コミュニティバス、AIオンデマンド交通、などバス運行をめぐる変化が急です。バスの運転士不足の解決には、低賃金、長時間労働の待遇改善のほか、運行環境悪化の改善も必要です。都内の民営バスの現状から考えます。
東京西郊で運行する関東バス
筆者の勤める関東バスは、1931(昭和6)年創業のバス専業会社(グループにはタクシー会社も含む)で、東京の西郊、主にJR中央線の新宿駅から武蔵小金井駅を発着する路線バスを運行しており、武蔵野営業所や丸山営業所など、5カ所の営業所があります。1995年には、元祖コミュニティバス(以下、コミバス)として有名な、武蔵野市の「ムーバス」の運行を受託しました。
路線バスやコミバスの他にも、羽田空港や成田空港、草津温泉、休日はディズニーランド、お台場、横浜八景島への昼間の長距離バス、愛知県豊橋や奈良県五條、岡山県倉敷などへの夜行高速バスも運行しています。
全国には2000程の乗合バス(路線バス)事業者があり、その96%が赤字ですが、関東バスはぎりぎり黒字になっています。
なお、筆者は1947年に結成された関東バス労働組合(以下、関東バス労組)に加入しています。関東バス労組は私鉄総連加盟で、組合員数は約900名です。私鉄総連は、もともとは日本労働組合総評議会(総評)加盟でしたが、大変な議論の末、1988年に連合に加盟しています。春闘、秋闘での関東バス労組のスト権投票は、例年97%前後で確立しています。
余談ですが、関東バスと似た名前のバス運行事業者に次のものがあります。
- 「関東自動車」(栃木県。「関東バス」と呼ばれている)
- 「関東自動車」(埼玉県。福祉施設の送迎や、スクールバスが主)
- 「関東鉄道」(茨城県。京成グループの一員で2つの鉄道路線と「関鉄バス」を運行)
- 「JRバス関東」(茨城、栃木、群馬、千葉などに一般路線、その他多くの高速路線を持つ)
間違われることがよくあるのですが、全く関係ありません。関東バス労組でスト予告を出すと、この4社に問い合わせがいき迷惑をかけてしまっています。
重篤な人員不足
ネームバリューのある電鉄系の東急バスや京王バスと違い、わが関東バスは昔から運転手採用には苦労していました。バブル崩壊後は応募者が増えたのですが、筆者が入社した関東バスの子会社ケイビーバス(親会社の路線を引き継ぐなどしていました)では、劣悪な待遇が原因でせっかく確保できた運転手を大量に辞めさせてしまいました。
たとえば、子会社の募集で掲げられる初任給は親会社である関東バスと同等でも、手当や祝日分の休暇日数、労働時間の算出方法が全く違いました。親会社では5往復の路線を、子会社では8往復し、発着駅での折り返しのための待機時間も休憩扱いとされる場合がありました。週4日は12~16時間の拘束となりながらも、残業手当はほとんど付かなかったのです。13日勤務+1日休日を繰り返すような働き方をしても、年収500万円に届かず、2000年からの8年間で380人ほどが辞めてしまいました。一つの営業所ですが、親会社の路線を1路線ずつ子会社に移管しながら採用し、必要人数は初期で30人、後期で150人程でしたので、凄まじい離職率でした。
2008年に親会社と合併した後は、労働条件が良くなりましたが、応募者は減ってきました。とはいえ、人員不足ながらもある程度落ち着いた状況でした。
それがコロナのいっとき、高速バス、深夜バスの運休で一転し、自宅待機する日もあるほどとなり、年収が100万円以上減った人もいました。
現在はコロナ前よりやや少ない運行本数に戻っていますが、①年齢構成の偏りで定年退職が多く、②子会社が振りまいた劣悪条件のイメージと、③少子化や、免許人口減などから、コロナ前より人員不足となっています。
そのため、武蔵野営業所では2024年、時間外勤務(残業と休日出勤)の平均が50時間、36協定(労使で結んだ残業の限度時間、月70時間)オーバー者が50名にもなり、労働基準監督署から是正勧告が出ることとなりました。
また、ムーバス運転士は別枠の時給制社員となっているのですが、人員が充足せず、常に一般路線バスの運転士が穴埋めをしている状態です。そのような中で2025年11月、ムーバス30周年の記念式典を前に、市の要請でムーバスの便数が復元増便されました。一般路線の減便が続けられている中でのことなので、市の無理な要請を受ける会社に対して、職場では疑問の声が上がりました。
筆者の所属する丸山営業所は関東バス5営業所の中で一番小さい営業所で、120名の運転士がいます。平日必要な出勤者は80名ほどですが、夜行高速バスには2人配置され「1往復3日行程」であること、病欠、介護、育児などの休職もあり、十分な人員配置とは言えません。協定時間いっぱいまでやってくれる人のおかげでなんとか回っている状態です。
AIは頼りになるのか
─実証運行からみえてきたこと
通常の手続きでのバス路線の開設や再編が難しい場合や、新たな形態の交通を自治体が始める場合、地域の利害関係者が参加する「地域公共交通会議」が設けられます。新宿区では2016年から設けられ、当初は新宿駅周辺の観光スポットなどを循環する「新宿WEバス」の開設について協議されました。2023年6月からは、交通空白地域対策の新たな交通についての協議が始まりました。
「交通空白」についての定義は資料によってまちまちですが、国土交通省の地域公共交通確保維持改善事業費補助金交付要綱では、「半径1キロメートル以内にバス停、駅がない地域」とされています。会議では、地方と比較して格段に恵まれている新宿区の状況を「交通空白」とみなすことへの疑問が出されましたが、今後の高齢化による交通弱者増加を見越して、とくに徒歩での移動が困難になると予想される坂道などがある地域の足を確保する必要があると結論し、乗客8人乗りワンボックス車1台を使用した、新宿AIオンデマンド交通「にゃんデマンド」の実証運行がされることとなりました。そして、会議には地元タクシー会社、区内を通る他の路線バス会社も参加していますが、どこも人員に余裕はなく、苦しいながらも関東バスがこれを受託することとなりました。
オンデマンド交通とは、定まった路線、時刻表がなく注文(予約)によって運行する交通サービスのことです。関東バス初の「定路線でない交通」となりました。ルートの指示は配車システムのタブレット画面に表示されます。他の地域で走行中の「配車タブレット画面の注視」で検挙された事例があり、安全上も問題があるとして、関東バス労組から音声案内機能を求めました。
「AIが最適ルートを選ぶ」は誇大表現
AIが最適なルートを選ぶとの説明でしたが、時間と場所が明らかな場合に順番を並べ替えるという程度のものでした。初めのうちは配車システムのタブレットの指示のみで試走しましたが、様々な問題が発覚しました。
一つは、乗降ポイントに横づけしないルート指示です。中央分離帯のある大通り以外では単純に、来た方向のまま、利用者が待つ向い側で停車する指示が表示されました。大変交通量が多く、横断歩道が遠いところもありました。
次に常識的でないルート指示です。都内では有名な「落合斎場」は住宅街の奥にあり、少し遠回りの定番ルートがありますが、車幅ぎりぎりの細い線のルートが指示されました。
また、謎の遠回りルートを指示される場合もありました。
ナビタイム利用での試行錯誤
ナビタイム利用を始めてから、ルート案内はかなり改善し、音声案内もされるようになりましたが、苦労は続きました。
ナビタイムタブレットには車種、車幅が設定できますが、当初はのまま1690ミリメートルとしていました。その設定で運行中、住宅街の電柱がある交差点の低い位置にあるブロックにバンパーが擦ってしまいました。
その後、ナビタイムに設定する車幅を様々に変えて試し、最終的に1800ミリメートルとしました。
横づけのためのルートとする設定は、「全てする」「道幅5・5メートル以上の道はする」「全てしない」の3通りなのですが、横づけの必要性は、乗車か降車か、交通量が多いか少ないかによって違い、道幅で区切ることはできません。それに対応するため、ナビタイムに登録しておく乗降ポイントを「降車だけで向かい側でも構わない場合」「狭隘住宅街の交差点でどちらから来てもいいようにする場合」を追加しました。
これらは区も、システム会社も、関東バス本社もできず、全て労組支部が行いました。
そもそも、「最適なルートを指示するAI」でなかったわけですが、この類の交通システムで「通れる道は学習していきます」では困るわけで、最適な「プログラム」があらかじめ必要です。
東京都の他地域の状況
2025年4月に行われた杉並区の公共交通会議では、京王バスが人員不足のため「すぎ丸」3路線のうち「さくら路線」から撤退したいと表明しました。京王バスは運転士の平均年齢が50代、直近60名が入社しましたが、110名が退職、今後さらに退職が増えます。国分寺市の「ぶんバス」も撤退しました。しかしその後、同市は「運行経費を補助する方針」に転換。その途端にタクシー会社が手を挙げ、時給約2000円で運転士募集を始め、引き抜かれてしまいました。京王バスでは「一般路線の減便もしているのに容認しがたい」と、各自治体のコミバス対応への苦言を訴えました。
中野区は人口密度1、2位を争う住宅密集地域です。2023年9月から小型バスも入れない若宮・大和町地域でワンボックス車による路線バスの実証運行を始めました。
その後、2024年7月の地域公共交通会議で「1歩あるくと医療費が0・061円下がるという試算もある。収支率のみでないも考慮した検討が必要ではないか」と提案もあり、2025年10月から本運行に入りました。
まずは既存の公共交通を活かす工夫が必要
ここまで紹介したように、交通空白地域の解消や交通弱者への対応のための実証実験は各地で行われています。しかしその中には、目的実現の手段として疑問のある実証実験もあります。
タクシーの需要は大きく変動します。そこで起きる「つかまらない」の声に応えることと、「交通弱者の不便解消」は全く質が違います。
渋谷区で2021~2022年に行われた実証実験では、雨の日や駅方向の注文が集中すると、容認できないほどの時間がかかり、走りっぱなしによる運転手の疲労もかなりのものだったようです。それでも採算ベースに乗せるのは容易ではありませんでした。
まずは東京都北区のように、通常のタクシーをオンデマンド交通に用いた簡易なもので、交通弱者の不便解消に取り組むことが先決です。もっと簡単なのは、予約や乗り合いのシステムを作らなくとも単に「タクシー代の補助」という方法です。韓国の西海岸の過疎地、舒川郡で1日3本のバスが廃止された後に始まった、「100ウォンタクシー」が大きな効果をもたらしているとのことです。
自治体が無補助でのコミバスを事業者に求めることには無理がありますし、「AIオンデマンド」導入への執着は「新たなプラットフォーム販売」を目指す事業者への便宜が目的ではないかとも見えてしまいます。
バスの車種が減っている問題
練馬区の「泉38」路線が廃止になってしまいました。運行する西武バスも人員不足ですから路線を整理したいということがありますが、狭い道を走れるバスが作られなくなってしまったということで有名になった件です。
今でも長さ7メートルの小型バスは作られていますが、車両の設計方針がバリアフリー対応一辺倒で「ノンステップエリアを広くする」ために、タイヤの前後間隔が伸ばされてしまい、小回りが効かなくなってしまったのです。
以前は路線バスの小型、中型、大型でそれぞれ、幅違いなど数種類ずつあったのですが、今は大型に長短がある以外はそれぞれ1種類になってしまいました。
ノンステップバスは各方面から大変熱望されるものですが、構造としてやはり無理があります。乗りやすさについては歩道の高さや、バス停形状、駐車車両対策といった地上設備で応じるべき課題もあります。
運行環境悪化の新たな原因
先の国分寺市の例のように、コミバスが路線バス運転士を引き抜く結果となってしまったのも、全産業平均と比べ2割低い賃金、2割長い労働時間と言われるバス産業の待遇の問題なのですが、運行環境の改善も必要です。
現在、自転車は原則車道を走行することが義務付けられたことによって自転車の飛び出しなどが増え、バスが急ブレーキをかけざるを得ないことも多くなっています。しかし、スマホ操作のためにつり革などにつかまらない乗客が大変増えています。車内アナウンスで呼びかけてもイヤホンをつけていて聞こえない人もいます。しかし、急ブレーキで転倒した乗客がケガをすると交通人身事故扱いとなり過失を問われるため、運転士にとって大きなストレスになっています。
交通空白地域ではない杉並区が自転車活用を進めていますが、マイカーを減らす効果はなさそうで、徒歩、公共交通利用者が自転車に乗り変える結果となっています。これにより、狭い道路でのバスを含む自動車と自転車、人の混在を増やし、交通事故の危険を増やし、一方で、歩行距離減少による健康影響も懸念されるといった、好ましくない結果を招いているように思えます。交通のあるべき姿は、さまざまな要因を考慮して、広い視野に立って考えていく必要があるようです。
