【第65回自治体学校記念講演】厳しさが増す自治体をめぐる状況…では、どうすればいいのか?


この1年を振り返ってみると

主にこの1年間を振り返りながら、地方自治を巡ってどのような問題があったのか、それが自治体や地域に対してどのような影響を与えてきたか、また、その中で自治体と地域を変えていくためには何が必要なのかをお話しします。

昨年の12月にの改訂がありました。日本の場合、憲法9条があって「集団的自衛権を行使することはできない」というのが従来の政府の解釈でした。ところが岸田内閣は去年の12月、具体的には敵基地攻撃能力を持つとか、防衛予算を対GDP1%から2%まで引き上げるとか、安保法制の実質化を図っていくものとしてこの安保3文書の改訂が行われました。

* 安保3文書:国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画。

もう一つ大きいのが社会保障改革です。

全世代型社会保障構築会議の報告書が出ましたが、保険料本人負担の引き上げなどが書かれています。骨太の方針でも明記されていますが、デジタル化のような新たな成長分野に労働力を流動化させていく中で、従来正規雇用を前提にしていた日本の社会保障制度を、非正規雇用のような労働力流動化を今以上に激しくしていく中で今後どう築いていくのか。そういった内容が書かれています。

少子化対策=財源論の限界

それにもう一つ、今年6月に決められたのが「こども未来戦略方針」です。日本の少子化が想定以上に進んでいるのをどう打開していくのか。それが今の内閣が提唱している「異次元の少子化対策」で、これには二つの大きな問題があります。

一つは、少子化対策を財源問題に矮小化していることです。今日本でなぜこれだけ出生率が落ち込んでいるのか。最大の理由は、賃金は上がらないで非正規雇用が増えている、安心して子どもを産んで育てることが極めて困難になっているからです。その原因は、政府がこの20年間進めてきた新自由主義的な政策にあります。ところが「異次元の少子化対策」はそこに手をつけようとせず、児童手当や出産一時金の引き上げといった、政府の予算措置によって実現可能な項目に限定されています。その結果、少子化対策=財源論になってしまっています。

もう一つ大きな問題は、財源の確保ですが、収益を上げている大手企業とか富裕層に対する課税ではなくて、社会保険料に上乗せするなど国民負担を拡大するような形で財源を確保しようとしている、ここに二つ目の大きな問題があります。

企業の成長戦略としてのデジタル化

その一方で、政府が考える成長戦略の柱になるのがデジタル化です。昨年の6月には「デジタル田園都市国家構想基本方針」が、同じく12月には「デジタル田園都市国家構想総合戦略」が定められました。この目的は、自治体を総動員して市民生活や地域のデジタル化を進める、そして市民生活に関わる医療とか福祉・教育といった分野を包括的に民間に委ねていくことです。ここに日本の企業の新たな収益源を見出していることが、このデジタル構想の根本ではないかと思います。これとの関係で今年の6月にマイナンバー法改正が行われています。個々の市民をこの地域のデジタル化に巻き込んでいくためには、マイナンバーカードの普及が避けて通れないわけです。

ちなみに「デジタル田園都市国家構想」に関連して、かなりの自治体が取り込もうとしているのが健康に関する政策です。デジタル技術を活用して市民の健康管理、医療をどう展開するか、そういう計画が市町村から今たくさん出されています。例えば、心筋梗塞で倒れた人を救急車で搬送している最中に、マイナンバーカードを使ってその人の今までの医療情報を引き出しておいて、病院に着いたら直ちに処置が開始できるよう時間の短縮を図る計画を作っている行政もあります。ですから、そういう自治体で皆さんが心筋梗塞を起こしたら、マイナンバーカードをしっかり握って倒れないとダメです。

医療とか福祉、教育をデジタル化すること自身は別に否定はしませんが、お医者さんの医療行為や薬を出してもらうのは医療保険が適用される一方で、例えばバイタルデータをAIが分析するといったことは、すべて企業が担当しますから、当然有料になります。そうなると、それを利用できる人と利用できない人が当然出てきます。またデジタル化が進んできますと、この地域でどういう医療を展開するかを民間企業が計画していくことになり、そこにお医者さんや薬剤師さんや行政が組み込まれていくことになります。ですからデジタル化というのは確かに一面では非常に便利ですが、その地域の市民生活を丸ごと企業に売っていくことになります。

自治体で起きていること

こういう中で、残念ながらかなりの自治体は、自治体DXとか地域医療構想、公共施設等総合管理計画、立地適正化、小中一貫校といった市民生活に大きな影響を及ぼす国の方針を無批判に受け入れています。

また地域経済も極めて深刻な状況にあります。その理由は個人消費が低迷していることです。日本経済のうち50%以上は個人消費ですから、個人消費が上向かない限り地域経済の活性化はありえません。でも残念ながら多くの自治体が地域経済をどうやって活性化しようとしているかというと、大型開発とか、インバウンドをどんどん呼び込むことです。インバウンドを呼ぼうと思うとインフラ整備がいるとか、民間企業の投資を実現していくためには規制緩和がいるとか、そういったことを進めている行政が多いのではないかなと思います。

しかも、大型開発をする財源を確保するために「財政非常事態宣言」をしている自治体が少なからず存在しています。つまり、社会保障の削減など、市民向けの予算を削減して大型開発の予算を確保する方便です。社会保障費の大半は人件費ですから、雇用効果の高い社会保障費を削っていくと地域にとっては深刻な影響が出ます。

他方、公共施設を統廃合し、民営化、民間委託をただひたすら進めようとしている自治体も残念ながら多くあります。小学校の数を見ますと、2000年には全国で2万3000の小学校がありましたが、直近では1万8000まで減っています。公立保育所も、2000年に1万3000あったのが直近では7000まで減っています。ですから一方では大型開発、インバウンドに優先的に予算を使いながら、もう一方では市民向けの公共施設を減らし、民営化を進めていく行政がたくさんあります。

そういった行政に共通している特徴は、市民参加には非常に不熱心ということです。形式的なを実施したりもしますが、実質的な市民の参加をあまり熱心に進めずに様々な施策を展開している行政が多いように思います。

* パブコメ(パブリックコメント):行政が基本的な政策や計画などを策定する過程で、その趣旨、目的、内容その他必要な事項を公表し、広く市民から意見や情報を求める制度。

「異次元の少子化対策」は出生率アップの切り札になるか?

それから合計特殊出生率、1人の女性が一生の間に産む子どもの数を見ますと、「地方創生」が始まった2014年の出生率は1・42で、その際に出生率が2・07になれば人口が長期的に安定するという目標を掲げました。ですから「地方創生」が成功していれば、2020年には1・60になっていたはずですが、2022年では1・26と、統計を取り始めてから最低の値になっています。団塊の世代の方は1年間で250万人生まれていましたが、今年は73万人ぐらいになりそうだと予測されています。生まれてくる子どもが加速度的に減っていて、このまま行くと日本の人口は今世紀末には5000万人ぐらいまで下がるだろうと予測されています。5000万人と言いますと明治時代の水準ですから、100年後には今から100年前に戻るというのが日本の将来人口予測なんです。

こんな勢いで人口がどんどんどんどん減っていくと、地域経済にも極めて深刻な影響が出てくるのは間違いありません。ただ誤解のないように言っておきますと、子どもを産むかどうかは本人が決めたらいいことなんですね。いま少子化対策としてちゃんとしないとだめなのは、子どもを産みたいけれども産みにくい、子どもを産んで育てたいけれども仕事と両立できそうにないから諦める。そういった人たちが安心して子どもを産めるような社会に変えていくことが重要なのです。

今日本で生まれてくる子どもが大幅に減っているのは、出生率が落ち込んでいることと、もう一つは子どもを産む女性の数が急速に減っているという、この二つの理由です。少子化対策をすることで、1人の女性の生む子どもの数を増やすことはある程度可能ですが、子どもを産む女性の数を増やすのは並大抵のことではありません。今30代の人は1400万人近く日本にはいますが、2050年には1000万人ぐらいに減ります。2050年に30代になろうと思うと、もう既に生まれていないとダメなんで、今から頑張って少子化対策をやっても2050年に30代になる女性を増やせるかというと無理なのです。今の政府の「異次元の少子化対策」でもこの数年が勝負だと言っています。2025年から2035年ぐらいの間は30代の人の減り方がちょっと緩やかになりますから、その頃に出生率を上げると生まれる子どもの数が増えるということで、この5年、10年が少子化対策はラストチャンスというとちょっと言い過ぎですが、そういうところに日本は直面しています。

地方政治を変えるのは女性と若者の投票率アップ

全体的に見ますと、特にこの1、2年、集団的自衛権や敵基地攻撃能力に代表されるアメリカの世界戦略に日本が組み込まれてきました。またそこに、自治体が急速に巻き込まれていって、その動きが非常に顕著になったのが2023年ではなかったかと思います。ではそういう中で、地方政治がどういう時に変わるのかということです。

図1は杉並区の区長に岸本聡子さんが当選された時の区長選挙とその前回の区長選挙の投票率を見たグラフです。前回の2018年から今回2022年の選挙で、投票率が5・5ポイント上がっています。増加率でいうと17%です。その投票率が男女別、年齢別でどのくらい増加しているのかを見ているのがこのグラフです。これを見ますと、投票率が上がっているのは60代以上を除く全ての年齢層で女性、もっとも伸びているのが20代です。その次が30代、10代。女性と若者の投票率が伸びています。この2つが大きな特徴です。

 

   

図2は、山中竹春さんがカジノに反対して当選された横浜市長選挙です。これをその前の選挙と比べますと、明らかに若者の伸びが、さらには若い女性の伸びが大きいです。また図3は、2020年11月に大阪で都構想についての住民投票が行われて否決された時と前年に行われた大阪市長選挙の投票率の違いを見ています。先ほどと全く一緒で、80歳以上だけ男性がちょっと多く、後は全て女性が多いです。先ほどと一緒で20代が一番高くて、30代、10代と続いています。

この間、投票率が上がらずに選挙で地方政治が変わるということはほぼ起こっていません。では投票率が上がるというのはどういうことかというと、政治や社会を変えたいという票が増えるか、もしくは大阪都構想では地域を破壊から守りたいという票が増えるということなのです。社会を維持したいという層はだいたい投票に行っています。今まで投票に行っていない人、とくに女性と若者の投票率がどこまで上がるかで決まると思います。

 

    

 

    

地方政治を変える要件

地方政治を変える要件が、この間見ていると四つあります。一つは政策です。政策というのは、今市民が考えているその憤りの原因がどこにあるのか、どうすればそれが解決するのか、そういう解決策を示すことができるかどうかです。おそらく自治体学校に来られる議員さんは真面目な方が多いですから、選挙政策が50ぐらい並ぶかもしれません。並べてもいいのですが、多くても3個くらいに争点をピタッと合わすことができるかどうかです。例えば今回の選挙でも全国的に伸びた「維新」の言っていることは、基本的に〝身を切る改革〟です。彼らは二つぐらいしか言いません。

もう一つはそれを実現するための主体です。どういう政治勢力が伸びれば新たな政策が実現できるのか、それを分かりやすく示せないと、どこに投票したらいいのかわかりません。三つ目は、例えば、今の若者は新聞を読んでいないし、最近テレビも見ません。パソコンとスマホがあればいい。だからどういう方法で女性や若者に政策や主体を伝えていくのかです。四つ目は継続です。幅広い市民運動をきちんと継続的に行っているのかどうか。要するに選挙前に慌ててもあかんということです。こういう四つがきちっと揃ったところでは、地方政治が大きく動いてるなという実感があります。これもこの1、2年の大きな特徴ではなかったかなと思います。

主体のところだけちょっとふれておきますと、今ちょうど埼玉と群馬で知事選挙がおこなわれていますが、図4に過去12年間の全国の知事選挙を分類してみました。「与野党相乗り」、「保守分裂」、「三極構造」、最後が「野党共闘」。そういう形で分類すると、知事選挙では与野党相乗りが圧倒的です。野党共闘型の知事選挙が増えていると言っても全国的に見るとまだ4分の1です。大型開発にのめり込んだり民営化や民間委託をただひたすら進めている、そんな地方政治を変えていこうと思うと、それに反対する政党なり市民団体なり労働組合が協力しないとなかなか勝てない状況にあると思います。ですから、地方においてこういう市民と野党との共同をどう進めていくのか、そこをきっちりしないと地方政治を変えていく主体が市民の前にはなかなか見えません。その辺が大きなポイントになるかなと思います。

 

    

どうすれば自治能力の高い市民を育成できるか?

最後に1点だけ触れておきますと、私の専門はまちづくりで、その最終的な目標は人づくりです。地域に関心を持って地域を良くするために共同で取り組む人を作る、それが人づくりです。言い換えると「自治能力の高い市民」ですが、じゃあどうすれば自治能力の高い市民を育成できるかというと、人は実践を通じてしか成長しません。市民運動というのはそこに市民が参加してくる中で市民が成長していく。そういう市民が増えてくると地方政治も変えていくことができるのではないかなと思います。

ですから今日は、自治体学校に参加していただいて、色々と学んでいただくとともに、それをぜひ地域に持ち帰って、市民とともに地域を変えていく、そういう実践の輪をぜひ広げていっていただきたいと思っています。


中山 徹

1959年大阪生まれ。京都大学大学院博士課程修了。工学博士、一級建築士。主な著書に『人口減少と大規模開発』2017年、『人口減少と公共施設の展望』『人口減少時代の自治体政策』2018年、いずれも自治体研究社。