【論文】交通権を保障した交通政策で安心できる地域を―事例から学ぶ


切実で深刻な地域の交通問題を地域住民の参加と協同によって、地域づくりのなかで解決を図ろうとしている事例から、交通権が保障される交通や安心できる地域づくりを考えます。

本稿では、地域の交通を確保するための基本的な考え、交通の意義、深刻で切実な交通問題を引き起こした要因を明らかにして、交通権が保障された交通を考えます。

地域の交通を確保するための基本的な考え

一つは、交通は人権であるという考えです。交通は、食、エネルギー、水などとともに人間社会の基盤で、人間社会のコミュニティを支えています。交通の本質は人との交流で、生きていくための基本的な人権(交通権)です。このことを政策・運動の理念に掲げることが大切です。

二つ目は、参加と協同です。憲法の地方自治の本旨をいかした地域住民の参加や憲法の理念と公共の福祉の増進を図る行政、社会的責任を有する交通事業者、地域の多くの人たちとの協同で地域交通を創りあげていくことが大切です。

三つ目は、持続可能な地域づくりです。交通をはじめ地域の課題は輻輳しています。安心できる持続可能な地域社会を地域の広範な分野の人たちとの協同で、交通・エネルギーなどの事業を一体にした循環型経済の地域づくりを進めていくことです。

交通の意義

地域の交通問題を解決するための政策や運動の確信とするための交通の意義とは何でしょうか。

一つは、交通は持続可能な地域社会を創りあげます。二つ目は、交通はまちづくりの土台です。2020年3月からルクセンブルクでは国内の公共交通機関すべてが無料になりました。交通は国づくりの土台です。三つ目は、交通は社会的な便益を地域にもたらします。四つ目は、交通は人の交流、情報交換などをつうじて地域社会や人々の文化を高め、豊かな生活を築き上げます。交通は文化を育みます。五つ目は、交通は誰もが人として幸せに生きていくための大切な人権(交通権)です。

切実で深刻な交通問題とした要因

一つは、国、自治体、そして私たちも交通の意義を十分に理解していなかったことです。1967年12月、岐阜市議会は市内路面電車の「早急な撤退を望む」とクルマ社会を優先する決議をし、1987年3月、国の中部地方交通審議会は岐阜市内の路面電車の廃止を答申しました。

二つ目は、戦後日本の交通政策の二つの誤りです。第一に1960年代、モータリゼーション(車社会化)により路線バスが地域から撤退した時、国は自治体へ自家用自動車による有償運送で交通を確保することを通達し、モータリゼーションへの抜本的で総合的な交通政策を確立しませんでした。第二に、2000年前後から推進された運輸事業の「参入と撤退の自由」を掲げた規制緩和政策です。市場の競争を通じて交通サービスを向上させるという政策目的でしたが、地方鉄道など多くの公共交通機関が地域から撤退しました。

三つ目は、憲法の地方自治をいかした住民参加が交通政策にいかされていなかったことです。地域交通を所掌する旧道路運送法は、1947年12月に成立した時は、「行政の民主化について中央・地方に道路運送委員会の設置」や「首長の意見の尊重」が規定されていましたが、およそ3年後の1951年6月に公布された道路運送法ではこれらの規定は削除されました。その後協議会設置の規定が法律に規定されたのは2007年に公布された地域公共交通活性化法で、56年間地域の声が政策に届きにくい状況が続きました。

四つ目は、憲法を羅針盤として政策議論がされませんでした。行政、有識者による「自己責任」、「自助」による地域づくりが優先して、憲法の前文(平和的生存権)、第13条(幸福追求権)、第22条(移転の自由)、第25条(生存権)、第8章(地方自治)からの政策議論がされませんでした。

以上のことから、憲法の理念を実現する地域交通政策は、交通権を政策理念として地域の課題の本質を捉え持続可能な地域社会を住民の参加と行政、交通事業者などとの協同で創りあげていくことが大切だといえます。

次に地域の交通を守る事例、財政問題を必死で克服している事例、持続可能な地域をめざす事例から課題解決の糸口を探ります。

生活圏域を大切にした地域交通を協同で創りあげている兵庫県福崎町

兵庫県福崎町は、人口1万9356人、JR播但線姫路駅から北に30分、カッパのモニュメントが福崎駅で迎える柳田國男の生誕地です。コミュニティバス(以下、コミバス)は、嶋田町政の時、議会の反対もあったようですが、住民との話し合いで1999年4月に無償福祉バスが走ったことから始まり、2019年度に地域公共交通優良団体として国土交通省から福崎町地域公共交通活性化協議会が表彰されました。会長は、兵庫県自治体問題研究所副理事長、兵庫県立名誉教授の松本滋さんです。受賞の理由は、「巡回バス『サルビア号』の運行にあたって、利用者ニーズを捉えた運行再編の実施」、「神戸医療福祉大学や隣接市町との連携による利便性の向上や広域ネットワークの形成に寄与」をあげています。地域に入り、事業者などとの信頼関係をつくり、協議会との協同で創りあげた二人の職員の英知と努力に筆者は敬意を表します。

町の交通は、JR播但線福崎駅が中心で、神姫バスと神崎交通が運行するコミバス「サルビア号」が中心部の主要施設を巡回する「まちなか便」(月曜日から土曜日・8運行)と郊外の集落を巡回する「郊外便」があります。郊外便は、西側「川西地区」と東側「川東地区」を巡回します。川西地区は定時定路線で月曜日から土曜日に12便、川東地区は30分前までの予約デマンド型で月・水・金・土曜日に運行します。この他に、買い物バスが役場とスーパーを定時定路線で2コース、火曜日と木曜日に各4便運行しています。周辺との連携では、2018年10月から市川町のコミバスと連携し、神崎郡神河町にある神崎総合病院への交通が確保されました。

町内の神戸医療福祉大学とは、「大学保有のバスという地域資源を有効活用し、町が車両購入費を負担することなくコミバスの利便性向上を図った」(近畿運輸局資料)とあるように、2018年10月に市町村運営有償運送として夕方4便、月曜日から土曜日まで運行する包括連携協力に関する、近畿運輸局提案の地域連携サポートプラン協定を締結して実現しました。これまでの運賃はすべて100円です。

さらに、姫路市との連携コミバス「ふくひめ号」の社会実験が2019年10月1日から2021年3月31日まで町と姫路市、市団地自治会、町工業団地協議会、神崎郡自立支援協議会で構成する協議会で実施されています。実験の目的は、「連携コミュニティバスを活用して福崎町及び姫路市の公共交通空白地域の解消及びJR播但線の利用促進や企業の雇用確保、障がい者就業支援といった多様な分野が連携することで、地域のニーズに合った地域交通を形成し、事業継続性を高める」としています。ふくひめ号は、JR福崎駅と姫路市のJR溝口駅、町の工業団地、市の団地を結び、朝夕の通勤の利便を図る3系統・12便と町内を巡回する連携便を1回200円で運行します。筆者の調査当日、市の団地から多くの人が病院や駅まで乗車し、計画段階で議会から「なぜ町が姫路市のために」という意見がでたこともうなずけるほどですが、「町外連携による交流人口を増やそう」という職員の熱意もあり実現しました。

利用者も1999年1万584人が2016年には1万7874人と増加しました。「周辺自治体のことを考えることは自分たちの町を考えること」と「定期券が要るくらい」地域に入り、周辺自治体や交通事業者など多くの意見を取りまとめた職員の思いと努力は運転者さんから職員の名前がでるほどで、利用者の増加は地域との信頼関係からうまれた結果のように思います。

2010年8月に地域公共交通会議が、2016年12月に地域公共交通活性化協議会が設置され、2018年3月に福崎町地域公共交通網形成計画が策定されました。調査当日は松本会長に町内の隅々まで案内していただき、会長の地域への強い熱意を感じました。地域、行政、事業者、協議会など多くの協同と、生活圏域を大切にした周辺自治体とのまちづくりが住みやすい地域を創りあげてきた事例ではないかと考えます。

財源を工夫して交通を確保する事例

長野県木曽町は、「公共交通は、まちづくりの土台」「交通は命と国土を守る 命の交通網」という政策理念で2005年11月に木曽町生活交通システムを住民参加で創りあげました。それにより、開田高原から木曽福島駅まで1500円以上の運賃が200円で乗車できるようになりました。そのための財源確保が課題で、2007年度の支出は1億7230万円でバス収入は4680万円、支出のうち1億円を特別交付税と過疎債で充当し、町は2550万円の負担です。バス停設置や時刻表作成などの事業費は、内閣府など各省庁が指定した補助事業と見合う補助制度を職員が必死で探すといいます。

次は、利便性を向上させて毎年利用者を増加させている富山県朝日町です。2015年のバス事業費は運行委託費2700万円、その他経費700万円、収入は580万円、沿線自治体からの負担金120万円、県負担金500万円、国の臨時交付金1100万円、特別交付税900万円、町の負担は200万円です。バスの運行目的には町の活性化も掲げているため、朝6時過ぎから夜11時まで飲食のための運行も確保されています。正確なバス運行、鉄道時刻に見合うバス時刻、糸魚川市や黒部市まで生活圏域を大切にした運行、フリー乗降、そして交通事業者、近隣自治体や地域住民との話し合いなどによる利便向上策が利用者を増やしました。

これらは特別交付金や補助制度を活用した事例ですが、国は補助制度の縦割りを解消し、事業や期間を拘束しないなど地域の課題にこたえる基金や交付金制度を創設すべきです。

社会的便益(クロスセクターベネフィット)で交通を確保している事例

名古屋市は敬老パスの効果を調査し、その結果を「敬老パスの制度調査業務委託報告書」(2013年3月・日本能率協会)で公表しました。敬老パスがもたらす社会参加、経済効果、環境効果、健康効果のうち経済効果が事業費130億円の2・4倍の316億円あるという社会的な便益がわかりました。今では、JRや私鉄でも利用できないか検討しています。

三重県玉城町では、社会福祉協議会が2009年11月に導入した「元気バス」と同時期の2009年の後期高齢者の医療費はピークで、その後2012年まで減少し、この減少した経費をバス運行に充当しています。関連性は確認できませんが、社会的便益の一つではないでしょうか。

福崎町におけるコミバスのクロスセクター効果は、2017年度、サルビア号に支出する費用が1690万円で、コミバスを廃止した場合の分野別代替費用(病院への送迎費用、買い物バスの運行費用、土地の価値低下等による税収減少など)が2330万円必要であることから年間640万円と算出されています。よって、「「交通分野における赤字補填」ではなく、「地域を支える効果的な支出」と考えることができます。持続可能な交通をめざすためには、交通分野以外の他分野との連携を強化していくことが重要です」と、「地域公共交通のクロスセクター効果とは」(近畿運輸局資料)に掲載されています。

持続可能な地域交通を確保するためには、交通政策基本法の交通権を保障する交通基本法への改正、地域公共交通活性化法を地域交通の確保を目的とする法律への改正、交通基金の創設、地域の課題を解決する予算を配分できる制度の確立を地域から声を出していくことが必要です。

持続可能な地域づくりのなかで交通を確保する木曽町

持続可能な地域づくりのなかで、地域の交通を確保する木曽町の「木曽町まち・ひと・しごと創生総合戦略」を紹介します。合併後、木曽町は、「住民の権利と責務、人権の尊重、住民自治、地域資源を活かして暮らしの安全と住み良い町」をめざす「木曽町まちづくり条例」で新たなまちづくりを始めました。地域住民658名の参加による32回の話し合いで1000以上の事業提案を600以上の事業にまとめた「地域創生総合戦略」を町自らの手で2015年10月に策定しました。

戦略目標は、「人口1万人維持、幸福感の増幅」です。まちづくりの4つの施策は、①雇用創出、②移住促進、③結婚・妊娠・出産・子育て環境整備、④地域の安心、安全、地域連携です。③では、出産、子連れの通院時にタクシー・バスの無料チケットの配付、乗合タクシーでの公共交通の確保、④では、買い物弱者への対応、郡内町村との政策連携による交通システムの構築が進められています。

さらに、持続可能なまちづくりとして交通と両輪となるエネルギーと環境政策も進めています。田中町政の時から水力発電などが進められ、この総合戦略においても「再生可能エネルギー活用推進プロジェクト」として2016年度から始まりました。

地域資源である木質バイオマス(チップ)を森林組合、製材業者、石油販売業者などからなる木曽町木質バイオマス事業協同組合が生産し、町民プールなどへ供給し、これまでの外部経済依存から循環型経済を確立して雇用創出などを図ろうとするプロジェクトです。同時に、開田高原でチップボイラーによる熱供給で「御嶽はくさい」の育苗、牛糞のメタン発酵による消化液の肥料利用と発電の実現をめざす事業が始まりました。

ドイツでは、100年前から協同組合による熱供給事業により小さな村が自立しています。2005年に調査をしたハイデルベルク市の都市公社(シュタットベルケ)では、交通・ガス・電気・水道の供給・管理を行っています。女性の交通局理事長は、「交通事業は構造的に赤字事業、守っていくシステムが必要でエネルギーと交通をひとつにして赤字を補填するシステムをつくった」と話してくれました。自治体が交通事業者と共同で運営する事例も多くあります。

筆者は、木曽町の事業協同組合がエネルギーと交通、農林業が一体となった事業を展開し、持続可能な地域づくりのなかで地域交通が確保されていくことが将来の地域づくりの指針になるのではないかと考えます。

可児 紀夫

国土交通省退職(岐阜市総合交通政策室出向)、現在、可児市下恵土地区センター長、木曽町再生エネルギープロジェクト委員、著書『増強版 地域交通政策づくり入門』(共著)他。