【論文】自治体職員制度と民主主義の危機―その経緯と課題

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コロナ禍のなか、地方自治が機能不全に陥っています。「構造改革」と「公務員制度改革」が主因です。さらに「スマート自治体」構想が浮上しています。「民主主義の危機」という視点から、これらの経緯と課題について考えます。

民主主義の危機

昨年10月1日、菅義偉総理大臣は、日本学術会議の新しい会員候補6人の任命を拒否しました。この突然の出来事は前代未聞です。法律違反であるだけでなく、権力による法の破壊であり、厳しく糾弾されるべきです。まさに民主主義の危機です。

今回、任命拒否された一人・宇野重規は、「民主主義の危機」について四つ上げています。「ポピュリズムの台頭」、「独裁的指導者の増加」、「第4次産業革命とも呼ばれる技術革新」、そして「コロナ危機」です。これらの説明は省略しますが、後の二つについては後半で少しふれます。

ここで注目しておきたいのは、「民主主義とは何か」という問いへの宇野の次のような答えです。「かつて歌手のジョン・レノンは『Power to the People』という、文字通り、『人々に力を』と訴える曲を歌いました。/(中略)/普通の人々が力をもち、その声が政治に反映されること、あるいはそのための具体的な制度や実践を指すものが民主主義でした(まさに民主力です)」。

ここから考えると、地方自治とは「普通の人々が力をもち、その声が政治に反映される」ための制度であり、また「その声」に応えるのが地方公務員の仕事ということになるはずです。そのためには「その声」を知り、それを自身の仕事に反映させること、反映されていない場合は、反映できるように改善することが必要です。このような視点に立って、地方公務員制度における「民主主義の危機」について考えます。

新自由主義と「公務員制度改革」

宇野によれば「民主主義の危機」は、20世紀末以降の社会的・経済的な格差と分断、それに伴う貧困と暴力・戦争がもたらした結果でもあるといいます。富める者と貧しき者が固定化され、貧しき者を「置き去り」にしたまま自己責任が語られ、国と大企業は新たな市場競争に向かう、これらは新自由主義=市場原理主義が生んだものです。「市場での自由な競争こそが経済を発展させる原動力」であり、「邪魔な法的規制や慣習は取り除くべきだ」とされ、「規制緩和」が叫ばれました。労働の分野でも、1980年代後半以降、派遣労働や裁量労働制など、次々と規制緩和がおこなわれました。

日経連(現在は経団連に統合)の「新時代の『日本的経営』」(1995年)は、市場原理主義に基づく人事労務管理のバイブルです。以降、非正規雇用の急増、成果・業績中心の人事賃金管理が顕著になりました。市場動向にいち早く対応していくために、人材をいつでも安く自由に採用・解雇し、賃金を市場動向に合わせて上下させようとしたのです。

このような傾向は、公務員の世界でも例外ではありません。1990年代後半以降、公務の世界でもコスト意識を定着させ、効率性・能率性を重視した制度に改変することが必要だとされました。その集大成が2001年に閣議決定された「公務員制度改革大綱」(以下、「大綱」)でした。

「大綱」の考え方は「公務の世界にも市場原理を」です。そのモデルはイギリスの行政改革=ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)でした。サッチャー政権は公共部門の縮小と民営化政策を推進しました。イギリスの地方自治体は市民サービスの主体として重要な役割を果たしていましたが、そこに「効率性・能率性」の原理を入れようとしたのです。NPMを語る時によくいわれる「公共サービスを提供する当局から管理する当局へ」のスローガンは、そのねらいをよく言い表しています。いま日本で進められている「自治体戦略2040構想」にも共通した考え方です。

この新自由主義的なNPMにより、事業の民営化だけではなく、自治体労働者の人事労務と賃金制度にも競争原理を入れていく試みがなされました。人員削減と非正規化(有期雇用および派遣)、人事評価制度の導入と成果主義賃金など、いま日本で進行中のことがおこなわれたのです。しかしイギリスのこの試みは、労働組合による粘り強い取り組みもあって、当局の思惑通りには定着しませんでした。

地方公務員制度の破壊

わが国でも、「小泉構造改革」以来、公務員制度の破壊が進められてきました。イギリスと同じように、公務員数の削減と人事制度の「能力・業績主義」化の新自由主義的な「改革」でした。

まず第1は雇用(任用)の破壊です。公務員数の削減は、以前から進められてきましたが、2005年からの「集中改革プラン」でせきを切ったように進められました。1994年の328万2000人をピークに、その後、減少し続け、2019年には274万1000人にまで落ち込み、削減率は毎年1%以上です。これと反比例して増えたのは非正規職員です。「非常勤職員」「臨時的任用職員」などの枠をフル活用するだけでなく、「地方公務員任期付職員法」(2002年)や「指定管理者制度」(2003年)などを新設するなどして、非正規職員と外部委託を増やしてきました。職場によっては、8割、9割が非正規職員という異常さです。

こうして正規職員任用原則からの逸脱が始まり、もはや非正規職員なしでは仕事が動かなくなっていますが、さらにこれに拍車をかけるように「会計年度任用職員制度」が制定されました(2017年制定、2020年施行)。名称通り1年間だけ雇用(任用)する枠組みを新設したのです。いま、これまでの非正規職員の「会計年度任用職員」への転換が行われていますが、「一時金」(賞与)を支払うという条件をつけたものの、その分月々の給与を引き下げるなどの事例さえあります。この異常さは住民の暮らしの基盤を直撃しています。

第2は、職員の労働と処遇の破壊です。「大綱」は、「能力等級の導入」、「能力を基礎とした新任用制度の確立」、「能力・職責・業績を反映した新給与制度の確立」など、「働かせ方」の「改革」を打ち出しました。まさに「効率性・能率性」重視の新自由主義的「働かせ方」です。そのために「人事評価制度」を義務化しました(2014年制定、2016年施行)。それは、すべての職員一人ひとりを競い合わせる道具です。しかも評価の基準や方法など人事評価の重要な事項は「任命権者が定める」とされたのです。つまり職員の給与や処遇は上司の評価に左右されることになるわけですから、上司が指示したことをただ黙々とやるしかないことになります。このままでは「全体の奉仕者」から「上司(首長)への奉仕者」へ変質する危険性があります。

第3の破壊は、職員の労働時間です。正規職員が大幅に削減されても仕事量が減るわけではありません。勢い職員1人当たりの仕事は増え、残業が増えてしまいました。総務省の2015年調査では時間外労働は全国平均で年間158時間でした。同じ年の民間企業(従業員30人以上)は154時間でしたから、「公務員は定時に帰れる」のイメージは完璧に崩れたことになります。過労死・過労自殺は公務員の世界も例外ではありません。調査によると、過労に伴う脳・心臓疾患と精神疾患による公務災害申請件数は、ここ10年間はほぼ100件以上で、2018年は189件と過去最高です。長時間労働に伴う精神的な疲労が職員を苦しめており、働き過ぎは住民サービスの質的低下を招きます。

デジタル化時代の地域住民と地方公務員

冒頭で取り上げた宇野は「コロナ危機」による民主主義の危機を指摘していました。これをコロナ禍の自治体の現場でみると、住民の声が自治体に届かない、連絡がつかないなどの事態が露呈し、自治体職員は不眠不休で仕事をしても追いつかないことなどが明らかになりました。「効率性・能率性」の嵐で、職員削減と保健所や医療関連部署の統廃合、予算削減、外部委託等で機能しなくなってしまったのです。1991年に全国で852あった保健所が、2020年には469となり、45%も減少しているのです。それに伴って職員数も20%減少しています。また公立病院も17%減になっています。住民のいのちと暮らしを支える足元が揺らいでいるのです。

宇野が指摘するもう一つの問題、「第4次産業革命の影響」でも民主主義は危機に直面しています。AI等のデジタル技術革新によって、一人ひとりが自ら判断することなく、外部から提供された情報と利便性に自足してしまえば、多様な意見や少数者の「異見」は「効率性・能率性」に水を差す「ノイズ」に過ぎなくなってしまいます。宇野はそれを「デジタル専制主義」と呼び、それで人々は幸せになれるのか、「踏みとどまって考えるべき」と主張します。

2020年9月、菅新政権は、真っ先に「目玉政策」としてデジタル庁の創設を打ち出しました。コロナ禍での「給付金」や「補助金・支援金」が遅延したことも一つの根拠にして、マイナンバーカードの普及や行政のデジタル化を一気に進めていくためです。

これらはすでに2018年の「自治体戦略2040構想」や「スマート自治体」等で出されていました。コロナ禍の国会で、さしたる審議をしないまま、スーパーシティ法(国家戦略特区法改正)までが採決されてしまいました(2020年5月)。前のめりで急ピッチです。

「Society 5.0」とは財界や政府による造語ですが、ビッグデータやクラウド、IoT、AI、RPAなどで生活やライフスタイル、社会構造を根本的に変えていこうというわけです。「スマート自治体」はその中心に位置づけられています。「少子化による急速な人口減少と高齢化」に備えるために、行政サービスをデジタル化し、AIやロボティクスの活用で「従来の半分の職員」でも可能な仕組みを確立し、自治体の役割を「単なる『サービス・プロバイダー』から、公・共・私が協力し合う場を設定する『プラットフォーム・ビルダー』に転換すべき」だというのです。

*RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション):これまで職員が手作業でやっていた定型事務処理をコンピューター内のソフトウェアで自動処理するシステムのこと。

*IoT=Internet of Things(もののインターネット):さまざまなものがインターネットを介して情報交換して、自動認識や自動制御、遠隔計測などをする仕組み。

「必要なサービスを、必要な人に、必要な時に、きめ細やかに対応できる」などと良いことずくめのようですが、「民主主義」という視点から考えてみるとどうでしょうか。推進する総務省が「パッケージソフトに対するカスタマイズは行わない」との基本方針とガイドラインを出して、ICT関連企業が作成した標準的で画一化的なシステムを各自治体がそのまま利用せよというトップダウンの姿勢なのです。それはまさしく「デジタル専制主義」です。「普通の人々」の「声」と要望は多様です。それに応えるのが地方自治の本旨です。その原理は「効率性・能率性」ではなく、「普通の人々の声」が届き、それが実現すること、つまり「民主主義」でなければなりません。AIやロボティクスは情報処理と制御をするソフトウェアなのですから、あらかじめ人間が設定した判断基準で分類・整理しているに過ぎません。民主主義にとって重要なことは、これらの判断基準を誰がどのように決めるかです。その判断原理は「効率性・経済性」ではなく「民主主義」でなければなりません。「スマート自治体」構想にはこの視点が恐ろしく欠如しています。

当たり前の地方公務員制度に

民主主義という視点から「少子高齢社会」における地方自治とその制度をどのように構想するのか、この課題は本稿の域を大きく超えていますが、地方自治の担い手としての地方公務員の制度と役割という面から少し課題を提起しておきます。

第1に、担い手としての職員の平等です。住民の「声」を知り、それを自身の仕事に反映させ、不十分なら改善する、これが職員の重要な仕事です。そのためには当事者意識をもって仕事することが必要です。ところが正規と非正規の間の格差と不平等は歴然としてあり、このままでは当事者意識をもてるはずがありません。実際の非正規職員の多くは仕事に誇りをもって懸命な努力をしていますが、しかし職員間の不平等は仕事上の大きな障害となります。身分の安定と格差の是正が必要です。労働契約法第18条のような無期転換ルール、また、有期・パート法の「同一労働・同一賃金」の適用が当面の重要課題です。

第2に、人事評価制度の抜本的な見直しです。人事評価制度は人が人を評価することですから、誤謬は免れません。しかも評価する側と評価される側は上下関係です。このままでは上司からの一方的な指示に黙々と従わざるをえず、主人公であるはずの住民不在になりかねません。職員が住民の「声」に沿って仕事を全うするためには、人事評価制度のあり方の抜本的な見直しが必要です。見直しの原理は「公正・公開・納得」の民主主義です。多くの国でそうであるように、評価者にとって被評価者の「納得」が義務であり、被評価者にとって「納得」できることが権利であるべきです。少なくとも現行地方公務員法第23条の2の「人事評価に関し必要な事項は、任命権者が定める」は全面的に変える必要があり、人事評価を「管理運営事項」とする姿勢は改めることが不可欠です。

第3に、担い手としての職員の参加です。いま急ピッチで準備されている「スマート自治体」は「効率性・能率性」偏重ではなく、住民サービスの質的向上が目的になるべきです。画一的・標準的な行政ではなく、多様な「声」に応えることこそが必要であり、そのためには職員の参加が不可欠です。住民と職員のつながりを強化するような行政デジタル・システムのあり方、AIやロボティクスをどこにどのように使っていくのか、住民のプライバシー保護と多様な要望提供の両立、これらについて判断できるのは、AI技術者やICT企業ではなく、住民のことを熟知している現場の職員をおいてほかにいません。どのような判断基準でどのようなシステムを構築するのか、「デジタル専制主義」を回避するために、これらについてトップダウンではなく、職場の末端から議論する職員参加を自治体当局は真剣に追求すべきです。

【注】

  • 1 宇野重規『民主主義とは何か』講談社現代新書、2020年。本書の第1刷が10月20日となっているので、ご本人が任命拒否の事実を知る前に脱稿していたと思われます。
  • 2 宇野(2020)、36-37ページ。
  • 3 詳しくは、黒田兼一・小越洋之助編『公務員改革と自治体職員─NPMの源流・イギリスと日本』第Ⅲ部、自治体研究社、2014年、参照。
  • 4 会計年度任用職員の制度について詳しくは以下を参照。黒田兼一・小越洋之助編著『働き方改革と自治体職員』自治体研究社、2020年。
  • 5 宇野(2020)、28-30ページ。
黒田 兼一
  • 黒田 兼一(くろだ けんいち)
  • 明治大学名誉教授

専攻は人事労務管理論。近著として、『働き方改革と自治体職員』(共著、自治体研究社、2020年)、『戦後日本の人事労務管理』(ミネルヴァ書房、2018年)


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