「自立」とは何か。簡単なようで難しい問題です。「自立」と関連する3つの言葉(「孤立」「依存」「自助」)を通して、地域防災における「自立」について考えます。
今回の特集のテーマは、「自治と分権の地域防災」です。「自治」とは、辞書等でチェックすると、自分や自分たちの属する集団のルールや物事を、外部の権力に頼らずに自分たち自身で決定し、処理し、その結果に責任を負うこと、とされています。よって、「自治」ということの中心には、「自立」、「自律」、「自主」、「自力」といった考え方があると言えるでしょう。本稿では、このうち「自立」に注目し、地域防災における「自立」について、「自立」そのものではなくて、あえて少しまわり道をして、それと関連する三つの言葉─「孤立」「依存」「自助」─を通して考えてみようと思います。
「孤立」─能登半島地震が突きつけた難題
2024年の元日に発生した能登半島地震は、多数の人命を奪い、初動の遅れや、その被害に追い打ちをかけた秋の豪雨災害も災いして、今なお、多くの被災者が苦しい生活を余儀なくされています。生活再建や被災地の復興についても「遅れている」とする報道が目立ちます。この大災害が突きつけた課題の多くは、被災したコミュニティーのほとんどが「半島」に位置していたことと結びつけて理解されています。これを象徴する言葉が、「集落孤立」です。実際、「孤立」と関連する課題として、「ライフライン途絶」、「道路寸断」、「2次避難(1・5次避難)」、「広域避難」、「災害関連死」なども指摘されました。
このような特徴を有する能登半島地震が、今後想定される大災害、特に南海トラフ地震対策に投げかけた課題にも重たいものがあります。なぜなら、南海トラフ地震では、右にリストアップした課題群がさらに深刻化して発生する可能性が高いからです。上述の通り、能登半島地震については「半島」に注目が集まりましたが、南海トラフ地震の想定被災地域にも、伊豆半島、佐田岬半島など多数の半島が存在します。四国は半島どころか、それ自体が大きな島です。加えて、地形的には半島ではなくても、半島と同様にアクセス道路が限られ、また過疎高齢化した集落も各地に多数散在しています。
さらに悪いことに、南海トラフ地震では、被害規模や被災地の面的広がりが、能登半島地震の数十倍になることを覚悟しなければなりません。能登半島地震で災害救助法が適用されたのは4県47市町村で(2024年1月15日時点)、これは日本の全市町村数の約2・5%に過ぎません。そのため、輪島市には、東京都、大阪府、広島県など、全国から約20もの自治体が支援に入っています。
ところが、南海トラフ地震で、対策推進地域に指定されている市町村は、1都2府26県707市町村に及び、これは、全市町村数の40%超にもなります。想定される南海トラフ地震と能登半島地震とを比較すると、被災地となる市町村と支援可能な市町村との比がまったく異なるわけです。しかも、仮に南海トラフ地震が「」となって、続けて大きな地震が発生する可能性を知らせる「南海トラフ地震臨時情報」(2024年8月8日の日向灘地震の発生に伴って初めて発表)が発表されれば、被害がなかった自治体ですら他の地域に救援の手を差し伸べたり、二次避難者を受け入れたりする余裕はほとんどなくなる恐れがあります。
この難問は残念ながら容易には解けません。とは言え、解決へ向けた模索は始まっています。その一つが、地域社会の「孤立」ならぬ「自立」を目指すことです。特に、近年、脱炭素政策(二酸化炭素の排出を抑えようとする政策)の流れで、電力の地産地消が目指されています。平たく言えば、自分たちの地域で使用する電力は、自分たちの地域で生産しようとする考え方です。この考え方を拡張すると、電力面での「自立」をテコに、(福祉)避難所の冷暖房や医療機器への電力提供、水の供給(浄水器、揚水機など)、地域の移動手段の確保(電気自動車)などを中核として、たとえ被災して「集落孤立」したとしても、長期間「自立」して生活できる「防災地域自立圏」を目指す方向性につながります()。
これは決して荒唐無稽な話ではありません。筆者が長年関わりをもっている高知県黒潮町で、「防災×脱炭素×福祉」の旗印のもと実際に構想され、実現に向けてすでに具体的な施設整備や訓練も始まっています。たとえば、避難先となる公共施設や避難タワーには多数の太陽光パネルが設置され、大容量のバッテリーもあります(写真1)。
さらに、町役場の駐車場には、充電中の電気自動車(公用車)がズラリと並んでいます(写真2)。
こうした電力面での「自立」が、「」や「生活防災」の発想、言いかえれば、日常時と災害時の連続性を重んじる発想にもフィットしていることも重要です。つまり、上で紹介した動きは、災害発生時、被害拡大につながる停電という大きなリスクを低減するだけでなく、日常的にも多くの効果を発揮します。具体的には、脱炭素(環境問題)への貢献に加えて、福祉施設や学校施設の快適化(冷暖房など)、電気自動車を活用した地域公共サービスの充実などです。
「孤立」が多発し、しかも外部からの救援の意外な脆さが露呈した能登半島地震を経験し、さらに大きな規模で「孤立」が心配される南海トラフ地震が予想される今だからこそ、あらためて「自立」の重要性を思い起こす必要があります。そして、「自立」のためには、足もとの地域社会や身近な日常生活を長い目で改善していく地道な努力が必要とされています。
自立とは依存先が多いこと
見出しに掲げたフレーズ、「自立とは依存先が多いこと」については、誤植だと思われた方もいらっしゃるかもしれません。正しくは、「自立とは依存先が少ない(無い)こと」ではないのかと。しかし、これは誤植ではありません。医師の熊谷晋一郎氏が問題提起したフレーズで、障害学の分野では非常によく知られています()。熊谷氏は、自身、身体障害をもっています。そして、特に幼少期、何もかもを特定の人(母親)に依存するほかなかった自分と比較して、健常者が非常に多くの人に広く薄く依存している事実を見いだし、障害者は他者に多くを依存している人なのではなくて、むしろ依存が足りない人なのだと喝破したのです。
「自立」とは、多くの人に大きく依存している状態で、「依存」とは依存が足りていない状態だ。この一見奇異に映る理解は、しかし、災害時のことを考えてみると腑に落ちます。熊谷氏は、東日本大震災の揺れを東京のオフィスで感じたときの経験を例として挙げています。あの時、熊谷氏はビルの5階にいて、余震が繰り返し発生する中、避難誘導のアナウンスが流れていたそうです。ところが、エレベーターが停止していたため、重さ200キロもある電動車いすに乗って生活していた熊谷氏は直ちに困惑することになりました。結局、熊谷氏は、電動車いすを放置して周囲の人と避難することを決意します。しかし、「電動車いすから引きはがされるとき、私に、ぴりぴりとした痛みが走った。[…]移動を可能にする電動車いすを失って、私は、自分が、小さくて弱いもの、周囲からはぐれているものへとみるみる変わっていくのを感じた」(前掲112ページ)というのです。健常者は、災害発生時においても、自分の身体移動について多くの依存先に頼ることができます。エスカレーター、階段、縄ばしご、脱出シューターなど…。他方で、熊谷氏はそうではありません。電動車いすだけが頼りで、それだけが唯一の依存先だったわけです。
要するに、何ものにも依存せずに生きている人など、存在しないのです。熊谷氏によれば、障害者とは、「一部の資源に自らのケアが供給独占されている人々」です。つまり、通常イメージされているのとは逆に、障害者とは何かに依存し過ぎていたり、ケアを人一倍受けていたりする人なのではなく、未だ十分にケアされず、依存できていない人だと言えるわけです。一般に、「依存先の多さ」と、一人あたりの依存先への「依存度の深さ」との関係は、一方が増えれば他方が減るという関係にあります。したがって、「自立」とは、依存しないことではなく、むしろ依存先が分散し、自分への支援供給が特定の人に独占されていない状態を意味することになります。
前節で見た過疎地の孤立集落も、実は同じことです。たとえば、東京や大阪といった大都市は、決して「自立」しているわけではありません。むしろ、そこから四方八方に広がる道路網や鉄道網、そして、そこへとつながる多くのライフラインを通して、非常に多くの地域や多数の人たちに依存しています。このことは、業界用語を使えば、ネットワークのリダンダンシー(冗長性)が大きい、と表現することもできるでしょう。たとえば、JRが止まったら私鉄に乗り換える、それもダメならバスやタクシーの利用を、最悪、レンタサイクルも…など、都市部の「自立」した暮らしは、多数の「依存」先に支えられています。それと比較すると、過疎地は「依存先」が限定されていると言えます。それが「孤立」のリスクを高めているわけです。
このように考えてくると、前節で言及した「防災地域自立圏」についても、もう少し丁寧に位置付けておく必要があるとわかります。たとえば、太陽光発電等を通じて、電力面で自立することは、たしかに非常に重要です。しかし、これは、従来の電力供給網(黒潮町で言えば、四国電力からの給電)が無用になるという話ではありません。そうではなく、四国電力からの供給もある、役場庁舎の屋上に設置した太陽光パネルも利用できる、さらに、電気自動車に蓄えられた電力も緊急時には使える─このような依存先の分散と多様化が重要で、それこそが「自立」ということになるわけです。
「自助」─「津波てんでんこ」に見る「自助」と「共助」の融合
「自立」と聞くと、防災分野では、「自助・共助・公助」というフレーズの中の「自助」を思い浮かべる方も多いでしょう。このとき、「自助努力」、「自己責任」といったニュアンスが(勝手に)加わることが多い点に注意が必要です。このことが鮮明にあらわれているのが、「津波てんでんこ」という考え方に対する誤解だと筆者は考えており、この点については、これまでにも繰り返し指摘してきました(など)。
「津波てんでんこ」という教えは、通常、次のように理解されています。「津波の危険があるときは、親も子も親友もない、他の人に構わず、てんでばらばらに逃げよ。それだけが命を守るすべだ」という教えです。この事実認識自体には大きな誤りはないでしょう。津波はたしかに大きな脅威です。しかし、この教えを「自助」の原則だとする考えには大きな誤解がはらまれていると思います。なぜなら、「津波てんでんこ」は、上で述べたこと以外に少なくとも以下の三つの大切な働きを果たすからです。
まず、「津波てんでんこ」は、自分以外の他者の避難を促進する機能をもっています。東日本大震災発生時、岩手県釜石市の中学生が率先避難者としていち早く避難し、その様子を見た隣の小学校の児童や地域の住民も一緒に避難したエピソードは広く知られています。人にとって最大最強の災害情報は、他ならぬ人自身です。つまり、すでに逃げている人を目撃することは、避難を促す強力な後押しとなります。裏を返せば、「津波てんでんこ」の原則に従って逃げ始めた人たちは、自分の命だけでなく、自分に続く人たちの命をも救っていることになります。
次に、「津波てんでんこ」は、「あなた(たち)だけは助かってほしい」とお互いに強く願っている人たちの間で、逃げることについての相互信頼を事前に醸成しておく役割を担っています。東日本大震災では、避難する前に家族を迎えに行ったり安否を確認したりした人も多く、それが迅速な避難を妨げる要因として指摘されました。たとえば、自宅にいる親は「てんでんこ」しようにも、学校にいる子どもたちが確実に「てんでんこ」してくれると信じることができないと、自分も避難できません。学校にいる子どもたちもまったく同様です。だから、親と子の間で、「津波のときは、どこにいても私は『てんでんこ』するし、あなたもそうしてね」という互いの信頼関係を築いておくことが重要となります。「津波てんでんこ」では、各人がそうするだけでは不十分で、大切だと思い合う人たち同士が、「セット」(グループ)でそうすることが不可欠なのです()。
さらに、「津波てんでんこ」は、生き残った人びとが自らを責める気持ち(サバイバーズギルト)を緩和する機能も果たします。たとえば、今ここに、別の場所にいた祖母を津波で失った孫がいるとしましょう。この孫が、「どうしておばあちゃんを助けてやれなかったんだろう、自分はそうすべきだったのではないか」との感覚に苛まれることがあります。しかし、この二人が常日頃、「津波のときは、『てんでんこ』だね」と言い交わし続けていたとしたらどうでしょう。この孫は、祖母から「あなたは逃げてよかったんだよ」と許しを得た気持ちになるでしょう。
以上のように、「津波てんでんこ」は、「自分の命は自分で守ろう」という単純素朴な「自助」の意味に限定される教えではありません。むしろ、周囲の人たちの命、あるいは、その時離れた場所にいるかもしれない大切な人の命を守るための教え、言いかえれば、「共助」を促進する教えでもあると見ることができます。さらに、上で見た第三の機能を考えあわせれば、「津波てんでんこ」には、自分が不幸にして亡くなったときでも、自分にとって大切な人の被災後のこころと生活を支える働きまで組み込まれていると言ってもよいでしょう。
要するに、「津波てんでんこ=自助の教え」というのは、非常に表層的な理解であり、「津波てんでんこ」において、自分の身は自分で守ること(「自助」)と、周囲の人びと、特に、自分にとって一番大切な人の身を守ること(「共助」)とが重なりあっているのです。これこそが、「津波てんでんこ」の核心です。地域防災における「自立」について考える上でも、見逃せない論点の一つだと思います。
【引用文献】
- 矢守克也(2026)「能登半島地震と防災地域自立圏」、矢守克也(著)『みんなの防災心理学─日常と災害をつなぐ』ナカニシヤ出版、52~53ページ。
- 矢守克也(2017) 矢守克也(著)『天地海人─防災・減災えっせい辞典』ナカニシヤ出版、79~82ページ。
- 熊谷晋一郎(2013)「依存先の分散としての自立」、村田純一(編)『知の生態学的転回2 技術: 身体を取り囲む人工環境』東京大学出版会、109~136ページ。
- 岡田夏美・矢守克也(2025)「『津波てんでんこ』を実現するための認識共有に関する研究─親子間の対話の分析を通して」『災害情報』23号、1~12ページ。
