典」(The Claim of Right)を発布、そのなかで、国王が守るべき自分たちの権利を定め、それを守る政府をつくるべきだと宣言したのです。また、1989年にスコットランド選出国会議員の8割とほぼ全市町村の代表らが参加して会議体を設定し、権利章典を発布しました。その時の文言が「スコットランド人民には自己決定権があってその権利に基づいて自由に政治制度をつくることができる。今後、我々はスコットランド人民ために結集しその仕組みをつくる」という宣言文です。その会議体はその後、憲法制定会議として、統治の基本法の原案を提案したのです。

川瀬

スコットランド選出の現在の国会議員はほとんど労働党ですか。

島袋

現在は9割がスコットランド国民党(SNP)ですが、当時は大半が労働党議員でした。 労働党にはドナルド・デュワーという、当時スコットランド労働党の代表で、のちの自治政府の初代首相になる人がいました。その当時の基本法の原案が1997年総選挙におけるトニー・ブレア率いる労働党の選挙公約にほぼそのまま取り入れられます。政権を握ったブレアはこれを国会に提出、イギリス国会はスコットランド憲法制定会議で作られた原案をほぼそのまま承認しました。 国会の法律と同じレベルの効力を持つ法の制定権を獲得したわけで、あとは外交、防衛、マクロ経済などの分野に関する権限を中央に残しましたが、スコットランド人民の自己決定権を内外から承認され、高度な自治権を有するようになりました。 沖縄でも2013年1月、41市町村の議長と首長、県議会の全会派の代表、および経済界、労働界の代表が署名した「建白書」を政府に手渡しました。

英米の共同覇権体制の終わり

島袋

スコットランドの場合は国際法や先住民族の権利などの条文を一切使っていません。1989年スコットランド権利章典は、人民の自己決定権の宣言文であり、アメリカがイギリスから独立した時と同じような独立宣言に該当します。 ウェストミンスター(英国国会)に基本法を法案として出していることが重要です。つまり、スコットランドの人民の自己決定権を中央政府も認めざるを得ませんでした。

川瀬

どのぐらいの権限ですか。

島袋

正確にいえば、イングランドと大して変わらない相当強い権限です。 国防・外交・マクロ経済・福祉の一部の法制定権はイングランド、ウェストミンスター(英国国会)が持つけれども、それ以外の分野では、日本でいうところの各省庁の政令・省令のレベルにとどまらず、法律そのものの制定権をスコットランド議会が持っています。それに課税変更権もスコットランド議会が持っています。

川瀬

国防、外交についてもう少し詳しく教えてください。

島袋

国防、外交といっても、NATOから離脱ということはない。イギリスはイラク戦争のときアメリカの覇権を維持するためにアメリカとの同盟を強化して、アメリカが大義を主張するどの戦争へでもアメリカと一緒に行きますよといってしまったことに対する大きな嫌疑です。

川瀬

イラク戦争で当時の政権党・労働党が米軍への従属と軍事志向を強めた結果、民意との隔たりが広がりましたね。

島袋

歴史的な転換というか、イラク戦争のときに英米の共同覇権体制の時代は終わったと思います。 イギリスが分離独立を主張してきたSNPに対して、絶対に譲れないのはクライド海軍基地です。スコットランド・グラスゴー近隣にあり、原子力潜水艦の母港になっている基地です。イギリスの核戦略は、この海軍基地に駐留する原子力潜水艦に依存しています。イングランドには停泊可能な港がなく、また造れないので、そこにしか置けないからです。 スコットランドがイギリスから独立して核兵器撤去となれば、イギリスは核戦略から離脱せざるを得なくなり、アメリカ、イギリス軍事同盟の弱体化につながります。 核兵器を放棄せざるを得ないということになると、もう覇権国としての威信を失います。イギリスにとってはスコットランド独立は痛い。もちろんアメリカにとっても痛いわけです。イギリスに代わり、どこでも一緒に戦争に行ってくれる日本が必要になる、そういう構造です。だからイギリスがアメリカの軍事覇権から離脱していけばいくほど、アメリカが頼るのは日本しかないという、構造があると思うんです。

川瀬

これからの沖縄を考えていくうえでスコットランドが非常に示唆に富んでいますね。

島袋

軍事的な問題もそうですが、それよりもっと重要なのは、立憲主義的な発想に基づいて権力の統制を市民自らがつくっていくことです。スコットランドはまさしくそのモデルです。 人民が自分たちの権利を守るために、主権者として権力機構のトップの横暴な権力を阻止し、さらにその権力機構を統制していく。 イギリスやアメリカ、フランスは、立憲主義の意義を幼少期からたたき込んでいくわけです。それこそが民主的な国家を支えるのは市民だということ、あるいは主権者だということを何度も何度もたたき込んでいくわけです。そういったことを実際に子どもたちが小さいころからこうやっていくんだよと大人が示していくのです。 スコットランドのモデルは欧米ではごく当たり前で、人民の自己決定権という概念はみんなに受け入れられています。権力を統治するのは人民。それに該当する我々は人民ですよ、ということです。 アジアで、あるいはアフリカでスコットランドのようなマイノリティが我々は自己決定権を持つ人民ですと主張して、既存の国家のなかで社会契約説的に権利章典をつくり、独立するということをしたことがあるのか。あるいは自己決定権を獲得して実際に制度化していくことがあったのか。たぶんないんじゃないでしょうか。立憲主義についていえば、非ヨーロッパ諸国で、法規範にのっとり政府を統制していく憲法をもっているのは日本だけじゃないかな。 その憲法をもつ日本のなかの沖縄で「憲法は人民のものです、沖縄は自己決定権を持っています」といったら、アジア中のマイノリティが勇気づけられ、着目するはずです。

川瀬

翁長知事が国連の短い演説で2回も自己決定権といったことの意義が、改めて浮き彫りになったと思います。

主権者教育でつちかわれる地方自治

島袋

2000年施行の改正地方自治法で、自治体そのものが住民がつくり出す権力機構にかわりました。だから地方自治は、国民がつくり出す権力機構です。地方自治法の改正によって機関委任事務は廃止され、国と地方の関係は「対等」な立場ということになりました。社会契約説的な発想がようやく自治体に出てきたのです。 ちょっとずつ新しい権力機構ができてきた矢先に、沖縄に関しては政府のやることは二律背反、右手でやっていることと左手でやっていることが違います。 18歳に選挙権年齢が引き下げられるようになりましたが、ほんとうは18歳の厳罰化の問題など子どもに対する許容性が社会になくなってきていることが一因です。未成年者の重大犯罪が起きると19歳から死刑にしろとか大きな圧力があって、選挙権年齢の引き下げのほんとうは、少年犯罪の厳罰化の流れを背負っているんじゃないかなって思うんですけど。そのうち地方自治法も逆方向に展開されるかもしれないですよ。 18歳(2016年の参議院選挙から)で投票権を与えたら、高校で主権者教育をしないといけなくなるりますが、まったくできないのではないかと心配になります。

川瀬

イギリスは成文憲法じゃないので日本の憲法のように地方自治を権利として明記しているわけではありませんけれども、主権者が重要な意思決定のところで自己決定権を行使する手続きをちゃんと持っていて、自分たちで明確にしていくということを大事にしています。そこが一番学ぶべきところですね。

島袋

重要なのはアメリカ軍やフランス軍だって憲法に対する宣誓を誓うわけです。だからアメリカの軍隊は、市民を守るための権利章典を守る軍隊。フランスもそうですよ。人権宣言を守るためにみんな集まって、それを守ろうということで国家をつくっているわけですから。 日本の場合は憲法を守ろうということを、子どものときから血肉化する立憲主義教育がまったくできていない。SEALDsが出てきて立憲主義というようになってきましたが、戦後社会科教育の大失敗です。

沖縄振興策は自治を破壊するシステム

川瀬

沖縄の振興体制に詳しい先生に、尋ねておきたいことがあります。 沖縄振興特別措置法(以下、沖振法)は2021年度までの時限立法です。翁長県政が2期目になったときには、いままでの振興体制を続けるのかどうかが重要な課題となるでしょう。わたしは、沖振法はもうやめたほうがいいんじゃないかと思っています。沖振法には、離島振興特別法など条件不利地域に対する特別法について対象外にすると規定しています。そうすると、沖振法がなくなったら、それら条件不利地域への特別措置法が沖縄にも適用されることになると思われます。奄美や小笠原には特別法があるので、沖縄の離島に奄美と小笠原に類するような特別法があってもいいかなとは思います。 しかし大枠としては、沖縄が遅れていることを前提にした特別措置が半世紀続いて、それをさらに継続するのは時代錯誤と言うべきでしょう。

島袋

確かにその通りです。沖振法をやめた場合、影響としては、沖縄中南部への投資がちょっと落ちるかもしれない。だけど、他のところはほとんど影響がないと思います。 翁長知事もいっていますが、沖縄振興策予算という特別な予算があるわけじゃないんです。これを全面的に廃止してもいいから、その代わり基地も全面的に廃止しろといっているんです。那覇市長時代、朝日新聞のインタビュー(2012年11月24日付)で、これを強くいっていたので、この路線で、もし沖縄が自ら沖縄振興策予算を全面的な廃止、あるいは、島根県、鹿児島県と同じでいいから、その代わり基地もまったく同じ比率にするか、沖縄振興策予算を半分でいいから基地も半分に減らせというと、これはほぼオールマイティの切り札で何も返す言葉がないと思います。 基地を撤去するに当たっては補助金も何もないし、原状回復にあたる費用だから当然出せといえます。とにかく段階的に何年で撤去しろというと、これは一つの強力な基地撤去の論理付けになると思っています。

川瀬

なるほど。

島袋

もう一つはスコットランド方式です。スコットランドは、イングランドの国家予算の10%を中央政府からの一括補助金というかたちで、用途指定のないまま、スコットランド分としてそのままスコットランド議会に降りてくることになっています。 ただ、その10%の枠をどう使うかというときに、中央政府が持っている基準を参考にはしますが、法的拘束力は一切ありません。スコットランドはスコットランド独自の予算を編成していくのです。もし予算が必要なら課税権の一部を持っているので、スコットランドだけ国税の課税率を引き上げたら、引き上げただけスコットランドに入ってくるんです。 強力な財政自治権を持っているので、スコットランドに対して、国は全く操作したり介入したり何か脅しをかけたりもできません。 ただ沖縄の問題は、沖縄のなかの民主的な自治体統制のあり方や議会による予算統制というガバナンスの能力が問われます。ところがガバナンスはぼろぼろの状態です。なぜぼろぼろかといえば、沖縄振興政策が沖縄の自治を破壊し続けてきたからです。沖縄振興政策は沖縄の民主的な自治を破壊するシステムなんです。 わたしはどちらかというと後者のスコットランド方式をやれと言ってきました。

川瀬

日本は補助金、交付税で自治体ががんじがらめです。果たしてスコットランド方式は可能でしょうか。

島袋

そこがまさしく自己決定権なのです。沖縄の文化的な振興、社会的な発展、経済的な振興に関しても沖縄の権利で、沖縄の同意なくしてほんとうはやっちゃいけないのです。これまで沖縄振興策の権限は沖縄県の権限ではなくて沖縄開発庁や内閣府の権限でしたから、ずっと人権と自己決定権の侵害が続いてきたのです。

沖縄に日本国憲法を

川瀬

最後にこれだけはいっておきたい、ということはありますか。

島袋

自治権と自己決定権の関係です。自治権で自己決定権という概念を把握しようとする人が多いのですが、沖縄が自己決定権を主張する場合は、スコットランドでもそうですが、国家主権に近い概念です。 しかし、国連は主権国家システムなので国境の変更は絶対に推奨していません。もちろん、沖縄が自己決定権を国連の場で強くいったとしても、それは分離独立を主張しているわけではありません。 それを、沖縄の独立宣言だいわんばかりにわざとプロパガンダ(特定の主義・思想についての宣伝)として解釈しようとする人たちもいますけれど、国連のなかで沖縄の自己決定権を訴えるのであれば、内的自決権、沖縄のなかにおいて文化的な発展、経済的な発展、社会的な発展を自分たちでやっていく権利を要求しているという、ごく当たり前の自己決定権に対する要求なのです。日本国の既存の枠組みを前提としながら、そのなかで侵害されている人権を解放するために、自分たちの自決権を要求する。自治権よりはかなり大きい概念ですが、繰り返しになりますが分離独立をいいに行っているわけではないということです。

川瀬

憲法第8章(地方自治)の実践ですね。

島袋

そうです。日本国憲法をきちんと沖縄でやっていれば、翁長知事が国連に訴えに行く必要はないんです。いま沖縄で起こっていることは、日本国憲法のなかですべて解決できる話です。沖縄では日本国憲法がとくに機能していないですから。

川瀬

やっぱり、先ほど触れられた、翁長さんが那覇市長当時、「もうそんなにいうんだったら、特別措置はいらないから基地を返してくれ」といったことが、ものすごく衝撃的です。

島袋

補助金要求をしないということになると、政府は震え上がるんじゃないですかね。むしろ要求してくれとなるんじゃないですか。

川瀬

ある意味そこまで腹をくくっているということですね。 本日はどうもありがとうございました。


【注】

  • 1)「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」。2013年1月に沖縄県議会の自民党を含む全会派の代表、県下の全41市町村の市長・議会議長が署名した「オスプレイ配備撤回、普天間基地閉鎖、辺野古移設断念」を求める安倍晋三首相宛ての建白書の方向を「オール沖縄」の力を結集して実現することを目的としている。
  • 2)琉球政府の立法権を司った機関。第1回議会は1952年4月1日に開会し、第49回議会が1972年5月14日に閉会。
  • 3)1960年国連総会の「植民地主義無条件終止宣言」を引用し、国連加盟国に沖縄の不当な状況へ注意を喚起する内容だった。
  • 4)祖国復帰要請を全回一致で決議(日米両政府、国会、平和条約締結国へ送付)。
  • 5)「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」。1997年制定、同年施行。
  • 6)職場における男女の差別を禁止し、募集・採用・昇給・昇進・教育訓練・定年・退職・解雇などの面で男女とも平等に扱うことを定めた法律。1985年制定、翌86年施行。

対談日:2015年10月19日
脱稿日:2016年2月2日
編集構成 編集部