【論文】地域医療を守れ―北海道の深刻な地域医療の現実と運動


「病院がなくなるの?」「働く場がなくなるのでは?」「地域の実情を踏まえておらず、納得がいかない」─厚生労働省が2019年9月26日に突然公表した道内54の公立病院等の再編統合案に、不安や怒りが広がっています。

北海道の深刻な地域医療の実態

●広大・多雪・寒冷の北海道

「人口減少や高齢化が進行する中、誰もが安心して暮らすことのできる活力ある地域社会づくりを進めるには、道民の皆様の暮らしを守る地域医療の確保が最優先の課題です」(北海道医療計画:2018年3月)。

道内の地域医療は、自治体や医療関係者、住民が改善の努力を進めています。しかし、高い医療費や通院費負担なども重なり、必要な医療が受けられない状況が広がっています。

北海道は、広大な面積・多雪・寒冷といった地理的・気象的特性があります。

医療圏は、1次医療圏は179(市町村)で、2次医療圏は21圏域、3次医療圏は6圏域です。北海道医療計画では、すべての2次医療圏の許可病床数が基準病床数を上回っており、医師などの体制が充実しても、基本的に病床数を増やすことができません。

図 北海道の医療圏
図 北海道の医療圏
出典:北海道医療計画[改訂版](別冊)─北海道地域医療構想─
表 北海道・市町村の病床状(2019年4月)
表 北海道・市町村の病床状(2019年4月)
北海道庁ホームページより筆者作成

●地域医療を支えている公的・公立病院

入院病床の状況を市町村別にみると、病院があるのは111で、そのうち半分の56は公立・公的病院だけで地域医療を支えています。

しかし、これらの病院は、医師や看護師などの不足、低診療報酬、国の財政支援の削減などにより、経営はますます深刻になっています。

●深刻な地域医療の実態

「地域医療と公立病院を守る北海道連絡会」(以下「連絡会」」(道医労連・道自治労連・道労連・道民医連・道社保協)は、署名や学習集会、北海道等への働きかけなどの取り組みをすすめています。この間も、地域医療の深刻な実態や国・北海道に対する要望などをつかむため、日高圏域(2018年6月)、北渡島檜山圏域(2019年1月)、南空知圏域(2019年8月)の住民や自治体・公立病院などと懇談しました。

「地元の医療機関では対応できず、救急車で遠くの大きな都市まで患者さんを搬送しましたが間に合わず亡くなりました」「分娩できる医療機関がないため、隣の圏域の医療機関まで向かう最中に出産した」などの深刻な実態が出されました。

住民からは「今は自家用車で遠くの医療機関に通えるが今後は心配」「大きな病院にかかるためにバスを利用するが、2時間かかり1日に1往復しかない。夕方の帰りのバスに乗れず宿泊しなければならないこともある」「必要な医療が受けられないのでこのまちに住み続けられない」などの声も出されました。

病院関係者からは、「近くの医療機関が救急医療の受け入れをやめて、うちの病院に集中している」「医師が高齢化している。将来の地域医療の提供体制が不安」など、現在は何とか医療を提供している地域でも、近い将来深刻な事態になることを心配する声も寄せられました。

●道議会から国への意見書採択

「連絡会」は北海道議会に対して、地域医療を守るために国へ意見書を提出するよう、2年に一度改定される診療報酬の見直しの時期に要望してきました。北海道議会は2019年10月4日、「診療報酬を引き下げず、地域医療を守ることを求める意見書」を採択しました。その要望項目は、①診療報酬の引き下げは行わず、適正な水準を確保すること、②公立病院の運営に対する地方財政措置の充実・確保を図ること、③地域の医療需要を満たす医療提供体制を構築すること、④医師・看護師等医療人材の確保を図ること、です。

地域医療構想の問題点

●入院病床を削減する地域医療構想

安倍自公政権は、医療給付費を削減するために、保険料や患者負担の増、保険はずしなどの医療保険制度の改悪とともに、医師養成数の削減、入院病床数をはじめとする医療提供体制を大幅に削減しようとしています。そのため、都道府県に対して、2次医療圏ごとに、2025年に必要な入院病床数(高度急性期、急性期、回復期、慢性期の機能別)などの地域医療構想を作成させました。構想の策定は、その地域に必要な医療内容を無視して、医師不足など不十分な医療提供体制での患者数を前提に、病床ごとの診療報酬の金額などを基に、機械的な基準で高度急性期や急性期などの病床数を算定し、慢性期も減らして在宅医療へ誘導する内容です。

道内の推計必要病床数は、7万3190床で、2014年の医療施設調査(8万2703床)と比べ、約1万床削減する構想です。しかし、その内容について住民への説明が不十分なため、多くの道民が、その地域の病床数削減や各市町村の医療体制への影響について知りませんでした。

●道内54の公立・公的医療機関が再編・統合の対象に

厚生労働省は2019年9月26日、高度急性期と急性期の病床に特化し、2017年度の疾病ごとの手術件数などのデータを基に、機械的に「診療実績が特に少ない」「類似の診療実績が近接している」の二つの項目で、再編・統合対象の再検証医療機関を公表し、検証の結果を2020年9月末までに提出することを求めました。

北海道は111の医療機関のうち、全国最多の54の医療機関(18医療圏・49市町村)が対象となりました。その多くがその市町村で唯一の病院で、救急医療を担っています。住民の命にとって欠かせない医療機関です。なかには離島も含まれています。

この公表に対して、道内でも多くの団体・個人から、驚きとともに批判、撤回を求める声が広がりました。北海道議会は2019年10月4日、地域医療構想に関する国への意見書を採択しました。その内容は次の通りです。

【医療機関が再検証した内容については地域の意向として尊重し、結論を得る時期についても地域の実情を踏まえて柔軟に対応することを強く要望する。】

厚生労働省は、こうした批判を受け、「今回の分析だけでは判断しえない診療領域や地域の実情に関する知見も補いながら、地域医療構想調整会議の議論を活性化し議論を尽くして頂き」たいと発表し、急きょ全国6カ所で、自治体との意見交換会を開いて説明しました。10月23日、北海道で開催された意見交換会では、「冬など悪天候で移動に時間かかる」など再編・統合案に批判的な意見が相次いでだされました。

地域医療を守る取り組み

●命と健康が守られる医療体制を求めて北海道に要請

連絡会は10月23日、北海道に対して、厚生労働省が地域医療構想(病床削減)を進めるために、再編・統合の再検証を求める医療機関を公表したことに抗議し、その撤回とともに道民の命と健康が守られる医療体制を求めて要請をしました。

道は、「機械的に再編統合を決定するものでない」と説明しましたが、「従事者確保とともに人口減少を考えた場合、その医療機関の規模や機能を現在のまま維持していくことが難しいので、各圏域で議論してもらっている」と強調しました。連絡会は、「今でも必要な医療が受けられない実態がある。改めて、その地域に必要な医療提供体制の確保が必要」と改善を求めました。

●心配や怒りの声が続々─54医療機関へのアンケート

連絡会は、地域に必要な医療提供体制をつくるために国や北海道へ働きかけるため、再編・統合の再検証の対象になった54の医療機関にアンケートと懇談を申し入れました。

今回の再編・統合案については、「納得がいかない」との回答が多く寄せられました。また、対象となった医療機関にも、地域住民からは数多くの怒りの声や、病院存続を心配する声、職員からも心配する声が寄せられていることがわかりました。多くの医療機関が再編・統合案に関わらず、必要な医療機能を検討していくと答えています。

寄せられたアンケートから

  • 町内唯一の有床病院であり、他の医院の医師も高齢化により、将来的には、当院が地域医療の核となり、すすめていかなければならない。
  • 老健施設も特養ホームもない町で、病院が最後の砦のような風潮になっている。町内唯一の医療機関であり、他の医療機関まで自家用車で片道30分の時間を要するため、何とかして病院を維持していかなくてはならない(「救急車告示病院」として救急対応もしている)
  • 高齢化が進む中で、よりアクセスが良い医療機関として病院の存続をめざす。

●全ての地域での運動を呼びかけ

国は今後、公的医療機関の慢性期病床や民間の医療機関も含めた削減をしようとしています。しかし、道内の地域医療構想も、計画通りに入院病床数が減っていません。

連絡会は、今回公表された医療機関のある地域だけでなく、すべての地域で、①市町村議会でも道議会と同様の国への意見書を採択すること、②自治体・病院から地域医療構想と自治体への影響を説明してもらうこと、③2次医療圏ごとに地域の実態や要望、病院の役割を出し合う集会、懇談会を開き、地域医療構想調整会議や行政に働きかけること(地域医療・病院を守る住民組織、市町村、病院との連携も)、などの地域医療を守る運動を呼びかけました。

●この町でくらすために病院は必要

道内では、これまでも住民が中心になり、地域医療を守る取り組みが行われてきました。ここでは東胆振にある白老町立病院を守る取り組みを紹介します。

2013年、白老町では町長が町の財政難を理由に「病院の原則廃止」を提案しました。町立病院は町で唯一の病院で救急医療も担っています。二人の女性が病院の存続を求めて初めて署名に取り組み、スーパーの前に立ちました。「もし病院がなくなると助かる命も助からなくなります」「医療に不安のある町は、特に高齢者は住みにくく、流出し過疎化につながります」と訴えました。それをきっかけに「白老町立病院を守る会」が結成され、署名は町内の有権者の4分の1にあたる4000筆を上回りました。これらの動きに病院職員も励まされ、経営改善の取り組みも広がり、2014年8月、町長は「病院存続」を表明、守る会は「病院を守る友の会」に発展し、老朽化した病院の建て替えの基本構想づくりにも参加しました。

しかし、町長は突然、公設民営を打ち出し、特定の医療機関と協議をはじめ、診療所化も表明しました。これに対して、町民の不安と怒りが広がり、長友薫輝・三重短期大学教授を迎えて公立病院の役割や公立病院改革の問題点などを学び、新たな署名にも取り組み、その結果、町立病院として改築することが決定しました。白老町立病院も今回の再編・統合案の対象になりましたが、町長は「方針の変更はいっさいない」と表明しました。

●医療提供体制が厳しい宗谷地域でも

また、医師など医療提供体制が厳しい宗谷地域では、まちぐるみで医療を守る取り組みをすすめてきましたが、4つの公立医療機関が再編統合の対象になりました。

道北勤労者医療協会宗谷友の会は、再編・統合の対象になった医療機関や地元の自治体首長と懇談しています。ある首長は、「地域の病院は、住民の医療福祉を守る『最後の砦』です。医療が心配という理由で都市部に出るかたが少なくない現状で、今以上に地域医療が縮小すれば、過疎化に拍車がかかります。困難な財政事情の中で地域医療を守っています。ここに国が補助をすべきで、それが国の責任です」と訴えました。

また、学習懇談会を開き、チラシをつくり、自治体に対する署名もはじめています。チラシには、首長や議会議長、地域医師会の代表や医師などの、地域医療充実の必要性についての声を掲載しています。

●広がる対話、共同した取り組みを

北海道民医連は12月5日、再編・統合の対象となった日高町立門別国民健康保険病院と懇談しました。小市健一道民医連会長は「今回の国の突然の発表は、地域住民の生命と健康を必死で守っている病院の役割を全く無視して、機械的な基準に当てはめられたもので、全く不当であり、ぜひ地域の医療を守るために協力をしていきたい」と呼びかけました。

病院の事務長は、「当院は日高町でベッドを持つ唯一の医療機関で、急性期医療、在宅医療なども展開して、町内の救急車は全てここに来ます。学校医も担い、特養ホーム、老健施設などに入居している高齢者が体調を崩した際の受け入れ先にもなっています。子どもやお年寄りはもとより、全ての町民の健康を守る役割を担っています」と語り、「町長も病院長も今回の発表には怒っています。町長は議会で門別病院は今まで通り存続させると表明していますので、患者さんや職員には動揺は見られません」と町の立場も説明しました。

市町村議会から国への意見書提出を求める陳情・請願も広がっています。道医労連や地域社保協などが、再検証の対象になった医療機関の地元の自治体議会を中心に働きかけています。

地域医療を守ることは、住民の命と健康を守るだけでなく、その地域の存続にも影響します。住民、自治体、医療機関、医療機関従事者などの共同した取り組みが必要です。

沢野 天

1960年生まれ。地域医療と公立病院を守る北海道連絡会事務局。『笑顔でくらしたい』(北海道社保協発行)編集長。雇用・くらし・SOSネットワーク北海道事務局長。北海道民主医療機関連合会勤務。