【論文】「戦争をする国づくり」と地方自治


軍事主義=中央集権国家の歴史

(1)戦争をする近代日本

 明治維新以降、日本政府は強兵政策を急速にすすめ、20世紀初頭には列強の仲間入りを実現しました。その帝国主義的国家像は、大日本「帝国」憲法(以下、明治憲法)の随所に見ることができます。本稿との関係では、統帥権・軍編成権・宣戦権などの軍事権が、天皇に大権として集中したことがあげられます。

 明治憲法に「地方」の語は置かれませんでしたが、だからといって地方が戦争に加担しなかったわけではありません。19世紀末にいちおう完成した地方制度(府県・郡・市町村制度)において、郡や府県は、国から独立した自治体ではなく、国の行政区画と位置づけられました。また自治体の性質をもつ市町村も、郡・府県・国から監督を受けました。地方団体の権限を奪い、集権化を強行したナチス・ドイツのことが想起されます。

(2)内務省を通じた中央集権

 近代戦争(総力戦)では、経済や市民生活、すなわち「銃後」の役割が重要です。日本で総力戦遂行体制を構築する先頭にあったのが、内務省でした。

 ①府県知事は公選(住民による直接選挙)ではなく、国から任命されました。内務省は知事人事権を使って、地方を統制しました。知事がなかだちになることで、中央の決めた戦争政策が地方で円滑に実施されたのです。

 ②内務省地方局は議員選挙、地方議会・経済・行政の監督、救恤・慈恵(福祉行政。後に同省社会局に、さらに厚生省へ移管)、徴兵・徴発などの事務を掌理しました。

 臣民(男性)には兵役が課されました(明治憲法20条、兵役法1条)。制度の実施過程では書類の受理、名簿の作成、出征兵士の家族に対する援護、戦没者の公葬などを行う市町村の役割が大きく、そのため内務省による市町村の統制が欠かせませんでした。

 ③道路・河川・軍港を除く港湾などのインフラは、内務省土木局(後、国土局に改称)の管理下にありました。港湾、海面埋立干拓及び使用、直轄港湾工事に関する事項などは、同局港湾課がつかさどります。

 戦時期になると、港湾の軍事的機能(物資や兵士の輸送、あるいは兵器産業の拠点として)が重視されます。そのような港湾が連合国の攻撃対象となることは必然でした。

 ④文部省や内閣情報局など、さまざまな行政機関が国民の思想統制を図りました。そのなかにあって内務省警保局は、検閲(出版・映画などの事前抑制)、選挙への干渉、府県警察特別高等課(特高)の一元的統括など、思想統制の中心にありました。

 国民精神総動員要綱(1938年)は、「時局」に関する宣伝方策および国民教化方策として、官民一体の国民運動を起こそうとするものですが、内務省は実施機関の一つでした。思想統制を町内会や家庭にまで及ぼし、私生活(消費、健康、道徳、信仰)に介入し、戦争協力を促したのです。「欲しがりません勝つまでは」などの標語は、この運動で使われました。

 ⑤内務省を主管とした防空法が制定されました(1937年)。地方が地方防空計画を策定するにあたって、内務大臣には、必要な事項を知事らに指示する権限などが与えられました。防空といっても、住民の生命や安全は二の次でした。「焼夷弾は怖くない」のような掛け声で、民間人を危険な消火活動に強制的に動員したり、延焼を食い止めるため建物をあらかじめ壊したりする(建物疎開)ことなどが目的でした。

 軍事主義=中央集権国家である大日本帝国で、内務省の地方支配を通じて戦争遂行体制(兵役事務、港湾管理、思想統制、国民防空)が構築された点に注目してください。

日米安保体制における自治体動員

(1)安保体制への地方の動員

 近年、日米同盟「深化」のなかで、日本政府は「米軍と一緒に戦争をする国づくり」に自治体を動員してきました。たとえば現行の日米ガイドライン(2015年)は、脅威への対処のため「日米両政府は、…相互の後方支援(補給、整備、輸送、施設及び衛生を含むが、これらに限らない。)を強化する。これらには、運用面及び後方支援面の所要の迅速な確認並びにこれを満たす方策の実施を含む。日本政府は、中央政府及び地方公共団体の機関が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用する」ことをあげます。

 「支援」といえば住民を助けることと受け取られるかもしれません。しかしここで支援とは、米軍と自衛隊の相互支援、および米軍に対する後方支援という、軍事的なものです。自治体の「権限及び能力」(物資、物資や兵員の輸送手段となる船舶や自動車、道路や港湾などのインフラ、病院その他の施設、労働者の徴用が含まれます)の強制使用を予定します。このことによって、住民や自治体労働者の権利(「その意に反する苦役」を禁じた憲法18条、思想及び良心の自由を保障した19条など)、自治体の平和自治権(後述)が害されるおそれがあります。

(2)日米ガイドラインの法制化

 自治体の動員は、武力攻撃事態(日本が他国から武力攻撃を受けたとき)への対処を定める事態対処法(2003年)で法制化されました。また安保関連法制定(2015年)の中で、存立危機事態(米軍が他国から武力攻撃を受け、日本の存立が脅かされたとき)への対処が加えられました。

 国には「主要な役割」が、自治体には「国の方針に基づく措置の実施その他適切な役割」が与えられます。自治体が何をするのかは、国の方針次第なのです。

 国の対処措置には、自衛隊の武力行使や部隊等の展開、米軍の行動のための物品・施設・役務の提供、警報発令、避難指示、被災者救助、施設及び設備の応急の復旧その他の措置、生活関連物資等の価格安定、配分などがあります。また自治体の対処措置を総合調整する対策本部長(内閣総理大臣)の権限、国の対処措置を実施することを地方に指示する内閣総理大臣の権限、国が自らそれを実施する権限も規定されます。

 国民保護法(2004年)は、計画作成や措置の実施における国─地方の関係を具体化しました。知事は都道府県の国民保護計画に基づき、また市町村長は市町村の住民保護計画に基づき、それぞれ住民保護のための措置を実施しますが、これら保護計画は、自治的に作られるのではありません。都道府県保護計画では、あらかじめ内閣総理大臣と協議をすることが、市町村の保護計画では、あらかじめ知事と協議をすることが必要です。保護計画に上からの統制が及ぶつくりなのです。

 類似の関係は、自衛隊法にもあります。防衛出動時には、防衛大臣の要請に基づいて、知事は病院や診療所の管理、土地や家屋の使用、取り扱う物資を保管することの命令などを行います(自衛隊法103条)。つまり地方が戦争の「先兵」の役目を負わされるのです。

 このように法律レベルで「戦争をする国づくり」のための集権化が進められています。しかし、保護計画に基づいて措置を講じたとしても、国民の生命や安全を守ることはできないでしょう。狭い国土で強力な兵器が使われれば、逃げ場はないからです。「戦争をする国づくり」ではなく、平和の国づくりが必要です。そのためにも、次項で述べる自治体の平和自治権が必要です。

日本国憲法に基づく平和自治権

(1)ポツダム宣言と旧体制の崩壊

 ポツダム宣言は、①日本を戦争に導いた権力者は除去されること(6項)、②完全に武装を解除すること(9項)、③民主主義の復活強化にとっての障碍を除去すること、言論、宗教、思想の自由、基本的人権の尊重を確立すること(10項)、④再軍備につながる産業は許されないこと(11項)などを規定しました。どれも内務省の戦争政策とかかわります。戦後改革のなかで内務大臣経験者や特別高等警察(特高)職員が公職から追放され、内務省が解体されたこと(1947年)は、宣言受諾の当然の帰結でした。

 では日本国憲法(以下、憲法)の下で、どのような地方政治が求められるのでしょうか。ここで重要なのは、憲法9条で戦争を放棄し、戦力を保持しないことが定められたこと(9条平和主義)、そして憲法92条以下で「第8章 地方自治」の章が新設されたことです。地方について沈黙した明治憲法ときわだった違いがあります。

 92条は、自治体の組織及び運営に関する事項が「地方自治の本旨」に基づいて法律で定められることを規定しました。また93条以下は、住民が地方政治の主体となり、住民意思に基づき、住民のために地方政治が行われるべきであること(住民自治の原則)、ならびに自治体が国(中央)や他の自治体から自立した存在として、地方自治権(自治立法権=条例制定権、自治行政権、自治財産管理権の総称)を行使すること(団体自治の原則)を保障しました。

(2)憲法の求める地方自治

 92条「地方自治の本旨」は何を意味するのでしょう。現在では「地方自治の本旨」は憲法の基本原理(国民主権、人権尊重、平和主義)に照らして確定されるという解釈が有力です。そして憲法の基本原理を活かすためにも、自治権は広く強く保障されると考えられています。

 「軍事基地のことは国の専管事項だから、自治体は口を挟むな」という、専管事項論が散見されます。そもそも戦力不保持を定めた憲法の下、国に基地をつくる権限はないはずですが、今はその点を措きましょう。基地の設置・使用が住民の自由や権利を脅かすとき、「国民の権利について…最大の尊重」(憲法13条)をする・しなければならない自治体が抵抗するのは当然です。自治権を限定する専管事項論は、正当な憲法解釈とはいえません。

 統治権を平和実現のために行使することは、人権尊重をうたう憲法13条や、憲法前文の平和的生存権規定(「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」)に根拠があります。中央と地方はそれを競合して行使します。自治体の行使する後者を、ここでは平和自治権と呼びましょう。

 平和自治権は、違憲の平和侵害から、住民の自由・権利や、自治体の権限を守るためのものです。「国や軍に…させない」という形なので、受動的平和自治権といえます。たとえばミサイル基地は他国からの攻撃を招く危険があり、周辺住民の平和的生存権を脅かします(長沼ナイキ訴訟の札幌地裁判決を参照)。安保関連三文書にある反撃能力としてのミサイルにも同じことがいえます。自治体は法にのっとり、ミサイル基地建設に抵抗できます。

 自治体にはまた、平和を実現する施策を能動的にすすめる権限、すなわち能動的平和自治権があります。平和政策の基本条例をつくること、加害・被害の情報を収集・保存すること、平和の教育活動を支援すること、国際交流を促進すること、非武装都市宣言を行うこと(その前提として、軍事施設を撤去する必要があります)など、実行例も少なくありません。

 また国民(住民)には、平和主義的な動機から、違憲の平和侵害に抵抗する権利があります(平和主義的抵抗権)。その権利の直接の法的根拠は、国民主権・思想良心や表現の自由を保障する条項です。それを行使する責務は12条(「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」)が言及します。違憲の平和侵害に対抗して抵抗権を行使することは、憲法前文「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」で具体化された主権者意思として示されています。

 地方において、団体自治としての受動的能動的平和自治権は住民自治としての平和主義的抵抗権と並行して行使されるでしょう。

安保戦略と改憲論における自治体動員

(1)安保戦略と自治体動員

 「国家安全保障戦略」(2022年。以下、安保戦略)では、大軍拡予算(軍事費を5年間で43兆円・GDP比2%へ引き上げる)や、これまでの内閣の見解を改めて敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有することなどが耳目を集めました。しかし自治体動員という面でも踏み込んでいるのです。

 ①安保戦略は「我が国の平和と安全のために危険を顧みず職務に従事する者の活動が社会で適切に評価されるような取組を一層進める」ことをうたいます。自衛隊員の社会的評価を上げることによって、深刻な自衛官不足に対処しようとするのでしょう。

 自衛官募集業務に市町村を動員し(自衛隊法97条および同法施行令120条による、法定受託事務)、住民福祉のために用いるべき(そして目的外利用はできない)住民の個人情報を、法的根拠があいまいなまま隊員募集のために使わせています(内務省主導の徴兵事務の復活)。

 ②インフラの軍事利用のため、安保戦略は「有事の際の対応も見据えた空港・港湾の平素からの利活用に関するルール作り等を行う」とします。

 政府はすでに、全国32カ所の空港・港湾を「特定重要拠点空港・港湾」に指定することを内定し、そこを軍事的に利用するために、管理権を持つ自治体との協議に入っていることが明らかになりました(「しんぶん赤旗」2023年12月8日)。自治体に港湾管理権を委ねた港湾法2条1項を骨抜きにしゆくゆくは管理権を剥奪する制度改革を狙っているのではないでしょうか(内務省の港湾管理権の復活)。

 ③安保戦略は「国、地方公共団体、指定公共機関等が協力して、住民を守るための取組を進めるなど、国民保護のための体制を強化する」、「南西地域を含む住民の迅速な避難を実現すべく、円滑な避難に関する計画の速やかな策定、官民の輸送手段の確保、空港・港湾等の公共インフラの整備と利用調整、様々な種類の避難施設の確保、国際機関との連携等を行う」とします。

 日米両国は、台湾有事に南西諸島の住民と自治体を「捨て石」にする戦争計画(日米共同作戦計画)をたてたといわれます。その案自体、戦争を放棄した憲法9条にも、また憲法前文「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」という国民の決意にも反するものです。住民の避難を口実に、港湾を軍事的に利用するという狙いも透けて見えます。これは②と共通します。

 ④安全保障を理由に、財産権(土地の取得権や利用権など)、プライバシー権(所有者の個人情報がみだりに収集・明かされない権利)を制限する重要土地利用規制法(2021年)は、国民をスパイ扱いしたかつての軍機保護法に匹敵するものかもしれません(内務省の国民監視体制の復活)。

 区域指定にあたって、内閣総理大臣は、自治体の長に「資料の提供、意見の開陳その他の協力を求めること」(同法22条)ができますが、国─地方の対等は保障されていません。自治財産管理権や自治行政権(都市計画権など)が侵害されるおそれがあります。

 ⑤安保戦略は、全国瞬時警報システム(Jアラート)を「不断に強化しつつ、弾道ミサイルを想定した避難行動に関する周知・啓発に取り組む」ことをうたいます。必要性も有効性も疑わしい「防空」に自治体と住民を駆り立てようとするものでしょう(内務省主導の防空法の復活)。

 ⑥以上であげたことは、特定分野ごとの個別的動員です。しかしより一般的な動員も予定されます。

 安保戦略では「平素から国民や地方公共団体・企業を含む政府内外の組織が安全保障に対する理解と協力を深めるための取組を行う」とあります。住民の心の中に権力が介入し中央の軍事政策に唯々諾々と従う自治体をつくろうとしています(国民精神総動員実施要綱の再現)。

(2)改憲と自治体動員

 それでもまだ住民には平和主義的抵抗権が、自治体には平和自治権があります。これは「戦争をする国づくり」にとって厄介なことです。それを突破する二つの改憲が論じられています。

 第一は、9条改憲=自衛隊明記改憲です(自民党「条文イメージ」9条の2、第1項「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置を講ずることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」を参照)。

 「自衛隊を憲法に明記すれば、自衛隊に対して立憲的統制が効くようになる」という改憲論(いわゆる立憲的改憲論)があります。でももしそうなら自衛隊を強化することに熱心な自民党が自衛隊明記改憲に執着することの説明がつきません。軍事に憲法的正当性を与えれば、それを理由に平和主義的抵抗権と平和自治権は制限され、自衛隊に対する統制は効きづらくなるおそれがあるのです。

 第二は、緊急事態条項創設改憲です。国家緊急権(災害や戦争などの緊急時に憲法を停止させる国の権限)は乱用される危険があるので、憲法には意図的に置かれませんでした。新憲法制定時の議会審議で、金森徳次郎・憲法担当国務大臣は、非常という言葉を口実に政府の自由判断を大幅に残しておくと、憲法が破壊されるおそれがあると答弁しました。緊急事態条項創設改憲は、それを復活させようとするものです。

 内閣総理大臣に、地方自治体の首長への一般的指示権を付与する(自民党「憲法改正草案」99条1項「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、…内閣総理大臣は…地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」を参照)なら、自治権は全面的に停止するおそれがあります。

 このような9条改憲と緊急事態条項創設改憲こそ住民と自治体を戦争に動員する最強の手段となるでしょう。

【参考文献】

小林 武『地方自治の憲法学』(晃洋書房、2001年)

白藤博行ほか『国家安全保障と地方自治』(自治体研究社、2023年)

池尾靖志『自治体の平和力』(岩波ブックレット、2012年)

永山 茂樹

憲法学。「経済安全保障戦略・経済安全保障法の憲法的検討 (『前衛』2022年3月)、「新型インフルエンザ特措法第二回 改正を憲法からみる」(『法と民主主義』2021年7月)など。