【論文】医療・福祉拡充は雇用・経済発展の力―国と自治体に見る


自公政権下で公的責任を放棄し、新自由主義推進の結果、医療、保健、福祉、介護崩壊が重大化しました。ポストコロナに向けて、医療、福祉等の拡充、命を守る「ケアに手厚い社会」への大転換が求められています。

本稿は、国民経済統計で日本の産業構造を総体的にあきらかにした産業連関表(以下、「連関表」)を活用し、医療、福祉等の各分野(産業)に一定の予算を投入(国の場合1兆円、自治体では東京都、大阪府は1000億円、他は100億円)した場合の、生産、GDP(国内総生産)、雇用波及効果を試算しようとするものです。

試算結果からは、同じ予算投入でも、医療、福祉等への投入こそ、特にGDP、雇用効果は他産業分野─例えば公共事業分野より大きく、日本経済発展の力を持っていることが明らかとなります。

試算に使ったのは、ある産業への需要(投資=予算投入)がどの分野にどのような波及効果をもたらすかを算出できる「連関表」の各係数です。国の場合は医療、保健衛生、社会保険・社会福祉、介護の4分野(=産業)それぞれに公的資金1兆円(国と自治体を合わせた金額)を、自治体の場合は100億円(東京都、大阪府は予算規模が大きいので1000億円)投入した場合の、生産、GDP、雇用への波及効果を試算しました。それぞれ、発表されている最新版の「連関表」を使用し、政府や自治体などで実施している公式の方式で、第3次波及までを算出し、GDPについては国民経済統計の粗付加価値額で試算しました。粗付加価値から企業の交際費などの家計外消費支出を控除(ごくわずかで数%)したものが国民経済計算におけるGDPにほぼ対応すると認められています。

国の場合─医療、保健、社会福祉、介護の4分野の拡充
それぞれ1兆円投入した場合─4分野合計で100万人の雇用効果、GDP1%強の押し上げ効果

4分野それぞれの生産、GDP波及効果を、投入した1兆円との比率で見ると各分野は、生産では2・5~2・6倍、GDPは1・4~1・6倍となります。雇用効果は抜群で、1兆円投入で各分野22万人強~28万人弱の雇用を生み出します。

表1 医療など4分野の経済効果
表1 医療など4分野の経済効果
注:国・自治体合わせて公的資金を1兆円投入した場合の波及効果。1000万円以下、小数点以下は四捨五入。
出典:「平成27年(2015年)産業連関表」をもとに筆者作成。

4分野合計では、生産波及効果は10兆円強、GDP効果は6兆円弱、雇用効果は103万人弱─100万人超に達します。「福祉、介護は人」といわれるゆえんです。

GDP効果6兆円弱は、試算に使った最新の「連関表」2015年(「連関表」は5年に一度、その年1年間の産業構造を分析。最新の「連関表」が2015年版で2019年6月発表。その前は2011年版)の国のGDPの1・15%に相当します。

公共事業との比較を見ると

効果の大きさを見るため、公共事業との比較を見てみましょう(表2)。公共事業との比較は、医療等の経済効果だけを提示しても、その効果の大きさのイメージがわかないことから、他の何かの産業との比較を示せば効果額の大きさがわかるので、あくまで一つの比較対象分野として選んだことをお断りします。

表2 医療など4分野と公共事業分野との経済効果比較(2015年版)
表2 医療など4分野と公共事業分野との経済効果比較(2015年版)
注:数字の上段は波及効果額、かっこ内は公共事業との比較倍率。下段は公共事業との差。国・自治体合わせて公的資金を1兆円投入した場合の波及効果。1000万円以下、小数点第3位を四捨五入。
出典:筆者作成。

医療等の各分野は、生産波及効果では公共事業とほぼ同じです。GDP効果は、医療は1・04倍、保健衛生は1・14倍、社会保険・社会福祉は各1・13倍、介護は1・20倍となります。雇用効果では1・3~1・6倍と、それぞれ大きく上回ります。

「ケアに手厚い社会をつくる」事業こそ、経済効果が大きく、経済発展の力を持っていることを示す結果となっています。

自治体 東京に見る

全国の都道府県、政令市なども産業連関表を作成しています。国と同様に医療等の経済効果について、まず首都・東京都について見てみます。

表3 各分野に1000億円投入した場合の経済効果(東京都)
表3 各分野に1000億円投入した場合の経済効果(東京都)
注:倍率は小数第3位を四捨五入。算出は、医療・福祉、公共事業を含む建設2分野にそれぞれ1000億円を投入して生産、GDP、雇用拡大波及効果を試算。公共事業については、都も認めている建設の波及効果のうち公共事業の割合(都からの回答で24.8%)で各波及効果を算出。
出典:「平成23年(2011年)東京都産業連関表報告書」の地域内表をもとに筆者作成。

医療・福祉への1000億円の予算投入で1万人余の雇用拡大─GDPを0・8%押し上げ

「一つの国家に並ぶ規模」とされる東京都の予算は、2020年度の一般会計は7兆3540億円になります。上下水道や地下鉄などの公営企業会計と特別会計を加えると総額約15兆円超に達し、為替レートにもよりますが、スウェーデンやインドネシアの予算規模に匹敵します。予算規模が大きいことから国の場合の十分の一の1000億円の予算を投入した結果を見てみました。この予算は、医療など各分野でも、それぞれ事業を行えば、都の予算投入に対し国の補助も加わることから、国・都合わせた予算となります。

都の分析ツールは大分類の医療・福祉全体の分野─医療、保健衛生、社会保険・社会福祉、介護(中分類)を含む─への波及効果額しかありませんので、これを活用しました。結果は、生産波及1608億円、GDP効果860億円、雇用効果1万人余となりました(表3)。生産波及は、投入額の1・6倍となり、GDP効果額860億円は、2018年度の都のGDPの0・1%弱に相当します。

比較対象として、医療・福祉に対応する建設(建築、建設補修、公共事業、その他の土木建設を含めた総体)、その一分野の公共事業の波及効果額をも算出してみました。

建設では、いずれも医療・福祉が上回り、公共事業との比較では、4・2倍、4・6倍、4・1倍と4倍以上の効果となります。

医療等の経済波及効果─大阪に見る

大阪府について、大阪府の「連関表」の2013年版のツールを使って、医療、保健衛生、社会保険・社会福祉、介護4分野および公共事業分野にそれぞれ1000億円投入した場合の生産、GDP、雇用誘発効果を試算しました。結果は表4のとおりです。

表4 各分野に1000億円投入した場合の経済効果(大阪府)
表4 各分野に1000億円投入した場合の経済効果(大阪府)
注:かっこ内は公共事業との比較倍率。小数第2位を四捨五入。
出典:「平成25年(2013年)大阪府産業連関表(延長表)」をもとに筆者作成。

公共事業との比較でみた場合、生産は0・9~1・0とほぼ同じですが、GDP効果は1・0~1・3倍と医療等の経済波及効果が大きく、雇用効果では1・2~2・0倍とさらに大きくなります。

4分野合計でみると、GDPは4231億円─これは2013年度の大阪府のGDP(実質)の1・09%に相当します。雇用効果は7万6312人にもなります。

大阪府のコロナ感染も2020年11月中旬以降第3波に陥り、この間の医療・保健削減の影響は深刻となっています。保健所数は2000年22カ所あったのが、2000年7カ所減、2003年、2012年、2018年、2019年、2020年と各1カ所ずつ、維新が2008年府政を担当してからも減らし、この10年間で計12カ所も減らして半減させました。

その一方、カジノ誘致に走り、その開発費だけでも兆円規模の予算投入は必至となっています。

ポストコロナを考えれば、ケアにやさしい政治への転換は急務で、その方向こそ、経済発展の力にもなることを大阪府の「連関表」分析は示しています。

全国の他の自治体

13道府県についてみてみました(表5)。ここでも医療、保健衛生、社会保険・社会福祉、介護の4分野と公共事業の試算結果、各分野の公共事業との比較を示しました。公共事業を示したのは先に述べた理由からであることはお断りしておきます。全国大半の県は予算規模が1兆円に満たない県が大半であることから100億円投入の試算としました。

表5 医療等各分野に100億円投入した場合の経済効果(主な道県)
表5 医療等各分野に100億円投入した場合の経済効果(主な道県)
注:1. 各県の最新版産業連関表の中分類による試算結果。筆者作成。
注:2. 生産効果、GDP(粗付加価値)の単位は億円。かっこ内は公共事業比・倍(小数第2位を四捨五入)。
注:3. 金額は1000万円以下四捨五入。
注:4. 総需要から家計外の消費支出を差し引いた額がGDPに相当。
注:5. 雇用の★印は就業者誘発数。「就業者」とは、所得を得るため働いている人すべてを示し、自営業者や家族労働者なども含 む。これに対し「雇用者」とは、会社に雇われ給料を支給されている人のこと。
注:6. 雇用の●印は雇用者所得、単位は億円。雇用者所得とは、生産活動から発生した付加価値のうち労働を提供した雇用者への分配額をさす。雇用者とは、産業、政府サービス生産、対家計民間非営利サービス生産を問わずあらゆる生産活動に従事する就業者のうち、個人業主と無給の家族従事者を除くすべての者であり、法人企業の役員、特別職の公務員、議員等も雇用者に含まれる。

公共事業との比較でみると、生産波及効果は、4分野とも大半の県でほぼ同じですが、GDP効果は4分野すべてで公共事業を上回り、雇用効果は保健衛生、社会保険・社会福祉、介護では大きく上回っています。

4分野のGDP、雇用効果について、公共事業との倍率比較を具体的に見てみましょう。

まずGDP効果では、医療分野では、すべての県が1倍以上で、多くの県は1・1倍。保険衛生では、1・1~1・4倍で、1・4倍が2県(福井県、鹿児島県)。社会保険・社会福祉では、1・1~1・5倍で、1・3倍が6県。介護では、1・2~1・4倍で、福井県、奈良県、鹿児島県は1・4倍。

次に雇用効果を見てみましょう。医療分野で一部の県をのぞいて、4分野すべてで公共事業を上回っており、保険衛生では、1・2~1・7倍で、鹿児島県は1・7倍。社会保険・社会福祉では、1・3~1・8倍で、鹿児島県は1・8倍。介護は1・3~3・3倍で、宮城県、岐阜県、静岡県、奈良県の4県は2倍以上となっています。

新自由主義からの転換、医療、福祉削減計画から充実・強化への転換は急務

一連の試算結果は、医療、保健衛生、社会保健・社会福祉、介護分野への手立てをとるなど「ケアに手厚い社会をつくる」、「人間らしく働ける労働のルールをつくる」ことこそ、コロナ危機への対応としての現時点での事態解決のための重要性であるとともに、ポストコロナでどういう社会をつくるかの方向をも鮮明にしています。そのことが新たな日本経済発展の上でも重要であり、経済発展の力を持っていることをも証明したといえましょう。「福祉は力」です。

いまこそ新自由主義からの転換、医療、福祉削減計画から充実・強化への転換が急務です。

注目される動きは、世界では、軍事費を削るなどして対応している国々が相次いでいることです。韓国は今年の国防予算の3・6%に当たる計約1兆7700億㌆(約1600億円)を削減、米製戦闘機の導入費などの予算を、全国民対象の給付金や中小企業支援などコロナ対策の財源としました。インドネシアやタイ、フィリピンなどでも同様の動きがあります。

欧州では付加価値税減税も

欧州では付加価値税(日本の消費税に相当)の減税が相次いでいます。新型コロナウイルスの感染拡大で大きな打撃を受けた景気のてこ入れのため、消費活動を活性化させるのが狙い。ドイツは9月1日から年末までの半年間、付加価値税の標準税率を19%から16%に引き下げ、生活必需品などの軽減税率(7%)は5%とし、英国は飲食や宿泊、娯楽などの業種に限って、9月15日から半年間、付加価値税を20%から5%に引き下げ。オーストリア、ブルガリアでも引き下げを実施しました。

しかし、日本は史上最大規模に膨らんだ5兆円を超す軍事費にいっさい手を触れようとしません。

5兆円を超す軍事費には、F35戦闘機をアメリカから「爆買い」する1000億円もの予算や、海上自衛隊の護衛艦「いずも」を事実上の空母に改修する予算、沖縄県民の反対を押し切って強行している米軍辺野古新基地建設の予算などが含まれています。これらの不要不急の予算を削減し、コロナ対策に回す決断をすべきです。

日本での軍事費を当てはめるとどうなるのか。ICAN国際運営委員の川崎哲氏の試算では、2020年度の防衛予算のうち、戦闘機購入や護衛艦「いずも」の事実上の空母化など新規契約分の1兆1000億円は、IC(集中治療室)のベッド1万5000床と人工呼吸器2万台に加え、看護師7万人と医師1万人の給与に相当するとしています。

*ICAN:核兵器廃絶国際キャンペーン。

自公政権は、「国際競争力の強化」などを掲げ、地方自治体にも大型開発を押し付けるとともに、「広域連携」、「集約化」と称して中心市街地への開発と立地の集中、公共施設の統廃合・縮小などを進め、住民の反対の声を無視してカジノ誘致も強行しようとしています。削減すべき予算には、こうしたことにともなう不要不急の大型開発事業、さらには大企業優遇税制を是正すれば数兆円の財源確保は十分可能です。

【注】

  • 1 生産の場合の1次波及は、国の場合1兆円を投入すれば、各産業分野で生産が増え、その合計が1次生産誘発額となります。そこでは労働者が働いており、賃金、所得の中で消費が起こり、それによって需要増=生産増と2次波及、同様に3次波及へとつながっていきます。自治体の場合は、予算規模が1兆円を下回る県が大半であることから100億円投入し2次波及までの試算としました。
  • 2 いうまでもなく、公共事業そのものを否定するものではありません。生活密着型、自然災害から国民の命と財産を守る防災等の事業拡大は強く求められています。同時に、自公政権下では、無駄と浪費の巨大プロジェクト推進が強化されてきている実態があり、また、経済効果という点では、もっぱら公共事業とし、社会保障・福祉、医療、介護などはその阻害要因と宣伝、攻撃し、予算削減、国民負担増をはかり、今後も推進しようとしていることから、一つの比較対象の産業分野として選んだものにすぎません。
有働 正治

1944年熊本県生まれ。高校教諭、「しんぶん赤旗」編集局政治部、経済部記者などを経て1992年から1998年、参議院議員。『革新都政史論』(1989年、新日本出版社)、『まちで雇用をふやす―公共事業より巨大な社会保障・医療の経済効果』(2004年、自治体研究社)、自治体問題研究所編集部『社会保障の経済効果は公共事業より大きい』などの発行に資料提供を含め全面協力。