【論文】「全世代型社会保障への転換」の目指す方向と対抗軸


超高齢社会を迎える日本では、社会保障のあり方が問われ、現在、安倍政権の下で、「全世代型社会保障への転換」が叫ばれています。本稿では、その本質と対抗軸を考えてみます。

全世代型社会保障転換への第一歩─「骨太の方針2019」─

(1)全世代型社会保障転換の本気度

2019年6月21日、「全世代型社会保障を実現していくことが不可欠」との方向を示した「骨太の方針2019(以下、「骨太2019」)」が、閣議決定されました。

骨太の方針2018では、「社会保障関係費については、(経済・財政)再生計画において、2020年度に向けてその実質的な増加を高齢化による増加分に相当する伸びにおさめる」、「その方針を2021年度まで継続する」としていますから、少なくとも2021年度までは、社会保障支出総額は、総枠をほとんど変えず、分配の仕方を幾分変えるだけではないでしょうか。

他の国に比べ、高齢者向けの支出が多く、家族・住宅支出がかなり少なく、極めてバランスが悪いのが実態ですから、家族・子どもや住宅への支出を増やすことは当然です。

ただ、骨太2019では、全世代型社会保障への転換として、「働き方を自由に選べる中で社会保障の支え手を拡大」することを前提としています。社会保障財源の調達は、とても重要な課題ですが、この文言からは、就労層や国民一般だけが社会保障財源を支えるとの方向しか見えてきませんし、社会保障における企業責任は、問うていません。それでよいのでしょうか。

(2)社会保障財源国際比較から見えるもの─企業責任を問うべき─

表は、先進6カ国の社会保障財源の比較ですが、福祉国家といわれる国が、社会保障財源を消費税に依存しているわけではありません。高度な福祉国家と称されるスウェーデンですら、その割合は日本より1ポイント以上も低い13.8%です。また、フランスに至っては5.5%です。

表 各国の社会保障財源割合の比較
表 各国の社会保障財源割合の比較
出典:『しんぶん赤旗』2018年12月1日から、筆者改編。

社会保障財源の根拠として、最も求められるのは、労働者の生活を守り発展させることで、だれが便益を受けるのかではないでしょうか。社会保障が充実して、健康で幸福な労働者が多数を占めることは、企業にとっては、医療やその他の生活事故に対しての「個別支出を減ずる」ことができ、多くの便益を受けます。したがって、社会保障財源の多くを、企業が負担とすることは当然ではないでしょうか。

事実、福祉国家といわれる国では、社会保障財源における「事業主保険料(負担)」が多くを占めています。日本は25.6%ですが、フランスは42.1%、スウェーデンは38.2%です。

(3)全世代型社会保障と健康自己責任論の落とし穴

骨太2019では、「予防・健康づくりには、1、個人の健康を改善することで、個人のQOLを向上し、将来不安を解消する、2、健康寿命を延ばし、健康に働く方を増やすことで、社会保障の「担い手」を増やす、3、高齢者が重要な地域社会の基盤を支え、健康格差の拡大を防止する、といった多面的な意義が存在している。これらに加え、生活習慣の改善・早期予防や介護・認知症の予防を通じて、生活習慣病関連の医療需要や伸びゆく介護需要への効果が得られることも期待される」とし、政府としても「健康自己責任論」を全面的に打ち出しました。

また、2019年6月18日には、「認知症施策推進大綱」が閣議決定され、医学的にもその発症のメカニズムが必ずしも解明されていない「認知症」すら、予防(発症や進行を遅らせる)を自己責任の対象としました。

骨太2019が掲げる医療や介護での予防重視には、健康自己責任論の落とし穴があります。健康を損ねた人や認知症の人に「生活習慣の改善や認知症対策を怠った人、努力をしなかった人」とレッテルを貼り、集団から排除することになりかねません。

厚生労働省が毎年実施している国民健康・栄養調査があり、国民の健康度合いを見る上では重要な調査です。2010年調査のみが、所得も調査対象項目に含まれており、所得と、健康度合いの関係性を知ることができます。

所得3区分別(年世帯所得200万円未満、200~600万円未満、600万円以上)の体型・生活習慣の状況を集計分析していますが、女性では600万円以上の高所得層では肥満者が13.2%と少ないのに対して、200万円未満の低所得層では25.6%と約2倍です。また、朝食欠食者の割合も、男女とも低所得者で高く、高所得者ほど低い。運動習慣も、高所得者ほど高い傾向にあり、生活習慣の乱れと所得の低さは相関関係にあることが分かります。

所得は、労働実態や教育歴に大きく影響を受けます。この点から健康を考えれば、自己責任ではなく、社会のあり方や人権意識の成熟度との関連で論じられるべきではないでしょうか。

(4)負担のあり方を見直す─実態は一部負担増と保険外し─

骨太2019は、社会保障改革を、「年齢等にとらわれない視点から検討を進めるとともに、自助・共助・公助の役割分担の在り方、負担能力や世代間・世代内のバランスを考慮した給付と負担の在り方等の観点を踏まえて行う」としています。

この真の狙いはどこにあるのでしょうか。それは、財務省が予算要求に関して、2019年4月23日に政府に提出した「社会保障について」(以下「財務省資料」)に見ることができます。

財務省資料は、現在1割自己負担となっている後期高齢者医療に関して、「年齢ではなく能力に応じた負担」、「世代間の公平性や制度の持続可能性を確保していく観点から、まずはできる限り速やかに75歳以上の後期高齢者の自己負担について原則2割負担とすべき」としています。しかし、ここで注目したいのは、応能負担を保険料に関してではなく「一部負担(窓口負担、自己負担と記載)」に適用しようとしていることです。社会保険は、事前に保険料を支払っていますから、サービス受給時に再度「一部負担」の支払いを求めるのは、費用の二重徴収になります。また、一部負担の見返りにサービス給付を行うことは、生存権・生活権を中心とする基本的人権から逸脱しています。

また、同資料は、「介護保険サービスの利用者負担を原則2割とする」との方向性を示しました。介護保険は、2000年に導入されて以降、原則1割の一部負担を堅持してきましたが、一定所得以上の人には、2015年8月に2割負担、2018年8月からは3割負担も導入されました。

全世代における、一部負担割合の統一を示唆していると理解できます。今回、後期高齢者医療、介護保険における一部負担原則「2割」が法改正を行い実施されると、近い将来「原則3割」で、現役世代と同一の負担割合を志向する可能性が極めて高いと思われます。

ただし、一部負担は、3割を超えることはないと思います。今後は医療保険・介護保険において保険給付範囲の見直しが中心となると思われます。事実、財務省資料では、「『大きなリスクは共助、小さなリスクは自助』原則を徹底」、「『小さなリスク』については、従前のように手厚い保険給付の対象とするのではなく、より自助で対応する」としています。

具体的には、医療保険において、「現在の保険給付の範囲の在り方を見直し、より小さなリスクにおける保険給付のウエイトを引き下げる」、「保険収載を見合わせた際の受け皿として保険外併用療養費制度や民間保険の積極的な活用も含めて検討していく」としています。

また、介護保険においては、「『小さなリスク』については、より自助で対応することとすべき。軽度者のうち要介護1.2の生活援助サービス等について、地域支援事業への移行や利用者負担の見直しを具体的に検討していく」としています。

(5)地域医療構想のさらなる推進─知事権限の強化─

地域医療構想は、公立・公的病院を中心に2018年度末までにその方向性が一定提起されましたが、現時点では民間医療機関の病床転換は進んでいません。そのため、骨太2019では、民間医療機関についても、「2020年度に実効性のある新たな都道府県知事の権限の在り方について検討し、できる限り早期に所要の措置を講ずる」としました。

安倍政権の「地域医療構想」では、これまでは公立病院を中心に再編を進めてきましたが、今回の骨太2019は、知事の権限を強め民間病院の病床機能の再編・削減を強行する考えを打ち出しました。「皆保険体制」や、それを支えてきた「自由開業制」を根底から掘り崩すもので、皆保険体制の崩壊への第一歩となる可能性があります。

(6)国保における一般会計からの法定外繰り入れの廃止

2018年4月から国保都道府県単位化が実施されましたが、当分の間、一般会計からの法定外繰り入れは認められています。しかし、骨太2019は、「法定外繰入等の解消」を求めました。

国保は被用者保険とは異なり、もともと事業主負担がありませんから、国保以外の健康保険より保険料負担が重くのしかかります。また、国保の加入者の多くが、負担能力の乏しい無職や非正規などの被用者で、2016年度では、この2つのカテゴリーで約8割(77.9%)を占めています。いわば、法定外繰り入れは、保険料負担を低減する「人権配慮の仕組み」です。この仕組みを廃止することは、反人権的といわざるを得ません。

対抗軸としての社会保障改革の展望

(1)市町村職員と地域住民との共同の力の結集

市町村職員は、日頃から地域住民と接する機会が多く、その窮状、苦痛や抱える課題を最も理解できる立場にありながら、社会保障を含めてさまざまな分野で、通知・通達に縛られることが多く、住民に寄り添うことができない場合があります。地方自治の本旨を強く意識し、住民に寄り添える力量をつけるべきです。

基本的人権を守ることを常に意識し、住民の声を真摯に受け止めることが必要ですし、地域住民と協力・共同し地域社会を創っていくことが求められます。

(2)速やかに国保保険料(税)応益割の廃止を

政府は最近、社会保障における「応能負担」を頻繁に使用します。応能をいうのであれば、社会保険における保険料負担の応能化を図るべきです。

国民健康保険を例に考えてみます。国民健康保険の保険料算定方式は、負担能力に応じて賦課される応能分(所得割・資産割)50%と、受益に応じて等しく賦課される応益分(被保険者均等割・世帯別平等割)50%から構成されています。

この応益分の存在が、国民健康保険料を重くしています。厚生労働省保健局の資料によると、各医療保険の加入者1人当たりの平均保険料(加入者1人当たりの平均所得で除した額の割合)は、国民健康保険9.9%、協会けんぽ7.6%、組合健保5.3%、共済組合5.5%で、単純比較すると、国民健康保険料は、組合健保保険料の約1.9倍であることを、厚生労働省も認めています。

人権としての社会保障の視点から国民健康保険を考えれば、国民健康保険料算定における前近代的人頭税に相当する「被保険者均等割」は速やかに廃止すべきですし、近い将来、世帯別平等割を含めて「応益分」は廃止すべき、と考えます。

また、国民健康保険料には、上限が設定されています。2019年4月からは、年間保険料80万円で(年間所得880万円以上の場合)、頭打ちとなります。応能負担原則を志向するのであれば、保険料負担上限も廃止されるべきです。

(3)健康保険における標準報酬月額の上限を撤廃すべき

健康保険料は、基本的には労働者が得る毎月の給与報酬に対して一定の保険料率を乗じて決定されます。個人の給与は毎月変動することがありますので、実際は、個々の被用者ごとに、その年の4月から6月に支払われた給与の平均額から「標準報酬月額」を決定し、それを基礎に9月から翌年8月までの保険料の計算をします。

具体的には、東京都の協会けんぽ健康保険料算定標準報酬月額表(2019年4月適用)では、50等級に分けられ、最低額の給与報酬月額は6万3000円までで、標準報酬月額を5万8000円とし、月額保険料は3372.7円(介護保険第2号被保険者に該当。被用者分のみ)です。最高額の給与報酬月額は135万5000円以上で、標準報酬月額を139万円とし、月額保険料は8万828.5円(介護保険第2号被保険者に該当。被用者分のみ)です。

つまり、給与報酬月額等が139万円を超える場合、健康保険月額は8万828.5円と一定のため、高報酬を得ている者ほど低く、極めて逆進的です。月額報酬が1000万円の者は、139万円の者の約7分1の割合の保険料負担となっています。

社会保険料負担における逆進性は、看過できない問題です。少なくとも社会保障における「所得再分配」機能を鑑みれば、逆進性は速やかに解消されるべきです。その意味からも、標準報酬月額上限の撤廃は速やかに実施すべきです。

【注】

  • 1 経済財政諮問会議(2019)『経済財政運営と改革の基本方針2019(骨太の方針2019)』内閣府、3ページ。
  • 2 経済財政諮問会議(2019)3ページ。
  • 3 経済財政諮問会議(2019)15ページ。
  • 4 厚生労働省(2012)『2010年国民健康・栄養調査』厚生労働省保険局。
  • 5 経済財政諮問会議(2019)56ページ。
  • 6 財務省(2019)『社会保障について』68ページ。
  • 7 財務省(2019)69ページ。
  • 8 一部負担に関しては、芝田英昭(2019)『医療保険「一部負担」の根拠を追う』自治体研究社を参照されたい。
  • 9 財務省(2019)91ページ。
  • 10 財務省(2019)32ページ。
  • 11 財務省(2019)37ページ。
  • 12 財務省(2019)76ページ。
  • 13 経済財政諮問会議(2019)60ページ。
  • 14 経済財政諮問会議(2019)62ページ。
  • 15 厚生労働省保険局(2014)「第4回国民健康保険制度の基盤強化に関する国と地方の協議・参考資料」2014年8月8日。(最終閲覧日2019年8月5日)
芝田 英昭

1958年福井県敦賀市生まれ。博士(社会学:立命館大学)。福井県職員、西日本短大専任講師、大阪千代田短大専任講師、立命館大学産業社会学部教授を経て2009年から現職。著書に『社会保障のあゆみと協同』2022年、『医療保険「一部負担」の根拠を追う』2019年、『新版 基礎から学ぶ社会保障』2019年、『高齢期社会保障改革を読み解く』2017年、編著に『検証 介護保険施行20年―介護保障は達成できたのか』2020年、共に自治体研究社。