「権利としての食料」の確立が平和への道

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 2024年5月、食料安全保障(以下、食料安保)の強化を基本理念に掲げる改正食料・農業・農村基本法(以下、改正法)が成立しました。改正法は食料安保を「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」と定義し、不測時だけでなく平時から一人ひとりの食料安保の実現を図るとしています。しかし、この定義は1983年の国連の定義に準じる内容であり、国際社会の議論の潮流から日本が取り残されていることが浮き彫りになりました。

 国連は、各国・地域および市民社会の声を反映して食料安保の定義をくり返し見直しており、構造的な貧困、栄養、安全性、社会的差別・女性差別等への対応を盛り込んできた歴史があります。さらに、2020年には新たに「主体の権利」という概念を導入することが提案されました。これは「個人や集団がどのような食品を食べるか、どのような食品を生産するか、また、食料システムにおいて食品がどのように生産・加工・流通されるのかを決定する権利、食料システム政策の形成や統治の過程に参加する権利」です。つまり、消費者と生産者の自己決定権であり、「権利としての食料」を確立する新たな流れが生まれているといえるでしょう。国連人権理事会の食料への権利特別報告者は、権利としての食料を確立するために、2020年にWTO農業協定の段階的廃止と連帯にもとづく新たな国際食料協定への移行を訴えました。

 改正法では「環境と調和のとれた食料システムの確立」が基本理念の一つになっていますが、「みどりの食料システム戦略」(農林水産省、2021年5月策定)で拡大がうたわれた有機農業について言及しておらず、付帯決議に盛り込まれたかたちです。このように、改正法と関連政策間の整合性が問われる事態になっています。他にも、副業的農家等の「多様な農業者」による農地の確保は改正法に盛り込まれましたが、依然として農地の集積・集団化やスマート技術の活用が目指されており、既存の農業近代化路線の弊害から脱却できなかったといえます。さらに、「多様な農業者」には株式会社等の一般企業も含まれます。EUや米国のように小規模・家族農業を政策対象として正面から位置づける政策への転換は、環境だけでなく農村振興の観点からも今後の課題として積み残されました。

 2024年通常国会では、改正法とともに農業関連法が相次いで成立しました。不測の事態が起きた際に、政府が農家に生産計画の提出や特定品目の増産を指示し、従わない場合は氏名を公表したり、罰金を科したりする「食料供給困難事態対策法」もその中に含まれ、2025年4月から施行されます。こうした新法の成立・施行は、戦時統制の時代への回帰を思わせます。これは、「権利としての食料」を確立しようという国際社会の潮流に逆行していると言わざるを得ません。

 貿易自由化(輸入食料)を前提とした食料安保の確保、有事を想定し農業生産者への罰則を定める「食料供給困難事態対策法」ではなく、国内農業への支援策を抜本的に強化し、学校給食を無償化し、食料自給率を高めることが平和への道であり、命と暮らしを守ることにつながります。日本でも「権利としての食料」を実現するための運動を拡大しましょう。

関根 佳恵

神奈川県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。専門は農業経済学、 政治経済学。フランス国立農学研究所研修員、国連食糧農業機関(FAO)客員研究員等をへて、2022 年より現職。

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