能登半島地震による甚大な被害によって改めて明らかになった避難計画の問題について述べます。
能登半島地震と原発
2024年元日の能登半島地震(以下「能登半島地震」)によって、各地で隆起が生じ、土砂災害によって道路が寸断され、家屋は多数倒壊し、石川県だけでも死者498名、行方不明者2名、負傷者1266名もの甚大な被害が出ています(2025年1月7日現在)。
能登半島には、志賀原発が立地しており、珠洲原発は立地予定(住民の方々の反対運動のおかげで立地計画は凍結)でした。もしこれらの原発を運転中に能登半島地震が起きていれば、大量の放射性物質放出事故が発生し、住民らは、家屋の損壊やその恐れによって自宅での屋内退避(自宅や避難所等の屋内に入り、放射性物質を体内に取り込むことを抑え、放射線を遮ることにより被ばくを少なくするとされています)もできず、道路の損壊によって避難経路が寸断され避難もできなかったことでしょう。以下、原発事故時の避難計画の問題について述べます。
屋内退避の問題
避難計画策定の指針である「原子力災害対策指針」(2024年9月11日改正)では、屋内退避について、「においては、段階的な避難やに基づく防護措置を実施するまでは屋内退避を原則実施しなければならない」(26ページ)と定めるのみで、屋内退避ができない場合についての規定はありません。
*UPZ:緊急時防護措置を準備する区域。
*OIL:防護措置実施の基準である運用上の介入レベル。
しかし、能登半島地震による石川県の住家被害は、計10万6137棟(全壊6081棟、半壊1万8357棟、一部損壊8万1688棟、床上浸水6棟、床下浸水5棟)にものぼります(2025年1月7日現在)。もし原発事故が起きていれば、多くの住民が自宅の損壊のために屋内退避をすることができなかったでしょう。
また自宅が損壊していなくとも地震後に強い揺れがいつ襲ってくるか分からないため、自宅での屋内退避はできません。能登半島地震では、発生当日から6日間で震度5強以上に限っても9回もの強い揺れが繰り返し襲っています。さらに過去には2016年4月に発生した熊本地震では2度目の強い揺れによる家屋の倒壊で犠牲者が出るなどの被害によって、地震時に屋内退避できないことは明らかになっていました。
それにもかかわらず、能登半島地震後の現在まで、原子力災害対策指針は、地震による原発事故時に原則として屋内退避をするとの規定だけで屋内退避できない場合を規定しておらず、重大な欠陥があるといえます。そして、このような指針に基づく各地の避難計画は、屋内退避ができない場合の対応を規定していなかったり、抽象的な記載(例えば指定避難所に避難するなどの記載)にとどまったり、指定避難所がどこなのか不明であったり、地震時の指定避難所が屋外であったり、多数の避難者を収容する避難所が足りないなど、放射性物質から身を守るためには不十分なものが散見されます。これでは実際に屋内退避する際に大混乱が生じるため、屋内退避できない場合にどのように対応するのかについて具体的に規定することが不可欠です。
避難経路の問題
能登半島沿岸部を走る国道249号線は、能登の大動脈と呼ばれ、能登半島唯一の国道です。能登半島地震では、この唯一の国道が複数箇所で損壊し、住民らの避難を阻み、また救助や救援物資の輸送などをも阻みました。
すなわち、国土交通省作成の下図によると、珠洲市の沿岸部を走る国道249号線は被災箇所が多数あり(主に沿岸部の×印)、地震発生から4日後になってようやく復旧に着手したものの、地震発生から約1週間経っても唯一の国道の復旧が全くできていません。輪島市と珠洲市をみると、孤立集落(●印)が多数発生し、解消されていないことが分かります。孤立集落の住民は、1月11日時点で22地区3124名にのぼります。
令和6年能登半島地震 能登半島 道路の緊急復旧の状況
令和6年1月8日(月)7時00分時点
〇1/4から国道249号の緊急復旧に着手。24時間体制を構築し、海側の国道249号の復旧に向け、(一社)日建連により緊急復旧作業を順次実施。
〇沿岸部では被災箇所が多数確認されているため、自衛隊と連携し、内陸からくしの歯状の緊急復旧も進めており、既に6方向で沿岸部へ通路を確保
地震によって道路が損壊し寸断されることは、過去の地震の経験からも、能登半島地震からも明らかです。そうすると、避難計画は、地震による避難経路の寸断を想定した上で策定されなければなりません。
しかし、現状の避難計画の多くは、避難経路の寸断を想定したものとは言えません。
例えば、愛媛県にある伊方原発は、佐田岬半島の根元に立地していますが、佐田岬半島は日本で一番細長い半島であり、海岸線から急峻な斜面が立ち上がり、半島の尾根を平均300メートル級の山脈が走っています。同半島の先端部の住民らが陸路で避難する経路は、半島の尾根を走る国道197号、沿岸部を走る県道255号の2つで、いずれの経路も複数の土砂災害危険個所が重なっており、地震によって寸断されることが容易に想定されます。
また例えば、東海第二原発のPAZ(約5キロメートル圏)に該当する茨城県日立市3地区の避難経路(主要避難経路、代替避難経路三つ)に共通する部分は、茨城県地震被害想定調査報告書で想定されている「F1断層、北方陸域の断層、塩ノ平断層の連動による地震」によって震度6強、震度6弱が想定されている地域を通っています。そして、多くの箇所が土砂災害警戒区域に指定されています。このような経路では、地震による原発事故時には土砂災害によって寸断されることが想定されます。
避難計画では、避難経路が寸断された場合は復旧をする旨を規定されていることがあります。しかし、上述のとおり、能登半島地震では唯一の国道でさえ復旧作業は地震発生から4日後に着手され、地震発生から一週間経過しても全く復旧できていないことから、復旧を期待することはできません。
放射線防護施設の問題
能登半島地震では、志賀原発で事故が起きた際に高齢者や障害者、逃げ遅れた住民らが放射性物質から身を守るための「放射線防護施設」について、20施設のうち6施設が放射線防護に支障を来す程度の損傷を受けました。
地震によって放射線防護施設が損傷し機能しなくなることは、他の地域でも十分に想定されます。例えば、島根原発における放射線防護施設は、19施設のうち6施設が土砂災害警戒区域内に位置しています。6施設は、最も原発に近い施設で約1・4キロメートル、最も離れていても約8・9キロメートルの近さです。中には、施設全体が土砂災害警戒区域内に位置するだけでなく、その周辺一帯も土砂災害警戒区域内に位置し、避難も救助もできないような立地にある施設もあります。これでは、地震による土砂災害によって施設自体が損壊し、生命、身体を害されることや、放射線から身を守れないことが想定されますし、あまりに原発に近いために放射線量が高く救助へ向かうことも困難になることが想定されます。
避難計画の抜本的見直しを
これらの問題は、原子力災害対策指針やそれに基づく各地の避難計画が、地震による原発事故を想定していないことの証左です。
脱原発弁護団全国連絡会では、能登半島地震を受けて、2024年1月23日付で意見書を出しました。その意見書では、能登半島地震の被害を見れば、原子力災害対策指針の定める屋内退避や避難等が地震による原発事故時において実行できないことを指摘し、①原子力災害対策指針及び原発周辺自治体が策定した住民の避難計画を直ちに、抜本的に見直すこと、②これらの見直しが完了するまでは、原発の安全性が確保されているとはいえないため、全国の稼働中の全ての原発の運転を直ちに停止することを強く求めています。
原子力規制委員会の山中伸介委員長は2024年3月19日の参議院予算委員会で、「自然災害によって生じる状況に対して、住民の避難場所や避難経路の確保のためにどのように備え対応するかについては、地方自治体が策定する地域防災計画の中で各地域の実情に応じて具体化される」と述べ、自治体へ丸投げしています。
しかし、地震大国日本では、地震による原発事故は最も想定すべき事故です。地震によって家屋倒壊、道路の寸断が生じることは当然ですから、そういった事態が生じても住民らが避難できる避難計画でなければなりません。これらは住民らの生命、身体の保護に直結する重大な問題ですから、原子力災害対策指針で率先して対応を規定しなければなりません。また同指針では、警戒事態を判断する基準として「震度6弱以上の地震が発生した場合」と規定しているのですから、放射性物質放出後についても一貫して地震による影響を考慮した規定が不可欠です。
したがって、この点を規定していない原子力災害対策指針、それに基づく避難計画は重大な不備欠落があると言え、抜本的な見直しが完了するまでは原発の運転を直ちに停止しなければなりません。
【注】
- 1 石川県「令和6年能登半島地震による人的・建物被害の状況について(第182報)」。
- 2 原子力規制委員会「原子力災害対策指針」。
- 3 前掲注1。
- 4 放射線防護施設は、陽圧化(室内の気圧を外気よりも高くすることで外気が入り込みにくくする。)や放射性物質除去フィルターなどを用いて、環境中の放射性物質が建物内に入ることを防ぐなどすることによって、被ばく量を低減する対策が施されたとされる施設をいいます。
- 5 内閣府「令和6年能登半島地震に係る志賀地域における被災状況調査(令和6年4月版)」別添7。
- 6 「第213回参議院予算委員会会議録第12号」22ページ。