【論文】再開発で「行き場を失う高齢者たち」―問われる「公共の福祉」

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空前の再開発ブームの中で高齢者が行き場を失っています。今日の再開発での実情を見すえながら、どうすれば高齢者の人権が守れるか、何が課題かを考えます。

お部屋が半分になってしまう

Aさん、83歳、一人暮らしの女性にお目にかかりました。再開発(市街地再開発事業のこと、以下同)で追い立てが迫られている方です。

これまで分譲マンションの南向き6階のお部屋に40年ほど暮らしてきました。お部屋は44床平方メートルで、ダイニングキッチン、リビング、ベッドルームに納戸がありました。ご高齢ですが、頭脳明晰で快活、大谷翔平やら玉三郎の追っかけもやっておられる元気な方です。たいへん憤慨しておられました。

ある日、再開発を進めようとするデベロッパー社員がやって来て、「古い分譲マンションから『持ち出しなし』で真新しいタワーマンションに入れる」「とてもいい話です」と言うのです。しかしよくよく聞いてみると、Aさんの場合は、40年を経たマンションの事前の査定が○○ポイントになるので、それと同じポイントで「新しくなる分、狭くなります」「22床平方メートルです」というのです。なんと! これではベッドを置くお部屋もなくなる、「そんな話は納得できない」と返事したところ、「ならばマンションの低層部分はお安くしておきますよ、35床平方メートルです、ただ、これは権利者用のもので数に限りがあり、必ず入れるとは限りません」とのこと。Aさんが「今と同じ面積でないと困る」と主張したら「1500万円出して下さい」とも言われたというのです。憤懣ふんまんやるかたないという感じでした。

Aさんは、長年このまちで暮らしてきました。なんでここを立ち退かなければならないのでしょうか。周辺の建物と一体でタワーマンションにする再開発だそうです。私から頼んでもいない話に、私の部屋を削ってどうして協力しなければならないのでしょうか。年季が入っているとはいえ、南向きの閑静なマンションで静かに暮らし続けたいという、まことにもっともな思いです。

都市計画決定で「公共の福祉」のお墨付き

この話は、再開発が目白押しの品川区内の一つのエピソードです。同区では、次々と古いマンションが再開発に巻き込まれようとしています。品川区が再開発の都市計画決定をしますが、この都市計画の決定とは、品川区がこの再開発は「公共の福祉」を増進するものと判断しお墨付きを与えることです。

どんなデベロッパーでもこの都市計画決定、「公共の福祉」増進(都市計画法第一条)のお墨付きを得ることなしに再開発をすることができません。

公共の福祉

▼憲法第二十九条2

財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

▼都市計画法第一条

この法律は、…都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより…もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。

▼都市再開発法第一条

この法律は、…再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。

また都市計画決定を受けてはじめて、①特別に高い大きな建物が建てられ、②人さまの土地建物を強制的に動かす行政処分権を得て、③莫大な補助金が得られます。

デベロッパーがたんに営業活動、事業活動を展開するだけでは、再開発はできないのです。

都市計画決定にふさわしいものなのか

これまで区画整理なり再開発の住民運動の経験では、この事業が「公共の福祉」の増進なのか否か、公共性を厳しく問うてきました。公共性をはかる視点には、地域や自治体によってはいろいろな要素が考えられますが、さしあたり、

①ほんとうに地元住民の要望、市民の要求に適った都市計画か、

②住民、市民にしっかり情報公開をして、住民、市民の合意のもとにすすめてきた都市計画か、

③いろいろな都市計画とのバランスもしっかり考慮されているか、

④他の行政施策にまして優先順位が高く、重点的にすすめるべきなのか、

⑤地球環境危機の時代、環境に十分配慮したものか、

といった点が議論されてきました。これらの点は、戦後の国民主権をうたう憲法や地方自治法の理念をふまえ、それぞれの地域の自治で豊かに発展させなければならないことです。たんにおかみが決めたから公共性があるという戦前の発想であってはなりません。

2度引っ越し、5年はかかる

高齢者にとってみれば、部屋を半分にしてまで新しい住宅床を確保する必要性はあまり考えられません。

かつて、再開発にしても区画整理にしても開発事業にあえて反対ではないけれど「生活空間の削減」は困る、ということは切実に語られてきました。そこで再開発であれば、「」を実現してほしいという要求がよく出されていました。

*:等床とうしょう交換:再開発前と同じ面積の床の権利交換。生活空間の削減をさせない生存権の要求。

とうしょうこうかん

仮に「等床とうしょう交換」を実現したとして、それがその後すぐに転売されたときは、それなりの値段になるから「」でなければならないという反論もありそうです。しかし同じくらいの生活空間を保障して欲しいというのは、ささやかで、あたりまえの要求です。床が新しくなったからといって「住みやすさ」は実現しないのです。

等価とうか交換:再開発の原則。再開発前の土地建物と同じ価額のビル床を渡す。

いざ事業が始まったとしても、高齢者にとってみれば、今度は、2度も移転を迫られる再開発にはたいへんな負担が伴います。都市計画決定から再開発の一連の手続きを経て工事着工まで2年、それから竣工まで3年と、最短でも5年はかかります(図)。

図 再開発は5年かかる

工事着工時点でいままでのマンションを明け渡して、仮の住居に引っ越しを迫られます。この引っ越し代やら引っ越し先のマンションの家賃は補償されるとしても、高齢者に貸してくれる家主はいるのでしょうか。高齢者にとっては財産であるこれまでの人びととのつきあいが断たれてしまうことも大打撃です。友人の近くに仮住居を見つけることも大事な要素です。かかりつけの医院からも遠からず、よく買い物に出かけたお店にも近く、日々ひなたぼっこをした公園からも離れず、ということも考えなければなりません。

一人暮らしの高齢者に仮住居を自分で見つけろということ自体が過酷で難しい要求であるのが現実です。再開発組合やデベロッパーがそこまで手をつくす話は聞かれません。カネをやるからとにかく出ていけという話ばかりなのです。家族や親類縁者になんとかおっつけようとする話も聞かれます。

文字通り「行き場を失う高齢者」なのです。

「住民を犠牲にしない」は都市計画決定権者の責任

自治体が再開発の都市計画決定をするということは、以上のことも考慮しなければなりません。自ら都市計画の決定権者として「公共の福祉」の増進となるよう施策を用意する義務がある、というべきだと思います。自治体が自ら「相談窓口」を開き、自治体の住宅部門、保健・福祉部門などさまざまな部門と連携プレーで、しっかり一人ひとりていねいに対応するべきことなのです。かつての時代は、住民運動に応じて地元自治体などが都市計画決定の責任を果たそうとしていました

デベロッパー主導の組合施行再開発であっても、地元自治体がしっかり対応することで高齢者の生活再建への道が切り拓かれるのではないでしょうか。

練馬区土支田どしだ区画整理での経験

筆者は『住民主権の都市計画』(自治体研究社、2019年)の第5章で練馬区土支田どしだの区画整理の清算金貸付条例の事例を紹介したことがあります。仮に区画整理での宅地の処分価値が上がるとしても、住民が住み続ける限りは、負担(清算金)を免除する制度です。ただし相続人も含めて、住み続けないで20年間以内に住宅地を処分する場合は負担を求めます。ここに「住み続ける利用価値」と「処分するときの処分価値」を区分けして、定住を促進する意図があったと思います。これまでの区画整理が、この区分をせずに、道路が整備されたから宅地の価値が高まった、その分を負担()せよ、さもなくば清算金を支払え、という乱暴なしくみを修正させたものだと思います。

減歩げんぶ:土地区画整理事業で道路が整備されるから土地の価値が上がるとして土地の一部を提供するよう求められること。提供できない場合は代わりに清算金を求められる。

古いマンションが新しくなるからといって、部屋が半分でよいという再開発の「等交換の原則」だけでは、住民は多大な犠牲を強いられます。「等交換」要求は、常識的で当然の要求なのです。事情があって処分せざるを得ない場合は増加の価値分を負担すればよいのです。そのあたり国や自治体の政策検討が切実に求められています。

生活再建措置を豊かなものに

地区外の借り上げ公共住宅、保留床、権利床に高齢者対応の公益施設の整備を

「公共の福祉」増進に寄与し、名実ともに必要な公共性のある再開発であるならば、都市計画決定権者である地元自治体は、多様なメニューを考えなければならないと思います。ごく近くに自治体が「借り上げ公共住宅」を用意することも必要です。仮住居として用意する場合や、転出高齢者用の住居として用意する必要性もあります。

再開発地区からの転出の場合は、一代限りで、それまでマンション居住に要していた経費程度の家賃で賃貸住宅を提供することも考えられるのではないでしょうか。高齢者からみれば、転出で処分するときの補償を当面現金で保有して、将来の老人ホームなどへの入居準備の貯金としたいと考えるかも知れません。その場合、税制上の対策をどうするかも大事な検討項目にもなるでしょう。

今日の再開発は、ビルの大半をデベロッパーの事業用の床、民間分譲マンションなどにしています。しかしそれだけではなく、将来の高齢者の暮らしの要求を見すえて、自治体が床を買い上げて、「高齢者対応の公益施設」をつくること、グループホーム、公共賃貸住宅、ケア付き大浴場など、自治体が都市計画決定責任を果たす上で考えるべきことは山ほどあります。

これらの要望を自治体に出すと、再開発関係だけ優遇して不公平になるという弁解があるかも知れません。

しかし、こうした要望の実現は、その再開発が「公共の福祉」増進を進める場合の最低限の保障です。地元住民の犠牲の上に都市計画事業が進められていいはずはありません。再開発の優先度が高く、他の施策よりも緊急性が高いから都市計画決定をするというのですから、住み続けたいという生存権の保障は必須項目のはずです。

零細権利者対策を求める国会決議

都市再開発法が制度化されて、半世紀も経ています。下の囲みは、これまで都市再開発法が改正されるたびに法案審議の中で自民党、公明党から共産党まで全会派一致で採択された国会決議です。おしなべて零細権利者の生活再建に配慮するべきと述べられています。

都市再開発法案に対する国会決議

一 市街地再開発組合の設立にあたつては、事業内容等を周知徹底し、同意を得られない者の立場も十分に考慮して、極力円満に設立手続を進めるよう指導すること。
(昭和44年4月18日、衆議院建設委員会)

一 市街地再開発事業の実施にあたつては、特に借家権者その他の零細権利者の生活の安定が図られるよう必要な助成その他の措置を講ずること。
(昭和50年6月4日、衆議院建設委員会)

一 市街地再開発事業の実施に際しては、借家人、借間人等を含めた関係権利者の生活の安定・向上を図るよう努めることとし、特に転出を余儀なくされる零細な居住者の補償等については特段の配慮を行うこと。(昭和55年4月25日、衆議院建設委員会)

一 市街地再開発事業の実施に当たっては、関係権利者の理解と協力を得るよう努め、その生活の安定・向上を図るとともに、市街地住宅の確保に十分配慮すること。
(昭和63年4月27日、衆議院建設委員会)

一 土地区画整理組合及び市街地再開発組合の事業準備段階における設立に当たっては、地権者等関係住民に対し、事業基本方針等についての十分な説明を行うなど、理解を得るよう努めること。
(平成11年3月30日、参議院国土・環境委員会)

(大成出版社『都市再開発法解説』掲載、一部のみ)

都市再開発法の権利変換の規定は、これまでの土地建物を金銭評価し、古い建物は古いなりに計算し、「等価」で新たなビル床を与えます。権利変換方式の再開発では、原則として再開発前の権利者は再開発ビルに権利床を得るしくみです。その権利変換をすべて「等価」「金額換算」の世界で処理するがために、零細権利者、ならびに「住み続けようとする住民」「営業し続けようとする生業者」に犠牲を強いることになっているのです。

マンション居住者は零細権利者か

マンション居住者が零細権利者だというと、えー、そうなの? と言うかも知れません。土地も建物も自己所有で、処分すれば何百万、何千万にもなる資産かも知れません。しかしマンション居住者は、処分するためにマンションを所有しているわけではありません。暮らしの空間、生活空間としてマンションを所有しているのであって、「住み続ける」限りは、生活者として処遇されなければならないと思います。その点では一般の零細権利者とは変わるところはありません。これらの国会決議は、いわば権利変換方式、「等価交換」だけでは間尺の合わない住民の生活再建でも、大いにふまえられるべきものだと思うところです。

【注】

  • 注1:「床平方メートル」は、区画整理・再開発で、土地の面積か床の面積かを明確にするために筆者が使っている表記。
  • 注2:生活再建に努力した再開発事例として、東京都施行の白鬚東、白鬚西、亀戸大島小松川、大阪市施行の阿倍野などがあげられる。
遠藤 哲人

40年余、住民目線から区画整理・再開発に向き合う。國學院大學兼任講師を10年ほど務め「まちづくりと市民」の講義を担当。単著・共著に『これならわかる再開発』(本の泉社)、『住民主権の都市計画─逆流に抗して』(自治体研究社)など。NPOのホームページ:https://kukaku.org/

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