地下開発の適正化に向けて

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地下空間の開発は、さまざまな複合的・累積的な影響を生じさせるとともに、構造物の経年劣化による問題も顕在化しています。人の目に触れにくい地下空間の開発を住民の立場からどのようにコントロールしていけばいいのか、課題を提起します。


開発圧力が高まる地下空間

人類は永年にわたり地下空間を利用してきましたが、地表空間にさまざまなインフラが密集するようになると、新たな空間創出のターゲットとなり、多種多様な開発が進められています。表1を見ると、それぞれの分野で、地表に近いところだけではなく、大深度地下(地表からおおむね40メートル以深)に開発が及びつつあります。

表1 地下開発の種類

(江崎[1989]を参考に、利用例を加筆して筆者作成)

江崎(1989)は、用途によっては制約や危険性の多い地上よりも有利になるという特徴とともに、問題点として次の3点を指摘しています。

一、地下深部での開発経験が少なく、地盤の挙動、地下水の流動など未知のことが多い。

二、地下開発の需要が多くなれば、良好な岩盤の位置のみを選択できなくなり、[…]軟弱な地盤の場所での開発も余儀なくされる。

三、地下空間は一度建設されると元に戻しにくい不可逆性の強い空間であり、長期的展望をふまえた利用計画が必要。

実際、本特集でみるように、多くの問題も噴出しています。地下空間の開発は影響予測の不確実性が高い上に、他の開発行為による複合的・累積的な影響も考えられます。

開発事業者は地下空間にフロンティアを見いだし、世論も、かつて道路公害反対や景観保全の立場からも道路などの地下化やトンネル化を少なからず後押ししてきました。

地下温暖化

実は、地下においても温暖化が問題となっています。地下では、自然状態であれば直線状の温度分布が測定されるのに対して、地下温暖化が進行すると地下数十メートルから地表面にかけて温度が上昇し、湾曲した温度分布が観測されます(図1)。

図1 地下温暖化の概念図

出所:濱元(2016)

埼玉県内の調査では、同一地点で約10年前の地下温度分布と比較すると、地下40メートル付近で約0・1℃高くなっていることが報告されています。東京や大阪でも調査が行われており、東京では郊外においても地下温暖化が進行していることが報告されています。

地下温暖化の原因は、地球温暖化や都市部でのヒートアイランド現象、土地利用の変化(アスファルト化等)、地下鉄や地下街、地下埋設物からの排熱などが考えられています。その影響は、未知なことが多いのですが、地中微生物の生息環境の変化、地下水の水質変化、地下水起源の湧水温度の上昇による水生生物への影響などが懸念されています。

地下温暖化の対策として地中熱エネルギーとして活用する提案もあります。埼玉県環境科学国際センターによる数値シミュレーションでは、適切な管理の下で利用すれば、自然の熱環境の状態に近づけうるとしています。しかし、近年の再生可能エネルギーによる乱開発状況にみるように、地中熱利用を免罪符として、新たな地下開発と相殺されたり、エネルギー供給を目的化した大規模開発であったりした場合は、地下環境の保全につながらない可能性もあります。

地下開発の適正化のために

(1)統一ルールの構築

国土交通省は、地下空間開発における「官民を含めた統一的な決まりはない」現状を踏まえて、「地下空間の利活用に関する安全技術の確立に関する小委員会」を設けて、答申を得ています(2017年)。この小委員会は、前年11月に発生した福岡市での大規模な道路陥没事故を契機とするものですが、あえて事例を例示するまでもなく、答申後も各地で地下開発に関連する事故が発生しています。

答申では今後の方向性として五つの柱を据えています(表2)。いずれも重要かつ緊急性の高い内容ですが、いままでこうしたことができていないまま、大深度地下開発などを推し進めていた証左でもあります。

表2 今後の方向性と対応策(小委員会答申概要)

出所:地下空間の利活用に関する安全技術の確立に関する小委員会答申概要(国土交通省、2017年)

(2)環境アセスメントとの併用

答申を踏まえて、国土交通省「土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン」を策定し、国立研究開発法人土木研究所のホームページに公開しました(2020年)。答申が提唱する地盤リスクアセスメントの取り組みを促すものです。

ガイドラインは、コミュニケーションのあり方について、主に事業関係者内部にとどまり、住民などは「必要に応じて」という位置付けとなっていて、地域社会との情報交流の手順も示されていません。地域の地質や地盤に関する情報は、住民の記憶や言い伝え、生活実感の中に貴重な情報として存在しています。こうした情報に耳を傾けることなく、住民の不安や要望に応えることはできません。

一方、環境アセスメントでは、住民などから情報提供や意見を求め、事業者がこれに応答する手続きが定められています。多くの事例で、地質・地盤など災害リスクに関する懸念や対策についての意見が出されていますが、「環境アセスメントは平時の環境を評価対象としている」ことを口実に、事業者は誠意ある回答を避けています。

自治体の中には、環境アセスメント条例で第一号となった川崎市のように、コンビナート火災や交通事故、土壌安定性などの評価項目を条例に基づくなどして独自に設定しているところもあります。

住民からすると、これらは一体的に捉えて、影響を予測評価し、対策を示すべきものです。現行の環境アセスメント手続き(自主アセスを含む)において、地質・地盤リスクアセスメントを組み込んで、地域社会とのコミュニケーションを図るべきです(図2)。

図2 環境アセスメントとの連動化の提案

(筆者作成)

(3)総量規制

地下空間の利用は、「地下水は無料」と同じような思想が根強くあり、開発する資金力と技術力があれば、無制限に拡大できる仕組みとなっています。しかし、地下空間は不可逆性の強い空間であり、無制限に人工物を構築していくことは、将来世代に大きなツケを残すことになります。そうした弊害がすでに見られつつある今、いったん立ち止まり、大深度地下法を廃止し、あるべき地下空間利用についての議論を構築する必要があります。少なくとも、地下空間の開発については、適切に管理しうる深さや地盤の安定性などを踏まえて、地域ごとに総量規制して、開発抑制に舵を切り直すべきではないでしょうか。

(4)不確実性に基づく対策

地下空間の開発は未知なことが多いため、環境や地域住民への影響もさることながら、事業者にとっても投資上のリスクが大きく、全体として不確実性が高い事業です。

たとえば、鉱業法では、そのようなリスクに対して共済制度により事業間で支え合う仕組みを定めています。地盤沈下などにより住民などに被害を与えた場合にも、加害者の故意か過失かを問わない無過失責任によりすみやかな救済が図れるようになっています。

今後の地下空間の開発では、このような事業者間の協同により、リスクの軽減を図る仕組みも必要なのではないでしょうか。

自治体と住民の役割

(1)地域の地下開発情報のオープンデータ化

上・下水道や電力・ガスなどの地下埋設物に関する情報は、それぞれの事業者が保有しており、その仕様や規格もバラバラでした。その上、紙資料であることも多く、開発事業者にとっては、情報の統合や深さの把握が難しいため、関係事業者との協議のやり直しや掘削調査の手戻り等が発生し、大きな負担となっていました。

国土交通省では、3D都市モデルの整備を進めており、2024年度末で約300市町村が整備を終えています。3D都市モデルを活用した事例を1年間で実装させるタイプの事業には上限1000万円までを10分の10補助するという力の入れ方です。その中で、3D空間をプラットフォームとして地下空間の開発に関係する事業者がデータを提供して、関係者間協議や住民説明などに利用する取り組みも生まれています。すでに地下空間が複雑に開発されている都市部では、このような情報の整備も選択肢になりうるものと考えられます。

(2)住民参加による地域情報の収集・公開

最後に、住民参加型の調査・学習活動を通じて、地域の地質・地盤や地下水などに関連する情報を、他分野(環境や歴史・文化、福祉など)とともに収集し、地域で開発を行おうとするものに提供できるようにすることを提案します。

こうした取り組みにより、住民の地域づくりに対する理解や参加意識を高め、開発行為に直面した際にも、対応しうるものとなります。その進め方については、拙著『住民アセスのすすめ─環境アセスメントと住民自治』(自治体研究社、2025年7月)に紹介しました。ご一読いただければ幸いです。

【参考文献】

傘木 宏夫

長野県大町市生まれ。自治体問題研究所理事、長野県住民と自治研究所理事・事務局長、環境アセスメント学会常任理事。著書に「住民アセスのすすめ」など。

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