【論文】川崎市 一体誰のためのまちづくりか 鷺沼駅前再開発に伴う区役所・市民館・図書館の移転に反対する住民運動


市民を蚊帳の外に、デベロッパーと市が市民の大切な交流の場を移転させる再開発計画を打ち出しました。多額の税金を投入する理不尽な計画に、住民は会を結成して立ち上がりました。

川崎市宮前区の特徴

川崎市は人口152万人の政令指定都市、7区制で宮前区は1982年に高津区の分区により、誕生しました。田園都市線や東名高速道路川崎インター開通とともに市街地整備がされ郊外住宅地として開発された街です。

分区以降、人口は1・5倍の23万人に増え、納税額も3・5倍化し市内2位の高額納税区となっているにもかかわらず、市民館・図書館など文化施設の整備が他区と比較して遅れています。地形は、細長で山坂が多いのにバスなど交通機関の整備も遅れています。現在の区役所・市民館・図書館・消防署のある場所は区の中央に位置し、移転先の鷺沼駅は横浜市との市境にあります。

市民を蚊帳の外に
鷺沼駅前再開発に至る経緯

市は、東急電鉄株式会社と2015年6月に包括連携協定を締結、2017年8月には、鷺沼駅前地区再開発準備組合を東急系3社・農協・銀行で設立しました。一般地権者は存在しません。

鷺沼駅周辺開発は、2016年3月の市の総合計画に位置付けられ、2017年3月には、川崎都市計画都市再開発方針で2号再開発促進地区とし「商業・業務・都市型住宅などの機能の集積を図るとともに都市基盤の整備をすすめ、都市機能をコンパクトに集約し、地域生活拠点をめざす地区」とされました。

市の総合計画や都市計画よりも先に、市と東急との包括協定が締結されており、協定に基づき市の都市計画が作成されているようです。しかも、都市計画では、宮前区の2号再開発促進地区は、鷺沼と現区役所がある宮前平の2カ所とされていたのに、その宮前平から公共公益施設を鷺沼に移転させるということは都市計画にも反するものです。

市が市民に対して「鷺沼駅周辺再編整備に伴う公共機能の検討に関する考え方」を公表し、関係団体などに説明・ヒアリングを開始したのは2018年2月、一般区民に対する第1回まちづくりフォーラムは5月27日でした。実質9カ月で、区民の反対を押し切り、36年間にわたり区民のコミュニティ施設として親しまれた区役所・市民館・図書館の移転を決定したのです。住民は「あまりに理不尽で一方的な話、しかも行政が。怒りがこみ上げる」と語ります。

区役所・市民館・図書館の移転には、区民の意見反映がない

市の提案は「民間事業者による鷺沼駅前開発の機会に、宮前区役所・市民館・図書館の移転の可能性を含めて公共機能の方向性を明らかにしたい」という提案でした。

区民への説明と意見を聞くために、5月から4回の「まちづくりフォーラム」、6月から4回の公募50名の「意見交換会」、6月の区民意識アンケートなどを実施しました。しかし、これらの意見は反映されませんでした。

(1)フォーラムは4回開催、毎回200人ほどが参加し白熱した議論を展開、区民からは「移転ありきではないか!」「なぜ移転するのか!」「築36年の区役所移転は無駄遣いだ!」「鷺沼駅周辺は土砂災害警戒区域で災害対策本部の区役所移転は危険だ!」「都市計画の認可権は市長にある、事業者優先でなく区民の立場でやるべきだ!」「区民周知10%の状態で決めるな!」など反対する意見が多くだされました。

これに対して、市は「移転するか否かの議論をするものではない」「鷺沼にどのような公共機能が欲しいかの議論をしている」「移転しなければならない理由はない、建物はまだ30年以上使える」「みなさんのご意見を準備組合にお届けします」などの説明がされ、区民の怒りをかいました。

(2)公募者による意見交換会では、「鷺沼駅前にこういう機能が欲しい」という意見が多く、「公共施設を移転させて欲しい」という意見はありません。「移転すると今の宮前平が衰退するのではないか」「鷺沼に一極化すると区全体の力が落ちるのではないか」「鷺沼と宮前平2つのヘソがあることで魅力が維持できる」「区全体を見すえた検討が必要」「町会未加入者も含めて周知徹底すべき」「区民の対立をさけたい、生活がかかっている」などの意見が出されていました。

(3)区民2000人対象の意識アンケートは回収率53%。回答を見ると、区民周知度が10%であることが判明しました。また、宮前平駅から区役所へ行く道は坂道で、バス便が少なく交通不便であるという回答者が6割もいた(少し不満3割を含む)ということのみ強調され移転の最大の理由にされました。

外部専門家に依頼した基礎調査報告でも明確な鷺沼優位はみられない

市は外部専門家に、宮前平と鷺沼の立地特性とコストに関する基礎調査を依頼しました。

立地特性では、「鷺沼駅周辺は、土砂災害警戒区域に指定されている」「第2次緊急避難道路がない」「災害時に駅前の交通混雑が予想される」などを挙げ「鷺沼に災害対策本部となる区役所を移転させる場合は、鷺沼と宮前平の2拠点体制として被災リスクを分散させる」ように提言しています。

バスアクセスでは、宮前平より鷺沼の方がバス便が倍あり、増便の予定もあり鷺沼優位としていますが、これは実態と照合すると正確とはいえません。

公共施設建設費、修繕費なども比較しましたが、算出期間により費用が大きく変わるため、端的に比較し、優位性を判断するのは困難としました。以上の通り、鷺沼優位の明確な判断はみられませんでした。

区役所・市民館・図書館の移転に反対し鷺沼駅前開発を考える会の運動

(1)「宮前区役所・市民館・図書館の移転に反対し鷺沼駅前開発を考える会」(以下、「考える会」)を2018年12月に設立し、「区民の合意なく、現区役所・市民館・図書館を移転はしないでください」の署名を2600筆集め(後日4000筆)市議会に陳情しましたが、共産党議員の賛成のみで不採択になりました。女性陣のパワーは強く運動全体の力になっています。

(2)2019年2月4日に、市が移転を柱とする「鷺沼駅周辺再編整備に伴う公共機能に関する基本方針(案)」を出したことから、「考える会」は、2月17日に、「NPO法人区画整理・再開発対策全国連絡会議」事務局長の遠藤哲人氏を講師に50名ほど参加の学習会を開催しました。講師から「市は具体的な開発を示さずにパブリックコメントにかけたが、商品の中身を見せずに買わせるようなものであり、本来ありえないことだ」「都市計画の決定権・再開発組合の設立や権利変換の認可権は川崎市にある」という指摘や市街地再開発の仕組みを学習したことが参加者全員の自信となり、運動の大きな力になりました。

鷺沼駅前開発イメージ図
鷺沼駅前開発イメージ図

(3)市の方針案に対するパブリックコメントの取り組みでは、会に寄せられた多数の意見に基づきパブコメ意見書を作成、ホームページも活用しながらパブコメ意見書の提出を市民に呼びかけました。その結果、20日間の短期間に1万3858通が集まり(全体で1万7829通、2万3714件)、記者会見をしながら市に提出しました。新聞、テレビなどマスコミでも報道され、市民に広く現状を伝えることができました。

(4)「考える会」の主な要求・意見は以下の通りです。

①区民周知度10%のまま、事業者優先のスケジュールで移転を決めないでください。

②鷺沼駅周辺は土砂災害警戒区域で、災害対策本部となる区役所は移転すべきではありません。消防署と隣接する現在の区役所を存続させ、バリアフリー化を促進してください。

③現在の区役所・市民館・図書館を存続させ、鷺沼にも区役所支所・市民館・図書館の分館を設けてください。

宮前区が誕生してからの36年間、区役所・市民館・図書館は宮前区の中央にあり、広くて静かで環境がよく、子どもの図書館利用率は市内で一番、広場では区民祭や各種行事が開催され、毎日若者のダンスでにぎわっています。市民館は市民の会議や講座で一杯です。まさに、この地が伝統ある大切な区民交流の広場です。23万人の宮前区に図書館1館は、他区と比較しても、人口規模が同じ他都市と比較しても(図書館数は調布市11館、厚木市10館)あまりに少なすぎます。

④再開発の経費を明らかにしてください。

これらの要求・意見に対する市の回答は、「区民周知10%以降の再調査はしない、事業者をこれ以上待たすわけにいかない」として予定通り3月に方針決定。土砂災害警戒区域への対策は何もないまま区役所移転を決定。区役所支所・図書館と市民館の分館をつくる予定はないとして住民要望を拒否。移転経費は約230億円で、内補助金は国3分の1、市が3分の1という以上の説明はありません。

(5)情報開示を求める取り組みでは、図書館で鷺沼開発に関する予算書・決算書を閲覧すると2017年度から2019年度で約5000万円の予算計上がありました。情報開示請求では、鷺沼駅周辺地区まちづくり推進事業委託報告書や国への予算要望調書、2018年度、2019年度の予算内訳などを求めました。予算要望調書については、予算要望を行っていないとして開示なし、2017年度の委託調査では、詳細な交通基礎調査や事業に向けた検討などの報告がありました。2018、2019年度予算は項目だけで、ほとんどが外部専門業者への委託料でした。

(6)市議会まちづくり委員会・文教委員会の審議傍聴。8月23日に市と「考える会」の話し合いを実施しました。

(7)現在、「環境影響評価方法書」(全163㌻)が公告縦覧され、「考える会」は駅頭宣伝や意見書提出に取り組み中です。公告縦覧用の同方法書が当該宮前区役所に4冊(要望により現在は9冊)。インターネットでの印刷は禁止。準備組合には著作権があるためと環境室が説明。市民からは、著作権があっても、環境評価条例に定めればできると、市の制度改善と準備組合への指導で、住民への十分な情報提供を求めました。また、いまだに準備組合から区民への説明がないことに対して、市は説明会早期開催のため準備組合を指導すること、都市計画決定手続は環境影響評価後を厳守することを求めました。

駅前再開発の概要と問題

●駅前街区に146㍍37階建てビルと北街区に92㍍20階建ての2棟の超高層ビルに区民はビックリです。なんと溝ノ口ノクティビルの2・5倍の高さ、霞が関ビルと同規模です。狭い駅前に2棟の超高層ビルが建ち、眺望はなくなり、圧迫感、日照被害、風害、電波障害など環境破壊が心配されます。さらにビルの床は商業は10%程度、マンションは530戸でビルの70~80%を占めるのではと、驚いています(各床面積は非表示)。駅前の一等地になぜ、多額の税金を投入し、マンションを建てなければならないのか? マンション販売への協力でしょうか?

●駅前に作る予定だった「広い憩いの広場」も「デッキ」も作りません。広場での区民祭りは夢と消え、車の走行に気兼ねなく歩く通路の確保もできそうにありません。

●交通広場は拡充しますが、バス路線増の具体策が見えず、見直しにより減る路線がでることを心配する区民も出ています。駐車台数は住宅数以下の510台では大幅不足です。

●東急フレルの裏市道1本に、バスとタクシー以外の全車の出入口が集中するのに道路幅の拡張がなく、大渋滞が予想されます。

●鷺沼駅周辺は土砂災害警戒区域、南海トラフ大地震が30年以内に70~80%の確率で起きるという時期に、災害対策本部となる区役所を移転させ、対策は何もないのは驚きです。

●人口増に見合う、コミュニティ施設の整備予定がありません。武蔵小杉駅周辺再開発では、保育園や小中学校の不足、鉄道の大混雑など大問題が起きていることを反省し、人口増に見合う保育園、学校、福祉施設の整備やラッシュ時の鉄道混雑対策が必要です。

●現区役所・市民館・図書館の移転で遠方になる宮前平方面(黒川線道路以北)の人たちの施設利用にどう影響を与えるかを調査し、現区役所支所・市民館・図書館の存続再検討が必要です。

駅前再開発には多額の税金が投入される

駅前市街地再開発には、多額の税金が投入されます。駅前広場や道路整備などの負担金、建設費に対する補助金、ビル床購入代、入居後の修繕や建て替え積立金・管理費を入れると莫大な税金投入ですが、多くはデベロッパーの利益貢献となるものです。

国の再開発方針の「立地適正化計画」では、区役所や図書館・市民館などの公共公益施設を「集客力のある公的不動産であり有効活用すべし」としています。鷺沼駅前開発も、この国の方針にもとづき行われていると思われます。

この運動を通して思うこと

川崎市は誰のためのまちづくりをしているのでしょうか? 市長は市民の投票で選ばれ、市民の税金で市政を行っています。川崎市自治基本条例では、市民の権利として市政に関する情報共有、意見提出、提案権が定められており、まちづくりの主人公は市民のはずです。現実は、事業者と市が予め事業計画を決めて、市民が全容を知る前に短期間のうちに決定・実行しているように思えます。

しかも、その計画作りは外部の専門業者への委託が多いのも驚きです。市には優秀な職員がたくさんいます。市民と共に、市民のためのまちづくりに取り組まれることを願うものです。鷺沼再開発が、将来にわたり負の遺産とならないよう、いまこそ市民の声をあげることが大事です。

小久保 善一

神奈川自治体問題研究所常任理事。1948年、埼玉県鳩山町に生まれ、1972年、川崎市役所に入庁・民生局障害福祉課(現・健康福祉局)に勤務。障碍者支援に携わり、2008年退職。