【論文】美術館活動に市民はどう参画できるか―和歌山県立近代美術館の場合


「なつやすみの美術館」展を題材とした鑑賞教育に関わる継続的な市民協働の例として、和歌山美術館教育研究会と和歌山大学美術館部の活動を紹介します。

和歌山県立近代美術館について

和歌山県立近代美術館は、1970年に開館した日本で5番目の近代美術館です。1963年に開館した前身の和歌山県立美術館(以下、県立美術館)時代に収集された83点を引き継いで、和歌山県民文化会館1階に開館しました。当初、活動の中心は、県立美術館時代から続く友の会と県美術家協会による実技講座、また貸館事業が多くを占めていました。しかし地域ゆかりの美術家を調査研究によって掘り起こし、展覧会で紹介することで作品収集を続けながら、体系的な視点を持ってコレクション形成を目指すという方針は、県立美術館時代からありました。その意思を引き継いだ当館は「近代美術館」を名乗ることで、近代=明治以降現代までの同時代の美術を対象に、収集と歴史記述をする役割を明確にしました。

美術館活動が充実するにつれ、ミュージアムとしての機能を十全に備えた新館設立の声が高まり、1994年、黒川紀章設計による現在の建物に移ります。その際、貸館や実技講座の役割は県民文化会館に残すこととしたため、新たな美術館建築には実技制作が可能な設備は設けられませんでした。一方でコレクションの充実が図られ、その対象は和歌山ゆかりの美術から、関連する海外の美術にまで広げられます。新館開館記念展が、他館から目玉作品を借用するのではなく、2500平方メートルの展示室すべてをつかった所蔵作品展であったことは、時代に鑑みても特筆すべきことだったといえます。こうした収集を重視する立場は今も変わらず、現在まで一度も途切れることなく毎年継続して集めてきた約1万3000点のコレクションを軸に、人々の幅広い学びを生み出すことを目指し活動しています。

教育普及活動の方針と「なつやすみの美術館」

県立美術館時代より、友の会主催の実技講座に混ざって「美術鑑賞講座」と題した学習の場が設けられ、学芸員や外部研究者がこれを担当していました。近代美術館になってもこの形式は引き継がれましたが、実技制作の場所を持たずに再出発した新館では、美術館が主体的に行う鑑賞教育に軸足を置く方針が明確になりました。2002年からは高校生以下の児童・生徒の入館を無料とすることが県の方針で定められ、学校の利用も進んでいきます。

近年の教育普及活動のなかでも大きな位置を占めているのが、2011年に始まったシリーズ展「なつやすみの美術館」です。コレクションを中心に、時代もジャンルもさまざまな作品が並ぶこの展覧会では、大人も子どもも一緒になって美術に親しめる「美術への入口」となることを目指しています。また毎回異なるテーマ設定により、美術作品は「見方」によって多様な意味を持ちうることを示し、美術に慣れ親しんだ人には新たな気づきをもたらすきっかけとなっています。幸いにもすでに11回を経て、展示室が多くの子どもたちで賑わう光景が夏の日常となり、「なつやすみの美術館」自体がさまざまな取り組みのプラットフォームとして機能するようにもなりました。以下、この展覧会に関するふたつの取り組みを、市民協働の観点から紹介します。

和歌山美術館教育研究会と「なつやすみの美術館」

当館では2008年から2年続けて、文化庁の補助事業「芸術拠点形成事業(ミュージアムタウン構想の推進)」に取り組み、学校や大学と連携して鑑賞教材を作成、研究授業を実施した経緯がありました。この時の人的つながりを引き継いで、2011年に当館主催による「和歌山美術館教育研究会」(以下、研究会)が発足します。美術教育や美術館教育に関心のある人なら誰でも参加できる有志の集まりとして設定していますが、学校教員が多く参加しており、特に各学校に1人しかいない図工・美術教員同士の校種の壁を超えた交流の場にもなっています。

2013年からはこの研究会において、「なつやすみの美術館」の鑑賞ワークシート制作を始めました。一般に美術館のワークシートは、先に決まっている展覧会内容をよりよく理解してもらうための付加的なものとして準備されますが、作品を借用する企画展の場合、事前に作品を見ることも容易ではありません。しかし当館の「なつやすみの美術館」はコレクションによる展覧会であるため、実際に出品予定の作品をみんなで直接見る機会を設けることができます。またテーマについて学芸員と研究会メンバーが議論するなかで、展覧会の内容そのものに影響を与えることも珍しくなく、展覧会企画自体に、研究会活動が大きく関わっています。

そうしてさまざまな年齢の利用者を想定しながらワークシートを作り上げていくプロセスは、研究会メンバーの自主的な学びの機会となっています。出来上がったワークシートは、研究会に参加していない教員でも利用できるよう会場配布とウェブ公開を行っており、近隣の中学校を中心に、多くの生徒の夏期休暇中の宿題として活用されています。

ワークシート制作を始めて3年目となる2015年からは、展示の最後のエリアに「ワークスペース」と名付けた小さな創作活動のためのコーナーを設けることになりました。美術作品を見て、より深く考えることにワークシートは役立ちますが、各自のなかに生まれた鑑賞体験を展覧会全体の振り返りとしてアウトプットすることができれば、その体験はさらに深まっていきます。展示室内という制限があり、主に色紙を使った簡単な活動ですが、来館者が思い思いにかたち作る姿からは、「見る」という行為がいかに「作る」欲求を刺激するかがわかります。また学校教育の図工・美術における鑑賞と制作を結びつける実践としても、研究会に参加する教員たちが力を発揮する活動ともなっています。

しかし2020年、人が集まることを困難にするコロナ禍によって、この研究会も開催できなくなりました。加えて当館も臨時休館になり、夏の展覧会が開催できるかどうかの見通しも立たなくなったとき、これまで積み上げてきた「なつやすみの美術館」のかたちが途切れてしまうのではないかという恐れが、私の目の前を暗くしていました。そんな不安でいっぱいだった4月末、1本の電話がかかってきます。それは研究会に参加する教員たちで、「この状況でできることを一緒に考えたい」という相談でした。

このとき気づいたのは、美術館は人々の学びの場を「提供」しているのではなく、美術館を「自分ごと」として考える市民によって支えられているのだという事実でした。そしてまだリモート会議が一般的ではなかった時期に、あれよあれよという間にオンライン会合がセッティングされ、みんなで議論できる場が整えられたことで、無事に10回目の「なつやすみの美術館」を開催することができたのでした。それは今まで通りのワークスペースはないものの、少しかたちを変えた鑑賞プログラムがあり、もちろんワークシートも準備された、紛れもなく「なつやすみの美術館」と呼べるものでした。そしてまもなく12回目となる「なつやすみの美術館」の準備が始まろうとしています。

研究会の様子。全出品作品リストを前に、ワークシートの活動内容を検討中。(2021年)
「なつやすみの美術館7 すききらい、すき? きらい?」のワークスペース。1700個の作品が集まる。(2017年)
初めてのオンライン研究会(2020年5月)

「たまごせんせいとわくわくアートツアー」

当館に収蔵されている作品、つまり近代以降の美術表現においては、それが一体どんな意図で作られているのか、一見してわからないことが多々あります。そしてわからないものを前にしたとき、だれでもどこかに「答え」を探そうとします。歴史や自然科学の博物館においては、展示物が何であるかを知ることがそのまま博物館の楽しみや学びに直結する一方で、美術館で美術を鑑賞する面白さのひとつは、そのわからない問いに対して自ら向き合い、ゆらぎや意味生成を楽しむことにあります。しかし来館者は学芸員を前にすると、どうしても「答え」を求めがちになるのも確かですし、もちろん調査研究によって明らかになった事実を広く伝えることもまた、われわれ学芸員の仕事です。

とはいえ美術作品を多様に見ることが、美術の楽しみへの入口だと位置づける「なつやすみの美術館」では、美術史的な解説はいったん傍に置いて、来館者の疑問や自由な解釈をより歓迎しています。こうした能動的な作品へのアプローチを促す一助として、専門的な解説をできない人が主導する一般来館者の鑑賞の機会を設けることにしました。具体的には、近隣の和歌山大学学生による「たまごせんせいとわくわくアートツアー」と題した鑑賞会で、これもまた2013年に始まったものです。

当初は美術館と連携した教育学部のゼミ授業の一環でした。受講生は教員養成課程の学生たち、すなわち「先生のたまご」であるとして「たまごせんせい」と名付けました。学生たちには作品についての基本的な情報を一通り伝えるものの、展示室では作品について説明するのではなく、来館者と同じ目線で「わからない」を共有しながら、ともに見ることを課しました。この活動は学生たちが何度も作品に向き合い鑑賞体験を深める機会になると同時に、同じものを見ても相手が同じように考えているとは限らないことに気付く、他者理解を実践的に経験する場ともなっています。授業枠での取り組みは1年で終わりましたが、その後は学生有志による活動として継続、美術専攻以外の学生も加わって、2015年秋には大学公認サークル「美術館部」が誕生しました。つまり活動主体は学生側にあります。

美術館が希望者を個別に受け入れるボランティア形式ではなく、大学登録の学生サークルとなった理由は、館内に常時活動場所を確保できないという現実的な制限によるものでした。加えて初期の学生たちの熱意はもちろんのこと、サークル活動として登録することによって学内での学生集めができるなど、継続的なかたちとして成り立たせるメリットもありました。そしてこの活動を市民協働として考えるならば、美術館と学生たちが主従関係になるよりも、学生サークルとして自主性があることはむしろ望ましい姿だといえます。ただこの2年、コロナ禍によって学生の課外活動が厳しく制限され、活動継続が難しい局面は続いています。しかしながら卒業生の協力を仰いだり、オンラインでの鑑賞会を試みるなど、新しい活動のかたちも探りつつあります。そして卒業した学生の何人かはすでに学校教員として現場に立っており、美術館を活動場所とした学生活動が、間接的に地域の学校教育に根付いていく仕組みにもつながっています。

美術館部による「たまごせんせいとわくわくアートツアー」には幅広い世代の参加者が集まり、意見を交わす。(2018年)

美術館における市民協働の可能性

本稿執筆の打診を受けたとき、美術館での市民活動はイメージしにくいという声を聞きました。確かに考古系の博物館など比較的堅牢な資料を持つ館では、直接資料に触れる活動も行いやすいため、半ば博物館のスタッフのような市民の活動が行われているところもあります。しかし美術館では、専門家ではない立場の人が美術作品に触れることは資料保全の観点から難しく、少なくとも当館では認められません。次の世代にコレクションを引き継ぐこと、言い換えれば未来の市民の利用を保障することもまた、われわれの責務だからです。

さらには先述したように、美術を通じた学びはその内容の直接的な理解だとも言い切れないところが、美術館における学習活動がイメージされにくい要因でもあるでしょう。そのため「美術館を市民に開く」とは、美術館を市民や子どもたちの作品発表場所に使うことだと思われる傾向も否めません。しかし美術館とは、単なる展示会場ではなく、調査研究・収集保存・展示公開・教育普及という一連の活動が有機的につながることで、地域の文化や人々の知的・造形的な営みを、その地域内だけでなく外にも、そして過去から未来へと伝えていくための存在です。また作品という他者を介して、共に見る隣人との違いをも受け入れながら、時代も地域も超えた多様な考え方や意見が交わる安全な場として「開かれている」べき存在です。だからこそコレクションは人々の財産なのであり、美術館はそれを守るために存続せねばならないのです。

ならば未だ十分に理解されていない美術館での学びのあり方を共に探り、多くの人に伝える活動にこそ、美術館における市民協働の可能性があるとも考えます。美術に関心がある人のためだけでなく、美術や美術館に関心を持つ市民を増やす活動を行い、そこにさまざまな立場の人がさまざまなレベルで関われる学びの場を設けることが、美術館の存在を安定的につないでいくための心強い支えになります。それは結果として、コレクションという財産を、市民とともに未来へと引き継ぐことにつながっていくはずです。

青木 加苗

京都市立芸術博士(後期)課程修了。専門はドイツ近代美術史。ミュージアムにおける人々の幅広い学びと、それを支える持続可能な社会の関係に関心を持つ。2019年よりICOM ICFAボードメンバー。