【論文】あらためて水道の民営化を考える


あらためて水道の民営化を考える

水道事業は公共の福祉を増進するためのものです。水道民営化は民間事業者の収益のためであり、地方自治体や地域住民のためではありません。そもそも水とは何か、営利企業にまかせていいのか、根本に立ち返った学習・議論が必要です。

水道を考える視点

(1)水はいのちの源

水道は、水を人の飲用に適する水として供給する施設です。水道法は、①水道の布設および管理を適正かつ合理的なものにし、②水道を計画的に整備し、③水道事業を保護育成することで、④清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、⑤公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的としています(水道法1条)。憲法の生存権(憲法25条1項)と公衆衛生についての国の責任(憲法25条2項)の規定を受けたものです。

地方自治体は、地域の自然的社会的な条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定・実施し(水道法2条の2・1項)、国は、水源の開発等水道整備の基本的かつ総合的な施策を策定・推進し、地方自治体・水道事業者・水道用水供給事業者に必要な技術的財政的援助を行います(水道法2条の2・2項)。下水道も、公共用水域の水質の保全を通して公衆衛生に資するべきものです(下水道法1条)。

水道事業は、簡易水道を除き地方公営企業とされ、企業としての経済性の発揮が強調されることがありますが、公共の福祉を増進すべきものです(地方公営企業法3条)。生存権や公衆衛生に直結するので、工業用水などは一部商品といえる部分もありますが、全体が商品であるということではありません。

2018年水道法改正と水道コンセッション

2018年に水道法が改正され、水道民営化がきわめてやりやすくなりました。主な内容と問題点は次の通りです。

(1)「関係者の責務の明確化」で広域化・民営化を推進

「関係者の責務の明確化」として、広域化・民営化を推進する趣旨の規程があります。ここにいう「基盤の強化」とは要するに、「経営改善」であり、経費削減となるおそれがあります。

(2)広域化のために「基本方針」「基盤強化計画」を定め「協議会」設置

国が広域化の基本方針を定め、これに基づき都道府県が「基盤強化計画」を定めることが「できる」、関係市町村・水道事業者は協議会を設けることが「できる」とされています。広域化はしばしば、民間事業者が参入しやすくするためにねらわれますし、地元の自然の水源の活用よりも遠方の水源や大型ダムの利用を優先するなど、不合理なものとなることがあります。

(3)適切な資産管理の推進

「適切な資産管理」の推進として、①水道事業者による維持修繕、②水道施設台帳の作成保管、③水道施設の計画的な更新、④水道施設の更新費用など事業の収支の見通しの作成公表、を進めます。資産管理はもともと必要ですが、民間企業の投資対象として検討材料提供の意味があり、資産管理の人員配置の不足などの問題が残ります。

(4)「官民連携の推進」

「水道施設運営権者」が水道施設運営等事業(コンセッション)を実施する場合には、地方自治体は、水道事業休止の許可(11条1項)を受ける必要がなく、また運営権者は、水道事業経営の認可(6条1項)を受ける必要がありません(2018年改正水道法24条の4 1項3項)。民間事業者の参入を容易にし、民間事業者の収益の確保や増大のために、経費削減や利用料金高騰が諸外国ではおきています。

(5)「指定給水装置工事事業者制度の改善」

民間事業者の参入規制が緩和されていたところ、質の低下が指摘されて規制強化をはかりました。

(6)2018年水道法の問題点

2018年の水道法改正は、①更新費用の不足や人材確保の遅れなど現在の水道事業がかかえる課題の改善にはつながりません。②国や都道府県がおろしてくる広域化方針により、地域の良好な水源の活用とは異なる、実情にあわない計画が作られるおそれがあります。③民営化により、水道事業が営利本位に変質し、更新費用の削減や料金の上昇がもたらされるおそれがあります。

(7)民間事業者の収益のための水道民営化

水道民営化はなぜ進められるのか、問われることがあります。地方自治体や地域住民にとってのメリットはなく、あくまで水道事業を通して収益をあげようとする経済界が、くり返し実現を求めてきたにすぎません。

「国内上下水道市場の現状と民間事業者の戦略の方向性」(三井住友銀行・2017年5月)、「法改正が促す『水道事業』の戦略的見直し」(公田明・みずほ総合研究所・2017年6月1日)、「水道事業のコンセッション方式PFIをめぐる論点と考察」(鈴木文彦・大和総研・2014年3月18日)などです。

しかし、水道民営化は、まだまだ急速に広がっているとはいえません。たとえば「公営企業の経営のあり方に関する研究会報告書」(総務省・2017年3月)

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01zaisei06_02000163.html)は、事例として、指定管理者制度(岐阜県高山市、広島県(株)水みらい広島)、包括的民間委託(福井県坂井市、石川県かほく市、宮城県山元町)、PPP/PFI(北海道夕張市、愛知県岡崎市)などを「公営企業の抜本的な改革等に係る先進・優良事例」として紹介してきましたが、依然として地方自治体の取り組みは一部にとどまっています。これは、地方自治体と住民のなかに公営水道を擁護する意見が根強いことを示しています。

各地の動き

最近の各地の動きをいくつか紹介します。

(1)大阪市の設備更新の民営化についての業者辞退

大阪市で水道管交換の民営化をはかろうとしていたところ、採算が取れないと業者が辞退する事態となりました(『読売新聞』2021年10月1日付など)。

大阪市は政令市の中でも水道管の老朽化が進んでいるといわれていますが、2022年4月を目標に、水道管交換事業を民間移譲する計画でした。ところが、大阪市の公募に応じた事業者2グループが、2021年9月の時点で、いずれも採算が取れないと判断して辞退したとのことです。大阪市内の水道管(全長約5100キロ)のうち、40年の耐用年数を超えて「老朽管」といわれる率は51%(2021年3月時点)であり、老朽水道管の破裂などの事故も毎年100件以上発生しているとされています。

事業ごとに発注する従来の手法では25~30年かかりますが、大阪市はコンセッション方式を導入して2022年度からの16年間で計1800キロ以上の水道管を交換しようとしていました。事業計画の策定から施工までを一括して民間事業者に移譲し、入札の手間を省いて、更新作業を加速し、2037年度までに老朽管の率を34%に下げることを目標にしていました。

大阪市は、16年間で事業費の総額を上限3750億円と想定していましたが、応募していた2つのグループとも、全体の企画調整にかかる費用なども含めて見積もりをすると、採算が取れないと判断したのです。

これは、公営では設備更新が進まないとか、民間事業者にゆだねれば進むというものではなく、地方自治体が設備更新のための財源をしっかりと投じなければ設備更新は進まないのだということを示しています。一部では、設備更新の財源に苦慮する地方自治体に対して、民間に任せればできる、などの考え方を流布する動きもあります。しかし民間事業者は、自らの利益や役員報酬も確保しなければならないのであり、民間にゆだねることで設備更新の財源が得られるということはありません。民間にゆだねれば国が支援するという施策は、憲法の定める生存権保障と公衆衛生についての国の責任にはそぐわないものです。財政力の乏しい地方自治体の水道設備更新の財源は、国が水道法の理念にしたがって財政的支援をすべきです。

(2)宮城県

宮城県は2021年12月6日、水処理大手「メタウォーター」など計10社が出資した「みずむすびマネジメントみやぎ」(仙台市)に上下水道と工業用水の運営権を設定する契約を結びました。県を単位として水道事業運営権を民間事業者に売却する契約は、宮城県が全国初の事例です。「みずむすびマネジメントみやぎ」への運営権の設定は、20年間で、対価は10億円です。

対象は、県企業局が所有する、大崎広域水道用水供給事業、仙南・仙塩広域水道用水供給事業、仙塩工業用水道事業、仙台圏工業用水道事業、仙台北部工業用水道事業、仙塩流域下水道事業、阿武隈川下流流域下水道事業、鳴瀬川流域下水道事業、吉田川流域下水道事業、の9つで、民間企業による運営事業は、2022年4月からスタートします。

運営会社である株式会社みずむすびマネジメントみやぎ、維持管理会社である株式会社みずむすびサービスみやぎと、株主企業(メタウォーター株式会社、ヴェオリア・ジェネッツ株式会社、オリックス株式会社、株式会社日立製作所、株式会社日水コン、株式会社橋本店、株式会社復建技術コンサルタント、産電工業株式会社、東急建設株式会社、メタウォーターサービス株式会社)のそれぞれが、収益をあげて、利益配当を確保していくことになります。宮城県知事は、民営化により337億円のコストが削減できると説明していますが、実現する見通しはありません。

公共施設等運営権実施契約書(https://www.pref.miyagi.jp/documents/35976/keiyakusyo.pdf)には、次のような特徴があります。

①膨大な量の契約書ですが県民の負担が抑えられる保障はありません。契約書は、本則116条、別紙を含めて123ページです。契約書の検討には、法務として膨大な時間と費用を必要とします。その「第10章 リスク分担」には、水量または水質の変動(59条)、不可抗力による増加費用および損害の扱い(65条)、突発的な事象による増加費用および損害に関する特則(65条の2)など、事情の変化に応じて県と県民の負担が増える規定があります。協議する規定がいくつか定められていますが、県は事業者にしたがわなければ事業ができないので、事業者主導の協議となることはまちがいありません。

事業についての反対運動や訴訟等について民間事業者に損害が生じたときは、県が負担します(61条)。住民運動を敵視する異常な規定です。

②「第11章 適正な業務の確保」についての規定がありますが、セルフモニタリング(68条)、県および経営者審査委員会(69条)でどれだけ実効性があるのかは、心もとないものです。実際に英国の例では、設備更新を行政が指導しても、費用の支出を減らした例もあります。運営権の行使を停止できる場合(71条)は、PFI法29条(…偽りその他不正の方法により公共施設等運営権者となったとき…開始しなかったとき。…実施できなかったとき、…公共施設等を他の公共の用途に供することその他の理由に基づく公益上やむを得ない必要が生じたとき)のみです。

③利用料金は、県が関与して決まります(54条~55条)。しかし、臨時改訂(56条)や、契約水量の変動、動力費の変動、などのときに、通知の上協議することとされ、この協議において県は民間事業者にしたがわざるを得ませんし、どのような情報を開示するかも事業者の判断にゆだねられます。

④情報公開は不十分です。「運営権者は本契約締結後速やかに当該情報公開取扱規定を公表する…」とされます(109条)。しかし、業務が関連会社に委託されることも予想され、不十分なまま、事業者にとって都合のよい情報のみが開示されることになるおそれが大きいものです。

宮城県の水道事業運営権を獲得した「みずむすびマネジメントみやぎ」の中核企業であるメタウォーターは、国内の企業ですが、フランスのヴェオリア・ウォーター社の傘下にある、ヴェオリア・ジェネッツ社が、議決権株式の51%を保有しています。フランスの水会社の意思にしたがった運営がされることになります。

(3)東京水道株式会社

東京都は、東京水道株式会社への委託を広く進めています。この会社は、東京水道サービス株式会社と株式会社PCとが合併したものです(2020年2月14日発表)。

東京水道サービスは、東京都の政策実現の一翼を担う政策連携団体と位置付けられており、利益を追求する純然たる株式会社とはその性質が異なりますが、東京都の出資は51%であり、株式の民間事業者への売却などが行われるおそれもあります。

東京都の水道は、2018年に近代水道創設120周年を迎え、世界最高水準の技術を有しているとPRしています。東京水道株式会社は、水道施設の管理、浄水施設の管理、水道に関するコンサルティング・調査、技術開発、水道資器材の管理・販売などを行っています。さらに、技術やノウハウを活用した海外への技術援助もするとしています。すでにミャンマーやマレーシアなどの地域で水道施設の整備・管理を実施しています。

しかし、東京都にも水道事業を担える人材と体制は必要不可欠であり、職員の採用育成など、すべてをこの会社にゆだねるのではなく、東京都として水道事業を担える人材体制の整備も必要です。

東京都水道局の業務の発注は、入札等の地方自治法による規制がありますが、株式会社の発注が公正なものであるのかは、検証が必要です。この種の外郭団体は、しばしば事業所について高額な家賃を負担したり、高額な役員報酬を用意して天下り先と批判をされる事態もありますので、家賃の負担や役員報酬も含めて、政策団体にふさわしい監視と検証が必要です。

さらに、他の地方自治体からの業務の受注や海外からの受注も、監視と検証が必要です。人道的にみて、他の地域や他の国への技術的な支援は、一律に批判されるべきものではありませんが、他の地域や他の国の基本的人権の保障にかかわる水道事業について、この会社が大きな収益をあげることになれば、それはその地方自治体やその国の住民にとっての負担となります。逆にこの会社が収益をあげない形態での技術支援になれば、それは東京都の損失となります。本来こうした技術上財政上の支援は、水道法にしたがって国の責任で行うべきものであり、慎重な検討が必要です。

終わりに

公共サービスには、①専門性・科学性、②人権保障と法令遵守、③実質的平等性、④民主性、⑤安定性、という5つの視点が必要です。この視点から考えると、いのちの源である水道について、収益本位の営利企業にゆだねる必要性はまったくなく、かえって経費節減により施設の不備を生じたり、料金の上昇がもたらされたりするおそれが大きいものといえます。

すでに海外では、水道の民営化について、利用料金の上昇や水質の悪化などが報告されており、英国やフランスの水資本の進めてきた民営化を中止して、再び公営化する例も多く報告されています。英国の会計検査院や下院は、PFIを検証し、財政を節約する積極的な効果があるという証拠は得られなかったと結論づけました。これを受けて英国では、労働党だけでなく保守党も、新たなPFIは導入しない方向だといわれています。こうした中でわが国が、これから新たに水道の民営化やコンセッションの導入を進めることには、大きな疑問があります。

わが国でも、住民の運動がある地域で、水道の民営化やコンセッションを進めさせず止めている例もみられるようになっています。多くの地域で、そもそも水とはどういうものなのか、営利企業にまかせてよいのか、水道設備の維持更新は、地方自治体が自らの財政力で負担すべきものなのか、という根本に立ち返った学習や議論が必要だと思います。

【参考文献】*いずれも拙著・拙稿

尾林 芳匡

1961年生まれ、八王子合同法律事務所。著書に『自治体民営化のゆくえ―公共サービスの変質と再生』(2020年)。共著に『TPP・FTAと公共政策の変質』(2017年)、『行政サービスのインソーシング―「産業化」の日本と「社会正義」のイギリス』(2021年)。共編著に『水道の民営化・広域化を考える』(2018年)(いずれも自治体研究社)。