本稿では、観光の発展が地域社会の安寧や再生に貢献するための新たな観光モデルである「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」の最前線を報告します。
世界共有の課題としてのオーバーツーリズム
オーバーツーリズムが世界のさまざまな観光都市で問題となって久しくなります。オーバーツーリズムは「目的地またはその一部に対する観光の影響が、市民の生活の質および/または訪問者の経験の質に負の影響を過度に与える状況」(世界観光機関の定義)と説明されます。オーバーツーリズムが問題化している地域・都市では、前述の定義にあるように「市民の生活の質」と「訪問者の観光体験の質」が論点となっています。
「市民の生活の質」の低下は、(1)市場などの公共空間や電車やバスなどの公共交通機関の混雑による日常生活の利便性の低下、(2)観光客のマナー低下による騒音やプライバシーの侵害、(3)宿泊施設の急増が不動産価格の上昇をもたらし長期的なスパンで居住用途や近隣商業を連鎖的に追い出していくことによる地域社会の変質、などが挙げられます。公共空間や交通機関の過剰な混雑や観光客向けの店舗だらけの町並み、欧州に顕著に見られるような地域住民からの観光客への抗議運動(「観光客嫌悪」と表現されます)は、「訪問者の観光体験の質」を大いに低下させるでしょう。
オーバーツーリズムは、観光需要の過集中です。過剰に高まった観光需要は、サービスの供給側である自治体や観光事業者に投機的な思惑を生じさせ、多くの観光エリアで自然環境の悪化や居住環境の劣化を招いてきました(阿部2020、2025)。本来、豊かな自然が損なわれることなく悠久の姿を見せていること、あるいは市民が生き生きとしている暮らしぶりこそが訪問客の観光体験として本質的な魅力であるはずにも関わらず、観光の過剰集積がその様相を根底から崩しつつあります。これがオーバーツーリズムの本質的な問題なのです。
これまでのオーバーツーリズム対策の基本的姿勢
オーバーツーリズムに対し、各地域・都市ではこれまで以下の視点で対策が講じられてきました。
第一に、需要のコントロールです。多くの自治体で実施されている観光活動・観光客の分散政策が代表的です。ある時間帯の、ある場所における観光客の集中を、できるだけ他のスポットに地理的に分散させることで混雑を回避し、住民の不便を避けるとともに、観光客の体験の質を確保することが目的です。
第二に、供給のコントロールです。特に宿泊需要の過剰な高まりにより、急速な地価上昇とその後の住民や商店の追い出しが発生していたアムステルダム(オランダ)やバルセロナ(スペイン)などの都市では、宿泊施設の立地に直接的なコントロールをかけ、観光的魅力の高い中心部における居住機能の回復に力を入れてきました。そもそも、各地域・都市には地形等の制約があり、需要があるからといってそれに十分対応するような供給を提供することは不可能に近いのです。限定的な供給に対してそれに相応しい需要に標準化する発想が基本的には求められます。
第三に、観光税・宿泊税の導入です。国内外を問わず、観光客を受け入れる体制を整えるための安定的な財源を確保するために多くの観光都市で導入されています。わが国では、京都市が2025年1月に宿泊税の引き上げを発表したことが記憶に新しいところです。
最後に、観光客のマナー啓発や公共空間における迷惑行為に対する罰金の設定(例えばアムステルダムでは路上での飲酒に対して95ユーロを徴収しています)があります。
リジェネラティブ・ツーリズムの萌芽
オーバーツーリズムの諸問題は、観光の対象地である自然環境や地域社会への再投資なき一方的な消費でもあります。観光からの経済利益を最大化することを最優先にした従来の発想では、観光活動が自然環境の破壊や地域コミュニティとの軋轢といった諸問題を繰り返すことになりかねません。とはいえ、現在展開されているオーバーツーリズム対策は、眼前の諸問題への緊急的措置を講じる必要から、どうしても対症療法的なものにとどまる傾向があります。
世界的に見れば、オーバーツーリズムの議論は、観光活動の過度の集積(混雑)の問題を超えて、観光という経済活動が生み出す利益をその観光的魅力を生み出し支えてきた地域コミュニティといかに共有するか、という論点に移行しています。観光が重要な経済活動であることは論をまたないので、それをどのように有効に活用していくか、換言すれば、観光から生まれた利潤を、地域社会・コミュニティでの暮らしを守りながら、地域経済の活性化につなげていくことの重要性が認識されつつあるのです。
脱成長のような抑制的な観光戦略だけではなく、観光の利潤が地域資源に再投資され地域を再生へと導く観光のあり様は、「リジェネラティブ・ツーリズム」(再生型観光)と表現されています。従来の持続可能性が人間活動による自然への影響をマイナスからゼロにする概念を基礎に置いているのに対し、リジェネラティブの考え方は、社会生態系の回復・繁栄を企図するものです。観光の定着・発展によって、地域経済や地域資源を観光振興以前よりも良い状態に漸進的に変えていくという考え方です。そのために、従来の観光モデルの転換が必要であり、具体的な仕組みとして観光による地域資源への再投資が鍵を握ります。
海外における先進的取り組み
①コペンハーゲン(デンマーク)
デンマークの首都コペンハーゲンは、オーバーツーリズム初期のコロナ禍以前から「The End of Tourism as we know it(従来型観光の終焉)」や、「Tourism for Good(良いことのための観光)」といったスローガンを掲げ、観光政策を実施してきました。観光は持続可能な社会を達成するための手段であるとの認識のもと、観光が地域社会に積極的に貢献し、地元住民と訪問者の双方にとってより良い観光エリアを構築することで、観光が社会にとって前向きな変化の原動力となることを狙ってきました。
代表的な取り組みが2024年から開始された「コペンペイ(CopenPay)」です。訪問者や観光客に金銭的特典やその他のインセンティブを提供し、環境や地域コミュニティへの配慮・貢献といった責任ある行動を促す仕掛けです。例えば自動車ではなく自転車利用や公共交通機関の利用、草むしりやゴミ拾い等の清掃活動への参加といったボランティア活動など、負担を感じずに気軽に動けるエコ意識の高い行動を促し、その報酬として無料の自転車レンタルサービス、屋上バーでの無料カクテル、ガイド付きツアー、かつての火力発電所を人工スキー場複合施設に転用した、屋上でスキーができる廃棄物発電所「コペンヒル」での利用時間追加といったサービスの提供を受けることができます。
コペンペイは、2025年は6月17日から8月17日にかけて規模を約3倍に拡大して実施されています。筆者が取材したワンダフル・コペンハーゲン(DMO=コペンハーゲン観光局)によれば、いわゆる「体験経済(experience economy)」の要素を取り入れることで、観光客と地元住民のよりポジティブな交流を促進すること、そして訪問者がより環境保全・改善に意識的な選択をし、その結果、より充実した旅行体験を得られることを、コペンハーゲン独自の「おもてなし」として理解してもらう意図が根底にあります。
②ハワイ州(アメリカ)
ハワイ州はリジェネラティブ・ツーリズムを「再生型観光とは、私たちが訪れる場所と、そこに住む人々に恩返しをする旅のあり方」と定義し、その考え方を政策の核心に据えた取り組みを展開しています。
ハワイは長年、環境に優しく文化に配慮し、数百万人の訪問者がもたらす影響を緩和する持続可能な観光を目指してきました。しかし2020年以降、単なる持続可能性を超えた再生可能な観光モデルへの転換が加速しています。ハワイ州観光局(Hawaii Tourism Authority)は2021年7月に、高消費・低影響の観光客を主たるターゲットとする「マラマ・ハワイ」(ハワイ語で「ハワイを思いやる心」)と名付けられた再生型観光プログラムを開始しました。
再生型観光への転換は、観光の再構築において住民の声をより反映させることにもつながります。パンデミック期間中、観光局は地域住民、事業主、農家、ホテル経営者、コミュニティの活動家と協力し、地域の要望を把握し既存の課題解決に向けて連携するための枠組みとして、各島における目的地管理行動計画を作成しました。訪問者への啓発・教育、地域主導型解決策の模索、地元産食品・製品の購入拡大、ハワイ文化継承支援プログラムへの投資を具体的な内容としています。50の提携ホテルが、地元の非営利団体でのボランティア活動に参加する宿泊客に特典を提供することで、訪問者に現地への還元を促しています。
③カタルーニャ州(スペイン)
バルセロナを州都とするカタルーニャ州は、バルセロナに一極集中しがちな観光活動を域内に効果的に分散させることを念頭に置きながら、リジェネラティブな観光の取り組みに着手しています。
州は2025年7月に、地球環境の保全や地域社会の幸福など、多面的な持続可能性を意識した新たな旅の形態であるコンシャス・ツーリズム(意識の高い観光)を旗印とする観光政策のロードマップ「(+) カタルーニャ、より良い観光」を公表しました。本戦略は、経済的・社会的・環境的・文化的価値を生み出すビジターエコノミー(娯楽としての観光客だけでなく、訪問者全てを視野に入れた考え方)への移行を目指すものです。観光客数のみに依存した従来の観光政策を超え、「量」から「価値」へと焦点を移行し、カタルーニャに経済的・社会的・環境的・文化的価値を生み出す経済セクターへと脱皮します。観光を通じて地域社会の幸福への貢献を主眼に据えている点が特徴的です。訪問者を「外部者」ではなく「一時的な居住者」として、権利と責任を伴う存在として扱うことを目指しています。これは現地での観光客の敬意ある行動の促進、地域でのルールの遵守や地域活動への参画、結果としての訪問先への情緒的結びつきの強化等を通し、地域の社会的進歩・社会的結束・繁栄の手段へと変革する呼びかけです。
④バルセロナ(スペイン)
オーバーツーリズムの代名詞の一つであるバルセロナは、10年近くにわたり多様な措置を講じてきました。宿泊施設の立地コントロール(観光客に人気の歴史的都心部では現在でもホテルや民泊等の種別を問わず新設は一切禁止されています)のような規制的アプローチが目立ちますが、近年では観光の地域コミュニティへの還元を模索する動きが生じつつあります。
交流人口か定住人口を問わず多くの人々や活動が集積する場所を「高集客エリア」(EGAと呼ばれる)として設定し、「公共空間の占有と混雑」「観光に伴う活動や用途の変化」「歩行者動線」「日常生活や地域コミュニティとの摩擦」を緩和・軽減するための具体的措置を講じています。対象エリアは、観光活動が優勢のように見えますが、市場や小規模生業、商店等、依然として市民生活にとって重要な機能が残存していますので、共存のための措置が必要とされました。
観光客に特に人気のあるサグラダ・ファミリア教会周辺エリアやランブラス通り沿いに立地する市内最古の市場であるボケリア周辺エリアもEGAの対象です。両地区とも清掃や警備活動の強化、観光客へのマナー啓発といったソフト施策だけでなく、日常生活の場としての機能を維持するための措置が含まれている点が興味深いです。サグラダ・ファミリア地区では観光用途以外の地元商業への支援策が、ボケリア市場地区では市場で提供する産品やサービスの適正化や市場内・近隣の公共空間の市民利用の促進が含まれています。日常生活の観光資源化は肯定するものの、それが行き過ぎて住民が近寄らなくなるようなテーマパーク化を回避し、生活基盤としての機能を継続する試みです。
また、宿泊税の取り組みも興味深いです。バルセロナの宿泊税は、正式には「観光施設宿泊税」と呼ばれ、カタルーニャ州法により2012年11月から施行されています。同税は目的税であり、州の観光振興の促進のために使用されなければならないとされていますが、観光がもたらす負の影響を軽減し、後述するような市民の生活改善を促進する取り組みのためにも再投資が可能です。
その財源は「観光市民還元基金」と呼ばれ、市独自の追加課税(滞在1回につき最大4ユーロ)が積み立てられています。市の財源に直接還元され、「民泊の管理強化」「観光客の圧力に最も影響を受けている地区の住民の生活の質の向上」「観光に依存しない経済、社会、文化活動の促進」「観光の分散化を改善する新たなコンテンツ作成」などに再投資されます。観光市民還元基金は、地域経済活性化に関連する他の施策と連動しながら、市民向けの文化コンテンツの創出、近隣商業の振興、地域コミュニティの活動推進、事業所誘致等の生活基盤の再生にも投じられます。これはリジェネラティブな税運用と言えるのではないでしょうか。
本稿は科学研究補助金(課題番号25K03375)の助成に基づく研究の一部です。
【参考文献】
- 阿部大輔「『観光都市』から『観光とともに生きる都市』へ バルセロナにおけるオーバーツーリズム対策の最前線」『観光文化』265号、2025年5月、日本交通公社。
- 阿部大輔(編)『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』学芸出版社、2020年。
- Fujii-Oride, Noelle. “The Goal: Tourism That Regenerates Hawai‘i, Not Degrades It”, , Sep.8, 2023 (https://www.hawaiibusiness.com/hawaiian-community-managed-regenerative-tourism/)
- Generalitat de Catalunya,(+)Catalunya, millor turisme, 2025.
- Wonderful Copenhagen, “CopenPay returns 3 times bigger: Copenhagen now rewards tourists who arrive by train” (https://www.wonderfulcopenhagen.com/wonderful-copenhagen/international-press/international-press/copenpay-returns-3-times-bigger-copenhagen-now-rewards-tourists-who-arrive-train), 2025.
