【論文】コロナ禍2年目 地方自治をめぐる情勢と対抗軸(下)


コロナ禍2年目に入り、住民の命と暮らしを守るべき地方自治体の役割が問われています。これに対して、国は第32次地方制度調査会答申に沿った形で、デジタル化や市場化を最優先した制度や業務の改革、自治体政策を推進しつつあります。現局面における地方自治をめぐる情勢を俯瞰し、住民の福祉の向上を図るための対抗軸と展望を明らかにしたいと思います。

Ⅳ コロナ禍で浮かび上がった対抗軸と展望

地方制度改革をめぐって憲法を基準にした新たな対立軸が鮮明に

今政府が進めようとしている地方制度改革、とりわけデジタル改革を軸にした方向に対しては、憲法や地方自治を基準にした対立軸が鮮明になってきています。

一つは「自治体戦略2040構想」に対して全国町村会や全国町村議長会をはじめとして自治体関係者から猛烈な反発が出てきたことです。また、静岡県浜松市が水道民営化や区の地域自治組織の解体、区役所の統合を進めようとしたのに対して住民の抵抗が広がり、水道民営化に関しては保守系の議員も含めてストップをかけました。市長側はスーパーシティ構想に立候補し、新たな民営化、民間化を推進する中でせめぎ合いが続いています。

日弁連も、憲法と地方自治の視点から第32次地方制度調査会答申に対する意見書を提出し、加えて市町村合併の検証を行い、「自治体戦略2040構想」への批判を展開しています。

災害とコロナを経験し、本来あるべき地方自治体の像が見えてきた

併せて、政府が作ろうとしている地方自治体と国の関係性とは違う動向が、この間の災害とコロナ禍を経験する中で全国各地で生まれています、これが本来あるべき地方自治体の像を示しているのではないかと思います。

まず第一に、国の無能状態が明確になる中で、地方自治体の独自の役割、自律性が重要であることが明らかになりました。初期において最初の医療機関クラスターが発生した和歌山県では、当時の厚生労働省の指針よりも広い範囲でPCR検査を実施して、感染者を封じ込める先見性を発揮しました。和歌山県は、その後のワクチン接種でも早期に高い水準に達しました。その背景には保健所の統廃合を現場と地域の共同の取り組みで最少に留め、人口当たりの保健所数、保健師数は近畿地方トップ水準で地域の公衆衛生、医療を支えてきたことがあります。

また、昨年秋に東京・世田谷区の保坂展人区長が中心になりPCR検査を抜本的に広げて社会的検査を実施し、併せて国と東京都に対して予算措置を求めました。これが実現して全国に広がりました。この動きを見ていると、半世紀前の四日市公害(三重県)を思い出します。保守系だった当時の四日市市長が自治会連合会や医師会の要求に基づく患者救済策を独自に作りました。これが全国の公害自治体と連携することで法制化につながっていきました。最も困難な問題は地域の現場でおこります。政治信条とは関係なく、住民の命と暮らしを守るということでこのような対策が行われ全国化していった一つの例です。

さらに、地方自治体の独自の取り組みが多様に広がっていきました。自治体内の全ての医療施設に対して支援策を講じた市町村の数は昨年11月段階で100近くになりました(全国保険医団体連合会調べ)。コロナ禍で経営に苦しむ地域の中小・小規模企業に対して休業補償を行っている自治体は昨年10月時点で358です(全国商工団体連合会調べ)。これらの政策の実現のために、多様な医療・経済・労働団体が声を上げ、施策を提案してきました。自治体独自に調査し、施策を立案したところもありました。例えば岩手県宮古市では、産業支援担当の職員が地域の現場を歩いて飲食店への協力金の交付の実態を聞く中で、タクシー・運転代行業も大変厳しい状況であることを知り助成の枠を広げました。

このような自治体独自の取り組みの広がりの中で、感染症予防各種給付事業における小規模自治体の優位性が明確になりました。特別定額給付金の交付をめぐっては、大阪市は昨年6月末時点でも3%の交付率でしたが、北海道東川町は、国の補正予算が通った日にはすべての人に10万円給付が行きわたるという実績を上げています。

さらにワクチン接種をめぐっても小規模自治体の優位性が目立ちます。昨年行われた小さくても輝く自治体フォーラムの中で東川町の松岡市郎町長が「適疎」という言葉を提起しました。適度の過疎です。人口の集中こそがこの新型コロナウイルス感染症の被害の大きな特徴で、むしろ人口が適度に少なく、しかも自治体と住民との距離が近い小さな自治体こそ住民の命と暮らしを守ることができ、持続可能な地域社会をつくることができることを実証しているのではないかと思います。

広域自治体や大都市部ではどうしたらいいのでしょうか。合併して広くなった新潟県上越市は、地域ごとにワクチン接種日を決めてそこへ住民に来てもらうようにしましたが、予約あるいは予約の変更を支所でできるようにしました。このことは、広域自治体での地域自治組織制度の重要性を改めて示しています。あるいは東京都墨田区では、地域住民の目線で区と医師会と保健所が連携することで、ワクチン接種が順調に進んでいます。

これらのことが示しているのは、ワクチン接種を含む行政サービスを住民にとって最も効果的に行うためには、市場化やデジタル化をすればいいわけではないということです。むしろ、三位一体改革で大きく削られた財源を元に戻し公務員の数や保健所の機能を再生していくこと、感染症病床を持った公的・公立病院の病床数を余裕のある形に戻していくことこそ最も大事なことではないかと思うのです。地方自治体が自らの科学的判断のもとにPCR検査をより拡大し、感染状況をより詳細に把握していく、そしてワクチン接種を含む防疫体制、医療体制そして福祉・介護体制の持続性を確保していくこと、併せて暮らしを維持するために産業・雇用の維持を図る政策を立案実施すること、これらを各自治体で行えるようにすることが必要です。

新たな政治・経済・社会への展望

そのような社会を私は「新しい政治・経済・社会」と呼んでいます。政府がいっている、感染症対策を自己責任によるものとして「新しい生活様式」を求めていくやり方でポストコロナを迎えてはいけない、むしろコロナ禍で教訓化した新しい政治・経済・社会を作り上げていくことが大事ではないかと思うのです。これまでの「選択と集中」やインバウンド重視、あるいは効率性の重視一本槍の政策では、住民の命を守ることができないことは明らかです。

では、どういう社会を目指すかというと、私は足元の「地域」に視点をおいて内部循環型経済をつくっていくことが、コロナから脱して新たな政治・経済・社会を再生していくための原点ではないかと思います。長期にわたって外出規制を強制される、あるいは人との接触ができない中で、地域の中を散歩する、あるいは近隣で助け合う取り組みがどの地域にも広がり、思わぬ地域の宝物あるいは地金経済の発見があちこちでありました。

例えばテナント料を引き下げて入居者の経営をサポートしようという不動産業者、学校が一斉休校になった時に旅館やホテルの空き室を子どもたちや住民に開放した宿泊業者、マスクやフェイスガードの製作をはじめた繊維・プラスチック加工業者などです。京都では、飲食店や宿泊業者と連携を図り、地元の顧客に京野菜を生かした京料理のおいしさをテイクアウト弁当で味わってもらう方向に転換した経営体も生まれました。

私は「連帯経済」と呼んでいるのですが、まさに自分たちが互いに助け合いながら地域内経済循環をつくり出すことによって、まずは狭い地域から再構築していく、それを感染拡大が収まっていく過程の中で広げていく、あるいは最終的には外国からのお客さんも迎えいれていく、こういう方向で取り組んでいくことが基本ではないかと思うのです。

連帯経済」は作り出していくもの

この地域内経済循環に関わって、一つの貴重な取り組みを紹介したいと思います。

京都府職労連の皆さんが、昨年、労働組合の取り組みとして商店街の訪問調査を実施しました。その報告会に私も呼ばれて参加しましたが、そこに京都三条会商店街振興組合の専務理事さんも参加されていました。この振興組合自身がまた素晴らしい取り組みをしていました。ここは200店舗からなる商店街です。飲食店はなかなかお客さんが入らずに売り上げも大きく減ったのですが、食品をはじめとする物販の小売店は比較的好調だったそうです。近隣にあるインバウンド観光客向けの商店街の商店が閉まり、そこを利用していた住民たちがこの商店街にやってきたのです。そこで、商店街振興組合は、組合員に対して5000円の金券を3回に分けて配りました。収益が上がっている店の経営者や従業員が、経営が厳しい状況にある飲食店で食事をするように促すことでお金の流れをコントロールしようとしたのです。組合の資金を活用した地域内経済循環の効果がまず挙げられます。もう一つはGoTo Eatの場合には現金化に随分時間がかかります。この商店街では1週間もあれば現金に換えることができる仕組みにすることで、現金が必要な事業者に対しての配慮をしました。こういう取り組みもあって、この間、200店舗ある店の中で廃業したのはわずか1店舗だけであると報告されていました。

この商店街などと連携して京都府職労連の若い労働者が聞き取りをやっているのです。この調査に参加した若い組合員は、自分たちの仕事の意味がわかったとか、商店街というものの役割がわかったと言っていました。買い物をする高齢者の健康を気遣って健康維持のための取り組みもしていました。政策を作る際にも重要な教訓になったということもありますし、実際に調査に入ることによって商店街の皆さんに励まされたのです。この「連帯経済」は自然にあるわけではなくて、こういう努力あるいは調査活動によってつくり出されていくものではないかと思います。

さらに全国的に見ると、中小企業振興基本条例がこの間ずいぶん普及しました。この4月、高知県で条例が制定され、制定自治体数は46都道府県、580市区町村になっています(全自治体の34・9%)。

条例を生かす取り組みとしては、帯広信用金庫と連携しながら中小企業振興を農商工連携で行っている北海道帯広市の例があります。コロナ禍のもとで昨年3月、早々に市のホームページ上で仮想のマルシェを設けました。地域内の農家も含めたさまざまな企業グループがテイクアウト弁当や商品を作り、それを地域の中あるいは地域の外に贈答品として売り出す手助けをしました。条例が未制定の自治体では、コロナ禍を機に条例制定を求める取り組みが広がっています。

けれども、例えば消費税は10%のままです。ヨーロッパのように付加価値税を引き下げるという決断をアベ・スガ政治はやっていません。やはり根本的に国の基本的な政治、政策を変える必要があるでしょう。当面、中小企業・医療機関の損失補償や消費税の減税、そして2023年10月から始まろうとしているインボイス制度の導入中止を実現して、大変苦しんでいる中小企業、小規模企業の経営と暮らしの再生、それを守る政策へと大きく転換していくことが必要です。

*インボイス制度:適格請求書(インボイス)保存方式。登録を受けた課税業者が発行するインボイスに記載された税額のみを控除することができる。年間売上1000万円以下の小規模事業者も消費税の課税業者になるか取引をあきらめるか値引きするか迫られるなど、事業継続に深刻な影響が出る。

Ⅴ おわりに

まず第一に、コロナ禍の中で足元から人間性を回復し、人々の命を重視する地域づくり・国づくりが、災害の時代そしてグローバル化が進む時代だからこそ求められていますし、それに対する共感の輪が広がっています。

第二に、地方自治体は「儲ける自治体」ではなく、憲法と地方自治法の精神に基づいて一人一人の住民の福祉の向上と幸福追求権を具体化するために、特にコロナ禍という災害局面においては公共の役割をきちんと果たすことが基本ではないかと思います。

第三に、このような取り組みを進めていくためには、住民と科学者、専門家の協力による調査研究活動のさらなる発展が必要不可欠です。とくに足元の地域を知る自治研活動あるいはまち研活動の重要性が高まっています。地域で、このような学びをもとにしながら地方自治体、国を主権者である住民のものにするための取り組みをいっそう強化する必要があるのではないかと思います。

「不断に」声を上げ続けることの重要性

とりわけ「不断に」声を上げ続けることの重要性を最後に指摘したいと思います。

今回の新型コロナウイルス感染症と同じような呼吸器感染症が100年前の日本で多くの被害を生み出しました。当時は「スペイン風邪」と呼ばれて40万人の人が3年間に亡くなりました。じつは同じ時期に米騒動が全国的に広がり、そして婦人参政権獲得運動も起こり、いわゆる大正デモクラシー期の社会運動や労働組合運動が全国展開していきました。この命の危機の中で人権、生存権意識が高まっていったのです。当時11人の子供が全員感染してしまった与謝野晶子が、「横浜貿易新報」という今の神奈川新聞の前身紙にコラムを書いています。1920年1月25日、スペイン風邪の第2波で死亡率が一気に高まった時の話です。「今、死が私達を包囲して居ます。東京と横浜とだけでも日毎に四百人の死者を出して居ます。明日は私達がその不幸な番に当たるかもしれませんが、私達は飽迄も『生』の旗を押立てながら、この不自然な死に対して自己を衛ることに聡明でありたい」と書いているわけです。

この時、最後の藩閥内閣である寺内正毅内閣が感染症対策の不備を追及されて倒壊しました。代わって誕生した近代政治史上初めての本格的政党内閣である原敬内閣の下で、都市計画法が制定されます。下水道も整備され、さらに失業対策や救貧対策、あるいは公設の小売市場、卸売市場、職業紹介所を作っていくことが大都市部で進められていきます。

このスペイン風邪の直後の1923年、関東大震災がおこります。この時、後藤新平内務大臣は帝都復興構想を建物と道路の整備を中心にして描きました。これに対して当時の東京商科大学(今の一橋大学)教授だった福田徳三が現地調査を踏まえて提起したのが「人間の復興」論でした。建物や道路ではなく人々の生活を再建すること、すなわち住宅そして営業の機会、働く機会、これこそが優先されるべきだという考え方です。じつはこの「人間の復興」論が、後の阪神・淡路大震災そして東日本大震災における「人間の復興」論へと進化・具体化していったわけです。

歴史的に見ると、このような人権・生存権意識の高まりが、戦後の憲法の規定につながったといえます。明治憲法という地方自治も民主主義も制限した体制の下でも、これだけのことができました。今私たちがしっかりと声を上げて命を守っていく、基本的人権も守っていく、さらに地域社会、国民の全てが幸せに生きていけるような社会を「連帯経済」を創りながら築いていくこと、これこそが求められているといえます。

そうなりますと、ソーシャルディスタンスという言葉も見直す必要があります。災害学の権威である室崎益輝先生が昨年5月21日の神戸新聞でコラムを書いておられます。その中で最後に語られている言葉がとても重要です。「人のつながりは生きる力。物理的な距離は離れていても、社会的な距離はより密にしなければならない」。そういう意味では、ソーシャルディスタンスをより密にしていくことこそ、災害としてのコロナ禍においては特に重要だといえます。孤立を克服し、皆さん方が関わっておられる地域・職場における人と人との関係性を密にしながら、このコロナ禍を克服して新しい政治・経済・社会をつくっていってもらいたいと思います。

その際に、特に自治体の職員の皆さんに、『住民と自治』2021年2月号で片山善博さんと私が対談した時の片山さんのメッセージを最後に紹介したいと思います。

「いま大変だと思います。国も自治体も上の方が長いものに巻かれる人が多いから。けれども、常に地域にとって、住民にとって何が大事か考えるようにしてください。結果的に、日の目を見ないことも多いでしょう。でも、まず現場から言わなければ物事は進みません。一つは住民のみなさんのためにこの政策はどうかという点検を常にする。もう一つは、政府や県がいろいろ言ってきた時に、それが法令にちゃんと適合したものかチェックをする。最近法律を無視したような政策がとても多いです」。「国や県から来た通知をそのまま真に受けて、自治体が最前線で法律に違反することをやっていることがあるんです。(中略)それが私は、現場に近いところにおられる職員のみなさんの重大な使命だと思います」。

この対談は自治体問題研究所のホームページで全文公開中です。前後も含めてこの言葉の意図するところを理解してもらいたいと思いますし、ぜひそれぞれの地域、職場のところでこれを具体的に実践していただきたいと思います。(おわり)

【参考文献】

*本稿は、第63回自治体学校の特別講演を6月11日に京都労働者会館で収録したDVDから文字起こしし要約した原稿を、講師が一部補正したものです。

岡田 知弘

1954年富山県生まれ。京都大学大学院経経済学博士後期課程退学。岐阜経済大学講師を経て2019年3月まで京都大学大学院経済学研究科教授。専攻は地域経済学、農業経済学。主な著書に『地域づくりの経済学入門 増補改訂版』『公共サービスの産業化と地方自治』(共に自治体研究社)など多数。