【論文】「医療DX」による医療費抑制 ─ 国民皆保険制度と「かかりつけ医」の変容


「医療DX」とは

国が進める医療のデジタル化計画は「医療DX」(医療デジタルトランスフォーメーション)と呼ばれています。医療DXは、医療連携の推進、医療保険事務の効率化や研究開発促進に至るさまざまな論点を含みますが、現在、中心となるのは医療情報の連携・共有です。全国の医療機関(薬局含む)と国(審査支払機関等)との間をオンライン回線でつなぎ、患者の健康・医療情報の共有(閲覧)を可能にします。患者(利用者)の側も、自身のパソコンやスマートフォンから自らの健康・医療情報を閲覧(保存可)できるようにします。医療機関間での情報共有は 、患者(利用者)による健康・医療情報の閲覧・管理はと通称されます。


医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕

▲政府・医療DX推進本部決定(2023年6月2日)から。

現在、医療機関で閲覧する他院の情報は、医療機関が診療報酬を請求するレセプトの記載情報(診断・管理している行為名、処方内容が中心)、健診結果(40歳以上)、処方箋内容です。2024年度中に、電子カルテ記載情報(のうち傷病名、アレルギー・禁忌薬剤・感染症の有無、処方内容、検査結果値)に拡大し、以降も順次、閲覧できる電子カルテ情報の範囲を広げていきます。医師の所見や看護記録等への拡大も考えられます。2030年までに全国の医療機関の間で電子カルテ情報が閲覧できるよう、国仕様のカルテ開発などを進めていきます。

第二に、こうした閲覧・共有の仕組みは、マイナンバーカード利用が前提です。患者はマイナンバーカードで受診した際に医療機関に医療情報の提供に同意したり、カード(ICチップ)を専用アプリなどで読み取りマイナポータルにログインして利用します。

第三に、閲覧・共有の仕組みを可能にするバックヤードとして、健康・医療情報に関わるデータベース群を構築します。現在、医療保険者が持つ患者の資格情報(窓口負担割合など)、レセプト・健診結果等の情報を集積した「オンライン資格確認等システム」を構築しています。今後、自治体や介護事業者等が持つ予防接種、各種検診や、介護、感染症、難病等に関わる情報について各々データベースを構築して、オンライン資格確認等システムはじめ相互に連携させていき、全国医療情報プラットフォームを構築します。構築された医療等ビッグデータは、医療機関に支払う診療報酬を審査する審査支払機関(社会保険診療報酬支払基金など)が管理します。

マイナンバーカード利用を入口にして、医療機関・個人を国(審査支払機関等)とオンライン回線で結びつけるとともに、各人の健康・医療情報を取り出せる医療等ビッグデータを構築します。

医療費抑制に向けて「医療DX」動員

国は、医療DXにより、「マイナンバーカードで受診すれば他院の情報が見られ医療の質が向上する」「マイナポータルからの閲覧で自身の健康管理に役立つ」と強調しています。本当にそうでしょうか。

注意すべきは、国は医療費を抑制する路線を取っていることです。高齢化が進み、技術も高度化する中、医療費は上昇していきますが、小泉政権以降(民主党政権除く)、国は、財政再建と称して、技術の高度化や医療従事者の働く環境改善に必要となる費用をカットしてきました。今後、防衛費の倍増や、「少子化対策」に伴う歳出改革(削減)も加わります。岸田文雄首相は「歳出改革には医療提供体制の効率化などの活用も考えられる」(参院決算委員会、6月12日)として、さらなる医療費削減も狙われています。

しかし、厚生労働省自らが認めるように、我が国の医療・社会保障給付規模はドイツ、フランスの水準(対GDP比)に遠く及びません。両国の水準並みにするには最低でも7兆円以上の追加支出が必要です。先進諸国で最低水準の医師数の下、勤務医の4割、開業医の4人に1人が過労死ラインを超えて働いています。

医療DXが、医療費抑制に向けて動員されていくことに注意が必要です。

医療上の裁量権の制限へ ─ レセプト審査の厳格化

EHRを通じて、医療提供の削ぎ落としが図られます。国は健康保険証を廃止してマイナンバーカード受診を基本とし、受診した都度、患者に医療情報を開示(閲覧)するよう促しています。他院の医療情報が「見える化」される結果、形式上〝重複〟〝頻回〟な受診・検査・処方の状況などが分かる形となります。医療情報を閲覧した上で検査・処方した場合、集中的に審査(査定)され、減点・自費扱いが増えることが考えられます。

電子カルテ情報を閲覧する段階になれば、診断・治療の状況・結果まで分かり、自院で行う検査・投薬などの「適正性」がより厳しく査定されることになります。一層詳細なカルテ記載(例えば、医学的根拠、患者への説明のあり方など)が求められそうです。副作用が生じている多剤併用の是正などは当然のことですが、医療費抑制目標に向けて、審査支払機関による一律・機械的な審査・査定、指導が強められ、目の前の患者に適した治療を保障する医療現場(医療専門職)の裁量が切り落とされていくことが危惧されます。先般、法改正がされ審査支払機関の目的・業務に医療費の「適正化」(抑制)が記されました。早々に、財務省は5月の「建議」において、給付範囲が狭い韓国の審査支払機関の事例を引き合いに出して、「少ない処方数を高く評価する」など「医療費適正化の観点からの審査」に活用するよう求めています。

削ぎ落としから「成功報酬」にも

医療の「余剰」を削ぎ落としていく先に、国が推奨する電子カルテ実装をてこにして「成功報酬」を導入・拡大していく流れが浮上してきます。医療機関から、電子カルテ上の診療データを審査支払機関等に送信し、集積された診療データをAI等で解析して、疾患の特性⇨一連の治療⇨維持・改善といった「診療アルゴリズム」を構築します。コスト抑制指標を前提に置き、疾病ごとに目標値(状態値、改善度など)を設定して、その達成度に応じて高い報酬を支払います。国が認めるベスト・プラクティスに基づく成功報酬です。

医学的根拠が本当にある診療アルゴリズムかどうかも問題ですが、結局、看護、リハビリをはじめマンパワーをふんだんに投入できる医療機関が有利になります。人手が少ない地方の病院などは目標が達成できず、診療報酬が一方的に削減される理不尽な結果を強いられます。改善しやすい患者(若い、障害がない、既往症がないなど)が好まれ、手間を要するわりに改善がしにくい患者(高齢、障害がある、他疾患を併発など)が敬遠されやすく、医療保障の観点から問題が多いといえます。医療費抑制路線の下、成功報酬が持ち込まれ医療機関が淘汰されていくことが危惧されます。

マイナポータル等で健康自己管理を促進

PHRも医療費抑制に使われます。国はPHRを通じて、行動変容を図り疾病の予防につなげていくとしています。利用者をマイナポータルにアクセスさせて自身の健康・医療・介護等情報を自覚させることに加えて、医療費抑制に向けて数値目標を設定し、医療等ビッグデータをAI等で解析し個人の健康・疾病リスクを予測して、利用者への「お知らせ」などマイナポータルに表示される情報を調律・調整して、健康・疾病・介護リスクの低減に向けて行動変容を促していくことが考えられます。健康管理・予防は個人の行動・生活習慣を強調する健康「自己責任」の意識・風潮が強められていきます。

また、国は、各人が、マイナポータルで閲覧する医療情報(=医療機関のカルテ等情報)や民間のウエアラブルデバイスなどで蓄積した個人情報などについて事業者(情報銀行)に提供する代わりに、健康増進サービス(例えば、フィットネスプログラム)など見返りを受ける「情報銀行」サービスの普及を進めています。ただし、マイナポータルの利用は、最も多い薬剤・診療情報の閲覧でも月8万件(2022年12月)とごくわずかです。今後、PHR利用の推進に向けてあの手この手で活用が図られそうです。

オンライン完結型の医療へ

国は、医療DXにより、医療機関間で患者情報を共有できるとして、初診時からのオンライン診療を解禁しています。患者はパソコンやスマートフォンを医療機関の専用サイトにつなぎ、マイナンバーカードを専用アプリで読み取らせて他院の医療情報を提供して、画面越しに診療を受けます。交付された処方箋(電子メール)を薬局に送信してオンラインで服薬指導を受けて、薬剤は指定場所に配送してもらいます。自宅・会社にいながら完結するオンライン医療を進めて、医師やスタッフは極力増やさず、「効率」よく多くの患者を診療させようという狙いです。医療現場にとっては労働強化にほかなりません。

「かかりつけ医」だから対応して当然?

国は、「かかりつけ医」機能の強化・拡充を進めています。先進諸国では患者は最初に受診できる医療機関が原則「かかりつけ医」に固定されていますが、我が国では患者が医療機関を自ら選んで受診することが可能です(ただし、大学病院等では別途7000円以上の追加負担が求められます)。患者・国民の多くが「かかりつけ医」を持つことは望ましいですが、国は「かかりつけ医」機能を強化して、受診頻度を減らし医療費を抑制したい思惑です。医療DXは「かかりつけ医」をめぐる政策にどう影響してくるでしょうか。

定期通院する「かかりつけ医」を要する患者には、難病患者や特別な医療的ケアを要する小児もいますが、規模や今後の増加を見ても生活習慣病の患者や慢性疾患を有する高齢者が中心となります。こうした患者は、疾患ごとにかかりつけ医を持っているのが現状です(例えば、白内障、骨粗鬆症、高血圧、帯状疱疹などで医師は当然異なる)。

医療DXにより、第一に各医療機関に他院の医療情報が集約され、患者は自身の医療情報をマイナポータルからも閲覧できるようになります。状況によっては、患者から他院に関わる意見も求められる場面も出てきそうです(例えば、「A先生にはこう言われましたが、先生はどう思いますか」「他院で処方されたこの薬は本当に必要ですか」)。医療DXでは、患者のヘルスリテラシー水準などお構いなく、医療情報の閲覧を一方的に進めていくことから、閲覧に伴い患者に生じる不安、疑問から誤解・詰問、クレームまで多様な反応に対応を求められる事態になりかねません。

第二に、PHRに関わって患者の医療関連サービス利用への対応が出てきます。ウエアラブル端末の利用などに対しても、かかりつけ医には治療への影響を含め一定の対応が求められてきます。患者から、役に立つPHRサービスの紹介など求められるかもしれません。情報銀行となる事業者は利用者(患者)から医療データを取得する際には、患者に対してかかりつけ医等から助言を得るよう求めています。当面、助言する機会は少ないと思われますが、患者の医療情報の第三者提供の可否となるため慎重な判断が求められます。

第三に、医療費抑制に向けて「予防」が重視されることから、報酬評価も予防(初期予防、重症化予防)が強調されてきます。成功報酬の設定とも関わり、疾病の進行・重症化を予防の「失敗」とみなして事実上、受け取る報酬が引き下げられる危険があります。

第四に、情報の集約をてこにして、オンライン診療が推進されています。同様に、3~6カ月間の長期処方となる「リフィル処方」の活用も強調されています(例えばひと月ごとに、薬局薬剤師が医師の受診が必要かを判断する)。医療過誤のリスクが高くなるため、医師の判断に委ねられていますが、対面診療の報酬は据え置く一方、オンライン診療の報酬は対面に近い水準に設定するなど政策誘導が強められています。

医療費が抑制される中、「かかりつけ医だから」として、タダ同然の報酬や「努力義務」などで患者のさまざまな要望に対応を強いられ、医療者の長時間労働が一層深刻化する事態が懸念されます。

データによる締め付けでなく、医療現場に余力を

医療費を抑制する前提の下、医療DXは、マンパワーを抑え込んだ形で医療提供を回していくための手段として動員される危険性が危惧されます。コロナ感染拡大で明らかになったように、余力(溜め)が全くない医療現場の環境改善こそが必要です。医療費抑制路線は撤回して、医療現場への大幅なマンパワー投下を早急に進めるべきです。医療現場が余裕を持って安心して働ける環境の下でビックデータを医療の質の向上に生かして行くことが必要です。

松山 洋