日本人ファーストをめぐる排外主義と自治体の役割

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よく聞かれるようになった「日本人ファースト」とは一体何なのでしょうか?本稿ではその問題点と社会への影響について皆さんと考えていきたいと思います。

「アメリカ・ファースト」とは異なる「日本人ファースト」

2025年7月に行われた参議院議員選挙では、「日本人ファースト」を掲げた参政党が14もの議席を獲得しました。そして、SNSではインフルエンサーと呼ばれる人々や政治家のアカウントがこれらのスローガンを拡散し、「日本人ファースト」は瞬く間に社会に広がり浸透しました。

この「日本人ファースト」という政治的スローガンは、「アメリカ・ファースト」を宣言するアメリカ大統領ドナルド・トランプから影響を受けたものです。しかし、興味深いことに、トランプが掲げる「ファースト」と参政党の掲げる「ファースト」は同じ言葉のように見えても、その使用目的や社会にもたらされる影響は異なっています。

まず、「日本人ファースト」とは「日本人」という人々の集団をその主体としていますが、トランプのスローガンは「American First(米国人ファースト)」ではなく、「America First(アメリカ・ファースト)。つまり、人々の集団が主語なのではなく、アメリカという国そのものが主体になっています。そこには、反グローバル化を主張するトランプ政権の、旧政権党(民主党)や国際社会の他の国々に対する、「アメリカをファーストにするんだ」というメッセージが込められています。そして、国連やNATOのような国際機関など、アメリカにとって不利だと考えられるものを否定し、同時にアメリカ国内では移民・関税執行局を用いて非正規移民の排除を徹底する排外主義的政策を強化しています。

一方、「日本人ファースト」とは、先述の通り、日本という国を第一にするものではなく、「日本人」という人々の集団、つまり、「国家」ではなく、「人種」や「民族」を軸にしたスローガンだということです。世界のさまざまな国々が協力して、核廃絶や環境問題、虐殺や戦争への抵抗などに向かって行こうとするさなか、「自国第一主義」を唱えるアメリカですら牽制される現代社会。その中で、「日本人ファースト」とは日本国第一主義ですらなく、「日本人」という人種・民族集団を最優先しようという主張であるということ。そして、自分たちの人種のみを優位にしよう、他の人種を劣位におこう、という発想自体が排外主義であるだけではなく、レイシズム(人種差別主義)であるということを、まずはしっかりと認識しておく必要があります。

レイシズムは、これまでの人間の歴史の中で、奴隷制や植民地主義を正当化し、人々を虐殺・殲滅せんめつし、他者の土地を侵略・占領することに用いられてきました。そして、人間は長い歴史をかけて、自由と平等と平和を希求し、レイシズムに抵抗してきました。しかし、レイシズムはなかなか消えることはなく、人々が気づきにくい形に姿を変え、現代社会へと浸透し影響を及ぼしています。

「日本人ファースト」の影─排外主義にとどまらないレイシズムの効果

「日本人ファースト」について考えていく際に、最初に必ずおさえておかなければならないポイントは「日本人は単一民族ではない。日本は単一民族国家ではない」という厳然とした事実です。日本国憲法および国籍法によれば、「日本国民(人)」は、出生・認知・帰化によって日本国籍を取得した者と正式に定義づけられています。言い方をかえれば、国家の水準において「日本人」は人種・民族的に定義されておらず、多様な人種的・民族的背景の人々が「日本人」でありえる、ということが規定されているということです。しかし、日常生活の水準では、必ずしもこの憲法・法律の定義が浸透しているわけではありません。一般の人々のみならず、メディアや政治家の発言においても、「日本人は単一民族だ」といった事実とは異なる言説が繰り返し語られ、人々の認識の中で「常識」として定着してしまっています。このような社会的背景において、「日本人ファースト」というスローガンを掲げてしまうと、それは「多様な背景の集団としての日本人を第一に」という意味ではなく、「単一民族の日本人を第一に」と社会的に認識され、レイシズムへと滑り込んでしまうということです。

そして、レイシズムは国籍という水準を超えて人々や社会へと悪影響を及ぼしていきます。そのため、こういったレイシズムと排外主義の組み合わせは、外国籍の住民のみならず、外国ルーツのある日本国籍の住民をも差別し排除するように機能してしまうということです。

これまで日本政府は、長い期間にわたって政権を担ってきた自民党を中心に在留制度を拡充し続けており、その結果として、すでに多様な国籍・人種・民族の背景をもつ人々が住民としてこの日本社会に暮らしています。しかし、おかしなことに、夏の参院選以降はこれまで移民政策を拡充してきた張本人であるはずの自民党が自省することもなく、首相を中心に、極右政党が主張する排外主義を追従・容認するような姿勢をとり続けています。

その結果として、すでに外国籍の住民のみならず、外国ルーツもある日本国籍の住民でさえも、排外主義やレイシズムにさらされ、危機感や不安をおぼえ、メンタルヘルスにも悪影響がおよぶ社会的状況となってきてしまっているのが現在の日本社会の状況です。

そして、レイシズムは政治的イデオロギーでもあるため、その矛先はさらなる分断をもたらしていきます。つまり、外国籍や外国ルーツではない、日本国籍の人々にさえ排除の力が及んでいくということです。昨今の日本社会では、政権与党や極右政党の主張に賛同しない人、それらを批判する人たちに対して、「本当に日本人か?」「〇〇人だろう」「気に食わないなら日本から出ていけ」といった発言が特にインターネット空間において登場するようになってきてしまっています。こういった言説は、戦時中に戦争を否定し批判する人たちに向けられた「非国民」という言説と酷似しています。政治家たちのレイシズムを野放しにし続けてしまうことは、日本社会に暮らす住民そのものの分断を生んでしまうということです。それが排外主義にとどまらないレイシズムの効果ということです。

インターネット空間における環境的レイシズムの問題

昨今の日本社会においてSNSは非常に大きな影響力をもっており、とくに政治におけるポピュリズムやレイシズムを拡散・加速させてしまうことにも役立ってしまっているのが現実です。YouTubeやインスタグラム、TikTok等のコンテンツの中には、「日本人ファースト」に関するもの、外国ルーツの人々に対する誤った情報やデマ(優遇されている、犯罪が多いなど)も非常に多く存在し、それらが選挙や政治に影響を与え、レイシズムそのものを見えにくい形で定着させ、強化し続けています。また、SNSの利用者自身も、そこで語られるヘイトやデマを鵜呑みにしてしまい、それが先述したような社会の分断を引き起こしていく要因の一つとなっています。どの世代においても、インターネットのリテラシーについての十分な教育の必要性がますます高まっていると言えます。

そしてこういったネット空間における排外主義やレイシズムの拡散は、子どもたちへも深刻な影響をもたらしていきます。先日、小学校や中学校に通う海外ルーツの子どもたちの支援活動を行っている団体の方に聞いたところ、この「日本人ファースト」という言葉が、実際に小学校の子どもたちのあいだでも流行り言葉かのように使われてしまっているそうで、学校に通う海外ルーツの子どもたちに心理的な悪影響が出ていないかが心配だ、というお話をされていました。大人たちが自らの利益のために生み出した排外主義的なスローガンは、政治空間にとどまらず、社会に定着し、子どもたちの世界にまで深刻な影響と分断をもたらしてしまっているということです。

また、ヘイトやデマが拡散されるメディアの空間そのものが、環境的レイシズムの状況を生み出しています。例えば具体的な差別発言を言われる、ヘイトや暴力を受ける、といったような直接的な人種差別に比べて、「環境的レイシズム」とはその人が生活する中で触れるメディアや広告、人々の会話や社会空間などにおいて環境的に経験される直接的ではないレイシズムのことを指します。それはSNSなどのネット空間においても同じです。インターネットは本来的に、誰にとっても自由に利用できるものとして技術開発が行われてきましたが、現実には誰でも不自由なく使えるというわけでは決してありません。SNSやネットニュースを見るたびに、ヘイトやデマなど、レイシズムや排外主義の言動を目にすることが常態化してきた社会において、とりわけ海外ルーツの人々にとって深刻な環境的レイシズムが引き起こされています。ソーシャルメディアを利用するたびに、自らにも矛先が向けられるような差別や偏見に間接的に触れ続けることで、心が傷つき、精神的なダメージが蓄積されていきます。人種・民族的なマイノリティの人々は、ネット環境からも遠ざかってしまい、ますます排外主義的な情報ばかりが批判なく残され続けてしまう、という悪循環が起きてしまいます。

このような社会的状況であればこそ、地域の自治体の実践、ひいては住民一人一人の取り組みが、ますます重要性を増していると言えます。

自治体が果たす役割、住民一人一人の実践

政治や国のトップが排外主義やデマを行ってしまう扇動的な状況の中で、自治体という公的セクターの役割はこれまでにも増して非常に重要です。排外主義を乗り越え、多様な背景の人々が共生する社会において自由と平等を実現するために、人々の生活や行動の指針を示す上で自治体はこの上なく重要な役割を担っていると言えるでしょう。

そして、実際に各自治体が独自に排外主義やレイシズムを乗り越えようとする動きが近年たくさん起こってきています。環境的レイシズムからくる差別や偏見の一形態として「マイクロ・アグレッション(日常における攻撃)」があります。マイクロ・アグレッションとは、差別や偏見に基づくちょっとした些細な言動や状況をさす言葉で、人種・民族のみならず、ジェンダーや階級、宗教や障害などさまざまなマイノリティの人々が日常的に経験するものとされています。

日本の各自治体では、これらのマイクロ・アグレッションの影響を自覚し、乗り越えていこうとする研修プログラムや教材開発、講演会やイベント、ポスターの掲示などさまざまな取り組みが行われています。2025年11月には、埼玉県・人権尊重社会をめざす県民運動推進協議会によるマイクロ・アグレッション予防ポスター「あなたに心当たりありませんか?うっかり差別発言」が掲示され、話題となりました。そこには、「どうして他の子みたいにできないの?」「早く子ども作らないとね!」「普通は異性を好きにならない?」「ハーフなんだ。羨ましいな~。」といったマイクロ・アグレッションの具体例が書かれており、中央には膝を抱え悩んでいる様子の女性の姿があります。

元々は心理学や社会学などの領域で用いられてきたマイクロ・アグレッションという概念ですが、これらの言動は、マイノリティの人々を、学校や会社などの社会空間やメディアから排除するのみならず、精神的なダメージとして蓄積され、具体的な健康被害にもつながることが研究から明らかとなってきました。

そのため、こういった自治体による人権啓発ポスターによってマイクロ・アグレッションの問題が周知されることは、排外主義やレイシズムを乗り越える上でも、他のさまざまな差別を乗り越える上でも非常に重要で有効な手段だと言えます。社会空間やメディアなど環境的なレイシズムが展開される社会であればこそ、それらに抵抗し人権を尊重するメッセージ自体も環境的に展開することで乗り越えていこうとする自治体の実践の一つだと言えます。

さらに自治体が一致団結して排外主義とレイシズムに抵抗する動きがいよいよ本格化してきました。11月11日に開催された全国知事会議では外国人受け入れなどに関するプロジェクトチームの会合が開かれ、そこで「多文化共生社会の実現を目指す全国知事の共同宣言(案)」がまとめられました。その宣言の中で、例えば「外国人が増えると犯罪が増える」といった根拠もない誤情報がSNSなどで拡散されている現状が指摘され、国民の不安を払拭するために、日本政府に正確な情報発信などを求める要望もしっかりと書かれています。この宣言は、①「多文化共生の推進」、②「ルールに基づく共生と安心の確保」、③「正確で積極的な情報発信」という三本柱から成り立っており、排外主義を強く否定するものとなっています。去る7月開催の全国知事会議でも、外国人は「地方自治体から見れば日本人と同じ『生活者』であり『地域住民』である」とした、外国人受け入れの環境整備を国に求める提言をまとめています。

「日本人」/「外国人」という強力な二分法が根強い日本社会において、「住民とは誰か」「生活者とは誰か」と、一度立ち止まって問い直してみること。そして、排外主義やレイシズムを乗り越え、多様な人々が共に暮らす社会で基本的人権の尊重や平等をいかに築いていくのか話し合うこと。その点において、自治体レベルでの取り組みは非常に重要であり、今後もポスターや情報発信、イベントや研修などの機会を通して取り組んでいくことは、レイシズムや排外主義に抵抗していく上で、大きな力になると考えています。

そして、自治体での取り組みと同様に、住民一人一人の実践もますます重要になっていると考えられます。差別に抵抗する社会運動に参加する、NPOや支援団体を支援する、目の前で差別を目の当たりにした時に介入する、という具体的で直接的なアクションをとることももちろんとても大切です。そして、それらに加えて、間接的なアクションを行うことも可能です。例えば、デマを信じてしまい「最近外国人が増えて不安だ」という友だちに対して、頭ごなしに否定するのではなく、まずは「なぜ不安に思うの?」と質問してみるのもいいでしょう。さらに、「実際に暮らしている生活者の様子を一緒に見てみよう」「正しい情報を一緒に調べてみよう」といった声かけも大切です。そして、具体的な支援活動に関われなかったとしても、正しい情報や生活者の声を届けるウェブ記事やコンテンツを自分のSNSのアカウントでシェアするといったこと。差別に抵抗する意思を示すステッカー(シール)やバッジなどを、自分の持ち物の中でも、他の人の目に映る場所に貼ったり付けたりすること。そういった一見些細に見える小さな抵抗も、現在の日本社会においては非常に大きな一歩と言えます。できることを、できるひとが、できるときにやってみる。そういった一歩一歩の取り組みが、レイシズムと排外主義の長いトンネルをくぐり抜ける重要な歩みとなるでしょう。

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