【論文】飯綱町の地域交通の課題と自治体の役割


飯綱町と地方創生

長野県飯綱町は、長野県北部の北信五岳(飯縄山、戸隠山、黒姫山、妙高山、斑尾山)に囲まれたのどかな丘陵地で、長野市に隣接する人口約1万1000人の町です。日本のりんごの100個に1個は飯綱町のりんごであり、特Aランク(コシヒカリ)の皇室献上米を栽培しているなど、豊かな自然と清らかな水を生かした農業を基幹産業としています。

全国の自治体と同様、飯綱町においても長年の少子高齢化が原因で、若い世代の絶対数が少なく、また、進学や就職を機に東京などに転出したまま町に帰って来ない者も多く、町の人口は急速に減少しています。2040年には人口が約7700人まで落ち込み、そのうち約2人に1人を65歳以上の者が占めると推計されています。いわゆる「増田レポート」において、飯綱町も「消滅可能性」自治体とされています。

わたしは、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部の地方創生人材支援制度により、2015年7月に総務省から飯綱町に派遣され、現在はその副町長として人口減少社会に対応した町づくりに取り組んでいます。町では目標人口や取り組むべき施策を定めた「人口ビジョン」と「総合戦略」を策定し、地方創生という御旗を掲げる国政の流れに乗って、町の存続をかけた挑戦を始めました。

公共交通が町の地方創生の最重要課題

飯綱町はこれまで、部活動から帰る学生や病院に通院する一部の地域の高齢者など、定時定路線だけではカバーできなかった地域や時間帯の足を確保するため、2007年に全国に先駆けて維持費を抑えたデマンド運行システムi(アイ)バスを導入するなど、公共交通の改善に積極的に取り組んできました。

しかし、人口が減少するにつれ、バスなどの公共交通の利用者数が減り(2008年約4万8000人→2015年約3万6000人)、運行に伴う赤字額が膨らみ、従来通り公共交通を維持することが困難になってきました。町が策定した「人口ビジョン」でまとめたアンケート結果によると、町を転出した方が「飯綱町に戻る可能性が高まること」として、「町の公共交通の便がよくなること(バスや鉄道の運行頻度、運行時間帯、運行路線の改善など)」にもっとも多くの回答が寄せられました。このアンケート結果からも分かるとおり、公共交通の維持存続は町の維持存続に直結する問題であり、町の「総合戦略」に「地域公共交通網再構築事業」などを掲げ、地方創生の最重要課題として対策に取り組んでいます。

長野市と結ぶバス路線の存続危機

まず、地元紙(信濃毎日新聞)などでも大きく取り上げられた取り組みとして、ヒトとモノを一緒に運ぶ貨客混載バスの導入に向けた検討が挙げられます。

飯綱町は、町内では朝夕の通勤・通学時間帯では定時定路線バスを計6本(飯綱温泉線、地蔵久保線、東柏原線、奈良本線、堀越線、芹沢線)運行し、平日の昼間は先述のデマンド運行システムを活用した予約制のデマンドバスを走らせています。一方、町外と結ぶ公共交通として、しなの鉄道株式会社が運行する「北しなの線」の他、路線バス「牟む礼れ線」がありますが、例年1500万円超の赤字を出しており、同路線を運行する長なが電でんバス株式会社からは、廃止を含めて見直しを行うよう町に打診がなされてきました。町内では買い物をできる場所も限られており、長野市に向かう牟礼線を失ってしまっては、地域によっては交通弱者の長野市で買い物をする楽しみや利便性が失われることを意味し、また、長野市の病院や学校に通う人にとっても大きな影響を与えるものであるため、長野市とつなぐバス路線を確保するための新たな取り組みが急務となっています。

バス乗車実績(定時定路線バス+iバス)
バス乗車実績(定時定路線バス+iバス)

信濃毎日新聞2015年11月18日付を参照して作成。

貨客混載バスの導入を検討

そのようななか、全国の公共交通施策を調べていたところ、岩手県盛岡市と宮古市を結ぶバス路線において、2015年6月に地元のバス会社とヤマト運輸株式会社が協力して、バスの後部座席を荷台スペースにしてヒトとモノを一緒に運ぶ貨客混載輸送を開始したとの報道を知り、飯綱町においても同様の取り組みができないか検討を始めました。幸い、長野県庁から飯綱町役場に出向していた職員が、ヤマト運輸株式会社に勤めていたことがあったため、その縁から長野市内の同社の営業所に相談に伺いました。同社はCSR(企業の社会的責任)を強く意識し、地域貢献活動に積極的に取り組んでいることから、大変前向きに相談に乗っていただきました。

相談のなかで、牟礼線と並行する形で同社の貨物輸送が行われていることが分かり、時間帯によっては貨物量の少ない時間帯もあることから、費用対効果の面からも、貨客混載輸送を前向きに検討していきたいとのことでした。長電バス株式会社に相談を持ちかけ、検討を進めることとなったため、町の産官学金労言(産業界、行政機関、教育機関、金融機関、労働団体、メディア)の代表者が集まる飯綱町総合戦略推進会議における審議を経て、町の「総合戦略」において貨客混載バスの導入を検討することとされました。

貨客混載バスのイメージ
貨客混載バスのイメージ

信濃毎日新聞2015年11月18日付を参照して作成。

町行政が前面に出て取り組む姿勢

手続面や許可の要件などを確認するため、長野県の担当課(交通政策課)に相談に行ったところ、県の担当者に驚きをもって相談に乗っていただきました。「こうした相談は、通常バス会社などが行うものだが、町役場が直接相談に来たのは経験がない」とのことでした。岩手県の例も、行政側ではなく、事業者側からの提案で実現したものとのことで、公共交通の問題に、地方の行政が前面に出て取り組む姿勢を示した例は珍しいようです。

その後、運輸行政を所管する国土交通省の北陸信越運輸局長野運輸支局に相談に伺い、貨客混載の導入に当たってのルールなどを教えていただきました。原則通りに当てはめると実現が困難な課題であっても、個別の事情に即して丁寧に検証することで、実現が可能となるものが多いことが分かりました。

貨客混載バスを導入すると、バス会社と利用客にとっては荷物の積み下ろしの分余計な時間を要し、貨物輸送会社にとってはバス停で人を乗せる分余計な時間を要するため、三方一両損となりますが、これまでヒトとモノで2台走っていたところを1台ですませることができるため、全体の経費を抑えることができます。削減された経費が行政、バス会社、貨物輸送会社のそれぞれの費用負担の軽減につながるようにするためには制度上の課題があり、今後、検討を深める必要があります。

貨客混載バスは公共交通の維持存続に寄与するものと思われますが、それだけで課題が解決するものではなく、地域住民や鉄道・バス・タクシーの事業者などと協議を行った上で、鉄道、スクールバス、福祉バスなどを含む公共交通体系全般の見直しを行う必要があります。地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(平成19年法律第59号)では、地方公共団体において、持続可能な地域公共交通網の形成を目的とした地域全体の公共交通の在り方や住民・交通事業者・行政の役割を定める計画(地域公共交通網形成計画)を策定する枠組みが整備されており、こうした枠組みを活用して、地域全体の公共交通体系を見直すこととしております。

なかでも、鉄道(北しなの線)は町の基幹交通であり、その利用促進を図ることは、極めて重要なことであり、町では北しなの線を利用して通学する高校生を対象に通学定期券の購入補助を行うほか、利用促進方法を検討する飯綱町しなの鉄道活性化協議会や民間の自主組織であるマイレール応援団などを通じて、駅前で行われる地元行事で催しを企画するなど様々な活動を行ってきています。最近では、駅舎に町観光協会の事務所を併設した他、やぎを牟礼駅の駅長として駅前でやぎと触れ合える場を設ける企画や、電車に信州の代表的な農産物であるりんごの絵をラッピングする企画なども行っています。

地域公共交通に対する自治体の役割

全国的に高齢化が進む今日、人口に占める交通弱者の割合が大きくなっており、地域における公共交通の役割は従来以上に増してきているといえるでしょう。しかし、地方の過疎化が進むにつれ、公共交通を維持することが困難になっている地域が多く、バス路線を廃止する自治体も相次いでいます。その結果地域の不便さが増し、さらに人口が減るという悪循環に陥っています。また、自家用車の運転を続ける高齢ドライバーによる事故件数も増加傾向にあります。

これまで公共交通政策といえば、既存の交通事業者を保護することを第一と考える既得権益的な側面が大きかったことは否めないと感じます。経済成長をしてきたこれまでの時代は、そうした対応であっても問題が顕在化することは無かったのでしょう。しかし、人口減少社会に突入している今日では、住民を置き去りのまま単に業界を保護するだけの視点で対策を講じていては、地域が衰退し、結果として交通事業者すらも守ることはできなくなるでしょう。最も肝心なことは、地域住民とりわけ交通弱者といわれる人々の生活の足を確保することであり、交通事業者を維持存続させていくことは、そうした目的を達成するための手段に過ぎないのであって、その目的と手段を逆転させてしまうことのないよう注意する必要があります。なお、その目的を達成するために交通事業者に何らかの犠牲が発生するような場合には、そうした人々の雇用や生活を守ることも一方で行政の重要な責務であることを忘れてはなりません。

そのため、地域全体に広く視野を持つことができ、地域全体に責任を負っている自治体職員の役割は非常に重要であるといえます。地域の交通事情を把握し、地域を回って住民の声を聞くことはもちろんのこと、国土交通省などが用意している補助制度にはどのようなものがあるのか、どのような要件を満たすとどういった取り組みを行うことができるのか、自治体職員が自ら学び、施策提案能力を磨き、解決策を模索していく姿勢が求められているといえます。従来、「学び」のほとんどを交通事業者やコンサルタントが行い、自治体職員に提案し、自治体職員はその提案を鵜う呑のみにして自らが考え検討することが乏しかったといえるでしょう。

さらに、公共交通施策は一つの自治体だけで取り組む性質の課題ではなく、市町村の垣根を越えた広域的な検討を行う必要がある課題です。そうした意味では、市町村間の連携を密にすることはもちろんのこと、中立的な立場から市町村間の調整を行うことができる都道府県の役割も大きいといえます。

技術の進歩に伴う新たな流れ

インターネット技術の進展により、ここ数年様々なモノや情報がシェアされるようになっており、シェアを前提とした従来では考えられなかった事業モデルが広がっています。なかでも、車と部屋はシェアビジネスの代表格といえるでしょう。最近では、傘、古着、自転車、ペット、食事、買い物などをシェアするサービスまであります。

しかし、こうした新たな流れに法整備などが追い付いていないのが現状です。公共交通においても、時代の流れに対応した新たな事業モデルを検討していくことは避けられないでしょう。検討に当たっては、既存の法律や制度を所与のものとして捉とらえるのではなく、「地域の生活の足を守る」という原点から出発して、公共交通のあるべき姿を一から検討していく姿勢が大切になってきます。既存の交通事業者を保護することを第一優先に検討してしまっていては、時代の流れに沿った検討を行うことは難しいでしょう。インターネット技術を活用したシェアビジネスは、個々の異なるニーズに合わせてきめ細かく対応できる点にメリットがあります。

たとえば、「確実に素早く所定の場所(打ち合わせが予定されている取引先の会社)に行きたい」というニーズと、「今日の昼に所定の場所(スーパー)に行きたい」というニーズは異なります。前者は従来型のタクシーサービスにより満たすべきニーズであるといえるのに対し、後者はライドシェアなどでの対応に適したニーズといえるでしょう。

時代の大きな転換期にある今日、多くの自治体が公共交通の重要性を認識し、主体的かつ積極的に対策を講じ、一つでも多くの地域の足が守られることを願って、本稿を閉じることとします。