昨秋の賃金団交でのこと。国が進める成績主義・格差賃金体系強化に反対し、住民のために働く正規・非正規・公共労働者の底上げと現存する格差・不利益是正の主張に対し、当局幹部から「組合とは文化が違う」と、本音が漏れました。学生時代から採用後も競争を意識し、首長・上司の意を汲み「努力」して人事評価・昇格で得られたポスト・賃金と、「こつこつ」職員とは世界が違うと言いたいのでしょう。これは格差、不利益容認だけでなく、職場・職員分断の論理に他なりません。
そんな「文化」がまん延しているから、学童保育の指定管理で、現実の課題と逆さまのコスト削減に愛想をつかし、既存受託者が撤退した市がありました。案の定、代わった受託企業は「常勤支援員の複数配置」の仕様書違反を繰り返しました。ところが、市は違反を承知で再度の撤退の不祥事を逃れるため、受託者との口裏合わせに腐心し、「1日3.5時間、週3日勤務」でも「常勤」とする受託者側の「珍定義」に屈服してしまいました。「全体の奉仕者の宣誓」はどこへやら、建物なら柱を何本も抜いた契約違反に相当します。
怒った住民が住民監査請求(自治法242条)を行ったところ、監査委員は契約(協定)書の定めを黙過し、短時間のつぎはぎ労働が「働き方改革」時代の要請だと歪曲して市を擁護しました。
議会でも、営利企業指定管理への反対討論に「民間のノウハウに任せろ!」「国は民間活用推進だ!コスト削減だ!」のヤジが賛成派から飛んだことも思い出しました。共同体のチェック機関のはずの議会が国策追従、民間営利崇拝でコントロール機能を喪失し、結果、子ども達の発達保障は後退しました。
こんな状況ですから「稼ぐ市役所」を公約に掲げる首長も出てきます。住民の福祉の増進に供する公の施設(自治法244条)に、30万や50万円で企業の名前を付けるネーミングライツを誇らしげに自慢しています。喜んで推進する幹部職員の存在も悲しい現実です。
不快を訴える住民も少なくありません。もっとも、電車やバスも車体の外側だけでなく、窓にまで広告。途中の車内放送にまで有料の企業宣伝が行われています。経済優先、金儲け優先、拝金社会には恐怖さえ感じます。
背景には、長く続いてしまった新自由主義の浸透があります。とくに、若者は高校・大学時代から「社会適応型人間」への訓練(教育)がされているといいます。実は「社会」ではなく「会社」(行政含め)組織の秩序に適応・順応させる教育です。加えて、市場原理を煽り、国策ご機嫌取りや無造作な情報の氾濫が仕組まれています。だから、こちらも腰を据えてかかる必要があります。拝金主義者側には長年の戦略と手際があるからです。
まずは「疑いを持つ国民(職員・住民)」となる後押しが必要です。道理を逸脱した営利に疑問をもつ「知識」と、共同の利益を団結の力で実現する「体験」に接する旺盛な機会が必要です。労働組合で、社会保障で、地方自治をめざした運動で、教育機会と情報提供が欠かせない課題になっています。本誌・研究所の役割はますます重要です。
現実には多くの壁があります。司法に期待しても理不尽な結果になることも少なくありません。それでも、拝金、分断の新自由主義の毒素と向き合ってゆがみを正す「淡々とした心」が大元の政治を変え、先にある平和にもつながると確信しています。