【論文】デジタル行政改革の行方 第7回
東京都「保活ワンストップ」にみる行政SaaS化の進展と民間依存のリスク

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入園希望者と保育園をつなぐ“マッチングサービス”の実証実験が始まっています。一見便利ですが、ほんとうに利用者のためにつくられ、福祉や公共性に寄与するものなのか、考えます。


はじめに

東京都は2024年10月、保育園探しから見学・入園申請までの「保活」の手続きを民間SaaSの利用で完結できる「保活ワンストップサービス」を開始しました。利便性向上の一方で、民間企業がサービス設計と運用を担うことで、自治体の自主性が問われる局面を迎えています。本稿は、東京都が先行実施する保活ワンストップの構造と政策背景を整理し、行政サービスのSaaS化によって浮かび上がる課題を考察します。

1.保活ワンストップの概要

保活ワンストップの目的は「保育園探しから見学予約・入園申請といった〝保活〟に関する手続きを、ワンストップで実現することで、保護者や保育施設等の負担軽減を目指すプロジェクト」です。現在、連携自治体として、板橋区と足立区、調布市の3自治体(126園)が参画しており、2025年7月からは追加で16自治体(1070園)が加わる予定です

本システムは、①保護者が利用する「民間保活システム」、②保育施設側が予約を受け付けるための「保育ICTシステム」(以下、保育ICT)、③保活に関わる情報を一元的に収集・管理する「保活情報連携基盤」で構成されており、東京都と東京都の政策連携団体GovTechガブテック東京、区市町村、民間ICT企業がそれぞれ役割を担います。

保活ワンストップシステムの実際の運営・運用はICT企業が担い、東京都は事業全体の統括と予算管理、自治体との連絡・調整、GovTech東京はシステム設計とプロジェクト管理、連携自治体は保育施設等の情報を提供します。

次に、保活ワンストップシステムを利用した入園申請の流れを見ていきましょう。

(1)民間保活システムから保育施設を検索

保護者は、東京都の保活ワンストップのサイトから、民間保活システムをスマートフォン等の端末にインストールします。民間保活システムには、地図と条件指定が表示され、自宅の近くや条件に合致する保育園を検索できます。また、区市や園が提供する保育施設の最新情報を得ることができます。

(2)保護者は民間保活システムで見学予約

保護者は目当ての保育園が見つかれば、民間保活システムから施設見学予約申請ができます。見学予約は常時申請ができます。保育園側が設定した見学予約可能日から希望日時を選択して申し込むと、保育園から予約申請の結果がメールやマイページ画面に通知されます。

また、民間保活システムには、保活ワンストッププロジェクトに参加していない保育園も掲載されており、保育施設の情報を調べることができます。しかし、参加していない施設についてはオンライン申請ではなく独自の問い合わせが必要になります。

(3)保育施設は保育ICTで予約対応

保育施設が、保護者からの予約申し込みを知るには、保育ICTに、予約が入った通知が表示されます。保育園は予約の承諾の可否を保育ICT上で行います。

また、保育施設が見学予約枠の管理を登録する場合は、保活情報連携基盤に構築された施設情報・見学予約システムにアクセスし、見学予約枠を設定します。

(4)入園申請

保護者が入園申請をするには、民間保活システムに表記されているリンクから、自治体の入園申請ページへアクセスし、区市が導入している入園申請システムから手続きができます。

2.保活情報連携基盤でデータ管理

保活ワンストップシステムを支える中核が、のクラウド上に構築された「保活情報連携基盤」(基盤)です。この基盤は、国が提供する「ここ de サーチ」の保育施設のデータベースを基に東京都および連携自治体が提供する施設情報を追加・更新する仕組みになっています。情報は一元管理され、保護者が民間保活システムを通じて施設を検索する際に利用されます。自治体側は基盤の参照・入力のみ可能であり、構造的に都および委託先民間企業に管理権限が集中している点に課題があります。

図 保活ワンストップのシステム概要図(全体)

3.保護者と保育園の負担軽減

保活ワンストップシステムは、保護者にとって有益なのでしょうか。

東京都は、2024年10月30日から本年2月28日までの4カ月間で、保活ワンストップシステムを利用した保護者を対象に「体験後アンケート」を実施しました。14の設問に対して5段階評価をしてもらったところ、評価は平均4.3と高評価でした。また、保活ワンストップシステムによる入園申請の所要時間は、15時間以下が81%でした。保活ワンストップシステムを利用しない場合の所要時間は31時間であることから、大幅に所要時間を短縮できたとの報告がありました。

また、保育施設側でも、保活ワンストッププロジェクトへの評価が、5段階で平均3.8でした。電話対応等の負担軽減に一定の効果を認識しています。しかし、保護者の予約総数は連携3自治体の合計442件にとどまり、システム未導入の施設も多いことから、保育施設からは、「利用件数が伸びていない」「まだ良さを実感できるほど利用者が多くなく、認知度を上げていく必要がある」との声が上がっています。

保活ワンストップシステムを利用した保護者と保育園からは高い評価を受けているものの、課題は残されています。特に、保活ワンストップを実施している園が、まだ限定的であるということです。参加保育施設は連携施設合計で126園です。板橋区と足立区での参加施設は、認可保育所と小規模保育所を母数とした導入施設の割合が25%弱、調布市では約50%です。そのため、保護者は保活ワンストップシステムには掲載されていない保育園を選べないため、希望する保育園が登録しなければ、システムを利用しない保護者が出てくることになります。

東京都は保活ワンストップシステムを区市町村全体に拡張し、利用する保育園の割合増を目指すとしています。保活ワンストップシステムを利用する保育園が広がれば、保護者の選択肢も広がり、また手続きも簡易になる可能性があります。

4.民間主導で政策形成

保活ワンストッププロジェクトは、東京都の独自施策ではありません。国のデジタル行財政改革と連動する形で進められており、デジタル田園都市国家構想交付金TYPESを活用して、将来的には全国的展開を見据えた巨大プロジェクトです。

政府は2023年12月20日に「デジタル行財政改革中間取りまとめ」を公表し、保育や子育てなどの準公共分野のデジタル化を進めること、その中で「保活ワンストップシステムの全国展開」が明記されました。これを受け、東京都は同年12月に「東京こどもDX2025 つながる子育て推進会議」(以下、推進会議)を設置し、①保活ワンストップ、②プッシュ型子育てサービス、③母子保健のデジタル化、④給付金手続きの利便性アップ、等の施策に取り組む体制を整えました。

保活ワンストッププロジェクトは、TYPEタイプSエスを活用しています。TYPESは、デジタル行財政改革の基本に合致し、将来的に国と地方の統一的なデジタル基盤の構築につながるような、地方自治体の先行的な取り組みを支援する交付金です。つまり、都の保活ワンストップシステムの事業モデルと仕組みは、全国展開することを想定しています。

こうした子育て分野のデジタル化政策が形成された背景には、「こどもDX推進協会」(以下、推進協会)という子育て分野のICT企業の業界団体が深く関与しています。推進協会は、国のデジタル行財政改革会議課題発掘会議に出席し、官民連携の強化等を提言してきました。さらに、東京都の推進会議にも構成員として参画し、保活ワンストップシステムの政策化を後押ししてきた経緯があります。

注目すべきは、保活ワンストップシステムに関連する民間保活システムや保育ICTを提供する企業の全てが推進協会の正会員であるという点です。推進協会が政策提言・制度設計の段階から深く関与し、その構成企業が東京都から特命随意契約で業務委託契約を受けている構図には政策形成と事業実施の線引きで、恣意性を否定しきれません

5.サービス提供の主体は民間ICT企業

東京都は、都の事業として保活ワンストップシステムを提供していますが、実態は民間ICT企業への包括的業務委託です。

基盤の構築はデトロイトトーマツコンサルティング合同会社です。同社は、セールスフォースのクラウドプラットフォーム上に基盤を構築し、保育施設情報、手続き情報、予約情報等を一元管理しています

また、保護者が利用する民間保活システムは、東京都は特命随意契約により、(株)コドモンの「hoicilホイシル」と、BABY JOB(株)の「えんさがそっ♪」を採用しました。

さらに、保育施設が利用する保育ICTシステムについても、同様に特命随意契約で、(株)コドモンの「コドモン」と千(株)の「はいチーズ!」、ユニファ(株)の「ルクミー」、日本ソフト開発(株)の「キッズビュー」が採用されています。

このように、保活ワンストップシステムは、基盤の構築・改修・保守から保護者向け民間保活システム、保育施設向けの保育ICTシステムまで、一貫して特定のICT企業のシステムによって成り立っています。

特に、保護者が日常的に利用する保育園の「施設見学」「見学予約」等の住民対応機能は、民間ICTシステムに全面的に依存しています。保育施設が利用する保育ICTシステムも同様で、東京都が特命随意契約で選定した企業が担うことになり、自治体側は特定ICT企業との委託関係を事実上固定される形になっています。本来、自治体は自らの判断でICT企業と契約すべきですが、保活ワンストップシステムの構造上、自治体は契約先を選ぶ余地がほとんどなく、自らの裁量で決定すらできない状況に置かれています。

6.保活ワンストップをてこにした公共サービスの民間化

保活ワンストップは、保護者が保活に係る負担を軽減することを目的としていますが、実際にはサービス提供主体が推進協会の会員企業に集中しており、公共サービスの実質的な民間化が進んでいます。自治体の役割は基盤の情報の参照や、保育施設の情報を更新することに限定されており、自治体行政の独自性や主体性が揺らぐ懸念が生じています。

保活ワンストップシステムが成立するには、保護者が民間保活システムを利用し、全ての保育施設に保育ICTが導入されていることが前提となります。自治体は、特定の民間ICT企業が提供するシステムに依存せざるを得ず、自らの判断でサービス提供の方法を選ぶ自由が著しく制限されています。

さらに、基盤へのフルアクセス権は、東京都とGovTech東京、そして基盤委託事業者が保持しており、自治体には参照か、保育施設の情報の提供の権限しかありません。こうした構造のもとで、住民データの管理権限が事実上、東京都とGovTech東京、民間ICT企業に移管され、国と都の主導による子ども関連情報の集約と一元管理が進んでいる状況です。

保活ワンストップは、子育て世代の利便性向上を図ると同時に、行政サービスのSaaS化モデルを実装する試金石として位置付けられます。一方で、サービス提供主体が特定ICT企業に集中し、自治体が保有すべき住民データの管理権限や、サービス設計・運営に関する裁量が制約される構造が浮き彫りになっています。

この構造は、デジタル行財政改革で進められる他分野へ水平展開される可能性が高く、同様のリスクを各地で再現しかねません。SaaS化による業務効率化や住民サービスの向上は否定すべきものではありませんが、民間企業依存による自治体の自主性・自立性の喪失や形骸化は、地方自治の根幹に関わる重大な問題です。

保活ワンストップは、住民の利便性の向上と公共性の維持という二律背反を克服するための重要な課題を示しています。この仕組みを「単なる効率化ツール」にとどめず、「住民本位のデジタル自治」のための起点とする必要があります。

【注】

稲葉 多喜生

1978年生まれ。東京農業大学大学院農学研究科修士課程修了。東京公務公共一般労働組合書記次長を経て、東京自治体労働組合総連合副中央執行委員長、政策社会保障部を担当。

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