【論文】医療保険制度崩壊を目指す地域医療構想と保健医療2035提言書


はじめに

2015年6月30日、政府は財政運営の基本指針「経済財政運営と改革の基本方針2015(骨太方針2015)」を閣議決定しました。骨太方針では、「歳出改革は聖域なく進める」、社会保障改革は「特に重点分野として取り組む」として、安倍政権では、社会保障自然増分をこれまでの3年間で1兆5000億円に抑制してきましたが、「その基調を2018年度まで継続していく」としました。過去の社会保障自然増分は、概算要求から勘案すると2013年度8400億円、2014年度9900億円、2015年度8300億円でしたが、各年度約5000億円に抑制しています。つまり、過去3年間で、社会保障自然増分の約1兆1600億円をカットしたことになります。

今後3年間の社会保障自然増分は各年度約1兆円前後、3年間で約3兆円と考えられることから、1兆5000億円に抑制することは、自然増分を半額にカットすることになります。また、同方針は、「2020年度に向けて、社会保障関係費の伸びを、高齢化による増加分と消費税率引き上げとあわせ行う充実等に相当する水準におさめる」とし、社会保障関係費に高齢化以外の伸びは勘案しない、加えて、社会保障充実を望むのであれば消費税率を引き上げる、と国民を脅しています。

団塊の世代が後期高齢者となる2025年、また、65歳以上高齢者が3人に1人を超えるのが2035年と、日本はいかなる国も経験したことのない高齢社会に突入します。私たちは、1962年に確立した皆保険体制・フリーアクセス制「保険証さえあれば、誰でも、いつでも、どこでも医療機関にかかれる」をまもらなければなりません。本稿では、地域医療構想と保健医療2035提言書を中心にこれらの点を考えてみます。

地域医療構想ガイドライン

厚生労働省の地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会は、2015年3月18日「地域医療構想策定ガイドライン」を決定しました。同検討会は、医療介護総合確保推進法(2014年6月成立)の公布を受け、さらに同年9月の医療介護総合確保方針を踏まえて同月に設置されました。同ガイドラインは、2015年以降、各都道府県が「地域医療構想」を策定する際の病床の必要量、地域の実情に応じた課題の抽出など構想策定プロセスと併せて、協議の場の設置、病床機能報告制度における情報の公表のあり方などを例に示して、都道府県の地域医療構想策定の指針を示しました。

検討会は、地域医療構想策定の際には「一般病床及び療養病床に係る高度急性期、急性期、回復期及び慢性期の将来(2025年を想定)における病床の必要量(必要病床数)を推計するだけではなく、地域の実情に応じた課題抽出や実現に向けた施策を住民も含めた幅広い関係者で検討し、合意をし」地域医療構想を実現していくことを視野に入れるとしています。いわゆる、団塊の世代が、全て後期高齢者になる2025年の超高齢社会へ向けての病床規制を定める構想だといえます。

1 医療需要推計の欺瞞

政府の専門部会(医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会)は、2015年6月15日「第1次報告:医療機能別病床数の推計及び地域医療構想の策定に当たって(以下「第一次報告」)」を発表し、2025年に全国のベッド数を115~119万床、現在の病床数から16万~20万床削減するとしました(図1)。

医療施設調査では、現在の病床数は134万7000床で、そのうち高齢者など慢性期の患者を受け入れる「療養病床」が34万1000床、2025年には慢性期対応を24万2000~28万5000床に、最大で約10万床の削減を示しました。この結果を基に、各都道府県は二次医療圏毎の病床数を算定します。つまりこれが、地域医療構想です。

地域医療構想は、市町村国保の都道府県化(正確には、保険者を市町村と都道府県が共同で担う)、医療費適正化計画、ともに都道府県が主導して医療費を削減する意図があります。地域医療構想の最大の狙いは、2025年における高度急性期、急性期、回復期、慢性期の必要病床を推計することにあります。二次医療圏毎の必要病床は医療需要から導き出すとしていますが、医療需要はどのように推計するのでしょうか。

ガイドラインでは、医療需要は「患者に対して行われた医療の内容に着目することで、患者の状態や診療実態を勘案した推計になると考えられることから、患者に対して行われた診療行為を診療報酬の出来高点数で換算した値で分析していくこととする」と実際の診療行為から推計するとなっています。

しかし、ここには大きな落とし穴が存在します。日本は皆保険体制の下、フリーアクセス制をとっており、治療が必要な人はすべて医療機関にかかっているとの前提に立っています。しかし、国立社会保障・人口問題研究所が5年毎に実施している「生活と支え合いに関する調査」では、「過去1年間に必要な医療機関受診ができなかった個人」が、調査回答者全体の2万1173人中14・2%も存在することが明らかとなりました(図2)。 受診できなかった理由は、20~64歳では、「病院や診療所にいく時間が無かった」が67・1%と最も多く、ついで「公的医療保険に加入していたが、病院や診療所で医療費を支払うことができなかった」が15・3%も存在しました。つまり、医療機関にかかりたくてもかかれない人がかなり存在しますが、この人たちのニーズは、ガイドラインが示す医療需要測定では全く反映されません。病院にかかれない人が、その後どうなったのでしょうか。たとえば、全日本民主医療機関連合会が、2005年から毎年行っている「経済的理由による手遅れ死亡事例調査」では、全日本民医連傘下の医療機関において、毎年数十人程度が病院にかかれず手遅れで亡くなっている、としています。2014年度調査では、正規保険証所持者で21人、短期保険証・資格証明書所持者では35人、計56人が亡くなっています。

ただ、国は2025年に向けて病床削減を既定方針として地域医療構想策定を目論んでいますし、実際より低い医療需要の方が都合はよい、ということでしょう。

2 地域医療構想調整会議

……病床削減への荒手の手法

都道府県は、構想区域ごとに地域医療構想調整会議を設け「将来の必要病床数を達成するための方策その他の地域医療構想の達成を推進するために必要な協議を行う」としていますが、要は実態を反映していない「医療需要」から、「不足している病床の機能区分への対応(過剰となると見込まれる病床の機能区分からの転換を含む)について、具体的な対応策を検討」するとしました。しかし、その目的は「慢性期の病床削減」にあることは明らかです。ガイドラインは「退院後や入院に至らないまでも状態の悪化等により在宅医療を必要とする患者は今後増大することが見込まれる。特に、慢性期医療については、在宅医療の整備と一体的に推進する必要」があるとの文言からもうかがい知ることができます。また、2015年3月に厚生労働省は、療養病床(介護療養病床および医療療養病床)削減の具体的方針を発表しましたが、このなかで各都道府県に療養病床削減目標を定めることを求めています。

地域医療構想調整会議は、円滑運営を図るとして都道府県知事に強力な権限の付与を認めています。「過剰な病床の機能区分に転換しないことを公的医療機関等に命令することができる。なお、公的医療機関等以外の医療機関にあっては、要請することができる」としています。しかし、命令や要請に従わなかった場合は、公的医療機関等は、「命令・指示に従わない場合には、医療機関名の公表、地域医療支援病院の不承認または承認取り消し、管理者の変更命令等の措置を講ずることができる」(9))としています。また、民間医療機関の場合、「正当な理由がなく、要請に従わなかった場合には勧告を、許可に付された条件に関わる勧告に従わなかった場合には医療機関名の公表、地域医療支援病院の不承認又は承認取消し、管理者の変更命令等の措置を講ずることができる」(9))としていることから、わが国の戦後医療におけるフリーアクセスの根幹を担う「自由開業性」を崩壊させる可能性が高いといえます。

3 地域包括ケアシステムとのリンク
……在宅は安上がりか

専門調査会報告書は、「今回の改革は、国民会議報告書で指摘された、『病院完結型』の医療から、地域全体で治し、支える『地域完結型』の医療への転換の一環であり、患者の状態像に即した適切な医療・介護が適切な場所で受けられるよう、今回の改革とあわせて、地域包括ケアシステムの構築を進め、一層の医療・介護の連携やネットワークを図っていく必要がある」とし、また「地域医療構想の策定が、あるべき医療提供体制の構築や今後必須となる地域包括ケアシステムの構築に向けた改革の新たな展開の一つとなる」としています。

確かに、医療・介護の連携やネットワークを図ることが重要なことは誰しも理解できますが、病床削減を一義的目的としている地域医療構想と、地域包括ケアシステムがセットであることに注目すると、医療費削減のために地域包括ケアシステムを推進するのか、と揶揄(や ゆ)されても仕方ありません。

現に、専門調査会報告書は、「将来、介護施設や高齢者住宅を含めた在宅医療等で追加的に対応する患者数29・7~33・7万人」(図2)と本来入院が必要とされる患者約30万人を「在宅医療等」に移行させるとしていますが、在宅によって医療費・介護費用削減は可能でしょうか。

そもそも地域包括ケアシステムとは、何を意味するのでしょう。厚生労働省ホームページ「地域包括ケアシステム」(11))では、「団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」のが地域包括ケアシステムだとしています。理念は、極めて賛同できますが、そもそも医療・介護における公費の削減を同システムに負わせるとの発想がある限り、実態は責任も人材も地域に丸投げする可能性があります。実際、同省ホームページには、「地域包括ケアシステムは、保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要」としており、同システムにおける国の責任を捨象してはばかりません。

地域包括ケアシステムの国際的動向を仔細に研究した筒井孝子は、「コストの面で効率化に関するエビデンスは不明」、「コストパフォーマンスに関しては、未だ十分な研究がなされていない」との研究を紹介しています。また、2008年には厚生労働省保険局医療課長佐藤敏信(当時)が、「狭い意味での公的な医療・福祉費に限定しても、在宅ケアは施設ケアに比べて安くはなくむしろ高くなることは、日本でも世界でも学問的にはもちろん、政策レベルでも確認されている」と指摘しています。国は本気で地域包括ケアシステムを推進するのであれば、医療や介護における公費を削減するとの発想ではなく、逆に増額することを表明すべきです。

保健医療2035提言書が語る危険な姿

厚生労働省「保健医療2035」策定懇談会は、2015年に計8回会議を開催し、2

015年6月9日『保健医療2035提言書』(14))をまとめました。同提言書を元に、「保健医療2035推進本部」が設置され、2015年8月6日には第一回目の会合が開かれています。

提言書は、2035年に向けた保健医療ビジョンの必要性を、「今や、経済成長の鈍化と人口動態の変化、医療費をはじめとする社会保障費の急増が見込まれる中で、財政は危機的状態にあり、保健医療制度の持続可能性が懸念されている。パッチワーク的な制度改正による部分最適を繰り返してきた日本の保健医療制度は、長期的な視点に基づく変革が求められている」とし、さらに「今後20年間は高齢化のさらなる進展と人口減少という大きな人口構造の変化に伴い、保健医療のニーズは増加・多様化し、必要となるリソースも増大することが予想される。(中略)こうした状況のなかで、団塊ジュニアの世代が65歳に到達し始める2035年頃までには、保健医療の一つの『発展形』が求められることになる」との危機感からだとしています。

では、どのようなビジョンを目指すのでしょうか。提言書は「均質のサービスが量的に全国各地のあらゆる人々に行き渡ることを目指す時代から、必要な保健医療は確保しつつ質と効率の向上を絶え間なく目指す時代」に転換し、皆保険体制を崩しつつ効率化を目指す方向性を示しました。しかし、日本の皆保険体制が、フリーアクセスを通して低額な医療費で高水準の医療成果を示したことは周知の事実ですし、「効率」の名の下に転換する必要があるのか大いに疑問です。

また、安定した保険医療財源確保を名目に、「基礎となる国の公的医療保険の土台に、地域や職域保険が選択的に提供できるサービスを新たに追加できるようにし、その一部を付加的なサービスととらえ保険範囲外とする」、「重症度・救命性が低く費用対効果の低いサービスの一部を保険範囲外とする」、「不必要に低額負担となっている場合の自己負担の見直しや、風邪などの軽度の疾病には負担割合を高くして重度の疾病には負担割合を低くするなど、疾病に応じて負担割合を変えることも検討」するとしています。基礎的部分を公的保険で、それ以外を付加的として私的保険で賄う「二階建保険制度の提案」は、医療保険においては今まで公式には提案されてきませんでした。何をもって「付加的」とするのかは、時の政府の裁量となる可能性が高く、結果的に公的保険がカバーする範囲が止めどなく縮小され、付加的な部分をカバーするとされる私的医療保険に加入できない低所得者は、医療サービスを全く受けることができなくなる可能性があります。

また、現在健康保険等の被用者保険の保険料は、「所得に賦課される」方式を採用していますが、国民健康保険と同様に「患者負担や保険料については、負担能力に応じた公平な負担という観点から、所得のみならず、資産も勘案したものにする」とし、被用者保険制度の大幅な改定も示唆しています。さらに、この文章には、患者負担の資産勘案も含まれていることから、公的医療保険制度を根幹から覆す方向性といえます。

しかし、この提言書が示すのは2035年の姿であり、議論する時間はまだ十分あるとの発想は危険かもしれません。2015年5月27日に成立した「持続可能な医療保険制度を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律」の附則2条では、「政府は、この法律の交付後において、持続可能な医療保険制度を構築する観点から、医療に要する費用の適正化、医療保険の保険給付の範囲及び加入者等の負担能力に応じた医療に要する費用の負担の在り方等について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」からも理解できるように、政府は、保険給付の範囲や費用負担に関しては早い時期の改定を狙っています。

一方、この提言書は介護保険にも触れています。「介護保険制度においても、ケアマネージメント・プラン作成のサービス利用における利用者負担の設定など、給付を受けているが利用者負担のないものについて見直しを検討する」として、保険制度におけるサービスには全て利用者負担を付加する方向性も示唆しました。

そもそも、この提言書の作成の前提になったのが、先述の通り「高齢化のさらなる進展」による高齢者医療費増への危機感ですが、高齢化は医療費増の主因でしょうか。提言書は、「医療費に関しては、技術革新等により引き続き医療費が伸びると言われている」と認めており、「高齢化」は、危機感をあおるプロパガンダとして使われていると見ることができます。

【引用・参考文献】

  • 医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会、「第1次報告:医療機能病床数の推計及び地域医療構想の策定に当たって」社会保障制度改革推進本部、2015年6月15日
  • 厚生労働省、「地域包括ケアシステム」、2015年
    http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/ 最終閲覧日2015年9月5日
  • 佐藤敏信、「第20回国民の健康会議講演」全国公私病院連盟、2008年11月14日
  • 全日本民主医療機関連合会、『2014年経済的理由による手遅れ死亡事例調査概要報告』2015年8月5日
  • 地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会、『地域医療構想策定ガイドライン』厚生労働省医政局長、2015年3月31日
  • 筒井孝子「地域包括ケアシステムの関する国際的な研究動向」、高橋紘士編『地域包括ケアシステム』オーム社、2012年3月
  • 「保健医療2035」策定懇談会、2015年『保健医療2035提言書』厚生労働省、2015年6月9日

【注】

  • 1)地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会、2015年、1ページ
  • 2)同右13‐14ページ
  • 3)2012年実地、結果2013年7月24日公表、有効回収率80・6%
  • 4)全日本民主医療機関連合会、2015年、4ページ
  • 5)前掲地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会、2015年、38ページ
  • 6)同右37ページ
  • 7)同右29ページ
  • 8)同右44ページ
  • 9)同右45ページ
  • 10)医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会、2015年、2ページ
  • 11)厚生労働省、2015年
  • 12)筒井孝子、2012年、49ページ
  • 13)佐藤敏信、2008年
  • 14)「保健医療2035」策定懇談会、2015年
  • 15)前掲「保健医療2035」策定懇談会、2015年、1ページ
  • 16)同右6ページ
  • 17)同右10ページ
  • 18)同右34ページ
  • 19)同右35ページ
  • 20)同右6ページ
芝田 英昭

1958年福井県敦賀市生まれ。博士(社会学:立命館大学)。福井県職員、西日本短大専任講師、大阪千代田短大専任講師、立命館大学産業社会学部教授を経て2009年から現職。著書に『社会保障のあゆみと協同』2022年、『医療保険「一部負担」の根拠を追う』2019年、『新版 基礎から学ぶ社会保障』2019年、『高齢期社会保障改革を読み解く』2017年、編著に『検証 介護保険施行20年―介護保障は達成できたのか』2020年、共に自治体研究社。