【論文】新たな段階を迎えた自治体アウトソーシング


安倍政権は、公共サービスの「産業化」や窓口業務の外部委託の「加速化」をはかっています。しかし現場からの慎重論もみられ、住民運動で歯止めをかける例も生まれています。

自治体アウトソーシングは、かねて業務委託の方式で進められてきましたが、この十数年、PFI法、公の施設の「指定管理者」制度、地方独立行政法人法、「特区」法など、新たな法制度で急激に進められてきました。経済界の「ビジネスチャンス」を拡大する一方で、公共サービスの担い手は非正規労働者におきかえられ、サービスの質にも深刻な影響が広がるなかで、公共サービスの質の確保や担い手の権利確保の努力もされてきました(注1))。

安倍政権は、安保法制(戦争法)を強行採決する一方、経済政策で「アベノミクス」と称して大企業本位の施策を打ち出し、一定の支持を得てきました。「骨太方針2015」では、これまでの経済政策を賛美したうえ、さらにあからさまに大企業の商機を創出する方向での公共サービス縮小・変質を提言しています。

最近では、「1億総活躍社会」をうたっていますが、これは、経済政策が一部大企業を富ませるのみで、大多数の一般国民は経済好転を実感していないことから、政策の恩恵を享受する層の拡大が課題であることを自認するものといえます。

他方で、住民の立場から、住民運動と議会の協力した取り組みで、公共サービスのアウトソーシングに歯止めをかける運動にも、新たな展開がみられます。たとえば具体的な事例では、住民運動と議会の連携で戸籍事務の民間委託に歯止めをかけた東京都足立区や、住民投票で公立図書館の企業委託に反対を示した愛知県小牧市などです。

本稿では、「骨太方針2015」の検討を中心に、安倍政権の自治体アウトソーシングについての新たな動向を追いつつ、その拡大を許さない運動の視点と教訓について、整理を試みます。

「骨太方針2015」のめざす公共サービスの「産業化」

「骨太方針2015」は、日本経済の現状を次のように賛美しています(注2))。すなわち「経済財政の現状」は、「アベノミクス」の「三本の矢」の推進などによって「我が国経済はマクロ、ミクロ両面でおよそ四半世紀ぶりの良好な状況を達成しつつあ」り、「デフレ脱却・経済再生」と「財政健全化」が「双方ともに大きく前進」したとしています。

その上で「今後の課題」として、①経済の好循環の拡大、②潜在的な成長力強化、③まち・ひと・しごとの創生、などと並べて「公共サービスの無駄排除・質向上等の改革に取り組むことが必要」だとしています。

「骨太方針2015」は、「第3章『経済・財政一体改革』の取組─『経済・財政再生計画』」の中に、「4.歳出改革等の考え方・アプローチ」として「公的サービスの産業化」を打ち出しています。「民間の知恵・資金等を有効活用し、公共サービスの効率化、質の向上を実現するとともに、企業やNPO等が国、地方自治体などと連携しつつ公的サービスへの参画を飛躍的に進める。また、これまで十分に活用されていない公的ストック(社会資本、土地、情報等)を有効に活用する。さらに、規制改革や公共サービス・公共データの見える化等により、新たな民間サービスの創出を促進する(多様な行政事務の外部委託、包括的民間委託等の推進)」とし、公共サービスの「産業化」を強調しています。以下、自治体のアウトソーシングに関する部分を中心にみていきます。

社会保障も「産業化」

「骨太方針2015」は社会保障について、「企業等が医療機関・介護事業者、保険者、保育事業者等と連携して新たなサービスの提供を拡大することを促進する。」「医療、介護と一体的に提供することが効果的な健康サービスや在宅医療・介護の拡大に対応した高齢者向け住宅、移送サービスなどのニーズに応じた新たなサービスの供給を拡大する。」という表現で、社会保障を含むあらゆる公共サービスの「産業化」の推進を提言しています。

もともと社会保障は、対人サービスを中心とし、営利事業化が困難であり、憲法25条に基づき国と地方自治体の責任で公的措置制度や社会保険により実施されてきました。この分野まで「産業化」することは、「特区」やTPPで問題とされている混合診療や、介護保険制度の縮減と周辺サービスの営利事業化が念頭におかれています。社会保障も経済的な力により左右されることが危惧されます(注3))。

窓口業務の外部委託を「加速」

「骨太方針2015」は、窓口業務などについて、「外部委託等が進んでいない分野のうち、市町村等で今も取組が遅れている分野を中心に適正な外部委託を加速する。さらに、これまで取組が進んでいない、窓口業務などの専門性は高いが定型的な業務について、官民が協力して、大胆に適正な外部委託を拡大する。」とし、窓口業務のアウトソーシングに執念をみせています。

国民健康保険や年金、戸籍や住民基本台帳などは、社会保障の根幹や権利の証明に関する地方自治体の重要な職責ですし、たとえば徴収の猶予・減免や親族関係をめぐる届出の受理・不受理など、それぞれの法令の趣旨に沿った専門的知識・経験を要する判断に満ちた事務です。こうした事務は専門的な職員によってこそ担い得るものですし、外部委託が「進んでいない」ことには、制度としての必然性があります。これをひとくくりに「定型的」な「窓口業務」としてあくまで外部委託を推進することは、制度の根幹をゆがめるものです。ただ、「大胆」な外部委託を強調しつつ、「適正」な外部委託でなければならないことにふれざるをえないことは、各地の運動の反映でしょう(注4))。

上下水道・公営住宅等にPPP/PFIを「優先的に検討」

「骨太方針2015」は、「上下水道、公営住宅、空港などの社会資本や公共施設の整備・運営に関しては、公費負担の抑制につながる場合には、多様なPPP/PFI手法について、地域の実情を踏まえ、導入を優先的に検討することにより、民間の資金・ノウハウの活用を大幅に拡大する。その導入の状況を踏まえつつ、適用範囲を拡大していく。」とし、上下水道や公営住宅についてPPP/PFIの活用の推進を提言しています。

上下水道や公営住宅は、水や住宅という生活の基盤を支える公共サービスであり、憲法25条に基づき、国と地方自治体が責任を負うべきものです。設備の更新時期に、このような分野まで民間に委ねれば、民間事業者が収益をあげるためには、設備費を抑え、料金を高く設定するほど利益が増す構造から、社会的経済的弱者に利用しにくい制度となるおそれが大きいものです。すでに水が営利事業化された国で水道料金が高騰した例がありますし、URなどの公営住宅の賃料の高騰も指摘されています(注5))。

「公的ストックの有効活用」で公有地の売却推進

「骨太方針2015」は、「既存ストックの再活用や施設の集約化・広域連携等を踏まえ、国公有財産の最適利用や、国公有地の未利用地の売却・有効活用を推進するとともに、企業等による新たな事業の展開を促進する。」とし、民間ビジネスへの公有地の活用を推進しています。

公有地は、そもそも国や地方自治体の財政負担で取得・維持されてきたものであり、いわば住民共有の資産です。公有地は本来等しく住民の福利のために活用されるべきもので、特定の民間事業者の収益のために提供することは、住民にとっての損失であることが多いものです(注6))。

「オープンデータ化」で新ビジネス促進

「骨太方針2015」は、「各府省庁、自治体ごとに、行政サービスのコスト情報、施設・設備の保有状況・維持管理経費、IT投資などのデータを誰もが活用できる形で公開し、PPP/PFIなど民間の参画の拡大を促すとともに、公共データを活用した新たなサービスの創造を促進する。」とし、行政の保有する情報を民間の事業のために提供することを求めています。

行政情報は住民のものであり、利用は住民と地方議会の統制のもとで行われるべきであるし、個人情報の商業利用には警戒が必要です。図書館利用情報の書店チェーンへの提供は、住民の思想良心に関する情報が商業利用に提供される問題をはらんでいます(注7))。

「トップランナー方式」の「インセンティブ改革」

「骨太方針2015」は「自治体については、自治体間での行政コスト比較を通じて行政効率を見える化し、自治体の行財政改革を促すとともに、例えば歳出効率化に向けた取組で他団体のモデルとなるようなものにより、先進的な自治体が達成した経費水準の内容を、計画期間内に地方交付税の単位費用の積算に反映し(トップランナー方式)、自治体全体の取組を加速する。集中改革期間において、早急に制度の詳細を具体化し、導入時期を明確に示すとともに自治体に準備を促す。」「優遇措置を講じる場合には、原則として時限を区切った対応とする。」とし、地方交付税の算定の面でも外部委託やコスト削減を誘導するとしています。

財政面から「改革」を促し誘導することは、かねて行われてきましたが、時限を区切った誘導にはさらに問題があります。地方自治体は公共サービスの実施方法について自ら判断する権限を有しており、十分に尊重されるべきです(注8))。

「公共サービスイノベーション・プラットフォーム」

すでに政府は、2015年9月から、「先進的な取組を全国展開するための公共サービスイノベーション・プラットフォーム」の会合を開き、①窓口業務のアウトソーシング②公的ストックの有効活用③IT活用の業務簡素化・標準化・クラウド化など公共サービスイノベーションなどについて、先行的に実施した地方自治体の経験をまとめ、他の地方自治体に追随を求める動きを加速しようとしています。

しかし、現場からは慎重論もみられます。プラットフォームの配布資料でも、①窓口業務のアウトソーシングについては「労働者派遣法等法制度上の課題もあり、それによる限定的な委託では費用対効果も限定されることから、現状では積極的な導入に踏み切れていない」「とりわけ相談業務の多い福祉分野については、窓口業務を委託することが難しい」「小規模・地方部の自治体においては、業務に精通した事業者の確保が困難であることを十分に踏まえて、今後の方向性を検討されたい」とされています。②公的ストックの有効活用については、「自治体の置かれている状況は、人口規模、地域特性など多様であることを十分考慮すべき。例えば、再開発事業を行おうとしてもテナントが見込めない、あるいは公有地を売却もしくは賃貸しようとしても民間事業者が見つからない自治体も相当数存在すると考えられ、先進的な取組が成立した経緯や横展開する場合に必要となる条件なども併せて情報提供すべき。豊島区新庁舎の整備や柏市の地域医療拠点などの取組は、それほど多くの自治体に横展開できるものではない。」「先進的な取組は、地域活性化やまちづくりの観点から進められているものが多く、単に公的ストックの有効活用というだけでは、議会、地域住民等の理解が得られないことに留意すべき。」とされています。③公共サービスイノベーション全般については、「公共サービスのイノベーションの先進的な取組の横展開にあたっては、住民福祉の向上や地域課題の解決を図るという視点から先進的な取組を選定すべきである。単にコスト削減を図ればいいという視点では、他の自治体への横展開は難しい」とされています(注9))。

経済界と政府が推進をはかっても、現場では、地域住民の総意で採否を慎重に検討することが求められるのであり、全国市長会もそのような視点で発言していることは重要です。

安倍政権の自治体アウトソーシングの動向と住民の対抗の視点

すでにPFI法の一部改正で、コンセッション事業(公共施設等運営事業)の円滑な実施のため、専門的ノウハウなどを有する公務員の退職派遣、国家戦略特区法などの一部改正で、公立学校運営の民間開放などが進められようとしています。

窓口業務については、法令上の権限を有する職員から委託先の従業員に対する直接の指揮が「偽装請負」の問題を生じることから、公権力の行使を含む窓口業務等について、地方独立行政法人に委ねることも、第31次地方制度調査会で検討されています。

公共サービスは、社会的経済的弱者を含む住民全体の福利のために、住民の総意で実施されるべきものです。安倍政権の動向は民間事業者の商機に沿ってゆがみを増すものですが、住民の運動の力でアウトソーシングに歯止めをかける経験が生まれていることも、最近の新しい特徴です。

東京都足立区では、戸籍事務の委託について、地方議会や国会での追及と結びついた住民運動の力で東京法務局や東京労働局の指摘を引き出し、大きく修正をさせました。この運動は、法務省の新しい通達を引き出し、戸籍事務の委託について全国で活用できる歯止めとなっています。愛知県小牧市では、図書館の企業への委託について、住民運動の力で住民投票を実施し、反対が多数をしめて、図書館の企業委託に歯止めをかけています。こうした住民の取り組みの広がりが期待されます。

【注】

  • 注1) 自治体アウトソーシングの現状と問題点については、城塚健之他『これでいいのか自治体アウトソーシング』(2014年)、尾林芳匡『新自治体民営化と公共サービスの質』(2008年)等参照。
  • 注2) 2015・6・30閣議決定「経済財政運営の基本方針2015」。
  • 注3) 混合診療の国民皆保険制度への影響などTPPの問題点については、尾林芳匡「TPPと地方自治体」(『自治と分権』55号・2014年)等を参照。
  • 注4) 戸籍事務の委託については、森田稔「問題満載の足立区の業務丸投げ委託」(前掲注1・『これでいいのか自治体アウトソーシング』所収)等を参照。
  • 注5) 水道や公営住宅のアウトソーシングについては、自治体アウトソーシング研究会『Q&A自治体アウトソーシングの新段階』(2007年)等を参照。
  • 注6) 最近の庁舎整備等とマンションとの一体化計画の問題点については、尾林芳匡「『PFI神話』の崩壊と公共の課題」(前掲注1・『これでいいのか自治体アウトソーシング』所収)等を参照。
  • 注7) 企業委託した図書館の問題については、三村敦美「公共図書館の民間委託問題を考える」(前掲注1・『これでいいのか自治体アウトソーシング』所収)等を参照。
  • 注8) 欧州の動向については前掲注3の文献等を参照。
  • 注9) 「公共サービスイノベーション・プラットフォーム」2015年11月13日配布資料2 全国市長会行政委員会 立川市長 清水庄平
  • 注10) 法務省の新しい通達については、尾林芳匡「戸籍事務の民間委託 歯止めをかける事務連絡」本誌2015年7月号)等を参照。
  • 注11) 2015年10月5日付「朝日新聞」等参照。
尾林 芳匡

1961年生まれ、八王子合同法律事務所。著書に『自治体民営化のゆくえ―公共サービスの変質と再生』(2020年)。共著に『TPP・FTAと公共政策の変質』(2017年)、『行政サービスのインソーシング―「産業化」の日本と「社会正義」のイギリス』(2021年)。共編著に『水道の民営化・広域化を考える』(2018年)(いずれも自治体研究社)。