【論文】全世代型社会保障検討会議「中間報告」を読む


本報告書は、自民党「人生100年時代戦略本部取りまとめ」のコピー。自民党・財界におもねる全世代「負担増型」社会保障改革でよいのか?

はじめに

安倍首相は2019年9月11日、内閣改造にあたって、「全ての世代が安心できる社会保障改革」を掲げた「基本方針」を閣議決定し、2019年9月18日内閣府に全世代型社会保障検討会議(以下「検討会議」)を設置しました。事務局は、内閣官房全世代型社会保障検討室が担うこととなりました。

検討会議9名の委員には、経団連会長・中西宏明と、経済同友会代表幹事・櫻田謙吾が入っており、財界ツートップが顔を揃えたことで、今まで以上に財界主導の社会保障改革を目指す方向を鮮明にしました。

本稿においては、第5回検討会議(2019年12月19日)に提出された「中間報告」を中心に、政府がどのような社会保障を目指すのかを検討します。また、それに先立ち、連立与党の自民党と公明党は、中間報告への反映を目的に意見書を取りまとめています。自民党は2019年12月17日に「人生100年時代戦略本部取りまとめ~人生100年時代の社会保障改革の実現~」を、公明党は2019年12月18日に全世代型社会保障推進本部「安心の全世代型社会保障の構築に向けて(中間提言)」を公表しましたが、それら2文書も、本稿の検討対象とします。

全世代型社会保障検討会議「中間報告」等に示された社会保障改革の中身

「中間報告」の基本的スタンスは、「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心というこれまでの社会保障の構造を見直し、切れ目なく全ての世代を対象とするとともに、全ての世代が公平に支え合う『全世代型社会保障』への改革を進める」ことで、給付の見直しというよりも、全世代に満遍なく負担を課すことにあります。

また、自民党は「取りまとめ」において、「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心というこれまでの社会保障の構造を見直し、すべての世代を対象とし、すべての世代が相互に支え合う仕組みに転換するという全世代型社会保障への改革」としており、「中間報告」とほぼ同様の文言を用い、高齢世代への負担増を求めています。

さらに、公明党は「中間提言」において、「全世代型社会保障を考える際、高齢者の医療・介護費用の上昇は、そのまま現役世代への負担につながることを忘れてはならない。全世代型社会保障を力強く支えている現役世代の負担に目を向けずして、全世代型社会保障の構築に向けた道筋を描くことはできない」とし、現役世代の負担を減らしその分を高齢世代の負担増で賄う方向を鮮明にしています。

この文脈からすると、政府・与党が目指す全世代型社会保障は、全世代「負担増」型社会保障といえます。

医療保険および医療制度改革の具体像

(1)後期高齢者医療制度の一部負担1割から2割へは、全世代3割負担への布石

自民党「取りまとめ」や公明党「中間提言」では、一定所得以上の後期高齢者に関し「窓口負担割合を引き上げる」、「負担能力に応じた負担」を求めるとしましたが、「中間報告」では、一歩踏み込んで「一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割」としました。現在、現役所得並みの75歳以上の方は、既に3割負担であることから、かなり低い所得階層の高齢者から2割負担にすると考えられます。

さて、企業の健康保険組合が加盟する健康保険組合連合会(健保連)は、75歳以上の後期高齢者医療制度の高齢者一部負担を現行1割から2割負担に引き上げる政策提言を行いました。その試算では、75歳以上の後期高齢者の一部負担割合を、低所得者を除いて原則2割にすることで、後期高齢患者の負担は毎年約700億円増え、公費負担は毎年約800億円削減されることになります。

もちろん、社会保障制度を論じる場合、財源を無視した議論は無謀ですが、人権視点が欠落したなかでの改革議論も本質を見失う可能性が極めて高いでしょう。安倍政権の全世代型社会保障議論、健保連の議論も、財政的つじつま合わせに終始しています。

筆者は、医療保険の一部負担に関して分析し、結論的には「一部負担の根拠は、極めて政策的判断であって、基本的人権からの視点は皆無」であると指摘しました。つまり、2割負担も政策的判断であり、2割で止まる根拠は存在しないばかりか、2002年10月施行の「健康保険法等の一部を改正する法律」の附則2条において、「医療保険各法に規定する被保険者及び被扶養者の医療に係る給付の割合については、将来にわたり百分の七十を維持するものとする」とされており、将来全ての医療保険において3割負担にすることは既に法定されています。

したがって、中間報告が、後期高齢者医療における一部負担1割を堅持し、一定所得以上の者についてのみ2割とするとの方向は、「近い将来3割」にするためのステップと見る方が妥当です。「骨太方針2019」の「年齢等にとらわれない視点から検討を進める」との文言はその点を傍証する材料となります(表1)。

表1 後期高齢者の一部負担のあり方
表1 後期高齢者の一部負担のあり方
出典:全世代型社会保障検討会議「中間報告」2019年12月19日、自由民主党人生100年時代戦略本部「取りまとめ」
2019年12月17日、公明党全世代型社会保障推進本部「安心の全世代型社会保障の構築に向けて(中間提言)」
2019年12月18日、から引用。太字筆者。

(2)大病院外来受診時定額負担の拡大

櫻田委員は、第4回検討会議において、外来時定額負担の導入に関し、「自己負担割合の引き上げと、受診時の定額負担が議論されているわけですけれども、(中略)当然にして、これはどちらも実行するべき」と述べました。また、東京大学客員教授増田寛也委員も、「外来受診時の定額負担についても制度改正を実現して、(中略)、その実施を2022年の年初までに確実に間に合わせることが、極めて重要である」と指摘しました。

しかし、「中間報告」および自民党「取りまとめ」では、「外来受診時定額負担については、医療のあるべき姿として、病院・診療所における外来機能の明確化と地域におけるかかりつけ医機能の強化等について検討」と同じ文言が記述され、かかりつけ医確立とセットで、今後の検討に回されました。検討会議委員からは、強い口調で「受診時定額負担」の導入が叫ばれましたが、政府は国民の納得が得られないと判断し、中間報告では、現在400床以上の病院への紹介状なしの初診時5000円、再診時2500円の定額負担を、200床以上の一般病院に拡大することとしました。

ちなみに、2013年度の厚生労働省の資料によれば、400床以上の病院数は、全病院8605病院のうち822病院、つまり全病院数の9・6%で1割を切っています。しかし、200床以上の一般病院が対象となれば、その数は2654病院で、全体の30・8%となり、身近な病院へもかかりづらくなる可能性があります。

しかし、「中間報告」の「まずは、(中略)大病院外来初診・再診時の定額負担の仕組みを大幅に拡充」との文言からも、今回の提案は全ての「医療機関での受診時定額負担」へのステップで、最終報告では全ての医療機関に拡大される可能性もあります(表2)。

表2 大病院外来受診時定額負担の拡大
表2 大病院外来受診時定額負担の拡大
出典:全世代型社会保障検討会議「中間報告」2019年12月19日、自由民主党人生100年時代戦略本部「取りまとめ」2019年12月17日、公明党全世代型社会保障推進本部「安心の全世代型社会保障の構築に向けて(中間提言)」2019年12月18日、から引用。太字筆者。

介護保険制度改革の具体像

介護保険では、当初予想されたような、一部負担を1割から2割へ倍加、また要介護1・2の方の訪問介護・通所介護等を介護保険から外し自治体の地域支援事業へ移行する、との方向性は示されませんでした。公明党「中間提言」でも、「多様な担い手によるサービス提供等が市町村で大きな格差がある中、要介護1・2の軽度者を地域支援事業に移行することは適当ではない」と指摘しています。

しかし、「介護サービスと保険外サービスの組み合わせに関するルールの明確化」との表現で「混合介護」を提案したことは、介護保険分野で現在以上のビジネス化を促進するため、という可能性が高いでしょう。現時点では、介護保険で許されている「混合介護」は、同一時間内において介護保険給付サービスと保険給付外サービスの併用(併給)はできないことから、保険給付サービスを行う時間と保険給付外サービスを行う時間は、明確に分離しなければならない仕組みです。例えば東京都豊島区でのモデル事業のように、同一時間内における混合介護を進める方向だとすると、保険給付外サービスが利用者からの選択とされ、事業者はより魅力的な「言い値」を付けることができる保険給付外サービス供給に注力せざるを得ず、本来の保険給付サービスの質低下につながらないか危惧されます。

どの部分を保険給付から外すのか、また混合介護のあり方についても今後ルール化するとの方向性が示されており、保険給付の縮小や一部負担の見直しが行われる可能性は十分あります(表3)。

表3 介護保険制度改革の具体像
表3 介護保険制度改革の具体像
出典:全世代型社会保障検討会議「中間報告」2019年12月19日、自由民主党人生100年時代戦略本部「取りまとめ」2019年12月17日、公明党全世代型社会保障推進本部「安心の全世代型社会保障の構築に向けて(中間提言)」2019年12月18日、から引用。太字筆者。

財務省資料「社会保障について」によると、保険給付範囲の在り方の見直しとして、「長期にわたり介護保険給付の増加が見込まれこれを踏まえれば、要介護度・要支援度の軽重にかかわらず同じ保険給付率となっている制度を改め、『小さなリスク』について、より自助で対応することとすべき」とし、医療保険改革と併せ、介護保険からも「小さなリスク」は保険給付から除外する方向性を明確にしています。

年金制度改革の行方

全世代型社会保障検討会議第1回会議において、中西委員は、より多くの方が年齢に関わりなく活躍できるよう「年金の受給開始年齢の弾力化」をすべき、と発言。また、櫻田委員は、年金改革を「支え手の拡大を、働き方改革とあわせて検討していく必要がある」と強弁しました。

また、「骨太方針2019」では、「高齢期における職業生活の多様性に応じた一人一人の状況を踏まえた年金受給の在り方について、高齢者雇用の動向、年金財政や再分配機能に与える影響、公平性等に留意した上で、繰下げ制度の柔軟化を図るとともに、就労意欲を阻害しない観点から、将来的な制度の廃止も展望しつつ在職老齢年金の在り方等を検討し、社会保障審議会での議論を経て、速やかに制度の見直しを行う」としています。

厚生労働省は、第10回社会保障審議会年金部会に年金繰下げ支給の根拠とされる高齢者の就労意欲の高さを示した資料を提出しました。同資料によると、「現在仕事をしている60歳以上の約8割が65歳を超えても、又は年齢にかかわらず働けるうちはいつまでも仕事をしたいという意向を持っている」こと、また健康度も「10~20年前と比較すると、5~10歳程度若返っている」ことを、繰下げ制度の柔軟化の根拠としています。

しかし、高齢者の労働意欲が高いことが、年金の繰下げ支給の理由として適切かは大いに疑問です。老齢年金あるいは収入が低く、生活費のために働かざるを得ないのが実態で、労働意欲の高さは「労働せざるを得ない生活実態の裏返し」と理解すべきです。

この間、高齢者世帯の貧困化が確実に進んでいます。厚生労働省の生活保護被保護者の調査によれば、2019年7月時点で生活保護受給世帯は162万9000世帯、そのうち約半数の約89万世帯が高齢者世帯、また、その約9割の81万9132世帯が一人暮らし高齢者世帯です。一人暮らし高齢者生活保護世帯は、2008年46万8390世帯(4~7月期平均)、2013年64万7317世帯(同期平均)ですから、確実に右肩上がりに増加しています。

2017年の老齢年金受給者実態調査によれば、老齢年金受給の一人暮らし世帯の家計は、年平均約240万円で、そのうち老齢年金受給額が約145万円と家計の約7割を占めています。また、4割の世帯が年平均収入150万円未満となっています。

これらの実態からも、高齢者の就労意欲が高いのは、収入を得るためやむを得ず働く姿であり、年金収入等で十分生活できるのであれば、無理を押して就労することはないでしょう。厚生労働省が社会保障審議会年金部会に示した高齢者の労働意欲の高さから、年金受給年齢の繰り下げを論ずるのは、事実の歪曲であり、削減ありきの結論を導き出すためのレトリックと言わざるを得ません(表4)。

表4 年金制度改革
表4 年金制度改革
出典:全世代型社会保障検討会議「中間報告」2019年12月19日、自由民主党人生100年時代戦略本部「取りまとめ」2019年12月17日、公明党全世代型社会保障推進本部「安心の全世代型社会保障の構築に向けて(中間提言)」2019年12月18日、から引用。太字筆者。

対抗軸としての社会保障改革の基本的スタンス

現在、社会保障は複雑に入り組み、財源も社会保険や税など統一性はありません。社会保障の将来展望を考える場合は、個別の制度だけを取り上げて考えるのではなく、社会保障制度を、生活保障、人権原理から鳥瞰し全体の整合性を勘案し論じることが肝要です。

例えば、年金制度を考える場合、現役時代の収入に連動することを強く求める方が多く、事実、比較的安定した職に長く就き、高い保険料を支払ってきた方にとっては、高齢期に年金が減額されることに大きな怒りを覚えることは理解できます。しかし、これほど不安定就労層が増えてきている現実を直視すれば、現役時代に連動し老齢年金額が算定されることにこそ疑問を持つべきです。当然、非正規雇用を生み出す「ルールなき資本主義」の是正も必要です。

また、年金収入に生活費全てを賄わせようとすること自体に無理があります。筆者は、かねてより、医療保険や介護保険における一部負担の廃止を訴えています。当然、現実には、一部負担が無くなるどころか、年齢ではなく能力に応じて負担を求める方向がますます強まり、老後の年金額が相当高くないと暮らせない実態があることは承知しています。

社会保障財源は、応能負担原則による税や社会保険料で賄うべきであり、サービス利用時の一部負担(利用者負担、患者負担、窓口負担等)は利用抑制の謗りは免れず、人権原理からは到底受け入れられません。

一部負担がない社会においては、老齢年金が生活費を賄う程度の水準であっても、誰しもが等しく医療や介護サービスを受けることが可能となります。

本稿において「中間報告」の検討を試みましたが、社会保障各分野の改革内容が、自民党の「取りまとめ」のコピーであり、首相肝いりで設置された検討会議が、自民党に忖度した形での報告しか出せなかったことは、今後「全世代型社会保障」が自民党と財界主導で改革される方向を示したものです。今年6月にも提出される「最終報告」の動向を注視しながら、国民的議論の下で人権原理による社会保障の構築を目指しましょう。

【注】

芝田 英昭

1958年福井県敦賀市生まれ。博士(社会学:立命館大学)。福井県職員、西日本短大専任講師、大阪千代田短大専任講師、立命館大学産業社会学部教授を経て2009年から現職。著書に『社会保障のあゆみと協同』2022年、『医療保険「一部負担」の根拠を追う』2019年、『新版 基礎から学ぶ社会保障』2019年、『高齢期社会保障改革を読み解く』2017年、編著に『検証 介護保険施行20年―介護保障は達成できたのか』2020年、共に自治体研究社。