「子育て支援」は産む選択をした人だけを対象とし、産まない選択をする人は制度の枠外に置かれています。すべての住民の人権を保障するために、自治体がリプロの権利の視点で見直すべき課題と具体的な施策を提案し、実践的な方向性を示します。
「子育て支援」から外されているもの
少子化対策の名のもと、自治体の施策は「子育て支援」に大きく舵を切ってきました。保育所の整備や子育て世帯への経済的支援、相談窓口の充実はいずれも重要な取り組みです。しかし、これらの施策が対象としているのは、誰でしょうか。
想定されているのは、「産む選択をした人」「すでに子どもを産み育てている人」です。望まない妊娠で悩む人、産まない選択をする人、産みたくても産めない人は、制度の枠外に置かれています。こうした課題は、自治体の施策の中心には据えられていません。
これは、自治体職員個人の努力不足によるものではありません。国が「子育て支援」に予算をつけ、その枠組みで懸命に取り組んでこられた結果です。しかし、産む人だけを支援対象とし、産まない人への支援を想定しないという現状は、住民の人権を等しく保障するという自治体の役割から見て、制度設計上の不備です。
必要なのは、「子育て支援」という枠組みを超え、出生率の増加から、個人の人権を保障する視点へと転換することです。産む選択も産まない選択も、どちらも等しく支援することが自治体に求められています。
すべての住民の選択を尊重する視点から、制度設計を見直す必要があります。
「リプロの権利」とは何か
政府が用いる「」という用語では、健康(ヘルス)と権利(ライツ)の関係が曖昧です。両者は不可分ですが、社会制度として考える際には、権利の保障が鍵となります。そこで本稿では「リプロの権利(リプロダクティブ・ライツ)」という視点を採用します。
リプロの権利とは、産む・産まないを自由に決められること、そのために必要な情報やケア、資源へのアクセス、そして健康を保障される権利です。ただし、「産む自由」と「産まない自由」は、対立するものではありません。経済的・制度的に安心して産み育てられない社会では、産む自由は制約されます。さらに避妊や中絶へのアクセスも制限されれば、産まない自由も奪われます。両者は表裏一体です。
権利の保障には、健康支援への実質的なアクセスが不可欠です。しかし日本では、それが十分に確保されていません。低用量ピルやID(子宮内避妊器具)など、避妊の選択肢は限られ、諸外国で使える避妊パッチや膣リングなどは未承認で入手できません。避妊も中絶も高額で、中絶には配偶者の同意が求められます。さらに、女性に偏る育児負担や教育費の家庭負担、婚外子への差別、産科医療の地域格差といった社会条件も、産む自由を制約しています。これらは、「産む自由」も「産まない自由」も、共に制度的に制約されている現実を反映しています。
自治体が目指すべきは、すべての住民のリプロの権利の保障です。それは、どのような選択をする人も等しく尊重され、その選択を実現するために必要な情報と支援にアクセスできる社会を意味します。
自治体だからできること
─産む選択も、産まない選択も
2024年4月、「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(以下、女性支援新法)が施行されました。この法律は、自治体に対し、予期しない妊娠や経済的困窮、DV被害など、多様な困難を抱える女性への支援を義務付けました。これにより、既存の女性相談窓口や支援員を活用し、リプロの権利の視点で支援を拡充できる法的基盤が整いました。
近年は「子育てパパ」講座など、育児参加を促す取り組みが全国の自治体で広がっています。おむつ替えや抱っこ、ミルクの作り方など、育児の技術を父親に教える取り組みは、家事育児の分担を進める上で一定の効果があります。しかし、ここには見落とされがちな課題があります。技術を身につけた夫が「してやった」「自分はいいパパだ」という満足感を得るだけでは、妻との関係性は改善されません。本当に必要なのは、夫婦の相互理解と、対等なパートナーシップです。その典型例が、産後の性生活をめぐる問題です。
出産後の女性の身体は、出産によるダメージから回復するまでに時間を要します。加えて、出産直後から始まる授乳は24時間体制の大きな負担となり、職場復帰後も母乳育児を続ける人には、搾乳という手間が加わります。夜泣きが始まることで、慢性的な睡眠不足に陥る母親も少なくありません。こうした状態で性的な欲求が低下するのは、自然な反応です。一方、夫の側では、妻の妊娠中から続いた「禁欲期間」がようやく終わったと捉える人は少なくありません。しかし、妻の側は身体的にも精神的にも、性生活を再開できる気持ちになれないこともあります。このズレが、夫婦間の亀裂を生みます。
ここで必要なのは、育児の技術ではありません。妻の身体と気持ちを理解し、性的同意の重要性を学ぶことです。夫婦間であっても、性的同意は必要です。相手の状態を尊重し、無理強いしないことは、私的な家庭問題ではなく、DV防止に直結する基本です。こうした夫婦の関係性は、子どもにとって重要なモデルとなります。親が互いを尊重し合う姿を見て育った子どもは、将来、他者を尊重する人間になります。特に息子を持つ母親の多くが「女性を尊重する男性に育ってほしい」と願っていますが、日常の中で両親が示す関係性こそが、最も強力なモデルになります。
筆者は25年前、東京郊外で子育て自助グループを運営し、産後夫婦向けの性に関する講座を開催しました。講師を務めた助産師は、妻の身体の回復過程や授乳の負担を夫に伝えると同時に、「自分だけ除け者にされている」と感じがちな夫の孤独感にも言及しました。その結果、相互理解が進み、夫婦関係の改善や家事育児の分担に具体的な効果が見られました。
一方、自治体による支援は、「産んだ人」だけを対象にするものではありません。「産まない選択」をした人や、産みたくても産めない状況にある人への支援も、等しく重要です。
まず、予期しない妊娠に悩む女性への相談体制が必要です。多くの自治体が「にんしんSOS」などの名称で相談窓口を設けていますが、さらなる充実が求められます。相談にとどまらず、医療機関への同行や経済的支援の情報提供、必要に応じた居場所の提供まで、切れ目なく行える体制が求められます。
女性支援新法は、女性のための一時的な居場所の提供を自治体に求めています。DV被害から逃れてきた母子や、予期しない妊娠で行き場を失った若い女性が、その対象となります。こうした人々が安心して過ごせる場所を確保することは、自治体の責務です。既存のシェルターや母子生活支援施設との連携を強化し、より柔軟な支援を提供できる体制を整えることが求められます。
また、という選択肢についても、適切な情報提供が求められます。予期しない妊娠をした女性の中には、出産には至ったものの、自分で育てることが難しい人もいます。そうした女性に、この選択肢の存在を早い段階で伝えることが重要です。児童相談所や民間あっせん機関と連携し、女性が自分の状況に応じて選択できるよう支援することが求められます。
なお、従来の不妊治療に関する支援には、明確な偏りがあります。多くの自治体が不妊治療への助成を行い、治療を「始める」ことへの支援は手厚くなりました。しかし、心身の負担から治療を「やめる」決断をする人への支援は、ほとんど存在しません。不妊治療の「やめ時」を相談できる窓口や、治療をやめた後の人生設計を共に考える専門家は、制度としてほとんど位置付けられていません。こうした支援があれば、治療に疲れ果てた人々が、より早く、納得して次の選択へ踏み出せます。
自治体の強みは、多様な支援を総合的に提供できることです。産む選択をした人には産後ケアや育児支援を、妊娠に悩む人には相談や避妊・中絶の情報を、産みたいが困難な状況にある人にはシェルターや経済的支援、特別養子縁組の情報を提供できます。すべての女性の選択を尊重し、それを支えることが、リプロの権利を保障する自治体の役割です。
これらの施策が連動することで、リプロの権利を実質的に保障することができます。
具体的な施策提案
ここでは、自治体が実際に取り組める具体的な施策を提案します。いずれも、既存の予算や仕組みを活用しながら、段階的に進められるものです。
まず提案したいのは、公共施設や学校のトイレへの生理用品の常備です。すでに全国に先進事例があり、取り組みやすい施策です。しかし、これは単なる「生理用品の配布」ではありません。女性の基本的なニーズを満たすために公費を使えるという認識を、自治体内に定着させる第一歩です。経済的な障壁を除去し、必要な人が必要な時にアクセスできる環境を作ることが、次の施策につながります。生理用品の常備が定着すれば、緊急避妊薬への費用助成なども視野に入ります。入口を広げることで、より踏み込んだ施策への道筋が見えてくるのです。
次に重要なのは、支援の担い手となる専門職の育成です。女性支援新法に基づく女性相談支援員や保健師、養護教員などを対象に、体系的なリプロ関連の研修を実施します。研修内容は、知識と価値観の両面が必要です。知識面では、避妊方法の選択肢や中絶の実態、性的同意の重要性など、基本的な情報を更新します。しかしそれ以上に重要なのは、専門家自身の価値観を問い直す取り組みです。例えば中絶VCAT(行動と変革のための価値観の明確化)は、支援者自身が中絶に対する偏見や思い込みを自覚し、価値中立的な支援を可能にするワークショップです。「中絶は悪いこと」という無意識のバイアスによって、相談者を傷つけることも防げます。
自治体規模であれば、顔の見える範囲の多職種連携が効果的です。特に有効なのが、定期的なケース検討会です。児童虐待対応ではすでに実施されていますが、女性のリプロの課題については、ほとんど行われていません。女性相談支援員や保健師、医療機関、福祉事務所などの関係者が集まり、具体的なケースを検討します。予期しない妊娠、DV、経済的困窮など複合的な困難を抱える女性への支援は、一つの部署では完結しません。各職種の視点を持ち寄ることで、より適切な支援の道筋が明確になります。女性支援新法の施行により、こうした多職種連携の法的根拠も整いました。既存の女性相談窓口にリプロの視点を組み込むことで、新しい窓口を作らずとも、支援の幅を広げることができるのです。
専門職の育成と並行して、住民が月経や性について「話していい場」を設けることも重要です。例えば、助産師などの専門家を招いた勉強会と、住民同士の平場での対話を組み合わせた場です。女性たちは、月経や身体について、すでに問題意識を抱えています。しかし、それを「話していい」と認識されてこなかっただけなのです。「話していい場」が明確になれば、対話は自然に生まれます。
筆者の経験からも、出産を経た女性は、お産や身体のことなど多くの語るべきことを持っています。安全な場が保障されれば、対話が生まれ、参加者はが促され、相互の連帯も育まれます。こうした積み重ねによって、月経や性についてオープンに語れる文化を少しずつ醸成していきます。
住民への情報提供は、行政が作成するパンフレットの配布だけでは不十分です。より効果的なのは、住民自身が情報を発信する仕組み作りです。例えば、リプロに関する地域情報誌の制作を市民に委ねます。取材や執筆は市民が担い、自治体は予算面でサポートします。当事者視点の「本当に知りたい情報」を盛り込んだ情報誌は、行政が作成するものより高い説得力を持ちます。保育付きで実施すれば、子育て中の母親も参加でき、母親自身のエンパワーメントにつながります。
同様に、リプロに関するイベント企画を市民から募集し、予算を配分することも有効です。若者向けベビーシッター講座や産後夫婦の対話会、月経の悩みを語る会など、市民発のアイデアは多様で、対象世代や切り口も幅広い。なかでも、若者がベビーシッター講座で乳幼児と触れ合う経験は、将来の妊娠・出産について現実的に考える機会となり、次世代のリプロ意識形成に貢献します。自治体は場の提供と予算配分を担い、企画・運営は市民に委ねる。こうした役割分担が、住民のニーズに即した取り組みを生み出します。
最後に、予算の使い方について触れておきます。国からの予算は「子育て支援」「」など、個別施策名で下りてきます。個別施策を住民福祉という全体像の中で統合的に理解し直すことで、より効果的な支援につながります。例えば、プレコンセプションケアにおける健康教育を、産む・産まないの選択を含む包括的な情報提供として実施することは、制度趣旨を逸脱するものではありません。リプロに関する情報提供は、同施策の目的に合致しています。国が「子育て支援」にしか予算をつけなくても、自治体の責務は住民福祉の実現です。その視点に立てば、リプロの権利を保障する施策を展開する余地は十分にあります。
住民の幸福を支える自治体へ
ここまで、自治体が取り組めるリプロの権利保障の具体的な施策を提案してきました。しかし、最も重要なのは、こうした取り組みがすでに始まっているということです。全国各地で、迷いながらも住民の困りごとに向き合おうとしている自治体職員がいます。確実に前に進んでいる自治体があります。
今や自治体職員の皆さんには法的な後ろ盾があります。女性支援新法は、都道府県や市町村にも困難な問題を抱える女性への支援の責務を明記しました。これは国が決めた法律です。リプロの権利に関わる情報提供や妊娠相談、産む・産まないの選択に関わる支援は、女性支援新法の趣旨に沿った取り組みです。法律が求めていることを、正しく実行しようとしているのです。
自治体は、国の制度のもとで業務を担いながらも、住民の生活に最も近い立場で判断と実践を行う主体です。住民の生活と幸福を守る立場にあります。国が「子育て支援」という枠組みしか示さなくても、皆さんには住民福祉という大きな責務があります。その責務に立ち返れば、できることは思っている以上に多いのです。
もちろん、学校でのとの連携など、より大きな課題もあります。「産まない権利」を社会が受容するには、時間もかかるでしょう。しかし、文化は一朝一夕には変わりません。小さな積み重ねが、やがて大きな変化を生みます。まずは、生理用品の常備から。専門職へのリプロの研修から。対話の場づくりから。どこから始めてもかまいません。大切なのは、一歩を踏み出すことです。その一歩が、次の一歩を生みます。
自治体による実践の積み重ねが、社会全体の変革につながります。住民の幸福を支えることこそ、自治体の本質的な使命です。
