【論文】新たな国土計画としてのリニア中央新幹線とスーパー・メガリージョンを問い直す


新たな国土計画としてのリニア中央新幹線と
スーパー・メガリージョンを問い直す

新たな国土計画としてリニア中央新幹線とスーパー・メガリージョンが示されています。そのような国土計画が何をもたらすのか、そもそも実現可能なのかを考えます。

リニア中央新幹線の整備
=全国的な鉄道網の放棄

1987年4月に日本国有鉄道が、6つの地域別旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社に、分割民営化されました。いわゆる国鉄分割民営化です。本州にあるJR東日本、JR東海、JR西日本と、それ以外のJR北海道、JR四国、JR九州は収益力が異なります。特に、東海道新幹線を引き継いだJR東海は、在来線の営業キロ数が少なく、収益性が高くなっていました。ただし、東海道新幹線は飽和状態に近く、老朽化も進んでいます。そこで新たな収益路線を確保するために動き出したのが、リニア中央新幹線です。2007年に、東京─名古屋間の総事業費は5・1兆円と発表され、全額JR東海負担で建設するとしていました。私鉄が全額自己負担で整備する新線としては破格の事業費です。ただし、リニア中央新幹線単独での資金回収は難しく、東海道新幹線の改善(駅の増設など)を進め、両路線で資金を回収するとしていました。

その一方で、ローカル線の維持が困難になっています。JR西日本は2022年4月に「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」を公表しました。ここで輸送密度1日1キロメートル当たり2000人未満の30線区を発表しました。JR北海道は2016年11月に「当社単独では維持することが困難な線区について」を公表しています。そこで「維持することが困難な線区」とされたのは13線区、1237・2キロメートルです。「維持することが可能な線区」は11線区、1150・7キロメートルです。ただし、11線区には第3セクターで維持する2線区(204・5キロメートル)、北海道新幹線(360・3キロメートル)が含まれています。それを除くと、「維持可能な線区」は既存路線の32・1%です。

国鉄時代は、新幹線や都市部での収益でローカル線を維持していましたが、国鉄分割民営化によってそれが困難になりました。ただし、分割民営化後もローカル線は各JRが基本的に維持するとされていたため、本州の3社は新幹線や都市部で上げた収益を、ローカル線の維持にある程度回していました。それ以外の3社は、安定的な収益を上げるのが困難であり、経営安定基金の運用益でローカル線を維持してきました。

リニア中央新幹線の全線(東京─大阪)開通は早くて2037年、想定される事業費は約9兆円です。3兆円の財政投融資が充てられますが、必要な財源はJR東海が自前で確保します。財政投融資の完済は2046年で、それまでの間は、収益の大半をリニア中央新幹線の整備費と借金の返済に充てることになり、ローカル線の維持に回す余裕はほとんど無くなるでしょう。

JR東海が東海道新幹線の運用益を使ってリニア中央新幹線を整備することは、「新幹線、都市部での利益→ローカル線の維持」という根本原則を見直すことになります。JR西日本がローカル線のあり方を問題提起したのも同じ考えです。今後、JR各社は「新幹線、都市部での収益→新幹線、都市部での整備」に変更し、「ローカル線は廃止」という方向性を強めるでしょう。一方、JR北海道が2/3以上の路線を維持できないと公表したことは、ゼロ金利政策の下では経営安定化基金の運用益は期待できず、各種の財政支援があったとしても、大半のローカル線をJRが単独で維持するのは困難である事を表明したと言えます。

政府がリニア中央新幹線の整備を認めたということは、全国的な鉄道網の維持を放棄し、新幹線、都市部の幹線重点化を宣言したといえます。人口減少時代を迎えた民間企業としては当然と言える選択であり、国鉄分割民営化の帰結です。

リニア中央新幹線による
スーパー・メガリージョンの形成

国土交通省は2014年3月に「国土のグランドデザイン2050」を発表しました。そこでは「リニア中央新幹線が三大都市圏を結び、スーパー・メガリージョンを構築」し、国土構造に変革をもたらすと書かれました。リニア中央新幹線は、東京─大阪を67分で結ぶため、東京─大阪の移動は、都市内移動に近いものになるとしています。この東京、名古屋、大阪の三大都市圏が一体化され、一つの大都市のようになったものをスーパー・メガリージョンと呼んでいます。

図 スーパー・メガリージョンの形成により実現が望まれる将来の姿

国土のグランドデザインは、日本の人口が長期的に減少することに危機感を持って作られ、人口の減少に対応してコンパクトな国土を作るべきだとしています。国土全体ではスーパー・メガリージョンに集約し、地方では地方中心都市に集約し、農山村では小さな拠点に集約するという考えです。

ただ、スーパー・メガリージョンは縮小ではありません。スーパー・メガリージョンは人口6000万人を超える世界最大の大都市圏となり、「圧倒的国際競争力を有する…(中略)…国際経済戦略都市」(「国土のグランドデザイン2050」)になるとしています。三大都市圏の個性が新たな時代にふさわしい形で融合することで、新たな価値を創造するなどと書かれていますが、なぜ圧倒的国際競争力を有するのかは分かりません。

「国土のグランドデザイン2050」が作成された2014年時点で、東京都市圏の人口は3490万人で世界1位、2位が中国広州で3230万人、3位が上海で2940万人です。そのため、スーパー・メガリージョンという一つの大都市圏ができれば、世界中の大都市圏を凌駕する人口規模になります。世界的には人口がまだまだ増えますが、日本は人口が減ります。そのような時代に、リニア中央新幹線を整備することで、世界1位の巨大都市圏を形成できるとしています。スーパー・メガリージョンについて抽象的なことはいろいろと述べられていますが、明確なのは世界の大都市圏の中で圧倒的な人口規模を誇る巨大都市圏の整備であり、このことが国土構造を変革するという意味だと思います。

なぜスーパー・メガリージョンか

2011年5月に交通政策審議会から、中央新幹線を整備すること、走行方式はリニア方式にすること、南アルプスルートにすること、営業主体、建設主体はJR東海にすることとした答申が出ました。先に見た「国土のグランドデザイン2050」が策定されたのは2014年4月です。そしてこのグランドデザインを元にした第2次国土形成計画(全国計画)が、2015年8月に閣議決定されています。第2次国土形成計画の理念はコンパクトとネットワークであり、その中心はリニア中央新幹線によって形成されるスーパー・メガリージョンです。

このスーパー・メガリージョンには二つの意味があります。一つは、JR東海の事業であるリニア中央新幹線を国家的プロジェクトとして位置づけることです。第2次国土形成計画の中心がスーパー・メガリージョンであり、それを実現する方法がリニア中央新幹線ですから、リニア中央新幹線の整備はまさに、国家的プロジェクトとなります。そして2016年7月に、リニア中央新幹線の整備に対して3兆円の財政投融資を行うという方針が示されました。もともとJR東海が全ての財源を確保する計画でしたが、リニア中央新幹線が国家的プロジェクトに位置づけられたことで、財政投融資への道が開けたと言えます。

もう一つは、人口減少時代における新たな国土像を示すことです。20世紀には5回の全国総合開発計画が策定されました。各々内容は異なりますが、文言上、目指していたのは「国土の均衡な発展」でした。ところが小泉構造改革の下で、「国土の均衡な発展」の旗が降ろされ、2005年に全国総合開発計画を国土形成計画に変えることが決まりました。そして2008年7月に国土形成計画が閣議決定されました。国土形成計画は「全国計画」と8つの「広域地方計画」からなります。ただし全国計画では、それまでの全国総合開発計画のような具体的な国土の姿、具体的な開発方式は示さず、抽象的な内容に終始していました。当時検討されていた道州制とも関係し、具体的な内容は道州の範囲と重なる「広域地方計画」に委ねました。その後の2015年8月、第2次国土形成計画(全国計画)が閣議決定されました。2008年の国土形成計画とは異なり、国土の具体的な姿とその方法が示されました。それが今まで見てきたように具体的な姿としてはスーパー・メガリージョンで、それを実現する方法がリニア中央新幹線です。

スーパー・メガリージョンは
形成されるのか

さて、リニア中央新幹線が整備されると、三大都市圏が一つの大都市圏になるのかどうかを考えます。都市圏の定義は様々ですが、国勢調査での都市圏は、中心市への通勤・通学者数(15歳以上)の割合が当該市町村の常住人口の1・5%以上です。この定義で、大阪都市圏、名古屋都市圏が、東京都市圏に位置づけられるイメージを考えます。

大阪都市圏(大阪府、京都府、兵庫県、奈良県)の人口は1806万617人。この1・5%は27万1000人です。名古屋都市圏(愛知県、岐阜県、三重県)の人口は1118万9525人。この1・5%は16万8000人です。合計すると43万9000人以上が、東京都市圏に通勤・通学することになります。仮にこの43万9000人のうち半数が6時~9時の間にリニア中央新幹線で東京都市圏に通勤、通学するとしたら、3時間の利用者は22万人です。リニアの1編成あたり提供座席数は1000人です。乗車率を80%、その80%が通勤・通学者だとしたら、3時間で344編成を走らせる必要があります。そうすると朝の通勤時間帯はだいたい30秒間隔でリニアが走ることになります。ちなみに、東京の山手線は最短2分40秒間隔で運転しているようですが、その5分の1程度の間隔でリニアを運行しなければなりません。一般的な都市圏のイメージを達成するのは物理的に不可能です。

また、リニア中央新幹線の料金は、のぞみよりもやや高く設定されます。そのような価格で通勤・通学できる利用者は限られるでしょう。確かに、リニア中央新幹線を利用して、大阪から東京に通勤する人もいるでしょう。また、週の大半は大阪で働き、1日だけ東京本社に通勤する人もいるでしょう。しかし、そのような人は限定的です。

だいたい、大阪と名古屋は新幹線で48分で結ばれていますが、一つの都市圏になっていません。また、東京や大阪から1時間以内のところに新幹線の駅は多数あります。にもかかわらず、新幹線を利用している人のうち、利用目的を「通勤・通学」と答えた人は、東海道新幹線で1%、山陽新幹線で1・6%です(JR東海、JR西日本「新幹線ユーザープロファイル調査2017」)。東京、大阪、名古屋の三大都市圏が、リニア中央新幹線で一つの都市圏になるというのは幻想です。

時代錯誤な
スーパー・メガリージョン

このスーパー・メガリージョンという考えには、大きな問題があります。一つは、人口が巨大であれば世界との競争に勝てるという20世紀型発想であり、時代錯誤な考え方だということです。世界的には情報化が急速に進んでいます。GAFAが出現し、国際的な環境が一変しました。国際標準となるプラットフォームを築くことで、国際規模で市場を確保することができます。膨大なデータがビッグデータとして蓄積され、それをAIが分析しています。職場レベルでは、対面とリモートをどのように組み合わせるのか、どの部分は人間が担い、どの部分は機械が担うのか等が検討されています。生活レベルでも、さまざまなWeb環境を整えることで、労働と生活をどのように組み合わせていくのか等が模索されています。

もちろん、いま進められている情報化の動き、DXの動きを無批判に肯定的に捉えるべきではありません。しかし、情報化という大きな変化を市民生活の向上、地域経済の発展にどう生かすべきか、そのためにはどのような仕組み作りが重要かを考えるべきです。そのような時代に、巨大都市建設を進めるという考えは、明らかに時代錯誤です。

もう一つは、大都市圏が発展すればその恩恵が地方都市に回り、さらに農村にも及ぶという考え方です。第2次国土形成計画ではこれを「対流」とよんでいます。しかしこれは経済におけるトリクルダウン理論、大手企業が栄えればその恩恵は中小企業、さらに零細企業にしたたり落ちてくるという考え方の地域版です。人口が増え続けた20世紀ですらこのような考え方は成立しませんでした。21世紀は人口が減ります。そのような時代に、東京圏を中心とした三大都市圏重視の国土計画を進めると、20世紀以上に地方の衰退が進むでしょう。スーパー・メガリージョンはリニア中央新幹線と同様、地方切り捨ての政策です。

さいごに

リニア中央新幹線とスーパー・メガリージョンは、人口減少時代に対して政府が示した新たな国土計画です。20世紀の後半に繰り返し進められ、破綻し続けた全国総合開発計画が、装い新たに動き出したと考えるべきです。しかし、リニア中央新幹線を整備すれば三大都市圏が一体化されスーパー・メガリージョンが形成されるというのは幻想です。一方、そのような時代錯誤の政策を進めますと、環境破壊、地方の疲弊、全国的な鉄道網の崩壊など、20世紀の全国総合開発計画よりも深刻な影響をもたらすでしょう。そうではなく全国的な鉄道網と公共交通網、多彩な歴史や文化を持つ日本の地方を守り、発展させるような交通計画、国土計画を確立すべきです。

中山 徹

1959年大阪生まれ。京都大学大学院博士課程修了。工学博士、一級建築士。主な著書に『人口減少と大規模開発』2017年、『人口減少と公共施設の展望』『人口減少時代の自治体政策』2018年、いずれも自治体研究社。