【論文】政策に翻弄される外国人労働者とその健康問題


外国人労働者の健康問題から、地域医療や福祉の混乱、全体の労働条件の引き下げ、日本企業が国際基準から取り残される懸念など、このまま放置できない労働政策の課題が見えてきます。

1990年代の不健康を生んだ労働環境

日本で外国人労働者が急増するようになったのは1990年代です。以来リーマンショック後の数年を除いて外国人労働者数は増加を続けてきました。しかし、外国人労働者に対する政策が揺れ動くなかで外国人労働者の置かれている立場も変化を続けてきました。

1990年代、日本では単純労働者の受け入れを行わない政策が取られているなかで、現実には多くの中小零細企業が外国人の雇用を進めていく実態がありました。当時、正規の在留資格を持つ外国人労働者数が30~40万人程度であったのに対して、これに匹敵する規模の20~30万人程度の外国人労働者が超過滞在の状態で雇用されていたと推定されます(図1)。

図1 在留資格別外国人労働者数
図1 在留資格別外国人労働者数
出典:1996年は、山崎隆志「外国人労働者の就労・雇用・社会保障の現状と課題」『レファレンス』2006年10月号20ページ 表1就労する外国人の推移(推計)。2006年は、「我が国で就労する外国人労働者数の推移」(厚生労働省職業安定局2008年5月30日発表)、資料出所法務省入国管理局(一部厚生労働省にて推計)。2018年は、厚生労働省「外国人雇用状況の届け出状況」から、筆者改編

在留資格がなければ健康保険に加入することができないため、病院への受診が遅れがちとなります。そこで、重病になって医療機関を受診する外国人の多くが健康保険がなく支払いに困難が生じるという事態となり、外国人に対する診療忌避が頻発するような状況が生じてしまいました。外国人の妊婦が出産前の検診を受けずに陣痛が来てから救急搬送される事件も多数生じていました。こうした受診の遅れが診療の忌避につながると結局患者の重症化を招き、瀕死の状態で搬送されるといった事件も繰り返されていました。そのようななかでも、いくつかの自治体で外国人の重症患者を診療した医療機関に対して未払い医療費を補填する制度を設けるなど対策がされ、多くの公的病院が最後のセーフティーネットとしての機能を果たしていました。また地域社会ではボランティア活動として外国人の健康相談が実施されたり、医療通訳として同伴したりするような活動も展開されていました。

健康状態に関して国籍別に取られている統計は多くはなく、外国人の健康の動向を評価することは容易ではありません。しかし、結核やエイズなど感染症の統計は外国人の健康状態の変化を知る一つの手がかりとなります。1990年代は、こうした外国人の結核・エイズが急速に増加していました。この背景には、当時増加した外国人の多くが、経済基盤の弱い開発途上国の出身者であったことに加えて、前述のように医療機関に受診することが遅れたり、受診しても継続的な治療を受けられずにいることが大きく影響をしていたと考えられます。課題は医療機関との関係だけでなく、病気と分かれば解雇してしまう職場環境の問題であったり、人身取引のような形で来日し、自由を制限されたりする環境で接客業などでの就労を強いられている人々が多数実在したことなど、外国人の人権が守られない状況が感染症の拡大につながっていました。

共生政策による健康の改善

2000年代になるとこうした状況に変化がみられてきました。在留資格のない外国人が厳しい取り締まりのなかで減少する一方で、1990年代から増えていた日系人労働者が定着し、専門的技術分野の雇用も促進されました。さらに日本人との婚姻により滞在資格を得た人々も増え、外国人労働者のなかで安定した在留資格を持つ人々が増加し、多数を占めるようになりました。そして2006年には総務省が多文化共生プランを作成し、医療現場を含む公共サービスの多言語化を唱えるなど、外国人の生活を支える施策が地方自治体などでも推進されました。

2002年に神奈川県が全国の自治体に先駆けて医療通訳制度を開始しました。2006年には東京都が結核患者に対する医療通訳の派遣を行うようになりました。深刻な状況にあったエイズについても、2004年には、研究者・行政・NPOが連携し外国人エイズ患者の早期受診を促進するプロジェクトが開始されました。これによってエイズ拠点病院のソーシャルワーカーが外国人患者に対しても通訳を交えて積極的に療養相談ができるように研修がすすめられたのです。

こうして、日本での治療が可能な立場の人には日本での治療を提供するとともに、日本での治療が難しいエイズ患者に対しても出身国の医療に橋渡しができるような対応が整備されて行きました。

2000年代は、地方自治体が中心となり十分とはいえないながらも多文化共生政策がすすめられました。これによって外国籍住民のなかから日本に根を張って同朋を助けることのできるような人々が増え、国際交流協会などの外国人の相談を多言語で受けられる人員が地域で雇用される場も増えていきました。

このように外国人の定住化を前提とした施策が進むなかで、結核の療養環境も改善し、外国人の結核患者発生数が頭打ちとなり、外国人のエイズ発生数は減少に転じました。感染症を減らすためには、感染症が見つかった病人に対して国籍や立場に関わらず、しっかりとした支援を行い治療環境を保障することがもっとも効果的であるというのが、わたしたちが得た教訓です。

再度の結核急増の背景にあるもの

しかし、2012年以降結核患者に占める外国人の割合が一転し急増しています。全国でみても2011年の4・1%から2017年の9・1%に急増。東京都では2011年の6・4%から2017年の15・4%とさらに著しい(図2)。こうした増加の背景にあるのが、東南アジア・南アジアの新興国出身の技能実習生や日本語学校生の増加です。技能実習生も2010年の法改正で労働者としての権利が擁護されることが明確となりましたが実際には労働法違反の解雇がしばしば起きており、2017年にはこれを防止すべく注意を喚起する告示が法務省・厚労省から出される状況でした。わたしたちのところにも結核発病によって実習を中断して帰国させられた技能実習生の報告が少なからず寄せられています。技能実習生の多くは借金を抱えて実習に来ています。結核を理由に解雇される事例があれば、そのことを知った技能実習生のなかには、借金を残したまま失職することをおそれて結核の初期症状があっても受診をせずに隠す人や帰国を受け入れられず失踪する人も出てくるでしょう。日本語学校生についても立場はアルバイトであるため、病気をした際に療養の支援は受けられず簡単に生活が困窮することになります。そして授業料が払えなければ、在留資格を失い帰国を余儀なくされます。このように、結核を発病した際にしっかりとした療養支援が受けられない労働者を増やしてしまったことが、結核対策上に負荷を与えています。2012年以降、外国生まれの結核患者のうち診断後途中で帰国をする人の割合が急速に増えています。

図2 結核新規登録のなかで外国生まれの占める割合
図2 結核新規登録のなかで外国生まれの占める割合
出典:公益財団法人結核予防会結核研究所疫学情報センター「結核の統計」各年度版を基に筆者作成

建前がどうであれ現在の外国人労働者の受け入れ拡大の背景には、少子高齢化による労働力不足を外国人の労働者で補うという政策があります。そうであれば、労働法規がしっかり守られる正規の労働者として受け入れるのが本筋といえるでしょう。日系人や専門技術分野の労働者と同様に、その身分や技術に対して在留資格を与えていれば、たとえ職場で不適切な解雇が行われても療養をしながら別の職場を見つけて就労を継続することができます。

しかし、技能実習生は転職の自由がないため、雇用主が一方的に実習の終了を宣言し、在留資格を失ってしまうケースが後を絶ちません。こうした不安定な雇用環境のなかで、より所得水準の高い国からの応募は減少し、所得水準のより低い新興国へと出身国が変化しています。このことも結核が増加した一つの理由であり、2018年から、結核患者の割合が多い6カ国の出身者には入国前の結核検診を義務付ける法改正がなされました。しかし、結核は感染から発病まで時間がかかる病気です。入国時の検診だけで発見することは不可能です。入国してからの医療機関へのかかりやすさを保障する労働環境こそが重要です。

日本社会が直面する危機

こうした外国人労働者の受け入れは、企業の生産コストを下げることができるという現実のなかで急速に拡大してしまいました。しかし、このような労働政策を放置していることにより、日本の社会に与える負の影響について筆者は3つ懸念を持っています。

1つ目は、地域の医療や福祉の混乱です。より社会経済的基盤の弱い外国人を労働者として連れてくる以上、病気の際など生活を支える支援の必要性が増すことになります。にもかかわらず雇用主側がそれを負担しなければ、医療機関や地域社会での対応が求められることになります。しかし、2005年以降に進められた公立病院の独立採算化の影響で、自治体病院の経営は厳しくなっています。また、外国人観光客の増加のなかで医療通訳を産業として育成し、有償のサービスとして扱う政策がとられています。こうした環境下で外国人労働者には通訳がつけられず、医療機関として治療を安全に提供することが困難であると感じることが増えるでしょう。そうなると、法的には解雇が不適切な病気であるにもかかわらず医療機関側が帰国を勧奨することになる事例が増えるでしょう。公的病院のなかにも赤字対策として医療ツーリズムに乗り出す動きが出てきており、同じ外国人でも支払い能力の高い旅行者を積極的に受け入れ、通訳費用などの負担が困難な外国人労働者には忌避的になる病院が増えることになりはしないでしょうか。このように外国人患者を支払い能力で選別するようなことが進めば日本の医療の公平性に重大な問題が生じます。

2つ目は、こうした労働条件を切り下げた労働者を社会が受け入れることによって日本人を含めた社会全体の労働条件が引き下げられることです。病気や妊娠を理由に解雇することが容認される労働者が実態として増えるということは、そうした労働力を前提に経済が回るということです。そうであればやがて日本人の労働者についても病気や妊娠での退職を迫るような職場環境につながっていくのではないでしょうか。

3つ目は、こうした対応を放置しておくことで日本企業が国際的なスタンダードから取り残されてしまうことです。現在国際社会は環境や貧困などの現代社会の継続を危機にさらすような問題を解決するべく持続可能な開発目標(SDGs)を設定し、国を越えて取り組みを始めています。労働現場から差別や強制労働を排除し働き甲斐のある環境を作ることもその重要な目標として力が入れられています。企業の責任は強化され、イギリスで施行された現代奴隷法では、大企業は自社内のみならず生産工程の末端まで、つまり原材料の購入先の相手企業のなかでも不適切な労働条件がないかどうかをチェックすることが義務付けられるようになってきています。また、社会的責任投資(ESG投資)という形で環境や社会への影響をしっかりと配慮した企業でなければ投資が受けられなくなるような枠組みも進められています。こうしたなかで外国人労働者が労働法規で保護されずに病気や妊娠で解雇されるような労働条件が温存されていれば、日本の企業が欧米の市場から排除されるなど活動が制限されるような事態も懸念されます。

2019年から運用が開始された特定技能という新たな在留資格は、転職の自由がまったくなかった技能実習生と異なり同一業種のなかでの転職の自由が認められています。労働者としての在留資格であり、特定技能の外国人では、病気による解雇は起きなくなるという観測もあります。しかし、技能実習生についても2010年に労働諸法規の対象であることが明文化されていたにもかかわらず不適切な運用がいまもってまかり通っています。特定技能の外国人に同様の問題が生じないようにするためには、労働法違反を防止する実効性のある対策が必要です。

医療機関や保健所は、病に倒れた外国人労働者の相談を受ける際に、適切な療養支援が受けられるように職場に働きかけていく必要があります。また、行政機関の女性相談、労働相談などの現場でも積極的に外国人の相談を受けていく体制が求められます。そのためには、外国人政策を多文化共生政策に引き戻し、医療や行政サービスの場で通訳が確保されるように現場からの働きかけを強めていくことが重要です。この数年で外国生まれの住民に対する支援の枠組みを作れるかどうかによって、今後の日本社会の国際的な信用が大きく異なってくるのではないでしょうか。

【注】

  • 1 外国人のHIV予防対策とその介入効果に関する研究班編『外国人医療相談ハンドブック』、23-28、2013年
  • 2 宇野賀津子、「HIV拠点病院における外国人HIV感染者の医療状況と問題点」『日本エイズ学会誌』、3;72-81、2001年
  • 3 国立国会図書館編、『日本における人身取引対策の現状と課題 国立国会図書館ISSUE BRIEF NUMBER 485(JN.21.2005)』、2005年
  • 4 総務省、「地域における多文化共生推進プランについて」、2006年
  • 5 岩元陽子、「神奈川の医療通訳派遣システム~16年間を振り返って(P10)」、『自治体国際化フォーラム』、338:11-12、2017年
  • 6 沢田貴志、「外国人の結核への新たな取り組みとしての通訳派遣制度」、『結核』、87:370-372、2012年
  • 7 法務省・厚生労働省告示、「技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する基本方針」、2017年4月7日
  • 8 河津里沙、大角晃弘、内村和広、泉清彦、「肺結核患者の治療成績における『転出』の検討─国外転出の検討も含めて─」、『結核』、93:495-501、2018年
  • 9 沢田貴志、「在留外国人の健康支援がなぜ重要か」、『保健師ジャーナル』75:13-18、2019年
沢田 貴志

1991年から港町診療所に勤務し多数の外国人の診療も行う。特定非営利活動法人シェア=国際保健師協力市民の会副代表理事、外国人の無料健康相談、自治体と連携した医療通訳制度の構築などに関与。