桐生市生活保護違法事件は終わったのか

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群馬県桐生市の生活保護行政において数々の違法運用・人権侵害が発覚して2年。調査団活動を中心に事件を振り返り、背景にある国の責任を考えます。

群馬県桐生市の生活保護行政において「保護費を1日1000円しか渡さず、国が定める基準の満額を支給しない」「生活保護利用者の印鑑計1948本を市が保管し、職員が本人の承諾なく押印していた」「職員にどう喝されたり、暴言を吐かれたりした」等、数々の違法行為や人権侵害が頻発していたことが明らかになって、2年がたちました。

生活保護の問題に取り組む全国の研究者、法律家、支援団体関係者は2024年2月、「桐生市生活保護違法事件全国調査団」(団長・井上英夫 金沢大学名誉教授)を結成。同年4月には現地での調査活動を行い、桐生市長、群馬県知事などに事件の徹底究明と再発防止を求める要望書を提出しました。

調査団が特に着目したのは、桐生市において2012年からの10年間で生活保護利用者数と保護率が半減していたという事実です。

情報開示請求を通して入手した公文書の分析を続ける中で、桐生市では生活保護の却下率・取り下げ率が高く、辞退廃止の件数も多いこと、福祉課には最大時4名の警察官OBが配置されていたこと、保護費の支給に民間金銭管理団体を関与させる仕組みができあがっていたこと、女性職員の比率が極端に低く、女性のケースワーカーや婦人相談員が配置されていないこと等、様々な問題が見えてきました。

調査団の一員で、生活保護行政に詳しい立命館大学産業社会学部の桜井啓太准教授は、桐生市が「異様ともいえる保護率の減少」を達成するために「①保護の開始を絞る、②保護からの締め出し、③受給者に対する管理(いやがらせ)」という三つの手段を用いていたと分析しています(『住民と自治』 2024年12月号)。

調査団は半減の背景に水際作戦などの人権侵害行為があったのは確実だと見て、市や群馬県、厚生労働省などに全容解明を求める申し入れを繰り返し行ってきました。

また、調査団の動きと並行して、市が設置した「桐生市生活保護業務の適正化に関する第三者委員会」(委員長・吉野晶弁護士)も昨年3月から1年間、行政資料の分析や関係者へのヒヤリング等の調査を行い、検証を進めてきました。

調査団は市および第三者委員会に対して、半減の要因を明らかにすることを求めてきましたが、桐生市は当初、保護率の減少は高齢者の死亡などが原因だと説明。一貫して水際作戦の存在を認めてきませんでした。

しかし、桐生市は徐々に言い逃れができない状況に追い込まれていきます。

群馬県は2024年1月から2月にかけて桐生市に対する特別監査を実施。同年6月、その結果を報道陣に公表しました。

県は保護費を月内に満額支給しないという手法を法律違反だと明言。さらに特別監査によって、水際作戦が疑われる事案が多数確認され、「扶養届」(扶養照会に対する親族の回答書)が偽造された疑いのあるケースも見つかったと公表しました。中には、行方不明の長男の名前で提出された「扶養届」をもとに市が収入認定を行い、3回にわたり生活保護申請が却下されていた事例や、市が親族に仕送りを強要していた事例も見つかりました。

県地域福祉課の米沢孝明課長は半減の背景について記者から聞かれ、「主な要因はやはり申請と保護が開始されたところの減少が大きいかと考える。水際対策が組織的に行われていたかどうかは『水際やってます!』と市が答えるわけではないので確認できなかったが、記録・ヒアリングの中で(水際的な)事案が多数確認できたので、それが過去10年間の減少要因の一つになっているだろうと分析している」と回答しました。

水際作戦の存在を頑として認めない桐生市にとっては完全に「外堀が埋まった」状態でしたが、まだ市は抵抗を続けます。

2024年9月18日にはNHK『クローズアップ現代』で桐生市事件が取り上げられ、桐生市の宮地敏郎保健福祉部長のインタビューも放映されました。

番組では、水際作戦の被害に遭った当事者の証言を示して事実関係を問う記者に対して、宮地部長が「申請の拒否については、県の特別監査の指摘でも疑われている部分ではある。そのため、私たちの方から『無かった』とも申し上げられない」と、奥歯に物が挟まったような回答をしている様子が映し出されました。

また宮地部長は、保護費の満額不支給問題についても「アグレッシブに指導したというようなところはあったのかと思う」と発言。問題の本質を認識していないことが浮き彫りになりました。

同年11月27日に開催された第三者委員会の第6回会合では、年度内に委員会が報告書をまとめ、市に提出するというスケジュールが示されました。

このままでは、あったことが無かったことにされてしまうのではないか。桐生市が事実関係を認めないまま、報告書がまとめられてしまうことに危機感を抱いた調査団は、12月19日、桐生市と第三者委員会に新たな要望書を提出。市に第三者委員会の期限を延長することを求めると同時に、第三者委員会に対して、利用者半減の要因を明らかにするため、市民アンケートや市内の医療・福祉・介護関係者からのヒアリング等を実施することを求めました。

第三者委員会は期限の延長には応じませんでしたが、広く市民の声を集めて実態を把握すべきだという私たちの要望に沿った行動を起こします。

今年1月6~24日、第三者委員会は市の福祉課職員の言動に関して広く情報の提供を求める専用メールフォームを開設。3月14日、第三者委員会はメールフォームに生活保護の利用経験者や家族、福祉関係者など市の内外から100件の情報が寄せられたことを明らかにし、その概要を公表しました。

「第三者委員会へ寄せられた情報提供の概要」とのタイトルで公表された資料には、行政による住民虐待としか形容しようのない行為の数々が克明に記されていました。以下にその一部を引用します。

「生活が苦しく、お金もなかったが、追い返された」(市民)

「保護を受けようとしたとき、子どもを児童相談所に預けることになると言われたが、児童相談所にその話をすると桐生市役所がおかしいと言っていた」(市民)

「精神障害の方の申請に同行したが、相談支援専門員である私に対し、ケースワーカーが『適当な仕事をするな』といった侮辱的対応をしたほか、『申請はここでは受け付けられない』として申請を受けなかった」(福祉関係者)

調査団で100件の情報を分析し、分類したところ、「水際作戦」と「職員による暴言・威圧的言辞・恫喝」に関する情報がいずれも25件と最多でした。続いて、「保護費の分割支給・一部支給」(12件)、「民間の金銭管理団体の問題」(9件)、「他市への転居要求・桐生への転入拒否」(9件)といった内容の情報が寄せられていました。

100件の情報の中には、市役所職員から寄せられた情報も6件ありました。

「保護係の職員による恫喝、罵声は日常茶飯事で、他課職員でさえ聞くに堪えない内容だった。しかし、誰も注意せず、だれも制止しなかった。自浄作用がない」(市役所職員)

「生活保護利用者について、『ろくでもねぇ』『あいつらはくず』と言ってはばからない職員がいた」(市役所職員)

「保健福祉部長の席が衝立ついたてで囲われ、部下の様子が見えない状況になっていた。福祉課の職員が来庁者に高飛車たかびしゃな態度で対応していたが、衝立で囲われていて状況が把握できておらず、おかしいと思った」(市役所職員)

桐生市の福祉課が活用していた警察官OBについても、「職員や警察OBの人が乱暴な口調、大きな声で説教をしている場面を何度か見た」という福祉関係者の証言や、ケースワーカーから「OB」と呼ばれている職員から取り調べのような質問を受け、辞退届を書かされたという生活保護利用経験者の体験談もありました。

1年に及ぶ検証を終えた第三者委員会は、今年3月28日、荒木恵司けいじ市長に報告書を提出しました。

報告書は保護費を細切れに支給し、月内に満額を渡さない対応を生活保護法違反と認定。月内に満額支払ったように架空の日付を受領簿に記載していたことや、市が保管していた認め印を使って無断押印していたことは「組織的不正」であり、「規範意識が崩壊」していると糾弾しました。

焦点となっていた水際作戦について、報告書は「申請権の侵害が疑われる事情が存在したこと」が制度の利用者数が大きく減少する要因の一つになっていたと指摘するにとどまりましたが、第三者委員会から報告書を受け取った荒木市長は利用者の半減について「申請権の侵害が生じていたことが大きな要因であった」とのコメントを発表。初めて水際作戦の存在を認め、制度利用者や相談者に「耐え難い苦痛や不利益を与えてしまったこと、また、桐生市民の誇りを著しく傷つけてしまったことに対しまして、心よりお詫び申し上げます」と謝罪しました。

2023年11月に一連の問題が発覚して以降、1年4カ月もの歳月がたっていましたが、それまで市職員からの報復を恐れて被害を訴えることができなかった市民が勇気を出して自らの体験を語り、市役所職員が重い口を開いたことにより、市がようやく、長年にわたって住民の権利を侵害してきたことを認め、謝罪したのです。

また荒木市長は今後、窓口での相談対応を録音する仕組みを導入する、生活保護利用者からの苦情を受け付ける相談窓口を総務部に設置する等の再発防止策を実施すると表明。警察官OBの保護係への配置はやめると明言しました。

桐生市では群馬県の特別監査での指摘を踏まえ、2024年度から窓口に生活保護の申請書や「生活保護のしおり」を置くといった改善策が行われてきました。その結果、生活保護の新規申請・決定件数は増加。2022年度に490世帯まで減少した生活保護世帯数は、2024年3月には608世帯まで回復しています。

しかし、増加傾向にあるとは言え、急激な減少が始まる前の水準(2011年903世帯)に比較すると、3分の2程度にとどまっています。長年にわたって制度の違法運用と人権侵害が行われてきた影響は甚大で、現在も要件を満たしていながらも申請をためらっている市民が多くいるものと思われます。

また、第三者委員会の報告書では扶養届の偽造や民間金銭管理団体と行政のつながりといった問題は十分に解明されず、印鑑の不正使用の全容を解明する調査も実施されませんでした。調査団はその後も市に対し、残された課題を究明し、すべての被害者を救済することを求めています。

2025年3月28日、第三者委員会の報告書が提出され、謝罪コメントを読み上げる荒木恵司市長。(撮影 小林美穂子)

桐生市には毎年、群馬県が定例の監査を実施しており、国も2014年と2017年に監査を行っていましたが、常態化していた違法行為は是正されていませんでした。調査団は、異常な制度運用を長年放置してきた県や国の責任も重いと指摘。監査のあり方を従来の「濫給」防止から「漏給(受給漏れ)」防止へと転換することを求めてきました。

厚生労働省は今年3月12日、全国の生活保護担当課長を集めた社会・援護局主管課長会議において、申請権侵害や保護費の不適切な取り扱いなどの事案の発生が「国民の生活保護制度に対する信頼を大きく損ない、ひいては制度の根幹を揺るがすことにもつながりかねない問題」であるとの認識を示し、2025年度の国の監査の重点項目の柱に「要保護者の権利侵害の防止」を据えるとの方針を発表しました。

自治体の生活保護行政の現場において、生活保護を必要としている人たちの人権が侵害されていることを国が認めたのは初めてです。

「要保護者の権利侵害の防止」という監査方針を国が示したことは、遅きに失したとはいえ、画期的な第一歩だと評価できますが、これが本当に「漏給」防止重視への転換につながっていくのかは、予断を許しません。

そもそも、桐生市などの一部自治体が法を逸脱するほど暴走するきっかけを作ったのは、生活保護費を全体として抑制するという国自身の方針に他ならないからです。

桐生市において生活保護利用者が急激に減少し始めた2012年は、一部の政治家が主導した「生活保護バッシング」が巻き起こった年でした。その翌年の2013年には過去最大の生活保護基準引き下げが強行され、利用者への管理強化を軸とする生活保護法の「改正」が行われました。

桐生市生活保護違法事件の背景には、生存権保障を後退させてきた国の方針があります。その転換がなされない限り、事件はまだ「終わった」とは言えません。

【参考文献】

稲葉 剛

1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者を中心とする生活困窮者支援活動に参加。2014年、つくろい東京ファンドを設立。認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、立教大学大学院社会デザイン研究科客員教授。著書に『貧困パンデミック』(明石書店)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)など。

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