6・23「慰霊の日」に誓う

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沖縄県は、毎年6月23日を「慰霊の日」として、「沖縄県慰霊の日を定める条例」(1974年条例第42号)により県の公休日と定めています。沖縄戦戦没者の慰霊と、戦争の惨禍を繰り返さない誓いをするための日です。

1945年3月末にふり諸島、そして4月1日に沖縄本島上陸と、米軍を主体とする連合国軍の侵攻は太平洋地域で最大規模の陸上戦となりました。日米軍人のみならず、一般住民約9万4000人と、当時、日本が植民地支配をしていた朝鮮、台湾からの徴兵を含む約20万余人が犠牲となりました。そうした犠牲者を慰霊するため、1961年に琉球政府立法院は、沖縄の戦没者の霊を慰め平和を祈る日として「慰霊の日」を制定、1972年の「日本復帰」後は、沖縄県が「沖縄県慰霊の日を定める条例」を制定しました。しかし、1988年の地方自治法一部改正の際に危機が訪れます。地方公共団体の休日を国と合わせるよう義務づけが進められることに対し、沖縄県民の強い反発と抗議運動が大きく広がりました。その後、「慰霊の日」休日廃止の条例案は2度の継続審議となり、1990年3月には与野党の合意により審議未了廃案となりました。

こうした経緯から、1991年に地方自治法改正で新設された第4条の2第3項は、「当該地方公共団体において特別な歴史的、社会的意義を有し、住民がこぞつて記念することが定着している日で、当該地方公共団体の休日とすることについて広く国民の理解を得られるようなものは、第一項の地方公共団体の休日として定めることができる」と定め、「慰霊の日」を休日とすることが法律上も認められました。

戦後80年を超え、誰もが「戦後」がいつまでも続くことを求め、そしてそれが当然であると考えたい。かつて冷戦時代の核兵器拡大競争は、全世界を滅亡へ導く「確証破壊」として認識され、1987年に当時のゴルバチョフソ連邦書記長とレーガン米国大統領による中距離核戦力全廃条約が締結されました。これは冷戦構造の終結につながり、1990年にはゴルバチョフ大統領にノーベル平和賞が授与。この流れはその後の「核兵器のない世界」を実現するための対話と国際協調重視として全世界へ広がり、2009年にはオバマ大統領のノーベル平和賞受賞につながりました。しかし、それからわずか10年余の2022年に起きたロシアのウクライナへの軍事侵攻、イスラエルとパレスチナの紛争、そして今年のアメリカとイスラエルによるイランへの先制攻撃。果たしてこれは現実なのかという違和感を抑えることができません。そうした中で「周辺諸国へも戦争が拡大する」という風評や「軍備は必要だ」との刷り込みが生じています。実際に、こうした「我が国ファースト」の利益優先やエゴイズムの扇動は、日本国内の防衛装備の生産や輸出を支援する新法成立として具体となり「防衛予算案、初の9兆円台」として過去最大額の予算が一部の防衛産業に注ぎ込まれようとしています。

ウクライナ侵攻からイラン攻撃まで延々と続く戦争に起因する物資の欠乏や物価高騰に多くの住民や中小企業があえいでいる中で、戦争に加担してはいけない、私たちの生活を侵させてはいけない。6・23「慰霊の日」には、あまねく戦争の犠牲となった御霊を慰め、戦争のない世界への誓いを新たにしましょう。

島袋 隆志

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