近年、野生鳥獣による問題は、農村部における局地的な課題の域を超え、社会全体の安全や持続性に関わる全国的な社会課題へと変化しています。鳥獣害の実態とその対策について考えます。
鳥獣被害の現状
野生動物によってもたらされる被害は、農林業分野にとどまらず、生態系の劣化、人身被害や交通事故、さらには感染症リスクの増大など多岐にわたり、人の生活圏と野生動物の接点が拡大する中で、問題は複合化・深刻化しています。
農業分野における被害
全国の野生鳥獣による農作物被害額は、2017年度から2023年度までおおむね160億円前後で推移してきましたが、2024年度には約188億円と大きく増加し、前年比で約24億円の増となりました。シカ・イノシシ・サルの3種だけで、被害額の約7割を占めています。被害は水稲、野菜、果樹など基幹作物に集中しており、単なる収量減少にとどまらず、営農意欲の低下や耕作放棄地の拡大といった二次的影響を通じて、地域農業の持続性そのものを脅かしています。
獣類の増加と行動域の拡大は、森林分野にも深刻な影響を及ぼしています。2024年度の主要野生鳥獣による森林被害面積は全国で約4000ヘクタールとされ、その6~7割をシカによる被害が占めています。被害は、造林地における幼齢木の食害から、成林木の樹皮はぎにまで及び、の劣化やを引き起こしています。さらに、自然植生においては、特定植物群落の衰退や希少植物の局所的消失、下層植生の消失による土壌流出や災害リスクの増大など、生物多様性や水源涵養といった生態系サービスへの影響も顕在化しています。
こうした農林地での問題は、近年、人の生活圏にまで及び、人身被害という形で顕在化しています。2025年度には、クマによる人身被害が統計開始以降、過去最多水準に達しました。環境省の統計によれば、11月末時点で214件の負傷・死亡事故が報告され、13人の死亡が確認されています。被害は山間部だけでなく、住宅地や市街地周辺でも発生しており、目撃、接近、襲撃といった事案が全国各地で相次いでいます。また、イノシシについても、農地周辺に限らず、住宅地や公園などでの突進・かみつきによる人身被害や、生活環境への侵入事例が散発的に報告されています。
交通事故などの被害
交通分野においても、野生鳥獣の影響は顕著です。道路管理者が把握しているだけでも、直轄国道と高速道路を合わせて年間12万件以上が発生しており、近年は明確な減少が見られない高止まりの状況が続いています。その多くは犬・猫やタヌキなどの小中型動物ですが、シカ、イノシシ、クマといった大型野生動物による事故は、件数こそ少ないものの、重大な人身事故や交通障害につながるリスクが高いです。その象徴的な事例が北海道のエゾシカであり、シカとの交通事故は近年、年間5000件前後という過去最高水準で推移しています。
感染症拡大のリスク
さらに近年は、野生鳥獣が関与する感染症リスクの高まりも無視できない問題となっています。マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、致死率が約10~30%と極めて高い感染症であり、患者数は増加傾向にあります。発生地域も従来の西日本中心から拡大しつつあります。加えて、野生イノシシを感染源とする豚熱(CSF)は全国的に拡大し、野生個体群内でウイルスが定着することで、長期的な家畜防疫上の課題となっています。高病原性鳥インフルエンザについても、野鳥を介して毎年のように発生が確認され、家禽産業や人への影響が懸念されています。これらの感染症は、アライグマやハクビシンなど中型獣類が生活圏に進出することで、病原体やマダニが都市近郊へ持ち込まれ、人との接点が増大する点が大きな問題となっています。
このように、野生鳥獣による被害は、農林業、生態系、生活安全、交通、感染症といった分野を横断しながら拡大しており、個別対策では対応しきれない複合的な社会課題として捉える必要がある段階に入っています。
野生動物を適正に管理するために
管理のための枠組み
野生動物をめぐる課題に対し、自治体の各部局は、それぞれの制度と所管に基づき対応を迫られています。まず、クマ、シカ、イノシシ、サルなどの大型野生動物については、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」に基づき、都道府県が第二種特定鳥獣管理計画を策定し、科学的なモニタリングデータを参照しながら、個体群を中長期的に適正水準に収まるように管理する枠組みが取られています。
一方、農業被害対策については、「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(鳥獣被害防止特措法)」に基づき、市町村の農業担当部局が中心となって被害防止対策協議会を設置し、市町村ごとに被害防止計画を策定しています。これらの計画は原則として3年ごとに見直され、被害軽減目標を設定しながら対策が進められています。また、市町村の被害防止計画は、都道府県が策定する第二種特定鳥獣管理計画との整合性が求められています。
鳥獣被害対策(鳥獣害対策)の基本的な枠組みは、「個体数管理」「被害防除」「生息環境管理」の三本柱で構成されます。このうち個体数管理については、都道府県計画を踏まえ、市町村が捕獲(有害捕獲)として、農業被害や生活被害を引き起こしている加害個体を対象に捕獲を実施しています。市町村単独での対応が難しい広域的な個体群や高標高地域などについては、都道府県や国が主体となり、認定鳥獣捕獲等事業や広域捕獲が実施されています。
捕獲や駆除の状況
市町村が行う有害捕獲の多くは、「鳥獣被害対策実施隊」制度に基づき、地域の猟友会員が担っています。しかし、この猟友会員中心の捕獲体制には限界が顕在化しています。全国の狩猟免許保持者数は近年おおむね20万人前後で下げ止まり傾向にあるものの、猟友会員の平均年齢は多くの地域で60歳を超えており、第一種狩猟免許(銃猟)保持者は減少傾向が続き、罠猟免許保持者の比率が高まっています。
こうした状況を補完する役割として位置づけられているのが、認定鳥獣捕獲等事業者制度です。環境省の公表資料によれば、2025年時点で全国の認定鳥獣捕獲等事業者は178事業者にのぼり、そのうち36団体は猟友会または猟友会系組織が法人化した団体です。認定事業は本来、専門的技能と安全管理体制を有する「プロの捕獲組織」を育成・活用する制度として創設されましたが、実態としては地元猟友会が担い手となっている割合も少なくありません。その結果、有害捕獲、個体数調整捕獲、認定事業といった異なる制度・目的の捕獲を、同一の人材が立場を変えて担っているケースが多く、現場の捕獲人材は慢性的にひっ迫しています。
加えて、市町村では鳥獣害対策を専門とする技術職員が配置されている例は極めて少なく、都道府県においても鳥獣専門官などの配置が進みつつあるものの、まだ限定的です。さらに、定期的な人事異動により、専門性の高い知識や経験が蓄積・継承されにくいという構造的課題も抱えています。
求められる、科学的データの蓄積
さらに、個体数管理については、制度構造そのものに起因する深刻な問題が存在します。都道府県が策定する第二種特定鳥獣管理計画では、糞粒密度調査、カメラトラップ調査など、一定の科学的手法に基づく生息状況の把握が行われています。一方で、市町村が主体となって実施する有害鳥獣捕獲については、その前提となる生息密度や個体数に関する科学的データがほとんど存在せず、市町村ごとの捕獲目標は、経験則や過去実績に基づいて設定されているのが実情です。
そのため、仮に市町村が設定した捕獲目標を達成したとしても、それによって地域の野生動物の生息密度が実際に低下したのか、あるいは被害軽減につながったのかを検証する手段がありません。捕獲頭数の達成が目的化し、個体群管理という本来の目的との因果関係が不明確なまま対策が継続されている点は、大きな課題です。
加えて、制度所管の分断も整合性を欠く要因となっています。第二種特定鳥獣管理計画は環境省所管であるのに対し、市町村の被害防止計画は農林水産省所管であり、両者の計画が必ずしも同一のデータや評価指標を共有して策定されているわけではありません。その結果、市町村による有害捕獲、都道府県が実施する認定鳥獣捕獲等事業、個体数調整捕獲、広域捕獲が、相互に十分な連携や役割分担を持たないまま実施されています。
本来であれば、これらの捕獲施策が機能的に組み合わさり、年度を追って生息密度や加害個体数が低下し、それに伴って被害が減少しているかを検証する必要があります。しかし現状では、その検証に必要なモニタリングデータが体系的に取得されておらず、捕獲の成果を評価できない状態が続いています。
この問題は、特に生息数の多いニホンジカやイノシシで顕著ですが、ツキノワグマのように相対的に個体数が少ない種においても同様です。クマについては、地域によって個体数推定が十分に行われておらず、長期的な増減トレンドを把握できていないケースが多くあります。その結果、想定以上に個体数が増加し、2025年度に見られたような全国的な大量出没につながった可能性も否定できません。
さらに対応が困難なのがニホンザルです。群れ単位で行動する特性から、シカやイノシシで用いられる個体数推定手法が適用しにくく、正確な個体数把握が極めて困難であるにもかかわらず、その管理は市町村に大きく委ねられています。市町村では、専門的知見を有する職員が不足する中で、大型檻の導入などによる大量捕獲が進められていますが、それが個体数管理として適切に機能しているかを検証し、専門家の助言を受けながら評価している事例は限られています。
また、アライグマなどの外来種については、生態系への影響が顕在化しているにもかかわらず、早期根絶に向けた初期段階での集中的な対応が遅れ、正確な生息状況すら把握できていない地域が多くあります。
このように、本来、野生動物の個体数管理には科学的モニタリングが不可欠であるにもかかわらず、基礎的なデータの取得が不十分なまま対策が講じられており、計画的・科学的な個体群管理が成立していません。2024年度に実施された国の監査においても、累計捕獲頭数と被害金額の間に明確な相関は認められないことが指摘されています。一方で、科学的データに基づく計画を持ち、捕獲と評価を一体的に実施している市町村では被害が減少しているのに対し、「とりあえず捕獲を行っている」市町村では被害が減少していないという対比も示されており、今後の鳥獣害対策には、計画性と科学的根拠が不可欠であることが改めて浮き彫りとなっています。
被害をいかに防ぐか
畑に動物を入らせない
被害防除とは、被害が発生している圃場や集落全体を、物理柵や電気柵によって囲い込む手法であり、野生動物による農業被害や生活被害を直接的に抑制する対策として、現時点で最も即効性と効果が高い方法と位置づけられています。適切に設計され、対象動物の特性に応じた仕様で施工され、かつ継続的な維持管理が行われている防護柵は、被害軽減に大きな効果を発揮することが各地で確認されています。
一方で、2024年度に実施された鳥獣被害防止特別措置法に基づく国の監査においては、同法の補助金を活用して設置された防護柵の現地確認の結果、維持管理が不十分な事例や、対象種に適合していない不適切な仕様の柵、不十分な施工が随所で確認されていることが指摘されました。その結果、本来期待される防護柵の機能が十分に発揮されず、設置されているにもかかわらず被害が継続しているケースが少なくないことが明らかとなっています。
こうした問題の背景には、中山間地域における過疎化・高齢化という構造的課題があります。防護柵の設置や維持管理には、一定の体力と継続的な労働力が不可欠ですが、地域内に十分な人手を確保できない現状では、その継続が困難となっています。特に電気柵は、周囲の草が伸びることで容易に漏電が発生し、防除効果が著しく低下するため、定期的な草刈りが前提となります。しかし、週単位での草刈り作業を継続できる労働力を確保できない地域が多く、結果として電気柵が機能不全に陥っています。
加えて、住民による防護柵への理解不足も、被害防除の効果を低下させる要因となっています。柵の構造や設置意図、管理の重要性が十分に共有されないまま設置された場合、野生動物に容易に破壊される、あるいは人為的なミスによって機能が損なわれる事例も見られます。正しい知識の不足と労働力不足が相互に影響し合い、防護柵が「設置されたが機能していない」状態に陥っているケースが各地で確認されているのです。
同様の課題は、森林分野におけるシカ対策にも顕著です。造林地や若齢林を保護する目的で、シカネットや防護柵が設置されているものの、これらについても十分な維持管理が行われていない事例が多いです。林業経営において防護柵の維持管理費用を負担すると収支が赤字となる場合もあり、結果として管理が後回しにされ、防除効果が低下している現状があります。
人と動物の生活圏を分ける
次に、生息地環境整備について整理します。
生息地環境整備は、野生動物を集落や農地から遠ざけるために不可欠な対策ですが、ここでも中山間地域の過疎化・高齢化という根本的課題が大きな制約となっています。獣害が多発する中山間地域では耕作放棄地が増加していますが、草刈りなどの管理作業を担う労働力が不足しており、放置された農地が野生動物の隠れ場所や餌場となっています。
また、放置されたカキやクリなどの果樹についても、伐採や管理を行いたくても、それに必要な労働力や費用を確保できない事例が多いです。さらに、空き地や山林内の果樹が所有者不明となっている場合、法的制約から伐採や管理が進められないケースも少なくありません。これらの放置果樹が、野生動物を人里へ引き寄せる要因となっています。
一般に「山に動物が住み、平地に人が住む」と言われますが、日本の中山間地域は、複雑な谷と尾根が入り組んだ地形をしており、明確なゾーニングを行うことは容易ではありません。さらに、そのゾーニングの対象となる中山間地域そのものが過疎・高齢化によって人手不足に陥り、山林は荒廃し、適切な管理が行われない状態にあります。地主不在や境界不明確な林地も多く、林地集約や伐採に必要な許認可の調整が進まないという課題も重なっています。
加えて、中山間地域に点在するは耕作放棄され、野生動物にとって格好の餌場・隠れ場所となっています。かつては中山間地域にも人が定住し、を築き、しし番を置き、農具としての銃による追い払いが行われていたため、野生動物が容易に人里へ近づくことはありませんでした。また、里山は薪炭林として利用され、定期的な伐採や下草管理が行われていたため、現在のようにうっそうとした森林環境ではなかったのです。
このように、かつては奥山と人の生活域の間に明瞭なバッファーゾーン(緩衝地帯)が存在していたのですが、人口減少と地域社会の変化により、そのバッファーゾーンを維持することが困難となっている点が、現在の被害防除および生息地環境整備における根本的な課題です。
総じて、被害防除および生息地環境整備はいずれも、技術的手法そのものよりも、それを「誰が」「どのように」「継続的に」担うのかという点において、深刻な課題を抱えています。本来、これらの対策は、地域の実情を最もよく理解している住民が主体となり、集落単位で実施されることが望ましいとされてきました。いわゆる自助・共助による住民ぐるみの対策が、鳥獣被害防止の基本です。
しかし、現実には人口減少と高齢化の進行により、こうした住民主体の取り組みを維持することが困難となっています。防護柵の設置・維持管理、耕作放棄地や放置果樹の管理、山林整備といった作業を担う世代が地域から失われつつあり、自助・共助を前提とした対策の枠組み自体が現状に適合しなくなっています。
行政における体制の課題
一方、行政においても十分な対応が取れているとは言い難いです。多くの自治体では、鳥獣害対策を専門的に担当する部署や人員が確保されておらず、農業振興など他業務と兼務する形で担当者が配置されています。そのため、地域に継続的に関与し、集落や圃場ごとの課題に即した対策を支援する体制にはなっていません。
このように、住民による自助・共助が機能しにくくなり、行政も現場対応を担い切れない状況の中で、被害防除や生息地環境整備を「誰が担い、誰が継続するのか」という点が、鳥獣害対策における根本的課題として浮き彫りになっているのです。対策手法そのものは既に確立されている一方で、それを持続的に実行する主体の不在こそが、現在の鳥獣被害問題の核心です。
野生動物とともに生きるために
筆者はこれまで19年にわたり、大学教員として研究・教育に携わる一方で、農林水産省のアドバイザーとして全国各地の鳥獣害対策に関わってきました。また、大学で蓄積される知識や技術が十分に地域へ還元されていないという課題意識から、2011年に任意団体を立ち上げ、2014年にはNPO法人、さらに2018年には株式会社として、継続的に獣害対策のコンサルティング事業を行ってきました。その過程で、これまで述べてきたような鳥獣害対策の現場が抱える多くの課題を、実体験として突きつけられてきました。それらの課題をどのように解決すべきかについて、日々葛藤し続けてきた立場から、以下にいくつかの提案を示したいと思います。
まず、野生動物の個体数管理についてです。既に述べたとおり、個体数管理には科学的なモニタリングデータが不可欠です。イノシシであれば年間約60%、ニホンジカであれば約20%といった高い増加率で個体数が増えることが知られており、生息密度を維持・低減するためには、その増加速度に見合った捕獲が必要となります。
しかし、野生動物の生息個体数の「絶対値」を把握することは極めて難しく、いかなる推定手法にも統計的誤差が含まれます。そのため、推定された個体数の絶対値を前提に「〇%を捕獲目標」として設定する方法は、必ずしも有効に機能していません。もし個体数が過小評価されていれば、捕獲を続けても生息密度が下がらないという事態が生じるからです。したがって、個体数管理において重視すべきなのは、個体数の絶対値ではなく、地域における生息密度の変化を示す指標です。生息密度指標を継続的にモニタリングし、増加傾向にあれば捕獲圧を強め、減少傾向が顕著であれば捕獲を緩和するといった、順応的管理を行うことが重要です。
次に、捕獲を担う人材のあり方についてです。現在のように、狩猟者というボランティア性の高いレジャーハンターに公的捕獲を依存する体制には限界があります。今後は、認定鳥獣捕獲等事業者のような専門組織に事業委託する、あるいは地域に専門的職能を持つ捕獲者(カラー)を雇用し、専門官として捕獲を担う体制を構築すべきでしょう。さらに言えば、地域には野生動物のマネジメントや捕獲戦略を立案できる専門家と、その方針に基づいて捕獲を実施できる、高い技量とコンプライアンス、使命感を持った捕獲者がいる必要があります。マネジメントは専門機関や専門家が担い、現場で捕獲を行う人材は捕獲の専門家であるべきです。
また、命に関わる行為であるにもかかわらず、罠などの猟具にはJIS規格等の安全基準が存在せず、捕獲を担う人材にも国家資格制度がないのが現状です。野生動物は非常に賢く、一度捕獲に失敗すると、いわゆる「スレ個体」「スマートディア」と呼ばれる捕獲困難な個体が増え、捕獲効率は著しく低下すると言われています。したがって、公的な有害捕獲や個体数管理捕獲を担う人材には、一発で確実に捕獲できる技量と、戦略に基づいた捕獲が求められます。
続いて、被害防除および生息環境整備についてです。これらの対策の根本には、中山間地域における過疎・高齢化という構造的課題が存在します。これに正面から向き合わなければ、いずれの対策も持続しません。
あるいは、どうしても維持が困難な地域については、中核都市を中心とした「戦略的撤退」を含め、農村計画と都市計画を融合した視点でのランドスケープデザイン(景観設計)が必要となるでしょう。集落柵については、内部にさらに圃場柵を設ける必要があるものの、山から大量の大型獣が市街地へ流入することを防ぐ点で、市街地出没や交通事故防止の観点から一定の効果が期待できます。
また、ゾーニングを意識したランドスケープデザインとして、集落周辺の林地整備や、等で減少したドングリなどの堅果類の回復を図りつつ、野生動物の餌資源となる広葉樹林を計画的に維持・管理することも重要です。これらは農林業、環境、都市計画など複数の部局にまたがる施策であるため、県単位で分業や役割分担を検討する部会等の設置も必要でしょう。
行政体制については、専門官の配置が重要であることは言うまでもありませんが、仮に県に10名程度の専門官が配置されたとしても、現場全体をカバーするには明らかに人材が不足しています。また、専門官が異動せずに長期的に同一業務を担うことも現実的には難しいです。
そのため、農業・林業の普及指導を担う技官に対して鳥獣害対策の専門的カリキュラムを提供し、現場指導の中で鳥獣対策を並行して実施できる体制づくりが重要です。
筆者はこれまで、新潟県をはじめ複数の県において、県および市町村の鳥獣対策担当者を対象とした指導者養成研修を実施してきました。特に新潟県では2014年から継続して実施しており、県および市町村に600人以上の教え子がいます。職員の異動そのものを止めることはできませんが、異動時に最低限の知識を効率的に習得できる仕組みを用意することで、業務の断絶を防ぐことは可能です。
さらに、専門職ではない行政担当者はあくまで補助金の交付や制度運用を担い、住民への電気柵の維持管理指導や捕獲者育成といった実務については、鳥獣害対策の専門業者に委託したほうがよいと考えます。鳥獣被害対策は獣種ごとに異なる知識と技術が求められ、捕獲、防除、環境整備に加え、住民啓発や合意形成など、多岐にわたる専門性を必要とする分野です。1~2年で習得できるものではなく、専門家や専門業者との連携が不可欠です。
現在、鳥獣害対策は中山間地域の過疎・高齢化対策そのものであると考え、地域創生を目的とした会社を立ち上げ、地方でも十分に稼げる仕組みづくりに取り組んでいます。岡山県西粟倉村では、株式会社エーゼログループの牧大介代表らが、いわゆる「40社20億」と呼ばれるローカルベンチャー群を生み出し、人口1500人の山間地域において人口動態を変える成果を上げています。人が定着することで労働力不足を克服し、自然と共生する美しい地域を維持しようとする取り組みは、大きな示唆を与えてくれます。
日本における都市部への人口集中の根本原因は、中山間地域に若い世代が稼げる仕組みがないことです。ローカルベンチャーに代表される地域資源を活かした産業づくりは、鳥獣害対策を持続可能なものとするために不可欠な取り組みです。
