大阪市立中央図書館の窓口業務委託の業者が変更となり、サービスが遅滞したことが話題になりました。そもそも民間業者になじまない図書館運営を委託することの構造的矛盾について考えます。
はじめに
図書館は、「改正」教育基本法第12条2項においても「国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館その他の社会教育施設の設置、学校の施設の利用、学習の機会及び情報の提供その他の適当な方法によって社会教育の振興に努めなければならない」とされ、社会教育施設のいわば筆頭として例示されています。
すなわち、図書館は、人々がこれまで積み上げてきた、様々な知識や情報を、多様な観点や立場に留意しながら資料として収集し、利用者に提供する機関であると同時に、市民が自由に学ぶ権利を保障する社会教育の場です。
1950年に「社会教育法の精神に基き」制定された図書館法では、以来一貫して「公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」として、他の施設と比較して最も厳しい無料原則を規定しています。この原則は「ユネスコ公共図書館宣言」でも示されており「世界標準」といえるものです。図書館は社会教育の理念を最も体現すべき機関であるといえるでしょう。
その図書館では、近年、指定管理者制度導入をはじめとする民間化がかなり進んできています。このことが、現在の図書館にどのような問題をもたらしているか考えます。
なお、本稿では、特にことわらない限り公立図書館を略して、「図書館」と呼びます。
大阪市立中央図書館の窓口業務委託で
2025年5月2日付で、大阪市立図書館のHPにおいて、「中央図書館窓口等委託事業者の交代に伴う業務の停滞について」という「おわび」が掲載されました。国内最大級の利用数を誇る同館の返却本の配架や、予約図書の確保の処理が大きく遅滞し、このことは『しんぶん赤旗』でも取り上げられ、いくつかのマスコミやSNS等でも話題となりました。
大阪市立図書館は、指定管理者制度は導入していませんが、2007年度以来、中央館と地域館(分館)において、窓口業務等の民間委託化が行われてきました。中央図書館では、3月まで(株)図書館流通センター(以下、TRC)が受託し続けてきましたが、入札方式が「総合評価方式」から、金額で判定する「一般競争入札」に変更されました。
結果として、TRCを大幅に下回る額で応札した(株)バックスグループ(労働者派遣会社)が、4月から中央図書館の窓口業務を請け負うことになったものです。図書館の窓口業務は、いうまでもなく市民サービスに直結する業務であり、最も利用者への遅滞ない対応が求められる現場です。
その業務が、18年間にもわたるTRCの受託業務のノウハウの引き継ぎもなしに、新規の未熟練労働者に任されたのですから、起こるべくして起こった事態といえるでしょう。
しかも委託元の大阪市の職員は、このような事態を見ても、「偽装請負」を避けるために、委託業務のフォローはできないのです。同館HPの「おわび」の中にある「これらの業務は委託の範囲であり、代わって市職員が当該業務を行うことができない」という説明はこのことを指しています。つまり現場が混乱していても、「図書館といたしましては、受託事業者に対し、遅滞なく業務を行うよう強く指導しております」ということしか言えないわけです。
図書館は指定管理者制度になじまない
大阪市立図書館の管理運営そのものは、指定管理者制度によるものではなく、「窓口業務等」の業務委託です。しかし、指定管理者による図書館運営では、民間化による矛盾はさらに広がります。
指定管理者制度の最も大きな特徴としては「利用料金制」を前提としていることがあげられます。しかし、図書館では法律で「利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」とされているので、収入としての利用料金制は成り立ちません。支出額のほぼすべてを「指定管理料」、すなわち税金で賄うのです。
図書館では指定管理者の8割以上を民間企業が占めていますので、指定管理料の中から、様々な名目で一定の利益を企業側が確保することになります。従って、指定管理者が収益を上げるには、人件費を圧縮するか、サービスを下げるしかないという構造になっていることがわかると思います。
さらに見過ごしてはならないのは、消費税の問題です。利用料金制度の施設では、利用者は利用料金に、直営施設では必要のない消費税10%を上乗せした額を払わされます。図書館では、収入のほとんどを占める指定管理料からも消費税がとられます。税金由来の指定管理料から、さらに税金をとられるわけです。中規模以上の図書館では、年間で千万円単位、億円単位の指定管理料になりますので、直営であればその10%、支払う必要のない何百万円、何千万円といった額が消費税に消えてしまうのです。これを図書購入費に使うことができれば、どれだけ良い図書館づくりができるだろうと思ってしまいます。
図書館の指定管理者制度導入状況
日本図書館協会が現在公表している最新のデータである「図書館における指定管理者制度の導入等の調査について2023(報告)」によると、2022年度までに同制度を導入した全国の市区町村は287あり、図書館を設置する市区町村の21・3%、同じく市区町村の図書館数でみれば、674館で20・8%となっています。この数値は他の社会教育施設の中でみれば最も低く、これは図書館が本質的に、この制度になじまないということを表していると言っていいと思います。
しかしながら、10年前の同じ調査結果と比較してみると、別の側面も見えてきます。2013年の同調査によれば、2012年度までに導入した自治体は156で8・9%、図書館数で見ると333館で10・5%でした。つまり10年の間に導入館は倍に増えているのです。これは、他の社会教育施設の導入率が最近は横ばい状況であるのに対して、図書館は目立って増加傾向にあるといえます。
寡占状況にある図書館の指定管理者
2021年度時点で民間企業を指定管理者としている全国の図書館は592館あり、そのうちTRCが377館で、63・7%を占めています。図書館の指定管理者の特徴として、民間企業が大部分を占め、しかもその中の一社による寡占状態にあることがわかります。
また、契約更新時に事業者が変更となった事例が全体の15%を占め、2回以上事業者が変更になるなど短期間で事業者の変更を繰り返す事例があることも指摘されています。
一方、大阪府内で指定管理者制度を導入している図書館は29館あり、このうちTRCもしくは、同社が参加する企業体が、25館で指定されています。29館中、実に86・2%を同社が占めていることになり、全国平均(63・7%)を大幅に上回る寡占状況にあることがわかります。
なぜ、TRCがこれほどまでも指定管理者を独占しているのでしょうか。それは同社が指定管理者制度がはじまって以来20年にわたり、戦略的に全国の図書館の指定管理者に参入してきたことによるものです。先に述べたように、図書館の指定管理者への参入は、構造的に企業に利益をもたらすものではないはずですが、TRCは全国展開することにより、スケールメリットを得て、社内で人材やノウハウの共有を行いながら、圧倒的な優位を勝ち取ってきたと考えられます。
民間市場に翻弄される図書館運営
今回、大阪市立中央図書館で起きた混乱は、先述のとおり、直接的には、これまで長く同館の窓口業務を請け負ってノウハウを蓄積してきたTRCから、ノウハウを持たない新参の事業者に変更されたことによるものです。
一方で、その背景にはTRCの経営戦略の変化も見てとれます。前回、2022年度からの「大阪市立中央図書館窓口等業務委託(長期継続)」では、TRCは4億7988万円で落札しましたが、今回の2025年度からの業務委託では、前回より3711万円を増額して入札しています。結果、前回のTRCの落札額を5749万円も下回る額で応札した事業者に業務を明け渡すことになったのです。
人件費高騰の状況を考えると、おそらくTRCの入札額が適正なものであったと考えられますが、以前のように採算を度外視しても市場を獲得することに注力していた頃に比べると、TRCは各業務の採算をシビアにみるようになっていると思われます。
TRCの持株会社の丸善CHIホールディングス株式会社の第15期(2024年2月1日─2025年1月31日)の連結業績サマリーによると、TRCが主力の「図書館サポート事業」セグメントでは、売上高は376億8200万円で、前期比105・7%に対し、営業利益では29億2300万円、同95・0%で減益となっています。このことについて「図書館受託館数は期初1806館から34館増加し、2025年1月末時点では1840館(公共図書館624館、大学図書館246館、学校図書館他970館)となり堅調に推移した結果、増収となりましたが、人件費等の原価増加の影響により減益となりました」との説明がされています。
これは、図書館をビジネスとして収益しようとするモデルそのものが、限界に近づいていることを示していると考えられないでしょうか。
おわりに
今後、図書館の指定管理者や窓口業務委託をめぐる市場動向は、一社寡占状況から流動化に進む、もしくは併存していくことが予測されます。契約更新のたびに受託業者が入れ替わり、混乱する図書館現場とサービスの質低下、それをコントロールできない行政、そのことで一番の被害を受けるのは、利用者である住民です。指定管理者であれ、窓口業務委託であれ、図書館に市場化はなじまないことは明らかです。少なくとも、現在直営の図書館は、安易に民間委託化させてはなりません。茨城県守谷市の例のように、すでに指定管理者制度が導入されている図書館でも、住民の力で直営に戻すことは可能です。
図書館の運営を委託化することで、どれだけ大きなリスクとコストを将来にわたって住民が負うことになるか、住民と自治体職員が一緒に学んでいくことが何より必要です。
【注】
- 1 詳しくは、村岡和彦「大阪市立中央図書館の窓口業務委託で何か起こっていたが……」(『みんなの図書館』2025年10月号)を参照。
- 2 以上の分析は、桑原芳哉「公立図書館の指定管理者制度導入状況:2018年度以降の動向を中心に」(『尚絅大学研究紀要 人文・社会科学編』第54号、2022年)による。
- 3 総務省「公の施設の指定管理者制度の導入状況等に関する調査」(2021年4月1日現在)結果の個票による。総務省は3年ごとに同調査を実施しており、2024年4月1日現在の調査結果も公表済みだが、どういう理由か、前回まで公表していた各事業の指定管理者名を今回の結果では公表していない。
https://www.soumu.go.jp/iken/main.html(2025年10月17日確認) - 4 赤堀久美子「2019年4月守谷市立図書館直営に戻る」(『みんなの図書館』2018年9月号)。
